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第五十七話 開戦の裏

今回は色々な人物の視点でお送りします!

では第五十七話です!

「これでようやく準備は整ったな」


「はい、お父様」


「おそらくやつらはすぐにこの屋敷にやってくるだろう。そのための襲撃だった。多少死人はでてしまったが、それでも被害は抑えられた方だろう。無意味な殺生は俺も好まん」


 そう告げた貴教は昼間だというのにグラスに注がれたワインを勢いよく飲み干していった。そんな父親を見ている麗子は何一つ表情を変えないまま大きくふかふかとした椅子に腰掛けている。

 しかしその表情は少しだけ硬かった。加えて顔色も悪い。何かに恐怖しているというわけではなく、単純に体調が悪そうな雰囲気を醸し出していた。


「………体調はどうだ?問題ないか?」


「特には。ですが、仮に私の体調が崩れていたところでお父様は止まらないでしょう?その質問は無意味以外の何物でもありませんわ」


「………そういうところは『あいつ』にそっくりだな」


「当然です。血の繋がった『家族』なんですから。切りたくても切れない血の縁が私には流れています。お父様と違って」


 その瞬間、ただでさえ重かった空気がさらに重さを増し、暗く重たい雰囲気を作り上げていく。二人にとってこの空気は別に珍しいことでもなんでもないのだが、もしここにそんな二人の関係を知らない者が入っていれば、たちまち胃の中のものを吐き出していたはずだ。

 そう断言してしまえるほど、この空間に流れている空気は不気味で奇妙で、そしてどこまでも重たかった。


「………話を変えよう。今のお前の力で問題なく事を運べそうか?」


「それは話を変えた、ではなく問いかける視点を変えたと言うべきなのでは?………まあ、あえて答えるなら、特に問題はありません。所詮私はお父様の『駒』にすぎません。問題があろうがなかろうが、最終的に落ち着く結果は変わりませんわ」


「皮肉のつもりか?」


「ええ、半分は。まあ、もっとも。この皮肉を聞かせたい人物はここにはいないのですが」


 この会話の意味を理解できものはこの世界に三人しかいない。そのうちの二人がこの場に集合し、残った一人は未だどこで何をしているのかわからない状況だ。とはいえ、今の二人にとって大事なのはこの戦いに勝利することだけ。

 そうすれば全てが解決すると、そう考えていたのだ。


「………『あいつ』はおそらく俺たちのことすらただの人形にしか見えないんだろう。そう思えてしまうくらい『あいつ』は壊れている。そんな『あいつ』の手の中で踊らされている俺たちは勝つしかないんだ、わかってくれ」


「わかってますよ、お父様。お父様は常に私のことを一番に考えてくれました。その事実は私も理解していますわ。ですが私はお父様が『私にしたこと』を忘れたわけではありません。それはお忘れなく」


「………ああ。それは俺の背負うべき罪だ。忘れはしない、絶対に」


「では、私は戦いの準備を始めますので、失礼します。今回の戦いは創造以上に大きくなりそうですから。『餌』の私がしっかりしないと、全てご破算です」


「………頼む」


 そう言って麗子は椅子から立ち上がって部屋を出ようとした。しかしそんな麗子がドアノブを握った瞬間、背中から自らの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。


「麗子」


「はい、なんでしょうか?」


「………愛している、一人の娘として」


「………」


 返事は返さない。

 そんなことは言われなくてもわかっているからだ。

 ゆえに麗子はそのまま部屋を立ち去った。屋敷の廊下を一人で歩き、与えられている自室の中に入っていく。そしてその扉を固く閉じ、鍵をかけたことを確認した麗子はそのまま床に膝をつけてしまった。


「………ッ。はあ、はあ、はあ…………。うっ!………ごほあぁっ!!!」


 そして吐き出す血塊。

 赤い血液が固まったそれは、普通の人間が出していい血の量ではなかった。しかしそれを麗子は口から吐き出したのだ。しかも血液の中には大きな血の塊も混ざっており、絨毯を真っ赤に汚してしまう。

 だがそれと同時に、麗子は自らの体を支えられず血濡れた絨毯に倒れてしまう。べしゃっ!という音が立ってしまうが、もはやそんな音にすら意識が回らないほど今の麗子は憔悴していた。

 いや。

 正確に言えばそれは………。


「………もう、限界なのかしら?治癒も追いつかず、体は蝕まれ、意識は混濁している。ふっ、これを生きている人間だなんて誰が言うのかしらね………。まあ、どうしようもないことだけど………」


 その言葉を呟いた瞬間、麗子の意識はそこで落ちた。小さな寝息が響いてきているため、死んではいない。しかしその顔色は一向によくならなかった。睡眠時間にして一時間ほど麗子は意識を失っていたが、目覚めた後も麗子の様子はまったく変わらなかったらしい。

 身体中血だらけになっていた麗子をみたメイドや執事は何事かと驚いたようだが、麗子の鋭い視線がその口を封じたようだ。だがそんな疑念と心配が渦巻く中、物語は動き出してしまう。


 そしてその二時間後に。

 ハクと妃愛、そしてガイアがこの屋敷にやってくるのだった。












「さて、いよいよですね。高みの見物にはなってしまいますが、これは多分心が踊ってしまいます」


 そう呟いた白銀色の髪を持った女性、ミストは目の前のテーブルに置かれている豪華な料理に手を伸ばしていった。そしてその料理を口に運びながら、さらに言葉を紡いでく。


「ハクという青年の力も十分気になりますが、それ以上にあの月見里家が持っている神器の力も気になりますね。先の戦いではそれほど力を披露していませんでしたし、情報を収集しようにもできなかったというのが本音です。ですが、今回はさすがにそんな寝言は言ってられないでしょう、なにせ相手はあのハクなのですから」


 と、その時。

 ミストの隣に立っていた執事風の男の手から一枚の紙がミストに手渡された。その髪には何やら文字が記載されており、それをミストは目を細めながら読んでいく。そしてそれを読み終えたミストは大きなため息をついて、こんなことを口にしていった。


「はあ………。ここで彼が動き出すんですか………。厄介なことになりましたね、これは。一国の『国王』が相手となると、さすがの私も大きく出るわけにはいきませんし、どうしたものでしょうか………」


「お嬢様、この手紙いかがなさいましょう?」


「そうですねえ………。今の所は無視で構いません。私は初めから誰かと組む気はありませんし、そもそも『彼』は論外です。あれほどプライドが高く面倒な男性を私は知りません。できれば対戦も辞退してほしかったというのが本音ですが、まあ、そういうわけにいかず………。というわけで、今はシカト、で、お願いします」


「かしこまりました」


 ミストは最後にいたずらっぽく笑って執事にそう告げると、再び料理を口に運び頬を上気させていった。その仕草はどこにでもいるような少女のようで、人喰いの魔人とは思えない表情を浮かべている。

 だが、これこそがミストという魔人の特徴であった。

 ミストは確かに人間を食べるが、好んで食べる事はない。というか、普通に人間は不味いと思っている。つまり好き嫌いの問題だ。当然、その中にはモラルであるとか半ばマナー的な自己ルールが存在しているのだが、ミストの好物はあくまでも一般的なご飯と料理。

 ゆえに空腹時は普通の人間と同じ食事をし、デザートだって笑顔を浮かべて食べる。普通の魔人だとなかなかこういうわけにはいかないのだが、世界に一人だけしか存在しない先天的な魔人はこういう面でも特殊なようだ。

 だが、そんなミストの表情が徐々に曇り始めていく。その理由は決して料理が不味かったというわけではなく、また別の原因があった。


「………ですが、ここまできて『彼女』が動かなかったのは意外ですね。どこまで『黒幕』を気取っているのかしりませんが、少し調子に乗りすぎな気もしますね。まあ、さすがに今回は姿を表すでしょうが、それにしても不気味な印象は受けます」


 ミストはハクや姫の知らない情報を大量に所持している。そしてその中にある情報をつなぎ合わせることによって、これから起こりえる状況を推測しているのだ。そして導き出された答えが、今の言葉だ。

 だがその言葉を理解できるものはこの場にいない。というかこの世界に存在しないだろう。彼女の頭脳が常識を超えた速度で回転し、導き出した答えについてこられるものなどこの世界のどこを見ても見つからない。

 それがミストという魔人の凄まじいところだった。


「それに………。未だに判明していない『最後の帝人』。それが一体どこで何をしているのか。これだけは早急に調べる必要がありそうですね。『二番と三番』も動き出したようですし」


 そう言って、ミストは食事に集中していった。それからは一言も喋らずにフォークとナイフを動かしていく。だがその表情は常に楽しそうだったらしい。


 つまり。

 ミストは現時点においてまだまだ余裕なのだ。

















 灯りは一つだけ。

 頭上から降り注ぐ電球の光だけだ。

 その光の下に一つの椅子があり、「それ」はその椅子に腰掛けながら目を閉じていた。しかしその目がゆっくりと開き、漆黒の双眸が姿を現してくる。だがその瞳はすぐに翡翠色に変化し、「それ」を包んでいた雰囲気ごと変化させていた。


「………ちっ。面倒なことになったな。ここにきて『あのとき』の選択が尾を引いてくるとは。まあ、大した問題ではないと言えばそれまでだが………」


 「それ」は人の女の形をした存在だった。どこからどうみても女性にしか見えない姿をしておきながら、どういうわけか口から出てくるのは乱暴な言葉だけ。その身にまとっている空気もどちらかと言えば男を思わせるような刺々しいものだった。

 しかしその声自体は女性のものだった。かなり低くしているものの、結局は女性特有の高い声で、器自体は生物学上女であることを示している。

 だが、その人物の瞳の色が再び黒く戻ると、今度は脳がとろけそうなほど甘く柔らかい言葉が口から飛び出してきた。


「あなたの考えていることはわかるわ。でも心配しないで。『あの二人』なら大丈夫。きっと全てに打ち勝ってくれるわ」


 そしてまた瞳が翡翠色に輝く。すると自然とこの場に流れている空気も変化していった。


「俺にはお前ほど奴らに対する信用がない。俺はあくまでもお前とは別人で、別の『個体』だ。例外に例外を重ねた結果、今のような『契約』に至っただけのこと。そんな状況で俺に信用だの信頼だの、そんな言葉を今更吐き出せなんて無理を言うにもほどがある」


 そもそもだ、そう言って「それ」は口を動かし続け、言葉を紡いでいった。だがその言葉は徐々に口調が荒くなり苛立ちが感じられてくる。


「この『俺』を呼び出しておきながら対戦に敗北するなんて絶対に許されねえことだ。お前もそれはわかってるだろ?それなのにお前ときたら自分は戦わない、なんて戯言を抜かしやがった。どれだけ俺が情報しているか、わかってんだろうな?」


 その言葉に返事は返ってこなかった。

 当たり前だ。なにせこの部屋には人という存在が一人しかいない。それなのに返事が返ってくるなんておかしなことはまず起きないだろう。

 だが何事にも例外はある。そして例のごとく、この環境こそがその例外に当てはまるものだった。

 瞳の輝きが消失し、再び漆黒がのぞいた瞬間、別の何かがその器を使って喋りだしていく。


「わかってるわ。でも、これが最善。戦うことのできない私が戦場に出るより、戦える人間が前に出たほうが戦況はよくなる。これだけはれっきとした事実よ。だが、今回は『あの二人』に託すことにしたの。対戦の全てを」


 その言葉が放たれた瞬間、またしても瞳が輝き口が動き出す。しかしその口から出てきた言葉は、とても短く聞いているだけでは何を意味しているのかまったく理解できなかった。


「………お前は戦えないんじゃなく、戦わないんだろが」


 そして今度こそ、その言葉に反応するものはいなくなった。ただただ静寂が流れ、無にも等しい時間が流れていく。そんな時間の中で「それ」は生きてきた。ゆえに慣れている。慣れているからこその落ち着きがある。

 そう。

 この場において。

 最悪の悪魔がそこにいたとしても。


 何一つ顔色を変えずに「それ」は佇むことができた。

 それが彼女にとって「最善」であったから。




 だが断言しよう。

 彼女にはもう人の心というものが。




 ない。




 ゆえにここからは人外たちの戦いになる。


次回はハクたちの視点に戻します!

誤字、脱字がありましたらお教えください!

次回の更新は明日の午後九時になります!

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