二周年記念 変わった日常、四
今回も前回の続きになります!
ではどうぞ!
「わああっ!」
「おぉ………!」
「じゃーん!今日はアリエスさんが我が家にやって来た記念ってことで手巻き寿司でーす!食材も少しだけ奮発しちゃいましたー!」
驚く俺たちにそう言ってきた赤紀は着ていたエプロンを外しながら笑顔で椅子についていく。それに続くように俺や姉さん、そして目をキラキラと輝かせているアリエスも着席していった。
アリエスと姉さんが高校に突撃してから数時間後。
俺は学校での仕事を全て片付けてなんとか帰宅することができていた。守の周年じみた追跡を振り切った俺はシェリーが待っていた教室へ帰還し、残っていた仕事を速やかに片付けたのである。
文化祭予備日ということで厳密な解散時間はなく、やる気になっている模擬店担当のクラスメンバーの中にはとてもではないが入れにあと判断した俺は、そのまますごすごと帰宅してきたのだ。
華やかな文化祭でなぜこんなにも色のない態度が取れるのか、なんて思われるかもしれにが、別に意識的にそうしているわけではない。ただやはり真話大戦や異世界での出来事は俺の感覚をかなり狂わせている。
あれらの光景に比べればこの日常は平和そのものだ。ゆえにこちらの世界にいるときぐらいどうしてもゆっくりしていたいと思ってしまう。結果、高校生最後の文化祭が開かれようとしていてものんびり、マイペースになってしまうのである。
だが。
赤紀も言っていたが今日はアリエスが初めてこちらの世界にやって来た日だ。ゆえにむしろ今日の本番はこれから。日中あまり関われなかったアリエスをどう楽しませるか、そこが重点となってくる。
適当に扱ってしまって「ハクにぃの世界つまんない」なんて言われた日にはそれこそ立ち直れなくなってしまうだろう。まあ、アリエスに限ってそんな感情を抱くことはないだろうが。
その証拠に、赤紀が作った手巻き寿司その食材を見たアリエスはぴょんぴょん跳ねながら生唾を飲み込み続けていた。その姿はまたしても小動物的可愛さがあり、見ているこっちも頬が緩んでしまう。
まあ、そんなこんなで席についた俺たちを確認した赤紀が体の前で手を合わせてこう切り出していった。
「うん、それじゃあ、いただきます!」
「「「いただきます!」」」
その掛け声とともに始まった夕食は非常に楽しく行われた。今夜は手巻き寿司のため箸を使う機会が少ない。するとまたしてもアリエスが混乱する事態となって俺や赤紀がつきっきりでその作法を教えたり、用意された食材についての質問が多く飛び交っていった。
「ねえねえ、ハクにぃ!これはなっていう食べ物なの?」
「ん?ああ、これはツナマヨっていって………。マグロの缶詰をマヨネーズであえてだな………」
「あ、お姉ちゃん。そこにあるキャビアとってー」
「ん。………はい」
「って、ちょっと待て。どうしてキャビアなんて高級品がこの場に並んでるんだ!?奮発したっていうのは聞いてたけど、さすがにキャビアはまずいだろ、キャビアは!桐中家の財布が破綻する!」
「もう、いちいちうるさいわね。これは私の趣味よ、趣味。お金は私の給料からしょっぴいてるし気にする必要ないわ。私だってアリエスにこの世界の美味しいもの食べてもらいたいのよ」
「さ、さいで………。な、なんだが数年後には姉さんがこの家で本鮪の解体ショーとかしそうな予感がしてしまうのは気のせいだろうか………」
「馬鹿なこと言わないで。いくら私でもそんなことしないわよ。まあ、でもいつアリエスがこっちの世界にきてもいいように今回のキャビアは三キロぐらい買いだめしてあるけど」
「買いすぎだああああっ!姉さんの給料ってあのブラックキャノルの仕事で発生したものだろ。だったらたかが数グラムのキャビア程度可愛いものだしおかしいと思ったんだよ!もう、どこから突っ込んでいいのかわからない………」
「でも、ハクにぃ。このキャビアっていう食べ物、すごく美味しいよ?私好きかも!」
「え、ええ、そうでしょうね………。なんて言っても世界三大珍味ですからね………。俺はそこまで好きじゃないからどうぞたくさん食べてください………。俺はツナを一人で貪ってますので」
生憎世界の英雄だろうが、神妃様だろうが、俺の舌はまだまだ庶民を突っ走っている。高級レストランに入るよりファミレスを選ぶし、一つ三千円以上の弁当を食うよりコンビニのおにぎりを選ぶタイプだ。
それに比べこの白髪お嬢様は、基本的になんでも美味しいと言う雑食タイプ。加えてかなりの大食いだ。今も目を疑うスピードでその胃袋の中に酢飯と海苔、そして多種多様な具材が消えていっている。
赤紀にアリエスはかなり食べると事前に伝えていたからいいものの、そうでなければすぐに机に並んでいる品々を食い尽くしていただろう。
その姿は次第に赤紀と姉さんの視線を集めとてつもなく微妙な空気を走らせていく。男の俺にはわからないが、女性にとってご飯を多く食べるというのは健康的な反メイン色々と物申したいことがあるらしい。
というか今この二人が思っているのは「どうしてそんなに食べてるのに、そのスタイルを維持できるの!?」というものだろう。
だが今更俺はそんな光景に驚くことはしない。というかすでに驚き慣れてしまったと言うべきか、異世界での食事でシラとシルの料理を食べ尽くしてきた我がパーティーメンバーは大半が大食いだった。
ゆえに見慣れている、なんだか悲しい気分になってしまうが………。
そんなこんなで食事を進めていった俺たちだったが、最後に俺が帰り際に買ってきたそれなりに評判のある和菓子屋の上生菓子をデザートとして出していく。その綺麗に作られた色とりどりのお菓子に頬を上気させるアリエスは、またしても俺たちの頬を緩ませ部屋の空気を暖かいものにしていった。
んで、ここからが問題。
食事も終わり、そろそろ風呂に入らなければなー、と思い始めた頃。
俺はリビングにつけられている風呂を沸かすスイッチを押して自室に向かっていった。その理由は当然、風呂に入るために下着やらタオルやらを準備するため。男の俺が一番風呂をいただくのは少々申し訳なくなってしまうが、姉さんは朝風呂派だし、赤紀は食後はすぐに風呂に入りたがらないタイプだ。加えてそんな赤紀や姉さんと楽しそうに話しているアリエスもいる。
であれば、みんなの邪魔にならないようにさっさと風呂を済ませてしまう方が何かといいのではないか、という結論に至ったのだ。
そんな考えを頭の中に持ちながら自室の中に入りタオルが入っているタンスを弄っていると、不意に背中から柔らかい感触が伝わってきた。その感触は妙に熱を帯びており、嫌な予感を俺に走らせてくる。
「………」
「………」
「………あのー、アリエスさん?できれば離れてほしいんですが………」
「いや。私も一緒にお風呂に………」
「だあああああっ!やっぱりそうか!異世界にいた時も思ってたけど、どうしてそうなる!?どうして年頃の男女が同じ風呂に入るとかいう危ない発想に繋がるんだ!?」
「だ、だって!今日はエリア姉もキラも、それに他のみんなもいないしチャンスだなって………。ほ、ほら、こういうのは既成事実が大切だから………」
「変態だっ!ここに変態がいるっ!というか俺の意思はどこへ!?俺に拒否権はないの!?」
「え?だって、男の人は女の子と一緒にお風呂入りたいんじゃないの?」
「誰だ、そんな間違った知識をアリエスに吹き込んだやつはっ!?俺が異世界を離れていた三年間、アリエスに一体何があったんだあああああ!?」
「それは確かエリア姉が………」
「やっぱり、あいつかああああっ!ええい、異世界に戻ったら絶対にあいつを叱りつけるからな!」
その言葉を口にした瞬間、俺の脳内にエリアが「てへぺろ!」と舌を出しながら頭を抱えている姿が浮かび上がってくる。無性に腹立たしいその光景を破り捨てた俺は、背中にしがみついているアリエスを離し、一人で浴室へ向かっていった。
「あ!ま、待ってよハクにぃ!私も、一緒に………」
「か、勘弁してくれええええ………」
そんな叫び声とともに実家混浴事件は幕を降ろす。
一つ言っておくと、本当にこのあとは何もなく別々に風呂に入りましたとさ。
(まあ、そんな俺たちが今や結婚してるんだから世の中って不思議なものだなあっと思ってみたり)
「すー、すー、すー。むにゃぁ………」
「………よく寝てるな。やっぱり初めての環境で疲れたのかな」
俺は客間の中で小さな寝息を立てているアリエスの様子を確認すると、まだあかりのついているリビングへ静かに移動していった。するとそこには案の定、俺を待ち構えていたかのような雰囲気を醸し出している姉さんがソファーに座っていた。手には赤ワインが入ったグラスを持っており、その味を口の中で転がしている。
ちなみに赤紀は明日の文化祭のために早めに寝るとか言ってアリエスと同じように就寝済みだ。本来であれば俺も明日の文化祭に備えなければいけないのだが、神妃となった俺の体は睡眠を必要としない。眠くはなるが、最悪寝なくても体力はまったく減らないのだ。
ゆえに俺は昼間の騒動に関して姉さんに問い詰めるべくわざわざ夜を狙って姉さんと二人きりで話せる時間を作ったのだ。
俺は部屋に入るなり、一人でダイニングテーブルの椅子に腰掛けて口を開いていく。
「………姉さんはどこまで掴んでるんだ?」
「全て。と、言ってしまう方が簡単かしらね。でもまあ、今回は本当にほぼ全てわかってるわ。唯一わからないとすれば、『あなたの学校にあの男がどうしてやってくるのか』、それくらいね」
「………どういう意味だ?」
「別に大した話じゃないわよ。それにそんなに危惧するような話でもない。だから私はあの場であの男を見逃したし、特に大ごとにもしなかった。それだけよ」
「………」
「納得、してなさそうね?」
「当たり前だろ。あの男のスマホの中にはアリエスの写真が入ってたんだ。しかもそれを俺の目の前でやられたんだぞ。それで危惧するなって言う方が無茶だ」
すると姉さんはグラスに残っていたワインをぐいっと飲み干すと、またさらにワインを注いで恍惚そうな表情を浮かべていく。その間、俺は無言のまま黙っていたのだが、姉さんはそんな俺に対してまたしても軽い言葉を放ってきた。
「あなたは今まで色々とありすぎたせいで物事を深く考えすぎなのよ。確かにアリエスは可愛いし美人よ。それこそストーカーだって湧いてもなんら不思議じゃないわ。でも、あなたが一年間生活していた異世界とは根本的に人々の価値観が違う。そりゃ当然この世界でもストーカーが誰かを襲うって話はあるけれど、それでもその数はあなたが行っていた世界よりだいぶ少ないはずよ?武力がものを言わないこの世界には、そんな輩を取り締まる法があるもの」
「何が言いたいんだよ………?」
「つまり、特に心配する必要はないってことよ。まあ盗撮した事実は十分に法に触れることだし、問い詰めれば一応問題にすることはできるけど、あれはまあ、なんというか………。それに、私が答えを話すより、自分の目でその真実を見抜きなさい。明日はせっかく文化祭なんだし、お祭り要素は必要でしょ?」
「人が危険な目に合いそうになってるってのに、あまりに不謹慎じゃないか?さすがの俺もキレるぞ?」
「まあまあ、そう言わずに。なんだったら私が全て責任を持つわよ?あの子がもし危ない目にあいそうになったら、私含めブラックキャノル全員でそいつを叩き潰すわ。偶然にも今日と明日は基本的にフリーだから」
「………わかったよ」
この状態になってしまった姉さんに何を言っても無駄なことは俺もわかっている。
姉さんは天才だ。ゆえに俺では姉さんの思考を読み取ることはできない。無論、能力を使ってその心を覗くことはできるが、自分の姉の言葉を信じないのもどうかしている。
そう考えた俺は渋々納得してリビングを去った。
一応明日はアリエスを連れて文化祭を歩こうと思っている。だが本当に何が起きてもいいように準備だけはしておこうと、俺はこの時思ったのだった。
そして夜が明けて朝が来る。
文化祭が開かれる今日は俺以外全員がハイテンションだった。
しかし。
結局その心配は杞憂に終わる。
杞憂に終わったのだが、とはいえ一悶着あったので、それは語るとしよう。
俺の過剰な勘違いを。
次回でこの幕間は完結します!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!




