第二百九十五話 vsアリス、二
今回はハクとアリスの戦いの続きになります!
では第二百九十五話です!
神妃化の出力を一段階上げた俺とアリスの戦闘はその後もさらに激化していった。
第四神核にすら反撃を許さなかったこの姿になってもアリスの攻撃は俺の体にダメージを与え続け、お互いが消耗する戦いが繰り広げられている。
俺はそんなアリスに対してエルテナを使いながら攻撃を放っていく。
「はああああああああああ!!」
「くっ!」
アリスは俺の神速のスピードに顔をしかめながらなんとか食らいついてくる。剣を横にするような形でエルテナを受け止めると、すぐにその剣を体に引き付けると突き出すような形で俺を刺してくる。
それは俺の体に纏わせている気配創造の膜に衝突すると火花を散らし、俺とアリスの体を後方に吹き飛ばした。
「…………。まさかこの状態になってもついてくるとはな。正直言って驚いた。だがそれでもお前の方が消耗が大きいようだ。このままだと確実に死ぬのはそちらだぞ?」
確かにこの攻防の中、俺とアリスはそれぞれに傷を作りダメージを受けてきている。しかし俺の方はそのダメージを神妃化することによって再生を速め、瞬時に回復している。
だがアリスはあくまでも二妃という存在に留まっているため、そのようなことは出来ない。ゆえに体に刻まれたエルテナの傷は修復していってはいるものの、その治りが遅いようだ。
「ハクだってそんなに余裕じゃないでしょ?その神妃化っていうのは長く使用できるものじゃない。それは神核との戦いで疲弊したあなたを見れば言わなくてもわかるよ」
「チッ。知らなくてもよいものを知っているようだな。どうせあの下劣な星神の入れ知恵だろうが、なかなかに厄介なことをしてくれる」
現在の戦況は俺が完全に押している。それはお互いの体につけられている傷を確認するだけで明らかだ。
しかし見えていない部分はそう単純に進んでいるわけでもない。アリスが言ったように俺が今使用している神妃化はとにかくエネルギー消費が激しい。
というのもこの神妃化というのは完全に人間と神妃の中間地点のような状態で留めているためである。普段使用している神妃化は比較的人間の俺をベースに発動しているため、その体にかかっている負担も少ないのだが、今使用している神妃化というのは簡単に言えば中途半端な状態なのだ。
確かに神妃の体により近づいているため強大な力を出すことはできるが、人間と神妃という相いれない力を体に維持しているため、消費してしまうエネルギーが大きい。それは神妃化によって回復されるものよりも遥かに大きく、この状態を続けていたら間違いなくガス欠になり倒れてしまうだろう。
とはいえこの状態は普通の神妃化よりも強力なので、俺はその選択肢を選び使用しているのだが、早くも俺の体にはその代償が現れてきている。
「ふふ、魔力の波が乱れ始めているね。その分だと後五分もすれば完全に倒れちゃうかな?」
「黙れ、雑魚が。ようはその時間内にお前を倒せばいいだけだ」
俺はそう呟くと、勢いよくアリスの下に近づき、エルテナを振るっていく。その剣速は今までで一番速く圧倒的な攻撃力を秘めていたのだが、アリスは自ら作り出した剣をわざと破壊させるように突き出し、エルテナにぶつけた。
「な!?」
「こういうのも作戦なんだよ?」
アリスはそう呟くと、二回ほど後方にジャンプして右手を縦に掲げるとそのままに妃の力を発動してくる。
「姫の戯笑」
アリスの腕から放たれたそれは一瞬にして空を覆うように広がり、俺を囲うようなドーム状の檻を形成した。
その檻の策は全てが空気中の水分を蒸発させるほどの熱気を帯びており、大分離れた距離にいる俺の肌をジリジリと焼いてきている。
「なんのつもりだ?まさかとは思うがこの俺の動きを拘束しようという気じゃないだろうな?もしそうであればそのような愚策、一瞬で葬り去ってやるぞ?」
「まさか。これはれっきとした攻撃手段だよ。ほら、こんなふうにね」
アリスはそう呟くと自分の指を勢いよく弾くと、何かに命令を出すかのような雰囲気を滲ませて俺を凝視している。
すると、俺を囲んでいた檻が次第に加速しながらその中央にいる俺に向かって近づいてきている。
突き刺さっている地面を見れば完全に融解したような跡が残っており、生身でその攻撃に触れてしまえば完全に皮膚だけでなく体の根幹ごと焼却されてしまうはずだ。
つまりアリスはこの攻撃で俺の逃げ場をなくして体を全て溶かそうとしているようだ。
だがこの攻撃には俺にとって有利な点が一つある。
「馬鹿が。俺が転移を使えることを忘れているのか?」
そう。この攻撃は転移が使える俺にとっては何の意味もなさない。一瞬でその檻の外に逃げることができ、次の攻撃に備えることができるからだ。
しかしそれでもアリスの表情は崩れない。
「そんなこと知ってるよ。だからほら、同時にあれも発動してるの」
アリスはそう呟くと指を上空に突き上げてその正体を指さす。それは先程の拓馬との戦いでも使用されていた移動無効化魔術であった。それは拓馬が使用していたものよりも大きく、その出力も遥かに膨れているようだ。
気配殺しや絶離剣を使用するにも時間が足りないし、何よりこの術式自体が俺の体をこの場に縛り付けている。
なるほど、考えたな。
俺は心の中でそう呟くと、エルテナをくるくると回転させて腰を落とすと、迫ってくる灼熱の檻に対して勢いよく使い慣れた剣技を放つ。
「黒の章」
その瞬間、本来なら二刀流で使われるはずの剣技がいつも以上にスピードを増して俺の腕から放たれた。無数に煌くその剣撃は俺の周囲に迫ってきていたアリスの攻撃を全て粉砕し、無に帰していく。
その全てが消失したのを確認した俺は気配殺しで移動無効化魔術を破壊すると、その流れを生かしながらアリスに接近し切りかかった。
「くたばるがいい!アリス!」
神妃の口調が乗り移った状態で俺は勢いよくその右手に持っていたエルテナを振り下ろしたのだが、ここで急に自分の体から力が抜けていくような感覚にとらわれた。
「な!?神妃化が解除されただと!?」
「やっぱりね」
そんな俺をジッと見つめていたアリスはまるで自分の予想が的中したかのような顔を浮かべると、急に速度が落ちた俺の攻撃を新たに作り出した剣で弾き飛ばしそのまま俺の体を串刺しにするような形で鳩尾付近を突き刺した。
「があああああああああああああああああ!?」
俺の体はその後もアリスの剣によって切り刻まれ、自分の血で血だらけになると最後にアリスが右足を使って俺の体を蹴り飛ばす。
俺はそのままゴロゴロと地面を転がりながらなんとか衝撃を殺すと、通常の神妃化をもう一度行い傷だけはなんとか修復する。
だが、なぜだ?
俺の感覚的にもあの神妃化はまだもつはずだった。それがなぜあのタイミングで急に切れてしまう?
するとアリスはその疑問に対して答えを述べるように口を開いていく。
「ハクのその神妃化は本当に消耗が激しい。だから剣技や気配殺しを使用するだけでそのタイムリミットを縮めているの。それに忘れてる?ハクは私と戦う時は常に行動を妃の器によって縛られてるのよ。それも重なってのことだけど、見事的中したね」
くそ!
つまりアリスはわざと俺に力を使わせるためにあのような攻撃をしてきたのか。とんだ罠に引っかかったものだ。
この神妃化で消耗した力は事象の生成を使用しても直りが遅い。第四ダンジョンの時もなんとかみんなに気づかれないように回復に努めていたが、全快するには一時間ほどはかかってしまう。それは俺が神妃という世界から外れた存在に昇華しているからであり、世界に干渉する事象の生成の効果を受けにくくなっているからだ。
俺はその突きつけられた事実を飲み込むと、なんとかエルテナを支えにしながら立ち上がると、もう一度リーザグラムを抜き放ちアリスに向き直る。
「だが、それでもおそらくお前と俺の体力差はそんなに変わらないぞ?俺が神妃化でつけたダメージは浅くはない。俺が仮に神妃化を使えなくなったからといって勝負は振り出しに戻っただけだ」
俺の感覚的に今の俺とアリスの残体力はそれほど変わらない。お互いに立っていることも辛いような状況で肩で息をしているのだ。短時間であってもここまで力を消耗してしまうとかなりのダメージに繋がっているらしい。
「そうかもね…………。でも私はハクを殺すまで止まらないわ。私がハクに殺された時の痛みはこんなものじゃないもの」
「ハッ!お前が受けた痛みじゃないくせによく言うな。本物のアリスであれば俺はどんな責め苦も受けるが、お前みたいな偽物には絶対に言われたくない」
「それはハクも同じでしょう?偽物さん?」
どうやらアリスは俺の過去を知っているようで俺に対して同じ言葉をぶつけると、先程よりも格段に襲いスピードで切りかかってくる。全快の状態ならばいくらでも対処できるのだが、生憎と今の俺はその動きについていくだけで精一杯だ。
エルテナとリーザグラムを交差させながらその攻撃を受け止めると、なんとかしてはじき返して二刀流の特性を生かした攻撃手数重視のスタンスでひたすら剣を振るっていく。
またアリスも同じように左手にもう一つ剣を増やすと俺に対して二本の剣を向けてきた。その攻防はお互いの肉を割き、骨を砕き、血を噴出させ確実に体力を削り落としていく。
痛みと研ぎ澄まされた感覚だけが頭の中を支配し、いつもよりも遅い動きのはずなのに思考回路だけは加速し続けていった。
右か?いや、左だ。次は足か?違う、腹だ。
攻撃を読み合う思考のトライアンドエラーを繰り返しながら俺の腕はアリスに向かって振るわれていく。
剣の戦いというのは相手の攻撃を読み合い駆け引きをすることで構成されている。その動きを凌駕するほどの実力があれば別だが、今回のように拮抗している場合はいかに相手の動きを予測するかが大切になってくるのだ。
だからこそ俺はこの攻防においてそれだけを考えながらエルテナとリーザグラムを繰り出し続けた。
そしてその均衡は少しだけ遅れたアリスの剣によって崩れることになる。
「遅い!」
「ッ!?」
俺は遅れて出てきたアリスの左腕に握られている剣を大きく弾き飛ばし、その手から離させると隙が出来たアリスに対して渾身の一撃を二本の愛剣を同時に振り下ろす形で繰り出した。
だがまたここでアリスの剣が不意に輝いたかと思うと、耳を劈くような破砕音と共に小さな爆発を引き起こして自ら崩れ去る。
それは俺の攻撃のタイミングをずらし、大きく仰け反らせた。
「またこの技か!」
「何度も同じ手に引っかかるね、ハクって」
アリスは額に汗を滲ませながらそう呟くと、そのまま大きく後方に飛びのき自分の体に残っているであろう魔力を集め、二妃の力を発動してくる。
「これでいい加減終わりにするわ!姫の艶笑!!!」
それはアリスの目の前に巨大な赤い花を咲かせ、その中心から暴力的な力の奔流が放出された。甘い香りと共にやってくるその攻撃は触れた地面を一瞬で破壊し、俺に真っ直ぐ突き進んでくる。
俺は咄嗟に気配殺しを使用しようとするが、今の状況で気配殺しのような繊細な力のコントロールは出来ないであろうと判断し、別の方法を模索する。
絶離剣はおそらくあの攻撃に対しては意味をなさない。なぜならあの攻撃は俺も一度見たことがあり、その破壊力を知っていたからだ。つまり絶離剣では単純に火力不足。
では、俺に残された手段は何か。
俺はある力を使用するためにエルテナを杖のようにして立ち上がると、右手をその攻撃に突き出して、かつてカリデラで星神の使徒に対して使用した技を解き放った。
「殺眩せよ」
それはリアの神髄である神歌という力であったが、その力が発動された瞬間、アリスの攻撃は光の粒子に変わるように消えていく。
「ま、まだそんな力があったの………」
アリスは膝を地面に着けながら苦し紛れにそう呟くが、俺の方はもっとひどい状況になっていた。
「ご、ゴハッツ!!!」
口から大量の血を吐き出し地面を赤く濡らしてしまう。この神歌は強力すぎる上にあの神妃化と同様に体に相当大きな負担をかけるのだ。ゆえにこんな疲弊した状態で使用すればいくら一瞬であろうと体を自ら壊してしまう。
「はあ、はあ、はあ。く、くそ………。体が思うように動かない……な」
俺はそれでも必死に足に力を入れて立ち上がると、同じく苦しそうにしているアリスを睨みつけた。
お互いの命を削る戦いは、ここでようやく最終ラウンドに突入していく。
次回はハクとアリスの戦いが決着します!
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