裏幕間 紡いだ果てに
今日は令和初日ということで、ちょっとした幕間を投稿します!
時系列的には全てのお話が終了したさらに後になります!
「おばさーん!パンケーキひとつちょうだい!」
「はいよ。ひとつ二百キラね。それにしても今日もハクアちゃんは元気だねー。見てるこっちも元気になっちゃうよ」
「それが私の唯一の取り柄ですから!それにほら、若いうちは元気が一番っていうでしょ?二十歳のピチピチお姉さんはそれくらいがちょうどいいの」
「あははは!これは言われたもんだね。でも私もまだ負けてないよ?こう見えて四十だからね。旦那には『お前はまだ三十代でもやっていける』なんて言われたくらいなんだから」
「それは私も同感。おばさんはまだまだ若く見えるよ!」
「その割にはおばさんって言い続けるのね、ハクアちゃん………。まあ、それはおいといて、はい、パンケーキ。シロップいつもよりたくさんかけといたから」
「ありがとう!えーと、それじゃあこれ。二百キラ」
「まいどあり。今日は店で食ってくかい?だったら一つ席が空いてるよ?」
「うん、それじゃあ、そこに座ろうかな」
私はパンケーキ屋のおばさんにそう返すと、近くにあった人のいないテーブルに腰掛けていった。手に持っているパンケーキが乗ったお皿をテーブルに起き、フォークとナイフを手にパンケーキを小さく切り分けていく。
その瞬間、甘い香りが中から漏れ出し私の頬を自然と緩ませていった。
むふふふ、これこれ!これが食べたかったの、これが!ナイフを入れただけで中から甘い香りが漂うパンケーキ。このパンケーキを見つけた時は本当に運命を感じたよね、ホント。ああ、口に入れるのがもったいないくらい美味しそう………!
とはいえ、このまま眺めていては冷めてしまうというもの。せっかくおばさんが作ってっくれたパンケーキを台無しにはできない。というわけでいざ実食。
もぐもぐもぐ………。
「うぅぅんんんんー!!!」
言葉にならない美味しさ。溶けるような歯触りの記事に甘くとろけるような味を舌に乗せてくるシロップ。このコンビネーションはいつ食べても絶対に飽きない自身がある。というかこのパンケーキならいくらでも食べられる自身がある。十個、いや百個はいける。うん、間違いない。
これが最近の小さな幸せ。
なんでもないひと時をどこにでもいる女の子として過ごす。それが最近のマイブームだ。
だが。
「………少々お時間よろしいでしょうか、ハクア殿」
「ん?………ああ、そうか。もう見つかっちゃったか。了解、もう少しで食べ終わるから外で待ってて。くれぐれもこのお店には迷惑をかけないように」
「承知しました」
そう言って重たそうな鎧を見にまとった騎士風の男性は私のそばから離れていった。その人が私に話しかけてきたせいで一瞬だけお店の空気が凍りつくが、すぐに私が頬を緩ませながらパンケーキに戻っていったことで、その空気も少しずつ柔らかくなっていく。
しかし一度こうなってしまうと、さすがの私も純粋にパンケーキを楽しめない。それどころか同じものを食べているはずなのに、味が数段落ちて感じてしまう。
まあ、誰が悪いかと言われれば「私が」悪いのだが、それでももう少しタイミングを見計らって欲しかったというのが本音だ。いくら私でも食事中にそんな「物騒」な話を持ち出されてしまうと食欲が失せてしまう。
だが結局。
私は本当に馬鹿なのだろう。その話が降って出てきた瞬間、体の奥から燃えるような闘志が湧き上がってくるのがわかった。そしてそれを実感する度、私の口は何かを喜んでいるように釣りあがっていく。
その顔を見た者は誰だって君が悪いと思うはずだ。でもその視線は慣れた。花の二十代。美しさの絶頂にいるはずの女の子がそんな顔をしていれば誰だって恐怖するだろう。
でも。
それが私だ。
ゆえに私はパンケーキを食べきるとテーブルに立てかけていた「剣」を握って立ち上がる。両刃片手直剣。それにしては少々細身だが、ずしりと手に重さを乗せてくるその剣は、私に力を与えてきた。
そして、戦いは始まる。
「ひぃっ!ま、参りました!こ、降参です、命だけは、どうか………!」
「だったらさっさとここから消え去ることね。私に首を取る趣味はないけど、この剣があなたの血を求めてることは確かだわ。次にこの剣が光を反射したその時があなたの最期よ」
「す、すみませんでしたああああああああ!!!」
パンケーキ屋を出てから一時間が経過した。
私とその男性は二人で人目のつかない山岳地帯まで移動し、「とある」ことを行なっていた。お互いが剣を抜き、その刀身に血を塗り合う死合。首が飛ぶまで続けられる命の奪い合い。
そう、つまり「決闘」だ。
この男性は私に対して決闘を申し込んできたのだ。私という存在を倒し、その名声で成り上がろうとしたのだろう。自分でも言うのもなんだが私の首には一定の価値がある。ゆえにそれを求めてやってくる輩が毎日一人はいる。
今日のこの人はどうやら王国の騎士団に所属しているようで、確かに剣の腕はたつのだがそれでも私には叶わなかった。今目の前に広がっている光景を見ればわかるように、私には一切の傷がなく、反対に男性には大量の切り傷が走っている。
というか私が後一撃、その首に剣を振り下ろせば全て片がつくといった状況だ。つまりこの決闘の結果は私の圧勝。この男性の命を取るも取らないも全て私次第。
なのだが。
うん、なんというか………。
私って甘いんだよね、自分で言うのもなんだけど………。男性でも女性でも、泣いて頭下げられたら見逃したくなっちゃうっていうか、非情になりきれないっていうか………。
だから斬れない。
その首を私は斬れない。斬れば私は何か決定的なものを失う気がしていたから。
「………はあ。だったらもう二度と私には関わらないこと。あなたのお仲間にもそれは言っておいて。見たところあなたは騎士団に所属してるっぽいし、その仲間内にも口をすっぱくして言っておいて。いい、わかった?」
「は、はい!必ずそうします!ですから命だけはああああ!」
「わかった、わかったから。だったら早く消える!立ち去って!」
そう言うとその男性は私から逃げるようにこの場から走り去っていった。その後ろ姿はパンケーキ屋で見たときとは雲泥の差で、もう見ていて悲しくなるほど小さかった。
その姿にため息を吐き出した私は、そのまま近くにあった小岩に腰掛けていった。そしてふと空を見上げる。空は相変わらずです快晴だ。真っ青な空が浮かんでいる。
でも。
その空は決して私の勝利を祝福してくれなかった。
「はあ………。いつからかな、戦いがどうしようもなく虚しく感じるようになったのは。数年前の私だったら、誰かに勝つ喜びを知ってたはずなのに。今はもう、何も感じなくなっちゃった」
そう呟いてしまう理由が私にはある。
私の名前はハクア。白色に金が混じったようなブロンドヘアーに赤い瞳が特徴的な二十歳の女の子だ。いや、もう女の子というかお姉さんかもしれない。それくらいに年をとった自覚はある。
んで、そんな私の職業は無職だ。
まあ、言うなれば一文無し。正確には使いきれないほどの大金をこしらえているため、一文無しではないのだが真っ当な稼ぎ方ができない性質なので、そう言ってもなんらおかしくはないだろう。
ではどうして働かずにお金を得ることができるのか。
その理由は今しがた行われた決闘にある。
こう言っちゃなんだが今の私は世界最強の剣士と謳われる存在だ。実際勇者だろうが剣聖だろうが剣王だろうが私の敵ではない。銃や爆弾なんかも近代文明の象徴として出てきてはいるが、それすらも私の前では無に帰る。そんな常識離れした力を持つ剣士が私なのだ。
蝶よ花よと騒がれる年代であるはずの女の子がまさか血なまぐさい剣士業に勤しんでいるなんて、少々失望させかねないことは自覚しているのだが、この剣が手に馴染んでしまったのだから仕方がない。
まあ、そのおかげで今日のように私の地位を狙って決闘を申し込んでくる輩がたくさんおり、その人たちから決闘料金を毎回徴収して生活しているというのが真実だ。この稼ぎは私が世界最強であり続ける限り続いていくだろう。
だが。
私だって初めからこんな地位にいたわけではない。
最初はそこらへんに落ちていた木の枝を振り回すことから始まった。だけど何かを使って何かを斬るという感覚が私を興奮させたのだ。そして気がついた時には、全身傷だらけになりながら名だたる剣豪に勝負を挑み続けていた。
勝てるはずのない戦いに踏み込んだこともあるし、本当に死を悟ったときもあった。でも、今はそんな剣豪たちを全てねじ伏せてこの地位に立っている。
王国や帝国、地方の学校や学園。色々なところから私の実力を求めて声をかけてきてくれる人たちは少なからずいる。人間一人が兵器に変わってしまうような存在を野放しにしたくないという考えもありそうだが、そう認めてくれるくらい私の立場は上がってしまったのだ。
そしてそれを自覚した時。
私は戦いを戦いだと思えなくなった。これは私が生活するための道具なのだ。そこに喜びも悲しみも、その他あらゆる感情も存在しない。ただ私は何かを斬ってお金を得ているだけなのだと思うようになってしまった。
剣士としては失格だろう。戦いに臨む時は確かに高揚感を味わっているはずなのだが、剣を握った瞬間それが失われてしまう。
だから。
こんなことなら私は。
最強なんて目指さなければよかったと、思ってしまうのだ。
「ああ………。なんだかなあー。強くなればもっと自由に何事も楽しめると思ってたのに………。全然そんなことないんだもん、がっかりだよ。いっそ鳥みたいに空を飛べたらなあ………。すごく気持ちいいんだろうけど」
最強の座に至ったことによって、私は人間離れした技をいくつも身につけた。しかしその技は、所詮何かを斬るために生み出されたものだ。私を違う世界に連れていってくれるものじゃない。だから剣を極めても空は飛べないし、鳥のように自由にはなれない。
でも、もしあの空に浮かべたなら、どんなに気持ちいいことか、そう思ってしまう。いつ見ても変わらず青い空。私のように時間が経てば変わってしまい、年をとれば剣すら握れなくなってしまうような脆弱な生き物とは違う、大きな存在。
そこに近づければ何か変わるかもしれない、そんな希望を空を見るたび考えてしまうのだ。
「………。あー、ダメダメ!こんなことばっかり考えてたら本当に顔がシワだらけになっちゃう。でも、今日はもうパンケーキ食べちゃったし、これ以上することなんてないんだよな………。うーん、どうしよう」
と、呟きながら立ち上がっていく私。
そして腕を空に伸ばし体をほぐし始めたその瞬間。何かに吸い寄せられるように顔が空に上がった。そしてそこに何かが映り込んでくる。
「ま、またかよ………。また俺はカラバリビアの暴走に巻き込まれて異世界に飛ばされたのか………。はあ………。何度目なんだよ、まったく。というかここは一体どこなんだ?右も左もわからないんだが」
その人は空に浮いていた。
金色の髪に赤い瞳。
私と同じ比較的ラフなローブを羽織っており、気だるそうに小言を呟いている青年。
その表情とオーラだけを見れば、そんな青年どこにでもいるだろうと見逃してしまうだろう。
だが私の直感が告げていた。
あの人は強い。私が見てきたどんな人たちよりも強い。
そう思った瞬間、私の手は勝手に剣に伸びていた。そして思い出す。これが真の高揚感だと。目があっただけで心臓を潰されそうになる威圧感。常に首に剣が当てられているのかと錯覚する殺気。
そして私なんか眼中にないと言わんばかりの圧倒的な力。
それをあの人は持っていた。
「ま、待って!!!」
その声は届かない。
空を飛んでいた彼はすでに私の前から消えている。でも走った。追いつけるかわからないが、ただ走った。私が忘れてしまった「何か」を彼なら思い出させてくれるかもしれない。そんな希望を心の中に抱きながら。
そしてこの出会いが私の人生を大きく変えていく。
そんなお話。どこにでもある出会いから始まる、ただの物語。
これは真話が真話となった後の物語だ.
だから事件なんて起きないし、世界を揺るがす大災害だって起きない。
そもそもあったかもしれないし、なかったかもしれないそんなあやふやなストーリーだ。
でも、もし時間があれば語るとしよう。
最強の剣士と最強の神様が出会うそんな真話を。
実はですが、ハクとアリエスの子供の名前が「ハクア」なんです。そして今回のお話はそんなハクアと同じ名前を持つ少女の物語。この小説はいくつもの並行世界が縦にも横にも広がって一つの世界を形成しています。だからこのお話もあったかもしれない一つの未来、的なポジションになっています。そんな未来が始中世界のハクとぶつかればまた新たな物語を生み出していく。そんな設定のもと書き下ろしました。
最強に至ったもの同士、どんな未来を描くのか、私自身わくわくしながら書かせていただきました!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は明日の午後九時になります!




