第四十七話 成長と新たな魔人
今回はハクの葛藤を描きます!
では第四十七話です!
「………」
『ミストさんには明確な捕食衝動があるはずです。ですから少なくとも人間は食べています。一応無関係な人間には手を出していないようですが、先日も月見里家の偵察部隊がミストさんに反撃をくらい、その命ごと喰われたと聞いています』
「………」
『彼女は産まれ方こそ特殊でしたが、自らを縛り付けていた帝人すら殺し、生を謳歌しています。その生き方を拭こうと思うのか、それともその逆なのか。人間を食べていることとは関係ありませんが、その生き方自体彼女とって私は否定的ではないと思います。むしろ楽しんでいる節すら感じますから』
「………」
『そんな彼女の運命に怒りを覚えるのか、はたまた呆れるのか。それはあなた次第です。ただ私に関しても言えますが、あまり他人の言葉を信じすぎないようにとだけ言っておきます。………そうでないと、いずれあなたは「後戻りのきかない選択」を迫られるかもしれませんので』
「………」
歩いていた足を止める。
そして晴れ渡った空に視線を流した。だがそこにある空は青いのに青くない。血に濡れた赤色に見えてしまう。自分がいる世界が味方を変えただけでこんなにも醜いものに変化してしまうのかと皮肉を口に出そうとしてしまうが、それは喉の奥に飲み込んでおいた。
だが代わりに。
「………くそ。また俺は迷ってるのか」
そんな疑問が漏れてしまう。
妃愛を守ればいい、その結論だけは出ている。だけど、俺の中に残っていた記憶が心の中をかき回していた。
もう随分と前のことだ。
俺がリアと出会う前の話。
今日のように晴れた一日。そんな朝。俺は自宅の近くの公園で「アリス」と出会った。その時は見たこともないくらい整った容姿に見惚れるだけだった。まさかその身に少女が抱えてはいけないほど大きな闇がのしかかっているとは知らずに。
そしてその闇は蓋をあけると、アリスの人生を大きく狂わせていった。二妃としての存在を命令され、望んでもいない戦いに巻き込まれる日々。俺も少なからず関わっていたわけだが、アリスはそんな俺を戦いから遠ざけようとした。
俺に迷惑はかけられない、どうして戦うのか、どうして私を守ろうとしてくれるのか、そんなことを聞かれた気がする。
結果的に、アリスは生き返り俺は神妃となった。その物語はそれで終わり。大団円だ。
だが、俺はミストの成り立ちをそんなアリスと重ねてしまった。人を喰う、それは到底認められることではない。だがもしミストが普通の女の子としてこの世に生を受けていたとしたら今のような人生を歩くことはなかっただろう。
魔人として積み重ねた罪は消えない。でもそれはまったくなかったかもしれない未来も間違いなく存在した。その事実が俺の心を揺さぶってきている。
「………妃愛は守る。だがそうなるといずれ俺はミストとも対峙しなければならない。そのミストを俺は殺せるのか?俺に殺す気が無くてもミストがその気なんだとしたら戦闘は避けられない。そうなったら俺は………」
ミストは確かに強い。
俺が見てもその事実は揺らがなかった。確かに魔人の中でも最強と呼ばれているだけのことはあるだろう。でもそれだけだ。全力のぜの字すら出していない俺にかかればその命はあってないようなもの。もしミストが俺たちを襲うとすれば、俺の攻撃は容赦無くミストの命を消しとばすだろう。
でもそれは。
本当にやっていいことなのだろうか?
繰り返す。
繰り返してしまう。
アリスが俺の力によって消滅したあの瞬間。
俺の手に見えない血がべっとりとついたあの瞬間。
それがまたやってくるのだとしたら俺は………。
「くそっ!」
近くにあったブロック塀に右手を打ち付けた。一応手加減はしたが、少しだけ亀裂が入ってしまう。それを見た俺はすぐに我にかえりその壁を修復すると、ため息を吐き出してまた前に続く道に足を置いていった。
后咲との会話。
それは結局魔人に関する内容だけで終わってしまった。后咲は魔人に関する情報を話すと「今日はここまでにしましょう。私はどの参加者の方々にも公平でなければいけません。鏡さんの件があるにしろ、誰か一人に情報を過多させるのは少々問題があります。もし何か気になることがありましたら、また日を改めてください」と言ってきたのだ。
俺自身、一旦自分の思考を整理したかったこともあり、あおの言葉は飲み込んでおいた。そんなこんなで図書館から出て街へ続く道を歩いていたのだが、その途中で俺は思考の回廊にはまってしまったというわけである。
「………俺は、誰でも助けられるわけじゃない。助けたいと思った人しか助けられない。神は神でも俺は不器用だ。だから今までだって俺の手の届く範囲で力を振るってきた。それが結果的に世界を救ったり、誰かの役に立っていただけの話。でも今は………」
今は力を得た。
もしかしたら誰だって救えてしまうかもしれない強大な力を。
事象の生成。
気配殺しのコントロール。
空想の箱庭。
誰かを助けるには十分すぎるほどの力が揃っている。
でもそれは本当に使っていいものなのか?本当に誰かのために使っていいものなのか?それがわからない。わからないから悩む。
これがアリエスやパーティーメンバーたちであれば、何があっても協力するし力を貸す。でも今は彼らはいない。俺が真に手を伸ばす必要のある相手はいない。妃愛だって縁あって今のような関係になっているが、妃愛が俺と言う力を独占することは果たして「正義」なのか、そんな疑問がふつふつと湧き上がってきていた。
誰だって幸せになりたい。だから力を求める。それを簡単に叶えてしまえるかもしれない存在が「俺」なのだ。そんな俺がこのままこの戦いに参加して、妃愛以外の参加者をことごとく打ち倒す、そんな結末が本当に正しいのか。
迷った。
また迷った。
強くなってしまったことで新たな迷いが生まれた。
そして蘇るアリスの言葉。
『ハクはなんのために戦うの?』
「はあ………。まさかこんなところでまたこの言葉の答えを探すことになるなんて………。いっそのことアリスに答えを教えてほしいくらいだな、これは」
その言葉に答えは返ってこない。
当然だ。この世界にアリスはいない。アリスどころかアリエスモリアもいない。いつだって支えてくれた相棒たちがいない。
だから。
だから。
だから。
そう、だから。
これは試練だ。
俺が、俺が一人で考えて行動できるようになるための試練だ。
力は得た、仲間も得た。隣にいて欲しい人とも一緒になった。でも、その人たちに頼ることは許されない。
それが大きくなるということ。
それが成長だ。
であれば………。
「この迷いも、俺の『運命』なのかな………。だったらそんなくそったれな言葉は乗り越えなくちゃいけない。まだどうすればいいのかなんてわからないけど、とにかく目の前の問題をどうにかしなくちゃな」
結局。
結論はなんとなく出ていた。
多分俺はミストを殺せない。倒すことはできる。でも殺せない。同情はしない。だけど殺せない。その理由は、俺が俺であるため。ただそれだけだ。
ミストが俺の目の前で魔人としての捕食機能を見せつけてきても、俺はその命を奪えない。情けない話だが、それが俺という「人間」なのだ。
神ではなく、人間として生きる。
そう考えると急に肩の荷が下りた気がした。
だが、次の瞬間。
『お前はお前の道を進め。妃愛を守るのか、ミストを殺すのか。そんな小さなことで迷うな。お前はお前らしく生きろ。それがお前という存在を形作ることになる』
「ッ!?」
振り返る。
背後から声がした、そのはずだ。
だが誰もいない。気配だって感じない。でも間違いなく聞こえた。聞こえたのだ。
他の誰でもない。
俺の声が。
「け、気配は感じなかった………。い、いやそうでなくとも声が聞こえるくらい接近されていたら嫌でも気がつく。な、なのにいない………。そ、それに今の声は、俺、か………?」
とっさに俺は気配探知を使った。だが反応はない。続いて事象の生成を発動して今起きたことを無理矢理再現しようとした。しかしこれも反応はなかった。
俺は今のような現象を何度か経験している。アリスが夢で訴えかけてきた時、白駒が俺を乗っ取ろうとした時、そして白駒と戦った時。そのいずれも俺の認識を超えた場所から声が飛んできた。
だがそれと今の現象は明確に違う。
そもそも神妃の俺にそんなことが可能な存在がいるとは思えない。アリスも白駒もいないこの世界で、そんな現象が起きる方がおかしいのだ。
ゆえに俺はその場でしばらく固まりながらその事実を脳内で整理していたのだが、そんな俺の元に白銀色の髪を携えた女性が降り立ってきた。
「こんなところで何してるのよ、坊や?」
「が、ガイア、か………」
「何よ、私はお呼びじゃなかったかしら?ひどい神妃様ね」
「あ、い、いや、そうじゃない。悪い、ちょっと色々あってな………」
「まあ、その顔を見たらなんとなくわかるわよ。どうせあの図書館に行ってまたいいように言いくるめられてきたんでしょ?」
「ま、まあ、それもそうなんだが、それよりもガイア。今、俺に俺の声で話しかけなかったか?」
「はあ?なんでそんなことしなきゃいけないのよ?私は今、あなたを発見してこの場にやってきただけよ。それ以上でも以下でもないわ」
「そ、そうだよな………」
だとしたらあの声は一体誰から………?俺の感覚ですらつかめない存在がこの世界にはいるのか?まあ、何にしても俺たちに危害を加えてくるような警戒しておいたほうがいいのは確かだ。最悪、もう一体神を呼び寄せることも視野に入れないと………。
「ちょっと、何ぼーっとしてるのよ?こっちはヘトヘトになりながら偵察してきたって言うのにいいご身分じゃない」
「………まあ、神妃だし、いいご身分だからな。それくらいは目を瞑ってくれよ」
俺はガイアの言葉にようやく自分を取り戻すと茶化すようにそう返して息を吐き出して行った。ミストや魔人の件もそうだが、今は迷っている暇はない。妃愛を元の生活に戻してやると目標に掲げた以上、それを阻む問題は解決しなければいけないだろう。
妃愛をそれは結果的に妃愛を守ることに繋がってしまうのかもしれないが、今までの俺なら多分妃愛に手をさし伸ばし続けるだろう。だから今の俺もそれに従うことにする。
どうすればいいのか、それは今からゆっくり考えればいい。様々な問題が出てくるだろうが、それは一つ一つ乗り越えればいい。
そう考えられるくらいには俺も成長したのだ。一人で焦って一人で迷っても、すぐに前を向けるように。
俺はそう考えると、そのままガイアに后咲から聞いた話を伝えていった。俺たちが住んでいた現実世界には「魔人」と呼ばれる存在はいない。ゆえにガイアもそれに関しては何も知らないようで、終始首を傾げていた。
神話の時代にすら存在していないなかった生物。皇獣という正体不明の化け物の力を移植して力を得た人間。その成り立ちと種類、そして后咲が最後に放った衝撃の言葉も一緒に告げていく。
「っていうのがミストたち魔人の情報だ。正直言って色々と言いたいことはあるだろうが、今は妃愛のことだけ考えるぞ。俺たちに脇芽を降っている暇はない」
「へえー、言うようになったじゃない。新話大戦の時は仲間を失って泣きそうになってた坊やが、今はその仲間がいなくても前を向く。泣かせる成長譚だわ」
「言ってろ。俺を誰だと思ってる。お前たちの上に立つ神妃だぞ。何があっても前に進むさ」
「ふーん、まあいいわ。で、次はどうするのかしら?一応私からも報告はあるのだけど………」
「いや、それは移動しながら話してくれ。今はすぐに確認しないといけないことがある」
「何よ、それ?」
そして俺はその言葉を告げた。
后咲が最後に発した大きすぎる情報。
できることなら知りたくなかった衝撃の事実。
どうしてここまで世界は不条理なのかと問いかけてしまいそうになる現実。
それを俺は口にした。
「后咲が最後にこう言った。『月見里麗子は「後天的な魔人」』だと。そしてその遺伝子と力を今も大量に摂取し続けていると。………つまりだ。月見里貴教は娘を無理矢理魔人として使っている可能性が高い。女子中学生が自ら腹を切り裂いて魔人になるとは思えないしな」
后咲は確かにそう告げた。
先天的な魔人はミスト一人だ。だが後天的な魔人はそれなりの数がいる。そしてそれは今も増えている、と。
その一人が。
妃愛をいじめていた主犯格、月見里麗子だったのだ。
次回はハクとガイアが麗子の謎を探るために動き出します!
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次回の更新は明日の午後九時になります!




