第七十二話 永遠の眠り
今回は妃愛と麗子の会話が中心になります!
では第七十二話です!
「因果応報よね、これは………。私はあなたや真宮さんを傷つけすぎた………。自分の不幸を棚に上げて他人を苦しめてしまった。当然の報いよ」
血の中に倒れている月見里さんは静かにそう告げた。その言葉には力が宿っておらず、声だってほとんど聞こえないくらい小さなものだった。しかし反対に月見里さんの体は本人の意思とは裏腹にどんどん回復して言っており、私が月見里さんのそばに到着した時には二つにわかれた体がくっつき出そうとしているところだった。
ゆえに私は下手に止血や処置はせずに血に濡れた月見里さんの手を握りながら必死に声をかける。
「しっかりして、月見里さん!大丈夫、きっと大丈夫だから!きっとお兄ちゃんがなんとかしてくれるから………だから!」
「………お兄ちゃん、ね。まったくどうしてあなたたちはついさっきまで敵だった私をかばうようなことを言うのかしら。さすがにそれだけは理解できないわ。………お人好しにもほどがあるわよ」
そう返してきた月見里さんはどこか悔しそうな、それでいて少しだけ嬉しそうな顔をこちらにむけてきた。そんな月見里さんの手はまだ暖かい。おそらくこのまま傷が塞がれば月見里さんが死ぬことはないだろう。
でも。
なぜか嫌な予感がした。
傷も回復していってるし、体の熱も十分にある。
だというのに、このまま放っておいたら月見里さんはどこかへ言ってしまうような、そんな気がしてならなかったのだ。
とはいえ、よく考えれば月見里さんの言っていることはもっともだ。どうして先ほどまで命を狙われていた相手に私は声をかけているのか。正直言ってこの光景は側から見れば奇妙なもの以外何物でもないだろう。
その自覚は私にもある。
どうして命を狙ってきた月見里さんが傷ついたら悲しくなるのか、どうして自分の命を投げ捨ててまでそばに近づこうとしたのか。その理由は私にもよくわかっていない。明確な理由などないし、よく考えて見ればおかしなところだらけの行動だ。
でも、まだ私は人間でいたいと思った。
誰かが死にそうになっていて、誰かが苦しんでいて、それを見捨てることなんて絶対にできないし、したくない。そんな感情が今の私を支配していたのだ。
それに。
あの一瞬。
月見里さんの体からサードシンボルが飛び出す直前。
その時に浮かべていた月見里さんの顔。それが全てを物語っていた。
一瞬だけ笑ったあの時、あの顔には月見里さんがただの悪人ではないという証拠が色濃く浮かんでいた気がしたのだ。なにせ、あの顔だけはどこにでもいる普通の女の子に見えたのだから。
それを目撃してしまった以上、私は彼女を以前の彼女とは認識できなくなってしまった。私自身、彼女にいじめられて辛い思いもした。時雨ちゃんがいじめられて私も同じくらい辛かった。その元凶はまず間違いなく月見里さんにある。
でも、もしかしたら。
あのいじめは何か意図があったのではないか、そんな思考が少しだけ頭によぎってしまう。
だがそれを抜きにしても、目の前で倒れている人を見て見ぬ振りなど、どれだけ堕ちても絶対にできることではなかった。
すると月見里さんはそんな私を見つめながら光がどんどん薄れていく瞳をこちらに向けながらこんなことを呟いてきた。
「………謝っても許されることじゃないけれど、一応謝っておくわね。………ごめんなさい。私はあなたや真宮さんを守るつもりで、結果的に妬んで傷つけた。何を言っても許されることじゃないけれど、一言言っておきたかったの」
「そ、それって、どういう………」
「それを詳しく説明する気はないわ。だって、羞恥心で本当に死んじゃいそうなだもの。でも、まあもし私の生きてきた全てを知りたいっていうくらいあなたがお人好しなんだったら、この戦いが終わってあなたが生き残ったら私の部屋に行きなさい。そこにある日記に全て書いてあるわ」
「日記………」
「………本当はあなたをこの対戦に巻き込む前にあなたをどこか安全な場所に避難させたかったのに、そうはいかなかった。人生とか運命って本当に不条理よね。ちっとも思い通りに進まないもの。………ただ、この展開だけはなんとなく予想できてたわ」
そう呟いた月見里さんは私たちの背後で戦っているサードシンボルと月見里さんのお母さん、そしてお兄ちゃんに視線を向けてさらに言葉を紡いでいった。
「お母様には結局、私やお父様ですら近づけなかった。この戦いに参加するという生き方を教えて上げられなかったの。私は別にお母様の武器でも全然よかった。でもお母様には誰かを傷つけているという自覚が何もない。だから私たち家族にだって無情な仕打ちを与えることができる。………でも、お母様にも欲望がないわけじゃないわ。お母様は自分が小さい頃に受けてきた苦行を娘の私にも押し付けた。まるで自分の恨みを晴らすように。つまり今のお母様にある唯一の望みは」
「………自らの過去を改変し、かつての自分を抹消すること」
「え………?」
月見里さんの言葉に月見里さんのお父さんが言葉を重ねてくる。月見里さんのお父さんはお兄ちゃんの鎖に縛られ身動きが取れなくなっているが、体を芋虫のように動かして徐々にこちらに近づいてきていた。
そんな姿に咄嗟に警戒してしまった私だったが、そんな私を落ち着かせるように月見里さんのお父さんは声をあげていく。
「心配はいらない。もう俺にお前たちを襲う気はない。………まあ、信じてもらえないかもしれないが」
「………」
「………お父様」
「………最悪の展開になってしまったな。この状況だけは俺もお前も避けたかった。だが結局はあいつの手の上で踊らされていただけだったようだな。まったく、とんだピエロだ」
月見里さんのお父さんはそう言うと、何やら悔しそうな顔を作ってさらに言葉を紡いでいく。その相手は私ではなく血が広がっている地面に倒れている月見里さんに向けられたものだった。
「すまなかった………。俺にはお前を空くことができなかったらしい………」
「別にいいんですよ、お父様。言っていたでしょう?私は死ぬことに抵抗はないと。お父様がこの世の全てを投げ捨ててでも私を救いたいと考えていたことは知っていますが、相手はあのお母様です。どう歩いても結局この結末が待っていたことに変わりありません。ですから気にしないでください」
「そ、それでも、俺は………」
「それに何度も言っていますが、私はお父様を許したわけではありません。ですから、そんな娘への贖罪をこめて、今は私に時間をください。私は自分の『最期』を彼女に見届けてほしいのです」
「え………?」
その瞬間、嫌な予感が一気に現実へと変わっていく。
い、今、月見里さんはなんて言った………?さ、最期って、そ、そういう意味じゃないよね………?だ、だって傷は塞がり始めてるし、意識だってしっかりして………。
「鏡さん」
「へっ!?」
「いくつか言っておかないといけないことがあるわ。聞いてくれるかしら?」
「………」
「そんな悲しい顔しないで。最初に言ったでしょ?これも全て因果応報なの。私がしてきたことが私に跳ね返ってきてるだけ。ただそれだけなの」
返事を返すことができなかった。
ここで首を縦に振ってしまえば、それこそ本当に月見里さんが死んでしまうことを私すら認めてしまうことになると思っていたから。
しかしその沈黙を肯定と受け取ったのか月見里さんは淡々と事実だけを私に伝えてきた。
「まず、私の体から出たあの化け物。あれは皇獣よ。それも皇獣の中でも五皇柱と呼ばれているうちの一体、第三の柱。ファーストシンボルとセカンドシンボルは人の言葉をまったく理解できなかったけど、サードシンボルは違う。あれは私の体の中で私の力を喰って、成長して、知識まで身につけてしまった最悪の皇獣なの。あれだけは私でも操ることはできないわ。辛うじてお母様の言葉はなんとなく聞くようになってるみたいだけど、それもどこまで調教されてるのかはわからないわ」
「や、月見里さんの体の中で成長っ!?い、意味がわからないよ!どうして月見里さんはそんな目にあってるの!?というかいつからそんな………」
「生まれた時から、そう言うのが一番正しいわね。でもこの話は聞いたところで誰も幸せにならないわ。だから今は、あの皇獣をたおすことだけ考えることね。弱点らしい弱点はないけど、『余計な養分』さえ与えなければこれ以上強くなることはないわ」
そう私に語った月見里さんは私に握られた腕から力を抜き、体の全てを脱力させて瞳を閉じようとする。そんな月見里さんに向かって私は必死に声をかけ続けた。
「しっかりして、月見里さん!お願いだから、目は閉じないで!!!」
「………ふふふ、無茶な注文を言うのね。でも、あなたも気がついてるでしょ?私がもう限界だということに。サードシンボルの宿り木になっていた私にはもう『気配』が残ってないわ。………いいえ、それとも少し違うわね。………気配は回復する。でも私自身に生きる気力が残ってないの。魔人の力で傷は治っても、私に生きる気がなかったら、もうどうしようもない。だから私は目を閉じたら最後、ずっと目を覚まさないと思うわ」
「………」
その言葉に月見里さんのお父さんは押し黙ってしまった。悔しそうに唇を噛みながら地面に頭を打ち付けている。そして私はその言葉に頭を殴られたような衝撃を受けていた。
言っている意味がわからない、月見里さんは何を言っているのだろうか。わからない、わからない………。
いや。
わかりたくないと私自身が否定しているのだ。
でも、現実はどんなに否定したくてもし自然と近づいてきてしまう。
「人間、生きる意味を見出せないと何をやるにしても力が湧いてこないわ。今の私にはその意味を見つけることができない。見つけてはいけないの。私というくだらない存在が、この世界に生きていていいはずがないのよ。そう心も頭も思ってしまうほど、私は罪を重ね続けた。そう思ってしまうほど、私は自分の未来に幸せを感じられない。だから私は眠るしかないのよ。全ての罪を清算するために」
「………な、なんで、そんなこと言うの!?生きる意味くらいいくらでも見つけられるよ!私をいじめたかったらいくらでもいじめればいい!殴りたかったらいくらでも殴ればいいの!だ、だから目を覚まさないなんて言わないで………」
「馬鹿ねえ。私はあなたを傷つけたくていじめてたわけじゃないのよ?むしろその逆だった。でも、それは結果的にあなたを傷つけたの。だから、その罪は私が背負っていく。それだけよ。………ああ、それと。私が真宮さんにつけた傷、あれはもうすでに消えてると思うわ」
「………え?」
「あれは私の魔人としての血を少しだけ塗ることによって、普通の方法じゃ傷が治らないようにする呪いのようなものなのよ。でも、あの力は私本人が弱ると自動的に力を失ってしまうの。だから今頃その呪いも綺麗さっぱり消えてるわ」
「ど、どうしてそんなことを………」
「………ここまできた以上あなたたちをここで追い払って全て終わりにするつもりだった。だからあの傷はあなたたちをおびき寄せるただの餌。たったそれだけのために私は真宮さんとその家族を襲ったの。………ほら、ますます私の罪が増えたでしょ?私に生きている意味も価値もないわ」
月見里さんはそう言うと、ゆっくりと目を閉じて本当に眠ったような顔を浮かべていく。まるで人形のようなその顔はとても綺麗で、どこか寂しげだった。
もうすでに月見里さんにつけられていた傷はほぼ全て回復し、血もほとんど流れていない。だというのに、本当の別れが目の前に迫っている事実が私を苦しめてきた。
だが。
最後に
月見里さんはこんなことを呟いてきた。
「………ああ、言い忘れてたわ。一応真宮さんにも謝っておいてほしいのだけど、頼めるかしら?日記には色々書いてあるけど、あなたが見ない可能性もあるから、一応ね」
「そ、それは自分の口から言ってよ!だ、だからそんな最期みたいなこと言わないでっ!」
「無理よ。だって、こんなにも、体が、重いもの………」
その瞬間、月見里さんの体から何かが消えるような感覚が私の中に走った。そして、最後の一言を残して月見里さんは動かなくなってしまう。
それは声にならない無音の言葉。
でもしっかりと伝わった。
今までずっと月見里さんが心の中に閉じ込めていた思いが。
『できることなら、あなたたちと友達になってみたかったわ』
そして月見里さんは眠りに落ちた。
彼女がいじめ続けていた私に看取られる形で。
だがこれが。
私の中にあった何かに火をつけていくのだった。
次回はハクとサードシンボルの戦いになります!
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次回の更新は明日の午後九時になります!




