第五十一話 裏の顔
今回はハクの視点でお送りします!
では第五十一話です!
「くっ………!」
いきなり襲いかかってきた臓器たちに向かって俺はエルテナを抜こうとする。だがその手は瞬間的に冷静になった俺の思考が止めてきた。
ま、待て!待つんだ!
この臓器たちはまるで生きているかのように動いている………。こうなってくると間違いなく魔術的要素が付与されてるに違いない。だがそれを殺してしまっていいのか?もし仮にこの臓器たちが誰かの体と繋がっていたら………。
魔術を使用し、体の一部を贄や武器として変化させる手法はそこまで珍しくない。ご存知の通りあのオーディンですら自らの瞳を代償に膨大な知識を手に入れたぐらいだ。ゆえに目の前で起きている現象にはそこまで驚かない。
だがこの光景は一つだけおかしな部分がある。
それは、臓器たちが元の体を離れてもなお、動き続けているという点だ。しかもその動き方は自動的な命令によるものではなく、意思を持って動いているように感じる。こうなってくるとこの臓器たちはもはや「生きている」と言うことができるのだ。
しかしそれは本来ありえない。贄にしろ武器にしろ道具にしろ、一度摘出し魔術を施した臓器はこのような動き方は絶対に見せないのだ。というかする必要がない。臓器たちに自我を持たせて侵入者を撃退するシステムを組み上げるくらいなら、使い魔を大量に生み出したほうがよっぽど効率的だからだ。
だから俺は悩んだ。この臓器たちを本当に殺していいものなのかと。もしかしてまだ人間と繋がっているんじゃないかと。そう思ったのだ。
ゆえに俺は赤い液体を撒き散らしながらウネウネと襲いかかってくる臓器たちの攻撃を避けながら、隣に立っていたガイアに話しかけていった。
「ガイア!こ、こいつらは………」
「………ええ、わかってるわ。でも本当に妙ね。世界に生ける子なんだったら少なからず私の力を感じるはず………。世界は違えどそれは変わらない。それなのにこの臓器にはそれがない上に、そもそもこれは普通の臓器じゃ……」
「おい!この局面で独り言はよしてくれよ!」
「わかってるわよ!と、とにかくあなたもあなたで避けてるばかりじゃなくて気配創造やらなんやらで動きを封じてみたらいいでしょ!神妃様なんだからそれくらいしないさい!」
「それはわかってるが………」
やはり抵抗がある。
人間の臓器にはあまりいい記憶がない。というかあるはずもない。
脳裏に浮かぶのは、現実世界でアリスがサタンに襲われていた時のこと。あの一瞬から俺は人間がどんなに脆く、どんなに弱い存在なのか知ることになった。そしてそこには腹を斬られたアリスが腑を地面に落として転がっていて………。
「ぐっ!」
だ、だめだ!今は目の前の敵に集中しろ!というかどうして今、あの記憶を思い出した?どうして真話大戦のことを………。い、いや、考えるな!生き物の血肉なんていままでいくらでも見てきただろ!今更怯むんじゃねえ!
何かが、何かが俺の思考を誘導しようとする感覚が走る。どうしてここにきて弱気になってしまうのか、その理由がわからなかった。どうして昔のことばかり思い出してしまうのか、それもわからなかった。ただ確実に言えるのは言葉にできない何かが俺を侵食しようとしているという事実だけ。
でも、これは言うなれば………。
いつもの俺ではなくなっている。
その事実を認識するには十分すぎる証拠だった。
「くそっ!気配創造!」
とはいえここは戦場だ。戦場で気を抜けばそれは死に繋がる。特に今回のような得体に知れない相手と戦うときは余計に神経を研ぎ澄ませなければいけない。だというのに今の俺はこの臓器たちを見た瞬間、何かに焦っていた。
フラッシュバックが起こり、見たくもなかった記憶が蘇る。そう、言うなればそれはこの展開すら誰かに操作されているかのような、そんな感覚だった。
そしてそれがわかってしまったからこそ焦る。このまま誰かの思惑通りに行動して、その手の中で転がってしまうのではないかという焦燥が襲ってきたのだ。
だがそんな俺の意思に反して、気配創造の力はすぐさま水色の刃を作り出し、臓器たちに突き刺さっていった。今回の刃には殺傷能力はない。気配に突き刺さり、その行動を拘束する力しか持っていない。
ゆえに動いていた臓器たちは一匹残らず地面や壁に貼り付けられることとなった。だが俺たちの心は落ち着くことはない。というか逆に荒れてしまっていた。
そしてその理由は二人とも同じ………。
「………ガイア、感じたか?」
「………ええ。かなり癪だけど感じたわ。というか踊らされたと言うべきかしらね。精神干渉………。それも相手の意表をつくことで限りなく成功率を上げる力。こちらの記憶を掘り返し、それをフラッシュバックさせる。その隙にこの臓器たちが襲いかかり無力化する。そんなところでしょう。そしてそんなことができるのは………」
「カラバリビアの鍵、か………」
俺がどうしてアリスのことを思い出してしまったのか。それには理由がある。先ほど、図書館を出た時に思い出したアリスの記憶と今回の出来事はまったく別だ。今回のそれは半ば意図的に記憶を掘り起こされた、そう言っていいだろう。
だが俺やガイアは神だ。神に対する精神干渉はとてつもない難易度を誇る。というか絶対に成功しないはずだ。まともなやり方では俺はもちろんガイアにすらそれは弾かれてしまう。
だが今回はまともなやり方ではなかった。
神の精神、記憶にすら干渉できる神宝。それが今この世界にたった一つだけ存在する。それがカラバリビアの鍵だ。かつて星神がアリエスたちの記憶を消したように、あの神宝には記憶という概念を操作する力がある。そしてそれを応用することで、相手の精神に干渉する力も使うことができるようになるのだ。
アリエスの場合、そういった使い方はしなかった。アリエスは星神の一件をずっと後悔している。あのとき自分にもっと力があったなら、あんなことにはならなかった、そう考えているのだ。
ゆえに同じ力を鍛えようとはしない。本来あるべきカラバリビアの力を引き出す鍛錬を積んでいるのだ。
しかし使用者が変わればその使い方も変わるのは道理。ゆえに今回は月見里貴教が俺たちがこの家に侵入することすら想定して、カラバリビアの鍵の力をこの部屋に設置した。
相手の嫌な記憶を蘇らせることによって動きを止め、その間に攻撃を仕掛ける。こちらは何が起きているのか理解できずに、そのまま殺される。そんなところだろう。
そして俺たちはその罠にまんまとかかってしまったわけだ。
「………落ち着いたかしら?」
「ああ。カラバリビアの鍵の力ももう感じない。一応気配殺しを体にかけてみたが反応すらなかった。どうやら本当にあの一瞬だけ発動する力だったみたいだな」
「奇襲というか不意打ちかしらね。自分たちが知らない間に精神を操られてるなんて神としては本当に癪なんだけど、今回は一枚取られたわ」
「だが、そうだとするとここに俺たちが侵入していることもあいつらは知っているはずだ。つまりここには知られて困る情報は何一つない。そういうことなんだろう」
「………本当にそうかしら?」
「なに?」
ガイアは軽く自分の頭を振ってそう呟くと、俺の気配創造によって動きを拘束されている臓器たちの前に立って手を差し伸べていった。だがその瞬間、臓器たちは音もなく消え去り得体の知れない黒い物体を地面に落としていく。
「こ、これは………!?」
「カラバリビアの鍵を使って、この臓器たちに私たちを襲わせたとこを見ると、臓器の元になった人間とのつながりはとっくに切れてるはずよ。だから臓器を殺したから人間が死ぬなんてことはないわ。そんなことより今は、この臓器たちが『普通』じゃなかったことに目を向けるべきだわ」
「ど、どういうことだ………?」
「私は今、原初神として権限を使って私に繋がる生き物の命を奪ったわ。その力はこの臓器たちにも平等に作用する。でも、その力を使っても残ったものがあった。あれ、何かわかるかしら?」
そう言ってガイアは地面に落ちている黒い物体に指をさしていく。その黒い物体はガイアの力を受けてもまだもぞもぞと動いており、何かを求めるように移動し始めていた。
だがそれを見た瞬間、俺は悟る。見た目は違えどあの物体が放っている気配を俺は知っている。知っているのだ。
「ま、まさか、あれ、皇獣か………?」
「それ以外に考えられるものがあるかしら?私の力が効かないということは、髪が存在していた時代にこの生き物は存在していなかった。というより出典すら神に関わっていない異物。そんなもの、どの世界を除いてもあの化け物たちしかいないでしょう。ま、これでわかったと思うけど、あの臓器。誰のものかなんて考える必要ないわよね?」
「………」
人の臓器の中に皇獣がいた。
それはつまり自らその臓器に皇獣を取り込んだということだ。そうでなければ皇獣が人を食わずにその体に収まるはずがない。
となると結論は一つ。
俺はその結論を頭の中に浮かばせながら気配創造の刃を新たに作り出して、そのままその刃をその皇獣たちに突き刺していった。その瞬間、皇獣は跡形もなく消え去り気配を失ってこの世から消滅する。
「………魔人、月見里麗子。その体で生成された臓器だっていうのか」
「それ以外考えられないわね。ただ魔人っていうのは確か皇獣の遺伝子と力を取り込んでいるだけだったはずだけど………。出てきたのはまるで子供みたいな皇獣よね。これはどういうことなのかしら?」
「わからない。だがもしかしたら、この皇獣たちが月見里麗子の体の中で育ってしまった、もしくは生まれてしまったから、それを臓器ごと吐き出したんじゃないか?そんなことをして無事なはずはないと思うが、皇獣に内側から食われるよりはましだと考えたのかもしれない」
確か魔人には驚異的な再生能力なんて力もあったはずだ。であれば一度魔人になってしまえば臓器をむしり取ろうが、引きちぎろうがすぐに再生してしまうのだろう。
ゆえに月見里麗子は生きている。自らの腑を晒してもなお、生きている。
いや。
違うか。
違うだろう、絶対に。
俺は心の中でそう呟くと改めて部屋の中を観察する。そこには扉に書かれていたものとは比べものにならないほどの血の文字が刻まれていた。壁にも床にも天井にも、血を使って「助けて、死にたい、痛い、辛い、どうして、嫌だ、苦しい、お父さん、お母さん」、そういった文字が壁や床が見えなくなってしまうほど書かれていたのだ。
だから断言できる。
月見里麗子は月見里貴教にいいように使われているだけだと。この部屋がフェイクなはずはない。夜な夜なこの部屋で月見里麗子は何かをされていた、そのはずだ。
死を願ってしまうような悲惨な光景がここにはあったのだ。
そう考えると、彼女はある意味強いのかもしれない。これだけの血が部屋の中に広がっている以上、その身は何度も引き裂かれ、引きちぎられ、潰されてきたはずだ。それなのに学校にいけるだけの精神を保っている。妃愛をいじめていることはさておき、それを差し引いてもまだまともな人格を保てている。
素直にそう思ってしまった。
もし仮に俺が彼女の立場だったら、一日も持たずに壊れてしまうだろう。そんな現実に耐え続けている彼女に俺は変に感嘆していた。
だがそれは決して褒められたものではない。幸せに生きるはずだった少女の人生を歪めた大人を許していいはずがない。もちろん、妃愛を襲った月見里麗子本人を許すわけじゃない。
だが、それにしても。
「………あら、もう行くの?」
「ああ。ここにいる意味はもうない。この場所は月見里麗子が魔人になり、何かを強要されていた場所。それがわかれば十分だ。こちらが侵入することすら読まれていたことを考えると、長居はしないほうがいいだろう」
「まあ、それもそうだけど………」
「いくぞ」
俺はガイアにそう告げてそのまま転移を使用していった。この屋敷に入ることは二度とない。だがもう十分だった。これ以上、人の闇を除いてもいいことなんて一つもない。心の中に怒りが溜まっていくだけだ。
だから俺は決意した。
月見里貴教。あいつだけは絶対に倒すと。
何があっても、俺はあいつを許さないと心に誓った。
そしてまた対戦は進んでいく。
だが俺は知らなかった。
次に俺と貴教が激突するその日。貴教がとんでもないことを引き起こしてしまうことを。
俺は知らなかったのだ。
次回はハクと妃愛の二人が登場します!
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次回の更新は明日の午後九時になります!




