第七十五話 覚醒前
今回はハクがメインです!
では第七十五話です!
目の前にいる麗奈という女性はもう人間とは呼べない存在になってしまっていた。いや、正確に言えばこいつは俺が出会った時よりもずっと前から人間を辞めていたのだ。
そして今、こいつは皇獣であるサードシンボルを喰らった。その行為は人間にも神にも許されてはいない。この世界に生きる皇獣という存在だけが許された禁忌だった。
圧倒的な気配の高まり。皇獣というスペクの高さに加え、カラバリビアの鍵の力、そしてガイアとサードシンボルの能力。その全てが今の彼女には合わさっていた。
本来誰かを喰らってその力を全て吸収する力はサードシンボルのものらしいが、それすらも麗奈は取り込んで我が物にしているらしい。その証拠に今の彼女にはあのガイアの気配が色濃く残っている。
だが見た目はほとんど変わってない。皇獣であることは確定的だが、その見た目は俺たち人間や神となんら変わらない姿をしていた。元々人間だったことが原因なのか、それともまた別に理由があるのか、それはわからない。
ただ一つ。
わかっていることとすれば。
「………お前が皇獣だとわかった以上、俺はお前を殺す必要がある。皇獣という存在自体に恨みはない。だがお前という皇獣はこの世に存在する限り誰かを苦しめ続けるだろう。ましてそれが、俺の身近な人が苦しむのなら余計に見逃すことはできない。お前がまだ人間だったなら、矯正の余地はあっただろう。でも、今のお前は………」
そこで言葉を切る。
そして目を閉じてゆっくりとこう言い放った。
「ただの化け物だ」
だがそんな言葉をまるで喜ぶかのように麗奈は頬を歪めていく。その口には奇妙な笑い声が浮かび、声が形を帯びて俺に襲いかかってきた。衝撃波のようなそれは暴風を引き起こし、物理現象を超えた事象を引き起こしていく。
「ふ、ふふふ、あはははははははっ!………そうね、確かに私は化け物ね。実の娘を痛めつけて苦しめて、そして殺して。それでも私は平気な顔で立ってる。正直言って自分がどれだけ歪んでるか、それは理解してるつもりよ。でも、これが私の普通なの。人間なんてとっくの昔に辞めてたわ。そうねえ、麗子が生まれた直後だったかしら。生まれてきた麗子を喰いたくて喰いたくて仕方がなかったことを覚えてるわ。でも、別に気にするようなことじゃないでしょ?私が化け物になったところで、私がこの世界に生きている事実は変わらない。だったら、何もかも利用して自分の唯一の欲を満たそうとするのはおかしなことじゃないと思うのだけど?」
「………。おかしなことじゃないさ。だがお前のそれはただのわがままだ。自分の欲求に他人の人生を巻き込むのは到底認められることじゃない。人の道から外れたお前に何を言っても無駄かもしれないがな」
「ええ、わかってるじゃない。だって私は人じゃないもの。人じゃない存在が人の道を歩かないといけない道理はないでしょ?」
「本当なら反論したいところだが、今はお前の意見にうなずいておく。今のお前は俺の討伐対象だ。娘を平気で殺し、家族を弄んで、関係のない人間まで巻き込んだ。俺が動く理由にはそれで十分だ」
「だったらどうするのかしら?まさかと思うけど、今の私を本気で殺そうとしてるんじゃないでしょうね?」
「………そうだと言ったら?」
「………それは当然私があなたを殺すだけよ」
その言葉が引き金を引いた。
お互いに地面を蹴って距離を詰めていく。俺は力を乗せた拳を、麗奈は黒色に輝くカラバリビアの鍵を勢いよく振り落としていく。その二つは空間を振動させながら激突し周囲に紫電と衝撃を走らせていった。
「………くっ」
「どうかしら、私の強化された力は?見た目は変わってなくても全ての能力において私は限界を超えたわ。いくらあなたが強くたった今の私の敵じゃないのよ」
麗奈はそう言うと、俺の移動速度を上回る速さでカラバリビアの鍵を振り払った。それは無数の連撃を俺の体に叩き込み、赤い血を噴出させる。
「が、はっ!?」
「ざっと五十連撃ってところかしら。本当はもう少し多めに叩き込んでもよかったんだけど、最初から飛ばしすぎると勢い余ってあなたを殺しちゃいそうだったから、手加減してあげたわ。感謝しなさい」
だが俺はすぐに態勢を立て直すと気配創造を発動して無数の刃を麗奈に撃ち放っていった。それは先ほど百体のサードシンボルを消しとばした時の技で圧倒的な破壊力を持って麗奈に襲いかかっていく。
だが。
その刃が麗奈の間合いに入った瞬間。
「こんな攻撃、避けるまでもないわ」
「な、なにっ!?」
気配創造の刃が刀身の真ん中で俺た。
それはまるで誰かが手で握りつぶしているように。
そして、それを知覚した瞬間、俺の腹に麗奈の拳が突き刺さる。
「がっ!?」
「反応が遅いわよ?これじゃあサードシンボルの力がなくても勝てたかもしれないわね」
「お、お前………。ま、まさか、あの時、手加減して………」
「それなりにね。あの時はサードシンボルを出現させる口実が必要だったから仕方なくあなたに負けるふりをしたのよ。まあ、でも実際あの時の私じゃあなたに勝てなかったのは事実だけど」
その言葉が俺の耳に届いた瞬間、右手に握られていたカラバリビアの鍵が俺の心臓に突き刺さった。思わず口から血を吐き、視界がぐらついてしまう。
「ぐ、ごほぉっがあっ!?」
「ほら、会話に夢中になってると隙ができちゃうわよ?」
そしてそのまま俺は麗奈の回し蹴りによって勢いよく飛ばされてしまう。心臓へのダメージでまったく威力を殺しきれなかった俺は、猛スピードで瓦礫に衝突してさらに大量の血を吐いてしまった。
「………ぐ、ぐふ、ごほああっ!………。はあ、はあ、はあ。ま、まさかここまで強くなってるとはな………。どれだけダメージを負っても傷は治せるが、この実力差はどうしようもない。これは本腰をいれないとまずいかもな」
俺は一人でそう呟くと事象の生成を体にだけ発動して立ち上がっていく。すると心臓の傷は何もなかったかのようにふさがり、魔力や体力も全て元に戻っていった。
だが言葉で言ったようにこの状況は俺にとってかなり危機的だった。大口を叩いて拳を振るった俺だったが、どうやら今の状態では麗奈に太刀打ちできないようだ。
とはいえ麗奈の全てについていけないわけではない。もう少し神妃化の出力をあげればどうにかできる可能性はないくはない。神破りは負担が大きすぎるため本当の最終手段だが、俺に残されている戦略は決して少ないわけではなかった。
だがそれでも俺が追い詰められているという状況には変わりない。俺が反応できないほどの攻撃速度。たった数度の攻撃を食らっただけで事象の生成まで使わされる始末。その事実は麗奈が真の意味で限界を超えていることを如実に表しているのだった。
俺はそう考えながら気合を入れ直すと、体にまとわせる力をさらに上昇させていった。とはいえ神妃化の出力は先ほどの五十パーセントから変わっていない。
俺がやったのは最適化だ。
膨大すぎる神妃の力は中途半端な神妃化ではコントロールしきれないのが問題だ。ゆえに神の力が体の外に漏れ出していたのだ。
今までは完全神妃化や人神化といったさらに上の力があったために挑戦してこなかったが、今はその調整をかけなければ麗奈には太刀打ちできないと判断した。
ゆえに今の俺は多少体に負担がかかるが、外に漏れ出す力をできるだけ効率的に体に流し、出力は維持したまま戦闘能力をあげることに挑戦したのだ。
そしてそれは成功した。まあ、当たり前と言えば当たり前だ。完全神妃化や人神化はこの最適化よりはるかに繊細な作業を要求される、それを突破している俺からすれば、この程度のコントロールは朝飯前だった。
だが逆に言えば、この状態ですら太刀打ちできなければ打つ手がない。それこそ神妃化の出力を上昇させなければついていけないだろう。
「………だがまあ、これでどうにかなると思うけどな。さっきに比べたら体がかなり軽い。やつの動きにだって対処できるはずだ」
「………へえ、随分と面白いこと考えるのね。気配の大きさは同じなのに、少しだけ空気が変わったわ。でも、それがなんだと言うの?今の私に敵うわけが………」
「だったら実際に確かめさせてやる」
そう呟いた瞬間、俺は転移を使用して麗奈の目の前に移動していった。そして全力で拳を突き出す。しかしその攻撃はギリギリのところで麗奈の鍵に受け止められ威力を殺されてしまった。
だが状況が先ほどまでと違う。
麗奈の顔は苦しそうに歪み、俺には余裕が浮かんでいた。
「どうした?今のお前に俺は敵わないんだろう?」
「くっ………。あ、あまり調子に乗らないことね!」
そう麗奈が声を上げた瞬間、鍵から放たれた無数の連撃が俺に襲いかかってくる。だがそれを俺は全てかわして麗奈の懐に入り込んだ。そして鍵を持っていた右手を掴み取って背中を向けていた方向に投げ飛ばす。
「なっ!?」
「………」
そして俺は転移を何度もしようして麗奈の体を空中で何度も蹴り飛ばしていった。
「だああっ!」
「ぐ、がはっ!?」
しかしその攻撃が十回目を超えたあたりで麗奈の動きが急激に変わる。空中で体の勢いを完全に殺し、俺の攻撃から抜け出してきたのだ。そんな麗奈の瞳は翡翠色に変化しており、鍵の気配が表に出てきてしまう。
「はあ………。まったく、こいつも大概だな。強くなったことに浮かれて油断しすぎだ。俺が状況を立て直すまでお前は中で待ってるんだな」
「………お前は、鍵の方か」
「ああ。しばらく眺めてたんだが、どうもちんたらやってるからよ。待ちきれなくなって出てきてやったわけだ。にしても、お前も相当やるじゃねえか。こいつの娘に夫、擬似皇獣にセカンドシンボル、挙げ句の果てには仲間を吸収したサードシンボルとさえ戦って嫌がる。この状況でそこを見せないお前の体力は見上げたもんだ」
「俺をこの場に立たせているのはお前たちだ。さらに言えば、お前の主人がもう少しまともだったらここまで状況が悪化することもなかっただろう」
「それを言われると頭が痛いぜ。だが、この展開こそが俺たちの理想プランだからな。謝る気は無いぞ。それにこいつが言ったことは当たってるんだ。お前に勝ち目はない。その事実だけは揺るがねえ」
俺を睨みつけながら空に浮かんでいる麗奈、もといカラバリビアの鍵はそう吐き出すと体の力を抜いてゆっくりと右手を掲げていった。その右手には当然カラババリビアの鍵が握られており、どんどんその先端に力が集中していく。
身の危険を感じた俺は全身を気配創造の防御膜で覆い様子を窺っていった。
だが、その防御膜を張り終えた瞬間。
脇腹からいきなり血が噴出する。
「な、なにっ!?」
慌てて距離を取ろうとする俺だったが、そんな俺の行く手を塞ぐように何かの攻撃が俺の体に突き刺さっていった。
「ぐ、があああああっ!?」
「悪いな。逃すわけにはいかねえんだよ。見えない攻撃の牢獄でお前は死ぬ。さあ、醜く足掻いてみせろよ」
何が起きているかわからなかった。
俺が知っているカラバリビアの力の中にこんな能力はなかった。だがカラバリビアは万能の力を持っている。その力の一つに不可視攻撃があってもおかしくはない。
だがそれにしてもこの力は無茶苦茶だった。
気配も魔力もなにもない。どこから放たれてくるかすら予測できない。
そうこれは言うなれば………。
「り、リアスリオンと同じ攻撃、か………!」
攻撃の最善をはじき出す最強の神宝。その力が頭に浮かぶ。動作も思考も、全てを排斥して最適解だけをはじき出すその力にこの攻撃は似ていた。
しかし、その考えはすぐに破棄する。
違う、違う………。この力はあの剣ほど洗礼されていない。何か、どこかに違和感がある。そ、その正体がわかれば………。
そう考えている間にも俺の体には傷が刻まれていった。牢獄と称しているだけあってこの攻撃網から抜け出すことはかなり困難だった。だがこのままでは一方的に体力を減らされるだけ。
ゆえに俺は一瞬だけ神破りを発動する準備をした。
しかし。
「………ッ!あ、あれは………!」
右手を掲げている麗奈の背後。
そこに見知った顔の少女が浮かんでいた。
そしてその少女は麗奈に近づくとその首を右手で握りしめて投げ飛ばす。
「なっ!?お、お前、い、いつからそこ、に………がああっ!?」
「………」
その少女は俺と同じ金色の髪を持った少女だった。しかしその瞳に光はない。だが代わりにその目は………。
「ひ、妃愛………?」
真っ赤に染まっていたのだった。
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