表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
930/1020

第六十三話 汚れた戦い、五

今回は麗子とハクの視点でお送りします!

では第六十三話です!

 麗子にとって目の前にあるその光景ははっきり言って異様と言う他ないものだった。彼女の持つ力のほぼ全てを出し切った結果、生み出された二体の皇獣。その皇獣たちがたった一人の青年に翻弄されていたからだ。

 麗子自身、自分が現実離れした力を持っていることは自負している。体を魔人へ変え、魔眼すら持っている彼女の力は、己がどれだけ常識から外れているか如実に表していた。

 ゆえに彼女はこの戦いにおいてもそれなりの自信を持って臨んでいる。彼女の目的が一体なんなのか、それはまだわからないが、それでもこの場で自分が勝利しようとしていることだけは確かだ。

 だというのに、その自信はことごとく打ち砕かれてしまった。それもあの妃愛の味方をしている得体の知れない青年に。

 どんなに麗子が策を講じようと、その先を瞬時に計算して対処されてしまう。だからといって身を引こうものなら、すぐにでも押し切られてしまうような恐怖すら感じてしまっていたのだ。

 その感覚は麗子にとって初めて感じる感覚だった。戦いの中で思考が加速する中、その全てを粉砕してくる相手。そんな相手にどうやったら勝てるか、それを考えようとしても上手く頭が回らないこの現状。何をしても上手くいかず、計算通りに進まないこの状況が彼女の精神を徐々に追い詰めていっていた。

 だが同時に。

 どうして、という疑問も浮かんでくる。

 麗子の過去は口にするのもおぞましいほど血に汚れている。だが彼女自身、そんな現状から逃げ出そうとなんども考え行動した。しかし結局は、逃げ場などなく気がついた時には同じ場所に戻ってきてしまうという繰り返し。

 手を伸ばしても誰も助けてくれず、決められた運命から逃げられない。それでいて自由すら奪われている彼女の人生は、悲惨という他ないものだった。

 だからこそ、彼女は思う。

 どうして「あの子(妃愛)」は助けられているのだろうか、と。

 私だって助けてほしかった。私だってそばにいてほしかった。私だって隣で守ってくれる誰かがほしかった。

 でも、でも、でも。

 それは与えられない。喉から手が出るほど欲したそれを麗子は手に入れられない。

 だが、妃愛は違う。皇獣に襲われているところをハクに助けられ、そのままずっと隣に寄り添っている。その光景は麗子が魔人になっても得ることのできなかった輝かしい景色そのものだった。


(どうして、あの子ばっかり………。私のほうが辛かった。何倍も何十倍も何百倍も!!!泣いて、吐いて、苦しくて、死にたくなるような思いだってした!それなのに、どうして私には………)




 救いの手が現れなかったんだろう?




 その言葉が心に浮かんだ瞬間、麗子の心に空いていた大きな穴がさらに広がってしまった。何を入れてもこぼれてしまうその空虚な穴は、どこまでも黒く、どこまでも深く、どこまでも空っぽだった。

 と、その時。


「ッ!?」


 顔を俯けていた麗子の隣にボロボロになったセカンドシンボルが落ちてきた。屋敷の壁は大きく破壊され、血のような液体を垂らしているセカンドシンボルがゆっくりと起き上がっていく。だが、いつの間にか追い詰められていたセカンドシンボルはふらふらと足を崩し、地面に倒れ込んでしまった。


(い、いつの間に!?擬似皇獣を倒されて一体どれだけの時間が………。は、早く持ち直さないと………)


 そう思った麗子は己の魔人としての力を発動させ、無理矢理セカンドシンボルをたたき起こそうとする。しかしすでに限界を迎えていたセカンドシンボルはその命令にすら従うことができずに、うめき声をあげることしかできなかった。


「キュグウゥ………」


「な、なんでいうこと聞かないの!?立って、立ちなさい!命令に従いなさい!!!」


「無理だ」


「なっ!?」


「そいつの体力はゼロに近い。擬似皇獣が死んで俺の攻撃をまともにくらってる今、仮に起き上がったところで勝機は皆無だ。傷を再生する力も、その隙さえ与えなければこのザマだ。もう諦めろ」


 麗子の振り返った先、そこには空からゆっくりと降りてくるハクと妃愛の姿があった。二本の剣を手にしながら感情のない顔で話しかけてきているハクにはまだまだ余裕がある。それは麗子にも痛いほど伝わっていた。

 そしてその事実は先ほどまで感じていた「恐怖」に近い感情をより大きくさせていってしまう。麗子の周りを取り囲んでいる皇獣たちは必死に麗子を守ろうとするが、ハクの異常なまでの気配に怖気づいてしまい、その体を震わせることしかできなかった。

 と、そこにハクの背中に乗っかっていた妃愛が顔を覗かせながらこんなことを呟いてくる。


「や、月見里さん!もうやめようよ!こんなことしてても誰も幸せにならないよ!」


「こ、こんなこと………?はっ、何を言い出すかと思えば。あなたにとってこの戦いは『こんなこと』なんて言葉で片付けられるくらい優しいものなのかもしれないけど、私の場合は違う。あなたが背中を向けて逃げ出そうとしてるこの戦いは私にとって大切なものなの!」


「………お前はそこまでして何を求めている?お前をそこまで駆り立てているのは一体なんなんだ?」


「あなたには一生わからないわ。そんな戦う力のカケラもない女の子守をしてるあなたには」


「なに?」


 そう麗子が呟いた瞬間、麗子は自分自身の左腕にうちを当てて、歯を皮膚に突き立てていった。そして思いっきりその皮膚を引き裂き血を肉を引きずり出していく。その光景に言葉を失ってしまったハクと妃愛は一瞬何が起きたのかわからないような顔をしていたが、すぐに意識を取り戻すと、大きく後ろに飛びのいて距離を取っていた。

 おそらく何かしらの恐怖を麗子から感じたのだろう。あのハクにそう思わせてしまうくらい今の麗子は狂っていた。引き裂いた皮膚をつばと一緒に吐き捨てた麗子は、隣で倒れているセカンドシンボルに近づいてその血を飲ませていく。


「お、お前、な、何を………!?」


「私の力は皇獣を呼び寄せ、その精神を操作するもの。それは間違ってないわ。でも、私は一度魔人になった後も、『魔人になり続けた』」


「な、なに!?」


「自分ではらわたを引き裂いて、皇獣の力や遺伝子を直接取り込み続けたのよ。その結果、イレギュラーではあるけれど『もう一つの力』が開花したわ」


 と、次の瞬間。

 麗子の血を飲んだセカンドシンボルに変化が現れる。今まで瀕死だったセカンドシンボルの体が大きく歪みぶよぶよと動き始めたと思えば、その体がアメーバのように分裂していった。


「ぶ、分裂!?い、いや、これはただの分裂じゃ………」


「ご明察。私の第二の能力、それは『自分の血を飲ませた皇獣のコピーを作り出す』こと。加えてその皇獣の体力は『全快する』。つまり、私が死なない限りこの子は絶対に死なないのよ。まあ、擬似皇獣には使えない能力だから不便ではあるけれど」


 その言葉には明確な殺気がにじんでいた。そして再び剣を握ったハクが苛立ちをあらわにしながら立ち向かっていく。


 後半戦かと思われた麗子との戦いはここにきて大きな佳境に突入する。

 しかし彼女がどうしてこの戦いに参加したのか、その本当の理由を知るものは彼女以外誰もいないのだった。














「くそっ!どうなってやがる!?増えすぎだ!」


 金色の擬似皇獣を倒した直後、俺はセカンドシンボルとの一騎打ちに臨んでいた。とはいえ、その結果など戦う前から見えている。回復の隙を作り続けていた擬似皇獣が倒された今、セカンドシンボルを守る存在はいない。となればいくら進化と回復を合わせた力を持っていても、その隙を潰すように動いていれば負けることなどないのだ。

 ゆえに俺は余裕を持ってセカンドシンボルを追い詰めていった。そして最後に、月見里麗子本人のそばに叩き落として様子を窺っていた。

 だがその直後、いきなり自らの腕を引きちぎった月見里麗子はその腕から滴る血液をセカンドシンボルに飲ませ始めたのだ。そしてその結果、セカンドシンボルは俺から受けたダメージを完全に回復させ、あろうことかまったく同じ気配を持つコピーを生み出してしまった。

 しかもその数は時間が経てばたつほど増えていっており、気がついたときには俺たちの周りを大量のセカンドシンボルが囲んでいるという状況が出来上がっていたのだ。

 一体一体はそれほど強くないセカンドシンボルであってもこれほどのまでの個体数が集まってしまうとさすがに骨が折れると言わざるを得ない。普通の皇獣がどれだけ集まろうと遅れを取るつもりはないが、相手はあの五皇柱の一角。そんな存在が逃げ場を塞いでくるほど大量に溢れてくれば、いくらなんでも怖気付いてしまう。

 俺は妃愛を背負いながら呼吸を整えると一番近くにいたセカンドシンボルめがけて二本の剣を振り下ろした。その一撃によってセカンドシンボルは命を落とすが、その市街からまた新たなセカンドシンボルが生み出され、その数は一向に減らない。それどころか、さらに分裂を繰り返しているようで、倒せば倒すほどセカンドシンボルは増えていった。


「お、お兄ちゃん!や、月見里さんの腕が………!」


「今は気にするな!あいつは魔人だ。あの程度の傷で死ぬようなやつじゃない!」


「ま、魔人………?や、月見里さんが魔人っていうのは本当なの?」


「くっ………。そ、それは………」


 もうその事実を隠すことは諦めた。そもそも月見里麗子自身が口にしてしまったのだ。今更それを隠そうなんて無謀にもほどがある。それに今は目の前の敵に集中しなければ、命が危ない状況だ。この状況で余計なことは考えていられなかった。

 ゆえに俺は自分でも信じられないくらい大きな声で妃愛に謝りつつ、ただひたすらセカンドシンボルと戦い続けていった。


「誹りはいくらでも受ける!だから今はじっとしていてくれ!この局面、一瞬でも気を抜けば待っているのは死そのものだ!もう数えるのさえも馬鹿馬鹿しくなってしまったこのセカンドシンボルを倒す方法を俺に考えさせてくれ!」


「お、お兄ちゃん………」


 その鬼気迫る言葉に圧倒されたのか、妃愛は何か言いたそうな表情を押し殺しながら黙って俺の背中に体重を預けていった。それを皇帝と受け取った俺は、大量のセカンドシンボルを前にしながら静かに思考を集中させていく。

 ………おそらく、あの月見里麗子の力は一度でもその血を飲ませた生き物をほぼ永遠に増殖させる能力なはずだ。それも増殖した個体はベースになったセカンドシンボルとまったく同じ気配を持っている。つまりあれはコピーというよりクローンに近い。それこそアメーバのような増え方で増殖し続けている。

 こうなった以上、俺が奴らを完全に葬り去れる方法は全部で三つだ。

 第一に、神妃化を使用してホワイトワールを放つ。いくら数が増えていると言っても所詮はまだこの敷地内に収まっている。であればその敷地ごと吹き飛ばす攻撃を打ち込めば問題なく消滅させることができるだろう。

 第二に、真・気配殺し。通常の気配殺しよりもより効率的に、より破壊的に対象の気配を消失させる最強の能力だ。それは一度使用すれば相手に触れずとも気配を殺すことができ、無抵抗のままあの世に送ることができる。

 そして第三。おそらくこれが一番現実的だ。前の二つはあまりにも威力が高すぎて悪い意味で目立ちすぎる。正体がバレないように神妃化すら封印している今、前者の二つはそもそも選択肢の中から外れてしまうのだ。

 よって第三の方法が挙げられる。

 しかしこの力も正直言って俺はまだ使いたくなかった。気配殺しに次ぐその破壊技は確かに目立ちはしないが、俺が神妃であることを如実に表してしまう能力なのだ。その事象すら消し飛ばしてしまえば、なんら問題はないのだがそれをやるには神妃化という力はやはり必須になってくる。

 だが、迷っている暇はなかった。

 これ以上このセカンドシンボルを放置してしまえば、どんな被害が出るかわからない。そもそも俺たちの生死以前に、敷地から漏れ出たセカンドシンボルが都市部に移動しないとも限らないのだ。そうなってしまうと、もはや流血沙汰なんて言葉では済まされない被害が待っている。

 そう考えた俺は迷いを断ち切りながらその力を発動させようとした。

 しかし。

 そんな俺の行動を遮るように、屋敷の一つの光が立ち上った。


「ッ!?あ、あれは………!」


「………なるほど。ここでようやくお父様の神器が復活したみたいね。これはますますこちらに有利な状況が出来上がっていくわ」


 そう。

 その光は。

 俺もよく知るあの神宝から発せられた光だった。

 想定以上に時間がかかってしまったことで、その神器の復活を月見里麗子を倒す前に許してしまったのだ。


 それは。

 言うまでもなく。




 月見里貴教が持っているこの世界のカラバリビアの鍵が復活した証拠だった。




次回はついてに貴教が戦闘に参加してきます!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ