第二百八十二話 vsオナミス帝国、四
今回はハクと拓馬の戦いです!
では第二百八十二話です!
拓馬が振るってくる剣が俺の頬を掠める。
それは数滴の血液を流しながら地面に落ちていき、赤黒い染みを残した。
しかし同時に放った俺の攻撃も拓馬の脇腹を切り裂きダメージを与える。俺と拓馬の戦いは以前のような生暖かいものではなくお互いがしのぎを削るようなものになっていた。今のところは魔術や能力の類は使用していないが、まるで閃光が煌くような光を放ちながら攻防を繰り広げていく。
だがまだ俺はその戦いに余裕を残していた。
いや残さなければならない。
拓馬との戦いに手を抜いているわけではないが、この後は絶対にアリスとの戦いが待っている。今のアリスの力を考えると、とてもではないが無駄な力を消費することは出来ないのだ。先程リアとも話していたように神妃化の二段階目、もしくは神歌を使用する可能性も考えられる。
それを踏まえて考えると前哨戦である拓馬との戦いで余計な体力を消費するわけにはいかないということだ。
拓馬は以前の俺を思い出しているのか、なかなか踏み込んでこない俺に怪訝そうな表情をしながら言葉を吐きだしてくる。
「どうした?学園王国で見せたお前の力はこんなものじゃないだろう!僕の暴走を止めたときの力を使え!」
「生憎とあれは無駄打ち出来るものじゃないんだよ。俺はまだお前が気配殺しを使う相手だと思っていない」
俺は拓馬の問いにそう呟くと、勢いよく剣を拓馬の脳天めがけて振り下ろす。それは拓馬の長剣によって防がれるが、周囲の地面を隆起させ小さな爆発を起こした。
「ぐっ!?」
「ほらな。この程度の攻撃をはじき返せないようなら、気配殺しなんて使う必要はない。そもそも実力差がありすぎるんだよ」
今の俺は神妃化を発動しているそれもプチ神妃化ではなくある程度出力を上げている状態だ。神妃の力が色濃く宿っている俺にとっていくら勇者の力を持っている拓馬であっても力のランクが絶対的に違う。
俺のエルテナは拓馬の剣をじりじりと押していき、拓馬を追いつめていく。
しかしその瞬間、拓馬の体から魔力が沸き上がったと思えばすぐに俺の剣をはじき返してさらなる攻撃を繰り出してきた。
「覇力!!!」
拓馬はなにやら能力解放の文言を呟くと今までよりも数倍速いスピードで俺に切りかかってくる。その動きは洗練されておりルルンの剣技と遜色ないレベルになっていた。
「ほう、そんな隠し玉があったのか。だが、まだ甘い!」
俺は自分の中にあるギアをさらに一段階上昇させるとその動きに追随するように走り始めた。
しかし拓馬の力は俺の予想を大きく超えていたようで俺の目の前に先回りすると、エルテナを弾き飛ばして刺し殺すように剣を突き出してくる。
「これで、どうだ!」
エルテナを失っている俺にとってその攻撃は間違いなく致命傷になってしまう一撃だ。神妃化をしていたところで防御なしにその攻撃を食らってしまえば体力の消耗は避けられない。
だから俺はエルテナとは別の武器を蔵から取り出し拓馬の剣を受け流す。
「な、なに!?」
「悪いな。俺は二刀流っていう戦い方も出来るんだよ」
取り出した剣はまるで地球の色を溶かしたような青色に染まており、呼吸をしているかのように淡く光を点滅させている。
俺はその取り出したリーザグラムをくるくると体の前で回転させ、エルテナを呼び戻すと一度拓馬から距離を取った。今の拓馬からは学園王国で見せた狂気的な雰囲気を感じない。俺は今までの数合の打ち合いからそれを感じ取っていたのだ。ゆえにここで一つ自分の疑問をぶつけてみることにした。
「俺はお前がルルンやアリエスたち、それにエルフの秘境にしたことを許すことはない。だがそれがお前らの本当の意思ではなかったことも理解している。だからこそ俺にはわからない。なぜ今になっても帝国の味方をしている?」
エルヴィニアで拓馬と戦った時、拓馬は俺に対して帝国に逆らえないからその場所に身を置いていると言っていた。
だがそれは勇者として召喚された直後の話だ。
実際に剣を打ち合わせて思ったことだが、今の拓馬は十分に人間の域を超えた実力を身に着けている。その力があれば勇者たち全員をつれて帝国から逃げ出すこともできただろう。
しかし現在は俺と帝国についている拓馬が命の取り合いである戦闘を決行している。俺にはどうしてもその理由がわからなかったのだ。
すると拓馬は俺と同じく少しだけ剣を下ろすと息を整えながら俺の問いに返答する。
「確かに今の僕たちならば帝国軍を相手取っても問題なく逃げ出すことが出来ただろう。だけどそれは不可能な話なんだ」
「どういうことだ?」
「僕にもわからないけど、僕以外の勇者は自分の意思で帝国の外に出ることが出来ない。何かの障壁に阻まれるかのようにはじき返されてしまうんだ」
はじき返される?
まるで結界でも張られているような言い方だな。
もしその話が本当だとすると帝国は拓馬たちでも突破できないような強力な力を用いて勇者をこの地に縛り付けていることになる。
だがそれだと今こうして帝国の外に出ていることの説明がつかない。
「だったら何故エルヴィニア秘境でも学園王国でもお前たちは帝国の外部に出ることが出来ている?矛盾しているじゃないか」
「それは帝国の命令が下った時だけその制限がなくなるようなんだ。まあそれに気が付いたのは召喚されて随分たってからだったけど」
帝国の命令が出て時だけその制限が外れる。
まあ確かにその条件ならば筋は通っているが、ではなぜそれに拓馬が適用されていないのだろうか。拓馬とておそらく勇者召喚されたことに関しては他の勇者と条件は同じはずだ。
「で、お前だけが例外って言うのはどういうことだ?」
俺がその言葉を呟くとなぜか拓馬は奥歯を噛みしめるように悔しそうな表情をすると、吐き出すような声色で声を発していく。
「…………多分だが、それは僕がお前に暴走する核を破壊されているからだ」
「なに?」
「僕もお前にあの力を壊される前までは外に出ることは出来なかった。でもあの一撃をくらったその時から僕にその制限はなくなった。だからこそ、僕はみんなを、結衣を助けるためにお前に頭を下げたんだ」
ま、待てよ?
拓馬たちに力を与えていたのはアリスの会話から察するに星神だろう。そして拓馬たちを暴走させる力も同じはずだ。
であればその制限を設けさせたのも星神ではないのか?
それを踏まえて考えると星神は勇者を、いや帝国という全てを操ることを前提で勇者を呼び出したように思えてならない。
俺はその自分の考えに若干冷や汗を流しながらエルテナとリーザグラムを力強く握りしめる。
星神………。
お前は一体どれだけの人間の人生を狂わせれば気が済むんだ!
「そうか………。お前の事情は概ね理解した。だが初めにも言ったように俺はお前の要求を飲み込むことは出来ない。ここで簡単に頷いてしまえば俺の仲間たちに申し訳が立たない。だからお前の望むものは自分で手に入れて見せろ。俺に勝てば無条件で気配殺しを使って勇者全員を解放してやる」
「その言葉嘘じゃないな?」
「ああ、俺もそこまで腐ってない。なんならその後ろにいる彼女と一緒に戦ってきてもいいぞ?」
俺は目線を拓馬の後ろにいる結衣に流し、そう呟く。今の拓馬も十分に強いのだが、その環境に結衣とう戦力が加われば劇的に戦況は動くはずだ。
俺とて能力なしでこの二人を相手取るのはさすがに厳しいだろう。
しかし拓馬は大きく首を横に振ると俺の言葉を否定し、先程よりも強力な力を全身に滲ませると覇気の籠った声で俺に返答してきた。
「いや、ここは僕が戦う。これは僕の戦いだ。結衣を傷つけさせるわけにはいかない」
「そうか。だが覚えておけ。俺はお前との決闘をしにきているわけじゃない。つまり俺はお前を倒した後お前の愛しの彼女も切ることになる」
これは完全な戦争だ。
俺の役目はアリスが来るよりも前に拓馬と結衣を倒すこと。であれば当然拓馬を気絶させた後は結衣も俺の標的なってしまう。
すると拓馬は勢いよく地面を蹴り俺に接近してきた。そして轟音と共に自らの剣を俺に目掛けて振り下ろしてくる。
「絶対にそうはさせない!」
「ぐっ!?」
放たれた攻撃を俺はエルテナとリーザグラムを交差させる形で受け止めたのだが。それが弾かれてしまいそうなほど重たい一撃で俺の両足が地面にめり込んでしまった。
重すぎる!
気合の入れようでここまでパワーアップするのか!?
改めて勇者という存在の力に舌を巻いた俺だったが、その動きに遅れないように二本の愛剣を振るっていく。
確実に剣を振るう速度と手数はこちらが多いはずなのだが、拓馬はそんな俺の攻撃を的確に受け流し自分の攻撃につなげていく。
俺はこのままでは押し負けてしまうと判断し、出来るだけ体力消費の少ない剣技を拓馬に向かって打ち放った。
「黒の章!」
それは俺の二刀流用に作り出された技で無数の剣が降り注ぐ高速連撃技だ。今までの俺の戦いの中でも多く使用してきたものであり、あの第一神核を追いつめた剣技でもある。
俺の予測では今の拓馬ではこの攻撃には反応できないと考えていた。神妃化している状態でこの攻撃を防ぐには少なくともサシリ並みの力を出す必要があるし、そもそも力があっても体が追い付いてこない。
俺はてっきりそう思っていたのだが。
「覇力!!!」
拓馬またしてもその身に新たな力を纏わせ俺の黒の章を初撃で弾き飛ばし俺の動きを完全に打ち崩した。
「ば、馬鹿な!?」
何て奴だ。力どころかスピードまで数倍に膨れ上がっている。つくづく勇者っていうのはチートだぜ。
俺は拓馬が大きくできた俺の隙を狙って攻撃してくるモーションを確認すると、転移を使用して後方に移動した。さすがにあのタイミングであれほどの威力が籠った一撃はくらうことは出来ない。
拓馬はその身に青白い稲妻を迸らせながらジッと俺を見つめている。
そして拓馬はそんな俺に対して首を傾げながら質問をぶつけてきた。
「どうしてお前は僕相手に手を抜いている?いや、手を抜いているというより力の消費を抑えていると言ったほうがいいか。それはどうしてなんだ?」
「そんなもの決まってるだろ?お前ら帝国軍の中に金髪の女で一番やばい奴が待ち構えているだろうが」
俺は当然知っているであろうアリスの存在を促すようにそう呟いた。この戦いはアリスが時間を設定し俺たちに持ち掛けてきた話だ。であれば星神と深い繋がりを持っている帝国はアリスの存在を認知しているはずだ。
だが拓馬から帰ってきた言葉はそんな俺の考えを裏切ってくるものだった。
「それは一体誰のことを言ってるんだ?」
「なに?」
俺は拓馬の言葉に一瞬思考を停止させ、完全に体の動きを止めてしまう。
そしてこの瞬間、俺の脳内に嫌な予感が薄っすらと滲み始めるのだった。
次回はキラサイドを描きます!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




