第五十九話 汚れた戦い、一
今回はがっつり戦闘回です!
では第五十九話です!
「む………」
「………きましたね」
月見里家第二別荘のとある一室。
そこには戦闘態勢を整えた貴教と麗子が待機していた。しかしその顔には鋭い眼光と、威圧を放つような気迫で満ちている。そんな二人がいる部屋にも「その振動」は伝わってきていた。
「どうやら本当にやってきたみたいですわ。これからどうなさいますの、お父様?」
「………」
「お父様?」
「………鍵の調子が悪い。いや、これは………。何かによって相殺されているのか?」
「どういうことです?」
貴教の言葉に対してそう返した麗子は不思議に重ながらも、半ば反射的に屋敷内の気配を追っていく。するとそこには誰かによってなぎ倒されていく仲間たちの気配が大量に転がっていた。
「なっ!?」
「気がついたか………?俺たちはやつらの襲撃を予想していた。ゆえに鍵の力を屋敷全体に張り巡らせていつ襲撃されてもいいように備えていた。しかし今、その守りは跡形もなく消え去っている。気配を遮断する力も精神操作の力も、その他ありとあらゆる力が消失してしまっているのだ。………それに加え、今ここにある鍵さえも本来の力を発揮できずにいる」
二人が驚いているのは、まさしく今この場で起きてる現象についてだ。二人は事前にハクたちが攻めてきてもいいように万全の対策をスクグ式に施していた。万能と呼ばれる力を持つカラバリビアの鍵を使い、多種多様な能力を設置し最強の防御を固めていたのである。
しかしハクたちが屋敷内で暴れまわっているであろう振動が部屋に伝わってきた瞬間、倒されてしまった警備や使用人たちの気配とともに、カラバリビアの鍵の力が消失している事実が浮かび上がってきたのだ。
つまり、現時点ではハクたちの作戦は見事に成功したというわけである。そもそも敵に関する情報量で見れば圧倒的にハクたちの方が有利だ。地の利はないにしろ、圧倒的力を保有するハクたちが本気になれば、不利になるという状況のほうがまずあり得ない。
ゆえに今回もカラバリビアの力を使ってくるという前情報から先手を取ることができたというわけである。
とはいえ、それの事実を麗子たちは知らない。どうしてカラバリビアの鍵が使えなくなってしまったのか。どうしてその力が消失したのか。その理由はわからないままだ。
だが。
それは同時にハクたちにも別の意味で跳ね返ってくる。
「………」
「………どこへいく、麗子?」
「こうなった以上、私が出ないことには状況を好転させられません。少々早いですが、ここは私が引き受けます。その間にお父様は鍵の力を取り戻しておいてください。擬似皇獣たち『も』使えば時間稼ぎくらいはできますから」
「………」
そう返した麗子の言葉に貴教はすぐに頷かなかった。とても渋い顔をしながら視線を地面へ下げている。その姿を軽蔑するような目で見た麗子は一つ行きを吐き出しながら、その部屋を後にしようとした。
この男に何を言っても無駄だと、自分の心に言い聞かせるようにして。
しかし、そんな麗子の背中から飛んできた言葉は一瞬だけ麗子の動きを止めてしまうのだった。
「………絶対に生きて帰ってこい、絶対だ」
「いつになく父親らしいことをいうんですね。正直言って虫酸が走りますが、それも遠回しに私をけなしていると受け取っておきますわ。そうしないと私自身自我を保てる気がしませんので」
「………麗子」
「では失礼します」
そう言って麗子は部屋の扉をくぐり、戦いが繰り広げられているであろう場所に向かって動き出していった。戦いが始まってまだ五分と経っていないのに、仲間たちの気配が大量に沈んでいる。その感覚が麗子の足を少しだけ早く動かしていった。
そして勝手に声が漏れてしまう。
「………起動、アルファ個体、全番。ベータ個体は迂回、指示を待て、以上」
だがそう呟いた瞬間、麗子の体に鉛がのしかかったような重さが伝わってきた。思わず膝を地面につきそうになってしまうが、なんとか踏みとどまって持ちこたえる。そして立て続けに麗子の口はこんな言葉を表に出していった。
「………さあ、集まりなさい。私を『食べたい』でしょう?さあ、私の下へきなさい。きっと、私を『食べること』ができるはずだから………」
その『音』は空気に乗った直後、奇妙な空気を世の中に放っていった。そして次の瞬間、何かがうごめくように麗子の体がいびつに変化していく。
「うっ!?」
皮膚が盛り上がり、ぐしゃぐしゃと内臓をかき回すような音が響き渡る。瞳の色が赤と青が混ざったような気味の悪い色に変化し、髪は蛇のように勝手に動き出してしまう。
だがそれを麗子は目を見開いて力ずくで押さえ込んだ。
「うぅぅ、あああああああああああっ!!!」
するとその変化は徐々に弱くなり、数秒後には何もなかったかのような普通の麗子が戻ってくる。しかしその呼吸はかつてないほど荒れており、額には大粒の汗がにじんでいた。しかし麗子はそんな汗を手で拭って、さらに前へ進んでいく。
爆発音が鳴り響く戦場まで決して足を止めずに進み続けた。
そして。
そんな戦場にたどり着く頃には。
彼女の周りには、「得体の知れない何か」が大量に群がっているのだった。
「駆けつけてくれてありがとう。さあ、戦いの始まりよ。蹴散らしてちょうだい」
そして。
そんな彼女とハクが激突するとき、彼女に隠された秘密が明らかになっていくのだった。
「怯むな!打ち続けろ!相手はたったの二人。数でこちらが負けることはない!!!」
「お嬢様と旦那様の非難は終わっているのか!?どうなんだ、返答しろ、おい!」
「ダメです!魔術も武器も何一つ通用しません!つ、強すぎます!」
そんな会話が俺たちにも届いてきた。だが俺はそんなレイン中を問答無用で無力化させていく。気配創造は絶えず使用し、魔術や敵の気配を奪い続ける、そして目の前に立ちふさがる敵は俺がエルテナで峰打ちを叩き込んでいくというスタイルだ。
はっきり言ってかなり面倒な戦法だが月見里貴教と月見里麗子がまだ出てきていない以上、やつらをあぶり出すための材料になってもらうつもりでこの戦い方を選んでいる。カラバリビアの鍵の力はなくなったものの、おそらくその力はいずれ復活する。ガイアには一度その力で相手を封殺した後は、自由に動き回って相手の戦力を分散しろと言ってあるので、時間が経てば何もなかったかのように相手の鍵は元の力を取り戻すだろう。
だがそれすらも俺たちの作戦だった。
普通に考えればこのままカラバリビアの鍵を封じておく方が有利だと思うだろう。しかし俺たちとしてはある程度カラバリビアの鍵に頼ってもらったほうが何かと動きやすいのだ。
もし仮にカラバリビアの鍵が使えなくなり、まったく想像していなかった戦法をとられたらそれこそ厄介極まりない。であれば、奇襲の一手としてその力を封じ、そのあとは存分に鍵を振るってもらった方が俺としてはわかりやすいのだ。
そもそも相手がカラバリビアの鍵で、俺たちの知っている鍵とは違う力を持っているという情報さえわかってしまえば、あとはどうとでもなる。それを逆算して戦えばいいだけのこと。
ゆえに俺はやつらを泳がせるために、わざとこの状況を作り出していたのである。
とはいえ。
「ったく、面倒なほど敵が多いな。魔物みたいに躊躇なく殺せるんだったら簡単なんだが、さすがに相手が人間だとそういうわけにもいかないし………。ああ、くそ!たかが数百人の人間相手に俺は何やってるんだか………」
「だ、大丈夫、お兄ちゃん?」
「ん?ああ、今のは独り言だから気にするな。見ての通り俺は何も問題ないよ」
現在。
俺は妃愛を守りながら敵を無力化し続けている。気配創造で吸い取った気配を妃愛を守る盾として作り変え、常に腰に手を回させることによってこの状況を維持し続けていた。
正直言って戦いにくいことこの上ないのだが、転移や浮遊を使えば難しいことではないので今の所問題はない。
ゆえに俺はまったく別のことが気になっていた。
………妙だな。確かに敵の量は多いし、普通の人間だったら一瞬で殺されるくらいの戦力がここに集まってはいるが、それでもさすがに「弱すぎ」ないか?拳銃やナイフ、ミニガンやスナイパー、加えてロケランまで使用してきているが、それはただの科学兵器。もっと魔術的な攻撃を多用してくると思っていたが………。
一応魔術はいくつか確認できてはいるが、それもそこまで問題になる威力は持っていなかった。というかそれを考えても戦力の偏り方がひどい。化学兵器が九割、魔術攻撃が一割という比率だ。
帝人が率いる軍団なんだからもっと魔術的な攻撃が多いのかと思っていたが、実際はそうではないらしい。現に今、目の前に群がっている連中の全てが化学兵器に頼った戦い方をしている。
だが俺はその状況に微妙な違和感を感じていた。
いくらなんでもおかしい。あれだけあからさまにカラバリビアを始めとした神秘の力を使っているわりに、部下がその力の一端すら使わないんて本当にあり得るのか?そもそも、俺がこんな西洋剣で戦ってるのに、何も疑問を覚えないのはどうしてだ?
と、そんな半ば結論にたどり着いた考えを巡らせた瞬間、「それ」は姿を現した。
「お、お兄ちゃん、あれっ!」
「な、なに?………な!?あ、あれは………」
そこに浮かんでいたのは巨大な魔法陣だった。それも一つじゃない。何重にも重なるように展開されたそれは、螺旋を描くように空へ伸び、膨大な魔力を放ちながら大きくなり続けていた。
「ちっ。そうか。どうりで魔術を使ってくる敵が少ないわけだ………。この魔術を発動させるために人を割いていたってことか」
「隙あり!よそ見しすぎだ!」
「これはもらったぞ!」
「バカ言え。俺がよそ見なんてするかよ」
俺が空に視線を上げたことで、それを隙だと勘違いしたやつらが襲いかかってくるが、俺は即材にそれを県で斬りはらって無力化し、現状の把握に努めていく。
俺たちの世界の魔術には属性というものがない。ゆえにアリエスが使っている魔術のように魔法陣の色や形でどんな魔術が放たれてくるのか予測することはかなり難しい。
ゆえに今回の魔術もその類なわけだが、だかといってこの俺が驚くわけがない。たじろぎだってしない。むしろ奇妙な違和感の正体がつかめて喜んでるくらいだ。
だから俺はその魔術が放たれる瞬間めがけて、同じように力を打ち出していく。
その力は万物を消しとばす最強の破壊技だ。そして二度と再生を許すさない。かつてあの星神を滅ぼしたその力を俺は遠慮なく空へ突き出していった。
「お前らの魔術がいかに強力だろうと関係ない。俺はそれを上から握りつぶすだけだ!」
水色の煙。
それが空を覆った。そしてその煙は魔法陣に触れた瞬間、術式の根幹から全てを破壊していく。ある意味神々しいその光景はこの場にいる全員を硬直させた。
「ば、馬鹿な!?あ、あの魔術を一撃で消しとばしただと!?」
「し、信じられない………。こ、こんなことが………」
「ば、化け物だ………。に、人間じゃねえぞ、あいつ………」
そんな声が聞こえた直後、俺の隣にいた妃愛が不意にこんな言葉を漏らしてくる。
「お兄ちゃんの力、すごく綺麗だね………」
「そうか?でもまあ、そういってくれると少し嬉しいかな」
その力の名はいうまでもなく「気配殺し」だ。
人間が繰り出す魔術の力なんてたかが知れている。気配殺しであればその程度の力を消しとばすことなど朝飯前だ。ゆえに俺はその力を躊躇うことなく放った。だがそれは相手の心をへし折るには十分すぎる威力を持っていたらしい。
魔術が消し飛ばされたことによって、俺という存在の力を理解した連中は怯えながらその足を一歩、また一歩と後ろに下げていく。
どうやらここが潮時らしい。俺はそんなやつらを威圧するように強く一歩踏み出すと、一つの忠告をぶつけようとする。
だが。
「戦う意思がないなら道をあけろ。無闇に命を落とす必要は………」
「あなたの相手はこの私です」
その言葉は遮られた。そして今まで感じたことのない威圧が俺に叩きつけられる。
そして俺はその言葉を放ってきた主を見た瞬間、自分の思考が固まってしまったことを理解した。
なにせそこには………。
「皇獣………?ど、どうして月見里さんの隣に皇獣が………!?」
「ああ、これのことかしら?この子たちは私の『友達』です。中には擬似皇獣も混ざってるけど、ほとんどが『本物の皇獣』。さあ、ここからが本当の戦いよ」
皇獣。
それも彼女、月見里麗子が言ったように紛れもない本物の皇獣たちが彼女を取り囲むように群がっていたのだ。
次回はこの戦いの続きになります!
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次回の更新は明日の午後九時になります!




