二周年記念 変わった日常、三
今回は少しだけ物語が動きます!
ではどうぞ!
「あ、ハクにぃ!よかった、会いに来てくれたんだ………むぎゅっ!?」
「ちょっとこっちこいっ!」
「んんんっ!!!」
元気よく手を振るアリエスに対して俺はその口に手を当てて一眼につかない道路脇に引っ張っていく。ちなみにもう片方の手はそのアリエスの横に隠れていた姉さんをつかんでいる。
大方どうしてこのような状況になってしまったのか察しはつく、がそれでも一度問い詰めなければ俺の気は収まらない。というか色々と自覚が足りないのだ。自分がどれだけ目立つ存在なのかを理解してほしい。
苛立ちを露わにしながらアリエスと姉さんを移動させた俺は道に設置されていた壁に二人を押し付けて、その顔を見ながらジロリと睨みを効かせる。その威圧に二人の顔には汗が浮かんでしまうが、それすら気にせず俺は静かにこう問いかけていった。
「………どうしてアリエスが俺の高校に来てるのかな?」
「え、えっと、それは………」
「ひゅ、ひゅーる、るー(鳴っていない口笛)」
「誤魔化そうたってそうはいかないぞ、姉さん?姉さんが一枚かんでることはわかってるんだ。しっかり説明しないと、さすがの俺も怒るからな?」
「ち、違うよ、ハクにぃ!こ、これは私がクロ姉に頼んで付いて来てもらっただけで………」
クロ姉、ね………。
前から思っていたことだがアリエスは年上の人間に対して変わったあだ名をつける趣味がある。だがそれはある意味信頼の証であり、姉さんとアリエスの中が良好だということを示していた。
ゆえにそれに関しては喜ばしいことだと思っている。だがそれとこれとは話が別だ。そもそも今日が文化財の準備日でなかったらそれこそ大問題になっていたところだろう。窓技の生徒たちが校門から手を振っている美少女に釘付けになって授業が中断されることは目に見えている。
今でさえかなりの注目を引いてしまっているのだ。それをあの姉さんが気がつかないはずがない。というか予想くらい簡単にできたはずだ。よくも悪くも姉さんは天才だ。その事実がそれを裏付けている。
よって俺はアリエスではなくずっと音の鳴らない口笛を吹きながら視線をそらしている姉さんにつっかかっていった。
「姉さん?今ならまだ間に合うぞ?もし答えないんだったらもう二度とアリエスをこっちの世界に連れてこないからな?」
「が、がーんっ!そ、それはひどいよ、ハクにぃ!わ、私、まだこの世界のこと何にも知らないのに………」
「………」
と、姉さんではなくアリエスがショックを受けているようだったが、それでも姉さんは口を割らなかった。次第にその顔の頬がぷくぷくと膨れていっており、明らかに怒りのような感情が溜まっていっているようだ。
だが、待て。
待ってくれ。
いや、おかしいだろう。というか逆だろうが!
怒りたいのは姉さんじゃく俺の方なんだが!?なんでこの姉は子供みたいに拗ねてるんだ!?これじゃ、どっちが年上なのかわからないぞ………。
と、思っていると。
さすがの姉さんも根負けしたのか、しぶしぶ口を尖らせながらアリエスをここに連れて来た理由を説明してくる。
「………だ、だって、家で足抱えてしょんぼりしながらハクの帰りを待ってる彼女を見たら、そ、その頼みを聞いてあげたくなったというか、母性愛みたいなものが爆発したかというか………」
「がっ………!?」
あ、足を抱えてしょんぼりしている、だ、と!?
そ、それは確かに………。
って、いかんいかん!
それは確かに可愛いかも、とか思いそうになってしまったなんて口にできない。仮にそうだったらその時のアリエスは寄り添ってあげたくなるほど可愛く見えただろうが、それを見て己の衝動を抑えられなかった姉さんが悪いことは明白。というか、そうだったとしても規則が厳しい学校に連れてくるなよ………。
なんて思ってしまった俺だったのが、理由も聞けたので大きなため息とともに肩を落とすと、アリエスと姉さんの体の向きを学校とは反対の方向に向かせそのまま帰るように誘導していく。
二人は明らかにテンションを落としていたが、それでも俺の鬼気迫る気迫が有無を言わせなかった。
「はあ………。まあ、理由はわかったけど、今はまだ抜けられないんだ。だから大人しく家で待っててくれ。明日になれば文化祭も始まるし俺の知り合いってことで学校に入ることもできるからそれまで我慢してほしい。………ってなわけで、これ以上面倒なことはするなよ、姉さん?」
「わ、わかったわよ………。………せっかく可愛い弟の様子を可愛い未来の妹と一緒に見に来たのに(小声)」
「聞こえてるからな、その呟き」
「じゃ、じゃあ、明日は一緒にここにこれるの?」
「ああ。といっても変装と隠蔽術式は必要だけどな。………じゃないと俺が色々困る」
「ん?それってどういうこと?」
俺の言葉に意味が理解できないといった様子で首をかしげるアリエスだったが、俺が無理矢理二人の背中を押したことで、おずおずと帰路についていった。その姿を見て少々悪い気がしてしまったが、この世界はよくも悪くも異世界とは違う。EXランク冒険者の立場も世界を救った英雄としての地位もない。
つまり何をどうやっても融通がきかないのだ。
ゆえに俺に迷惑とかどうこうの前に、アリエスが面倒ごとに巻き込まれないかが俺の中では一番心配な事柄だった。まあ、それによって俺に降りかかるであろう面倒ごとがあるのは間違いないのだが。
俺はそこまで考えると二人の背中を見送ってそのまま教室に戻ろうとした。
だがそこでとあるものが目に入ってくる。
それは学校がある方向とは反対方向から歩いて来た一人の男が右手に持っているスマートフォンだった。男はそのスマートフォンを右手に持ちながら二人の横を通り過ぎていく。
しかし、次の瞬間。
俺の目がそのスマホの違和感を捉えた。
音も聞こえないし、何かした素振りもない。
だが間違いなくそのスマホは普段とは違う挙動をしていた。
………なんだ、今の違和感。
あのスマホを持っている指が動いたわけじゃない。だが何かが動いたような気配がある。だが、そんなこと日常茶飯事といえばそれまでだ。スマホは電源が入っていれば常に中の回路が動いている。だから不自然なことは何もないはずだが………。
と、思ったのだが。
やはり一度気にしてしまったもの気になってしまうというもの。
俺は失礼を承知でそのスマホの中を命眼という魔眼を使って覗いてみることにした。俺の瞳が青色に輝き、そのスマホの中を覗き見ていく。命眼という魔眼はかなり破格の力を持っている代物だ。千里眼的な使い方もできれば、見ただけで生き物を殺すことすらできる。
だが今回はその能力を電子回路とその中に格納されているフォルダだけに意識を集中させて使用していった。
すると。
………ちっ。こいつ………。かなり面倒なもの溜め込んでるな。
そこにあったのは姉さんと一緒に歩いているアリエスの写真だった。それも今こいつが二人とすれ違った際にも一枚撮影していたらしい。要するに俺の感じた違和感とはスマホがアリエスを撮影した動作のことだったのだ。
しかも他人に悟られないように左手に持っている遠隔操作デバイスでシャッターをきっているというおまけつき。そのままスマホの中を探ってみたがそれほど怪しいものはなく、たまたまアリエスを見かけたことで撮影してしまったような様子が見受けられた。
とはいえ、やっていることは盗撮だ。
アリエスが仮にこの世界の機械について詳しければ一瞬にして氷漬けになっているところだが、生憎アリエスはこの世界に来てまだ数時間だ。そんな状態で盗撮の気配を察知しろというのはなかなか無茶がある。
では、姉さんはどうだろうか。
姉さんならその気配に気がついていてもおかしくない。そう思って俺は男が自分の隣を通り過ぎることさえ忘れて遠ざかっていく姉さんに視線を向けていった。
するとそこには顔だけこちらに向けたまま歩いている姉さんが歩いており、声を出さない口でこう伝えてきていた。
『ノゥ』
「………の、のー?」
意味がわからなかった。
それだけ口にした姉さんはそのままアリエスを連れてスタスタと歩いていってしまい、二度と振り返ることはしなかった。
だがよくよく考えてみればその意味は理解できた。
姉さんはブラックキャノルをボスに君臨している存在だ。そしてそんなマフィア集団の取引先は大抵が海外。となれば、日本語で「ノゥ」と書くのではなく「know」と言いたかったのではないだろうか、という結論にたどり着いた。
つまり意味は知っている。
姉さんはすでに自分たちが目をスマホの男につけられていることを知っていたのだ。
となれば、姉さんの行動理由も読めてくる。おそらくアリエスがあの男に目をつけられたのは姉さんとアリエスが家を出てからだろう。そこまでは本当に俺を茶化しにくる目的だったはずだ。
しかし姉さんはあの男の動きに気がついてしまった。
ゆえにそのまま家に引き返すのではなく俺の下までやってきたのだろう。もし仮にあの男がストーカーならば俺という男を目の前で見せておくのはかなり大きなダメージを与えることができる。
逆上して危険な行動に走る場合もあるが、それでも俺を繰り出すことで得られるメリットの方が大きいと姉さんは判断したのだ。
俺はそう考えながら再び大きなため息を吐き出していく。
「はあ………。結局、何も知らずに怒った俺が悪者ってことか………。これはあとで姉さんに謝らなきゃな。にしてもまさかアリエスが来た初日からこんな展開になってしまうとは………」
と、思考の整理が終わったその時。
俺は背後に殺気を感じてしまう。
すぐに振り返るとそこには明らかに起こっている守の姿があって………。
「おい、白駒?今の可愛い女の子は、お前とどういう仲なんだ?」
「え、あ、そ、その………。あ、あいつはただの知り合いで………」
「知り合い?ただの知り合いが文化祭前日にわざわざ高校生のお前に会いにくるだと?こんなおかしな話が本当にあり得ると思ってるのか?」
「そ、それは………」
「さあ、怒らないから聞いてやる。あの子は一体お前とどういう関係なんだ?」
「怒ってる!もうすでに怒ってるだろ、お前!」
「まさか。俺は紳士だからな。腐れ縁の友人が可愛い女の子を学校に連れて来たぐらいでガタガタ言わねえよ。ってなわけで選ばせてやる。体育館裏がいいか?それとも屋上か?」
「それって絶対ボコボコにされるやつだよな!?」
め、面倒なことになった………。
無論俺が守にボコボコにされるという展開はないのだが、それでも眉間に皺を寄せている守は少々面倒だ。一度怒らせるとどこまでも追いかけてくる習性をこいつは持っている。
俺はそう考えると、足を一歩後ろへ下げようとした。
しかしそんな俺を嘲笑うかのように守は言葉を紡いでくる。
「おっと、どこへ行く気だ?まだ下校時間じゃないぞ?そのまま後ろに下がっても学校は遠ざかる一方だ。まあ、つまりお前に逃げ道はない」
「くっ………。どうしてお前がここにいる?お前は今頃試作品第一号スペシャル激ウマ焼きそばを作っているころだろ!?」
「ああ、そうとも。デラックスソースたっぷりうまうま女子受け百パーセント焼きそばを作っていたさ。だけどたまたま休憩時間になってな。そしたら校門前が騒がしかったら様子を見に来たんだ。んで、今の状況にぶち当たったわけだ」
な、なんたる悪運!?
もしかしたらこいつは可愛い女の子の気配だけ感じ取る力を持っているかもしれない………。
なんて馬鹿なことを考えていても仕方がないので。
とっさに守の腕を掴みとってその脇を潜るように背後へ移動すると、人間の出せるギリギリのスピードで急いで校舎の中に戻っていく。
「あ!待ちやがれ!」
「誰が、待つか!あらぬ誤解をかけられている上に、お前みたいな面倒DQNは相手にしてられねえんだよ!」
「なんだとこの野郎!」
という会話が俺たちの間で交わされ、元気仲良く俺たちは学校の中に戻っていった。
その時にはもうアリエスを盗撮していた男は消えており、気配も追うことはできなくなっていた。いや、気配探知を使えば追うことはできたが、いかんせん守の追跡が凄まじく発動している余裕がなかったと言い訳させてくれ。
だが帰宅したら絶対に姉さんと話し合おうと心に決めるのだった。
というわけで、まだまだアリエスの現実世界訪問旅行は続いていく。
次回は文化祭本番を迎えます!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!




