第六十九話 麗子の過去、二
今回は麗子の過去に迫っていきます!
では第六十九話です!
私の人生なんてその程度のものだ。
生まれたときから自由はなく、決められた人生を歩かされている。何度も何度も逃げ出そうとした。しかしその度に逃げ道は塞がれ、絶望する。そんな毎日が続けば自ずと諦めもつくものだ。
だから今の私は諦めている。自分の人生はそんなものだと諦めた。
どんなに辛くて、どんなに悲しくて、どんなに惨めでも、それでも私にはそんな生き方しか許されていないのだと自分で自分を認めることにした。
それが私、月見里麗子が歩いて来た人生という名の時間である。
私が産まれた家庭はかなり特殊だと思う。
お父様は日本でも屈指の超有名企業の社長。その財力は正直言って常識を超えている。ゆえに幼かった私の部屋もとても豪華で友達には常に羨ましがられたものだ。
加えてお父様は私を可愛がってくれた。それこそどこにでもある家庭の一幕を再現するかのように暖かい笑顔で私に接してくれたのだ。ゆえにその頃の私は「まだ」お父様を好いていたのだと思う。
しかし。
その全てを破壊した人物がいた。
それこそが私のお母様である「月見里麗奈」その人である。
お母様はこの家の養子でありながら、ほぼ全ての権力を我が物にしていた。お父様とお母様が結婚した理由は言ってみれば政略結婚だ。過去に崩れかけていたお父様の会社をお母様が一瞬にして立て直したことによって、半ばその権力を握られてしまったがゆえの結婚、そんな流れで二人は出会ったらしい。
ゆえにこの家の権力という権力はお母様が持っていた。だが結局、お母様が「ただの人間」であればちょっと冷たいただのお母さんというポジションで済んでいただろう。
しかしそうは問屋がおろさなかった。
お母様の実家は少々特殊な家系で、代々この真話対戦に参加してきた一族だったらしい。その結果、対戦が行われる周期に産まれたお母様は産まれた瞬間から、対戦を勝ち抜くための教育を施されてきたようなのだ。
その結果、お母様は自分の「心」を失った。
お母様に施された教育というのは学校などで行われる学力を鍛える教育ではない。「人間が人間でなくなるため」の教育だ。
より具体的に言うと。
自分の腹を自分で切り裂いて皇獣の力を取り込んで魔人となる。
そんな行為を教育と呼んでいたらしい。
ただの人間が帝人となるより魔人としての力を持った人間が帝人となればその勝率はかなり上昇する。ただでさえ帝人となったものの力は常識を超えているのだ。それに加えてまた別の力を手に入れてしまえば、それおこそ敵はいなくなるだろう。
ゆえにお母様の一族は対戦が行われる時に産まれた子供にその教育を施してきた。まあ、結局今までの対戦で誰も勝ち上がれていない以上、結果など出ていないに等しいのだが、それでもこの教育は半ば恒例行事のようなものになっていたらしい。
だが。
ここで問題が発生した。
お母様は何をどうやっても魔人には「なれなかった」のである。
どうやらお母様の体質はその体が皇獣の遺伝子や力を受け付けないものだったらしく、どれだけその力を取り込もうとしても全て無駄に終わるだけだったらしい。しかしそれに納得しなかったお母様の一族は何度も何度もお母様に魔人になるための行為を強要した。
魔人であれば自らの腹を傷つけようがすぐに回復してしまう。しかし生身の人間が腹を引き裂けばどういうことになるか言わずともわかるだろう。
その痛みと恐怖をお母様は産まれた瞬間から味わっている。結果、先にもあげたようにお母様は「心」を失った。何に対しても興味を示さず、何を考えているのかもわからない人形のような人になってしまったのだ。
幸いなことにお母様は他院にはない「頭脳」があった。相手の思考を予測し、それを破壊するための手段を見つけ出す。そんな異例極まる才能をお母様は持っていた。
ゆえにお母様は自分の家族、つまり血濡れた一族を内部から破壊し晴れて自由の身となった。そしてその過程でたまたまお母様はお父様と出会い、お父様の会社をその才能で救ったことで結婚という流れに至ったらしい。
まさに奇想天外な出来事だがそれが事実なのだから受け入れるしかない。
そしてそれからしばらくして私という存在が産まれた。
だがそれこそが悪夢を動かしてしまうことになる。
どういうわけかお母様はかつて自分が受けていた地獄のような教育を「私」にも施してきたのである。さすがに産まれた瞬間からというわけではなかったようだが、私に物心がついた時にはすでにあの地獄のような日々は始まっていた。
だがそんな異様な行為を娘に施していれば普通の人間であるお父様は当然止めに入る。自分の娘になぜそんなひどいことができるか、とお母様を問い詰めたらしい。
しかし帰ってきた返事はお父様を一瞬で絶望を与えてしまった。
「私の娘なんだから、私が何をしようと勝手でしょ?」
当時のお父様は確かに会社のトップに立っていたが、その権力は全てお母様に奪われている状態だった。ゆえにお父様は抵抗できなかったらしい。下手をすれば自分だけでなく娘の私すらもっとひどい目にあうかもしれない、そんな状況がお父様には突きつけられていたようだ。
その結果。
私はお母様が過去に受けていた苦しみを繰り返すように、その地獄を味わうようになった。自分で自分の腹を切り裂き、その中に皇獣の力を取り込んで自らを魔人へと昇華させていく。その行為は他人が見れば発狂して卒倒してしまっても何らおかしくない光景を作り出していった。
現に私は何度も泣いて、叫んで、助けを求めた。
でもお母様はもちろん、あのお父様すらも私に手を差し伸べてくれることはなかった。まあ、お父様の場合は私を思ってのことだとは理解していたし、お母様がそういう人だということは私も理解できるくらいには成長していた。
だが、だからこそ「あの部屋」が作り出された。
私たちが住んでいる屋敷の地下、その中にある血濡れた部屋。あの場所は私が魔人になるための行為を行う場所だった。あの場所でどれだけ血を流したか、私にはわからない。そんな記憶すら薄れてしまうほど、あの場所は私の苦痛が詰め込まれた場所だった。
泣いて、叫んで、苦しんで。
これでもかというほど血を流して。
何度も死にそうになった。
でも。
死ねない。
お母様とは違って完全に魔人になってしまった私はどんな傷をつけられても死ぬことはなかったのだ。
だがここでおかしいと思うことがあった。私自身自分が魔人という存在になってしまったことは理解していた。しかしそれでも魔人になるための行為は続いた。魔人としての能力を開花させたというのに、私はあの部屋から解放されることはなかった。
その理由に最初は気づかなかったのだが、ある日私はお父様に呼び出された。そのお父様が放っていた悲しい空気を私はまだ覚えている。何とかしたい、だがどうやってもどうにもならない。
そう言いたげな雰囲気を身体中から醸し出していたのだ。
ゆえに私は悟った。今から聞きたくない言葉が開陳されるのだと。
そしてその予想は的中する。
お父様が語ったのは、お母様が新たに開催される真話対戦に参加するというものだった。そのていで私は魔人となり力を得たため、私自身そこまで驚かなかったのだが、その戦いあろうことかお父様まで参加すると言い出してきたのだ。
その理由は私を魔人から「人間」に戻したいから。
対戦の報酬である白包は何でもできる万能品だ。それを使えば確かに私というソンザを人間に戻すことができるかもしれない。
しかしお父様は私やお母様と違い、普通の人間だ。そんな人が帝人や皇獣が入り乱れる戦いに足を踏み入れればどうなる想像しなくても結果は見えている。お母様はともかくお父様に対してはそれなりの感情を感じていた私は当然、反対した。
しかしそれでもこうすることだけが私への贖罪になると言って聞かず、最後は押し切られてしまった。まあ、私としても事情をしっていながら私を助けてくれなかったお父様を憎んでいないわけではないし、無理に止める必要もないと思いそのまま放置することにした。
だがここで、事態は大きく動き出してしまう。
今から五年ほど前、私は自分の体がおかしなことに気がついた。
具体的に言えば、皮膚がボコボコと勝手に動き、体の中を何かが動き回っているような感覚がしてしまったのである。それをお父様に報告すると、その原因を唯一知っているであろうお母様にお父様は突撃していった。
するとお母様はいつも通りの感情が消えたような顔でこう呟いてきた。
「ああ、それは第三の柱よ。皇獣の中でも五本の指に入るほどの力を持つ五皇柱。そのうちの一体を麗子の体の中に忍ばせたの。理由は簡単よ。この子は対戦に必要な武器、その中でも皇獣を使役できる力を持つこの子は五皇柱だって制御できてしまう。その力を利用して『まだ力のないサードシンボル』を体の中で『育てて』るの。いずれ、私の最終兵器になれるようにね」
その瞬間。
全ての辻褄が合ってしまった。
どうして魔人になった後も、その行為を続けさせられたのか。どうして体の中に何かがいるような感覚が走っているのか。全てお母様の仕業だったのだ。
それからというもの、私は自分自身が怖くなった。お母様やお父様はどうだっていい。もし自分が無関係の人間を傷つけてしまったらどうしよう。私の中にいるサードシンボルが身近な人を殺したらどうしよう。
そんなことばかり考えるようになった。
すでにこの時、私には自分の命に対する執着はなくなっていた。どうせお母様の道具となっている私は死ぬ。お父様がどう頑張ってもその結末は変わらない。そう思っていた。
だがこうなった以上、自分の意思とは裏腹に何かを傷つけてしまうかもしれない。そんな事実が私を唯一苦しめてきた。
ゆえに。
こればかりはお父様に相談した。
お父様の目的は一緒に対戦に参加し、白包で私を救いたいというものが一番だろうが、私は身近にいる誰かを傷つけないようにするために戦う、そう宣言したのだ。
さすがにお父様はこれを飲み込みはしなかった。その代わりに、私は私の目的のために戦い、お父様はお父様の目的のために戦う、そんな相互関係が出来上がったのである。
結果、私とお父様はともにお母様に悟られないように行動し、対戦が開かれるその日をひたすら待ち続けた。
だがここで大きな問題が浮上した。
真宮時雨という少女である。
彼女の家は裏社会に通じ、その勢力は少々常識を逸脱していた。別に対戦に参加するわけでもなく、そういった力も持ってはいない。あくまでも現代社会の中で力を持っている組織、その程度だろう。
しかしそんな彼女が私と同じ学校に通っている、その事実は非常によろしくないと私は考えた。力とはベクトルが違ってもお互いに引き合う性質を思っている。つまり私やお父様が対戦を始めてしまうと、何かの表紙で彼女の家も戦いに巻き込まれてしまうのではないかと考えたのだ。仮にそうならなくとも、そうなる可能性が一番高いのは間違いなく彼女と真宮組だと私は決め付けていた。
ゆえにそれを悟ったその日から、私は行動を始めた。
つまり。
彼女をいじめることに決めたのだ。
そうすることで彼女は私に近づかなくなる。対戦が始まってしまうその日にはもしかしたらいなくなってくれるかもしれない。そう考えたのだ。
もちろん本心でいじめたかったわけではない。正直言ってかなり胸が痛んだ。だけどそうしなければ彼女が逆に苦しむことになる、苦しみになって言葉では言い表せないような苦痛を味わうことになる。
そう思うと、私の体は勝手に動いてしまっていた。
いじめることが目的ではない以上、危険なことは一切しない。もし彼女が自殺なんてしようとすれば全力で止める。そんな監視及びいじめの毎日が私の生活となっていった。
その結果、真宮さんは私から離れ、徐々に距離を置くようになっていった。クラスのみんなが真宮さんから離れていくのは少し想定外だったが、彼女の命のことを考えれば些細な問題だと考えた。
ゆえにここまではかなり順調だった。
だが。
物事がそう簡単に運ぶことはない。
むしろ、それまではうまくいきすぎていた。
そう。
ここで、事件が起きる。
中学一年生の春。
その日、私は「鏡妃愛」という少女に出会ってしまったのだ。
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