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第五十八話 秘策

今回から戦闘回になります!

では第五十八話です!

 どうして私はお兄ちゃんについていきたいなんて言い出したんだろう?

 その答えは私自身もわからないままだった。側から見れば時雨ちゃんを傷つけた月見里さんに一言言ってやりたい、というか復讐したいと思われているはずだ。多分、鬼ちゃんもそう思っているに違いない。

 でも、実際はその感情以外にもまた別の気持ちが私の体を動かしていた。それはなかなか言葉にしにくく、かといって口に出せないわけでもない本当に微妙な感情だった。

 そう、それはただの叱責。どうしてこんな戦いに身を置いているのか、どうして時雨ちゃんを襲ったのか。そしてもう普通の生活に戻る気はないのか。そんなよくわからない怒りが心の中に渦巻いていたのである。

 普通ならいじめられて、なおかつ命まで狙われている相手にそんな感情を抱く方がどうかしているだろう。事実、私も自分のネジがどこか飛んでいることに気がついている。

 でも体は動いてしまうのだ。まるで月見里さんも一人の被害者だと誰かが言っているかのように。

 だから私の体は動いていた。怖くて怖くてたまらないけど、お兄ちゃんについていくと決めたのだ。

 そんなことを考えながら、私は自室で戦いに向けて準備を進めていく。準備といっても動きやすい服装に着替えるだとか、髪が邪魔にならないように結ぶだとか、そんな程度なのだが、私の場合自分の気持ちに整理をつけるために今という時間を使っていた。

 きっかけがどうであれ、今から私は月見里さんと戦うのだ。向こうは確実に私を殺すつもりでかかってくるし、私たちもそれ相応の振る舞いはしなくてはならない。もしかしたら、剣を取って月見里さんの首にそれを突きつけることだってあるかもしれないのだ。

 そうなった時に、果たして私は冷静な判断が下せるか、それが心配になってしまう。だからこそ今ここで、一番落ち着く自分の部屋で精神を集中していたのだ。


「………だ、大丈夫。今はお兄ちゃんもいるし、何かあっても心配ない。大丈夫、大丈夫………」

 しかし心の揺れは治らない。それどころかそう考えれば考えるほど心臓がばくばくと鳴り響いていった。その音は耳の奥まで響き渡り、頭全体を鈍く揺らしてくる。その感覚は吐き気を襲わせてくるほど気持ちの悪いものだったが、それは思いっきり自分の胸を叩くことで押さえ込んだ。

 代わりに一瞬だけ意識が飛びそうになってしまうが、ベッドに体を倒すことでその感覚さえも封じ込める。

 と、そこで、私の目に窓の外にある暗い空が映り込んできた。

 すでに日は沈んでいる。お兄ちゃんが攻めるなら夜襲のほうが何かといいだろう、ということで夜まで時間をずらしたのだ。だがその空には月が浮かんでおらず、雲で隠れているようだった。

 だがその景色を見た瞬間、私の頭の中にとある記憶が蘇ってくる。それはあの手帳にすら書かなかった些細な出来事。失った記憶でもなく、今もしっかりと覚えている記憶の断片。それが今、どういうわけか脳内で再生されていた。


「あ………」


 そこは私の家の玄関だった。

 私がバスに轢かれた後すぐに退院し、いざ学校へ向かおうという初日の夜。インターホンが鳴り急いで玄関へ出ていくと「その人」は立っていた。私としても「その人」がそこにいる理由がわからず、慌てたのを今でも覚えている。

 だが結局、「その人」はそのまま何も言わずに去っていった。今日のように月明かりもなく真っ暗な夜だったので、はたして「その人」が本当に「その人」だったのかはわからない。ただその時は本人だったと確信していたはずだ。

 しかし今になってそれは本当に「その人」だったのか疑問に思えてきた。

 なにせ「その人」の浮かべていた顔が………。


「………泣いてたよね、確か。でも、どうして………?あの時は何も不思議に思わなかったけど、どうして泣いてたんだろう………」


 そして少し後悔する。

 もしあの場で「その人」を呼び止めていたら、今のような状況にはならなかったのかもしれない。こんな醜い争いを繰り広げる必要はなかったのかもしれない。何の根拠もないが、自然とそう思えてしまった。

 と、思ったその時。


「妃愛―。入るぞー」


 コンコンコンというノックが響き、部屋の扉が開かれた。そこには始めて会った時と同じ白いローブに身を包んだお兄ちゃんが立っていた。腰には真っ白な長剣がささっており、その姿からいつもとは違う緊張した空気が伝わってくる。

 私はそんなお兄ちゃんが部屋に入ってきた瞬間、ベッドから起き上がって服のシワを伸ばすと照れを隠すように微笑みながらこう問いかけていく。


「ど、どうしたの、お兄ちゃん?もう準備できたの?」


「ああ。だから妃愛を呼びにきたんだけど、入っちゃまずかったか?」


「ううん、大丈夫だよ。まあ、着替え中とかだったら問答無用で殴り飛ばすけど、もう着替え終わってるし、見られて困るものもあんまりないからね。気にしないで」


「あー、き、着替え中ね………。うーん………。よ、よかった、ちゃんとノックしといて………。というか妃愛がまともな女の子で安心したよ」


 と、そんなことを呟いたお兄ちゃんは頬をかきながら私から視線をそらしてしまう。その仕草はあまりにも不自然すぎて聞く気はなかったのに、勝手に口が動いてしまった。


「え、まさか、お兄ちゃん。女の子の着替え中に覗いちゃうこととかあったの………?さすがにそれはドン引きというか、もう一緒に生活したくないというか………」


「いやいやいや!決してそんなことはない!だから安心してくれ!………い、いや、むしろ俺の場合、女の子の方が変態だったからなあ。着替え見られても平気なやつとか、水着その試着に連れ込むとか、男湯にいつの間にか侵入してるやつとか………。苦労してるのは毎回俺なんだよ………」


「な、なにそのハーレム展開………。お兄ちゃんもしかしてアニメとか漫画見すぎて中二病こじらせちゃった?」


「自分が痛いやつだって自覚はあるけど、さすがに中二病ってわけじゃないと思う………。存在がアニメや漫画の塊みたいな人間だからあんまり説得力ないかもだけど………」


 それは否定しない。

 異世界からやってきただとか、空飛んだりだとか、挙げ句の果てに西洋剣こしにぶっさしてるだとか、そんな人間がこの世にいたら誰だってそう思うだろう。

 でも、これが現実に起きてしまってるのだから信じざるを得ない。

 というかそんなことより、お兄ちゃんの周りにいた女の子たちについて詳しく聞きたいんだけど………。


「っていうか、そんな話はどうでもいいんだ。それよりも準備できたか?できたならそろそろ行こうと思うんだけど」


 はぐらかされた。

 いや、まあ私だってこんな緊迫した空気でこんな話がしたいわけではない。でも気になるものは気になるのだ。この一ヶ月一緒に生活してきてお兄ちゃんがやましい考えの持ち主ではないことはわかっているが、そんなお兄ちゃんにくっついてくる女の子というのは非常に興味がある。

 というわけでいつか絶対に聞き出そうと心に誓った私は、その感情を無理矢理押さえ込んでお兄ちゃんにこう返事を返した。


「うん。大丈夫だよ。いつでもオッケー」


「そうか。ならそろそろ行こう。どうせ向こうもお待ちかねだろうしな」


 その瞬間、部屋の空気が変わった。

 そしてその空気に後押しされるように私たちは玄関へ向かう。動きやすい靴を履き、いつも以上に重たく大きく見える扉を開けて外に出た。するとそこには準備万端と言わんばかりのガイアさんが浮かんでおり、少しだけ微笑んでこう呟いてきた。


「やっときたわね。その様子だと心の準備も問題なさそうじゃない?」


「まあな。それじゃあ早速行こう。この戦い始まって最初のガチ戦闘だ。気合い入れていくぞ!」


 そうお兄ちゃんが力強く言葉を口にした瞬間、私たちの体は霞気がついた時には月見里さんたちが籠城しているであろう屋敷の上空にたどり着いていたのだった。


 そしてついに戦いが始まる。

 後悔と未練、そして血に汚れた醜い戦いが。
















「つーわけでたどり着いたわけだが、気配も殺してるし気づかれている形跡はなし。カラバリビアの効果範囲も読めたし、その中にはまだ入っていない。今の所完璧だな」


「ええ。でも本当にこの作戦でいいの?私はいまだに不安なんだけど」


「問題ないさ。なにせ今回は俺の魔力を使うんだ。俺の魔力の貯蔵の多さはお前も知ってるだろ?つまりお前が心配しないといけないのは力のコントロールだけ。その点で言えばお前は神々の中でもトップクラスだ。違うか?」


「持ち上げてくれるじゃない。普段なら坊やの分際で偉そうに、っていうところだけど今日はその挑発に乗ってあげるわ。私だってあの人間にコケにされた仕返しはしておきたいから」


 そう言ってガイアはどこからともなく「とある武器」を取り出していった。それはこの場に出現した瞬間、圧倒的とも言えるほどの力を振りまいていく。しかし俺はその武器に気配創造の防御膜を張って、力が外に漏れ出さないように調整した。


「これで全ての準備は整ったな。んじゃ最後の確認だ。気持ちの準備は大丈夫か?」

 この戦いは力というより精神的力がものをいう戦いだと思っている。そもそも力の大小で言えば俺たちが負けるはずがない。それは確定的な事実だ。しかし俺とガイアはともかく妃愛に関しては、腐っても同級生に剣を向けるという異常事態を目の当たりにすることになる。そうなると多少の覚悟では気を保てない可能性もなくはない。

 ゆえに俺はそう問いかけたのだが、その言葉はどうやら必要なかったようだった。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私はもう覚悟できてるから」


「だそうよ、坊や?これは頼り甲斐があるじゃない」


「だな。よし、それじゃあ、早速始めるか」


 俺はその言葉に強く頷くと、視線をガイアに流して作業を進めるように伝えた。そして俺と妃愛は気配を消しながらゆっくりと屋敷に向かって下降していった。

 この屋敷には魔眼で見た通りカラバリビアの力が大量にかけられている。一定の範囲内に入れば数多の攻撃が降り注ぐだけでなく、この屋敷の使用人や武装集団に襲われるだろう。

 結局何をしてもその問題は避けられないのだが、大元になっているカラバリビアの力を無効化できればこの屋敷の攻略はかなり楽になると俺たちは考えたのだ。

 とはいえ神妃化も使えず空想の箱庭も目立ちすぎるという状況で、俺たちに何ができるのか、そう考えた結果、とある結論にたどり着いた。

 ガイアの手に握られているのは、武器でありながら武器とは思えない形状をしており、いびつに曲がった刀身は剣にも杖にも見えてしまう不気味な姿を持っていた。加えてその武器の形状は絶えず変化しており、まるで生きているかのように不規則に動き続けている。

 その武器を俺はよく知っていた。

 なにせそれは俺の一番大切な人が持っている武器そのものだったからだ。

 しかし厳密にはその武器のオリジナルではない。俺が彼女にその武器を渡す際にいくつか複製として作り出したその一つ。それが今、ガイアの手の中にある代物だった。

 回りくどい言い方をしたが、つまるところその武器は………。


「目には目を、歯に歯を。つまり、カラバリビアにはカラバリビアを。そっちが万能の武器を使うならこっちだって同じものを使ってやる。言っておくがこのレプリカは確かにレプリカだが、劣化しているお前らのカラバリビアよりははるかに強力だぞ!」


 そう俺が吐き出した次の瞬間、屋敷全体を囲っているカラバリビアの力を押さえつけるようにガイアの持つ「カラバリビアの鍵」の力が降り注いだ。その力は容赦無く元あった力を叩き潰し、無防備な屋敷を晒してしまう。

 そう。

 これが俺たちの作戦だった。

 向こうが神器、もとい神宝で戦ってくる以上、そのオリジナルとなる武器の全てを所有しているこちらにアドバンテージがあるのは列記とした事実だ。であればそれを使わない手はない。

 ゆえに俺は俺が持っていたカラバリビアの鍵をガイアに託した。ガイアにその力を使わせ、相手の力を吹き飛ばした隙に俺たちは屋敷の中に入り込む。これが俺たちの作戦だった。

 そしてその光景を確認した俺は妃愛の体を抱きしめて猛スピードで屋敷の中庭に降り立った。そして爆風を撒き散らしながらわらわらと集まってきた敵の集団にこう告げていく。





「先手は撮らせてもらったぜ?こっから先は好き勝手暴れさせてもらおうか!」




 こうして戦いは始まった。

 だが俺は知らなかった。この月見里家に秘められたとある秘密を。


次回から両者がぶつかっていきます!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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