第二百七十八話 開戦
今回はついに帝国との戦争が開始されます!
では第二百七十八話です!
午後十一時。
俺たちを含めたオナミス帝国に向かう人員は全て一度学園王国の外にある空き地に集まっていた。
そこにいる冒険者や兵士たちは全員が武装を整えており移動用の馬車に跨っている。またその表情はいつになく真剣なものになっており、どんな高難易度クエストを受注するときよりも険しい顔つきに変わっていた。
俺たちは馬車を使わず翼の布を使って移動するので、地面にそのまま足をつけて佇んでいる。
天気は良好。気温も動けなくなるほど暑くもないし寒くもない。戦いを始めるにあたってこれほど整った環境もなかなかないだろう。
するとその軍隊の一番前設置されている少しだけ高く積み上げられた箱の上に一人の女性が躍り出た。その女性は髪も鎧も剣も黄金色に染まっており、放たれている風格はまさに鬼神のような様を携えている。
この戦争のまとめ役であり全てを統括するリーダー、SSSランク冒険者イロアがこの場に姿を現した。
イロアは一度目を閉じ大きく深呼吸するとその息を吐き出すかのような大きな声でこの空間に自分の言葉を轟かせていく。
「初めに、皆、今回の戦のためによくぞ集まってくれた。者によっては何週間も馬車に乗りやって来たことだろう。いくら王国が決めたことであれ無茶を言ってしまったことは謝る。すまなかった」
イロアはそう言うとそのまま頭を深く下げる。
「しかしそんな中でもこれだけの戦力が我々に協力してくれたことを私は誇りに思っている。今まで帝国の暴動にはてを焼かされてきたが、それも明日全て終わりを迎えるのだ。そのために我々は戦う。いいか、この戦いは今まで帝国に脅かされてきたに人を救済する戦いでもある。差別、略奪、拉致、今言葉で上げられないほど無慈悲な行動を奴らは繰り返してきた。それを我々は今まで黙って見ていたのだ。だが、それもここで終止符を打たせてもらう」
俺が知っている限りでは獣人族と魔法を使えない者に対しての差別とエルヴィニア秘境でのエルフ誘拐事件ぐらいだが、おそらく今までの歴史を遡るとそんなレベルでは収まらないことを帝国は仕出かしてきているのだろう。
俺たちの近くに立っている兵士たちからは並々ならぬ憎悪の感情が感じられる。
「負けることなど考えるな!我々は勝つためにここに立っている。勝利を求め尚も勝利に固執しろ!そして自分の命が危なくなったら遠慮なく逃げるんだ!時には逃げることも勝利に繋がる。それを肝に銘じておけ!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おーーーーー!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」
イロアの掛け声はこの空間全体に響き渡り全員の意思を統率する。
ギルド会長からの勅令も滞りなく出され冒険者たちもその声に賛同を示しているようだ。
「では今から作戦の内容を説明する。我々が今回相手にするのは帝国騎士団と魔導師団、そしてその他敵兵の全てだ。強力な勇者たちは別部隊が討伐する。基本的に私たちSSSランク冒険者が先導し戦いを進め、中でも力の強い帝国騎士団と魔導師団を壊滅させる。皆はそれに続く形で攻撃してほしい。国々から派遣されている軍隊の諸君はシーナ騎士団長に、冒険者諸君は私の指示に従え」
冒険者たちをイロアが取り仕切り、軍隊をシーナが動かす。お互いの得意分野を存分に生かすようなスタイルだ。そもそも冒険者と王国の騎士たちでは戦い方が違いすぎる。
冒険者はどんな環境でも自分の戦い方を貫くのに対し、騎士はその場に合わせた陣形を組み戦闘を進めていく。この両者を合わせて統率しようとすれば間違いなく内部分裂を起こすだろう。
だからこそその二つを両断してまとめ上げる。実にシンプルな動きだがこれ以上の最良手はない。
「おそらくだが魔導師団は確実に後方から攻撃を仕掛けてくる。いくら我々が不意を突くような形で戦争を開始しても相手もそれなりに準備は整えているだろう。そんな中一番厄介なのが魔導師団だ。こいつらは魔力の流れで居場所はわかりやすいが、その反面攻撃力は絶大なものになっている。よって私たちSSSランク冒険者はそいつらを優先的に片づける。つまり冒険者と軍隊を分けてはいるが、それよりも先に私たちが攻め込むということだ。そして私たちの後ろから諸君らは追随していきてほしい」
魔術、魔法がある世界で遠距離攻撃というのは正直言ってかなり面倒だ。高火力な攻撃を放ってくる上にポジションは最後列という最悪のシチュエーションが出来上がってしまう。
だからこそこちらも遠距離の攻撃を打ちつつ機動力のあるイロアたちSSSランク冒険者による集中砲火で倒してしまおうという作戦なのだろう。
「そして私たちSSSランク冒険者はその後、戦況を窺いながら帝国の宮殿に侵入する。そこにいるであろう皇帝を打ち取って終了ということだ。そして忠告だ。決して一般市民に手を出すなよ。仮に攻撃されても気絶させ、無力化しろ。絶対に命だけは奪うな。…………よし、これ以上の細かい説明は移動しながら伝えていく。とにかく我々はあの帝国をこのタイミングで滅ぼす。行くぞ、出陣だ!!!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おーーーーー!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」
イロアは最後に自らの拳を空に向けて伸ばしながら喉を涸らす勢いで声を発し士気を高めた。
その言葉と同時に五万人という俺たちの戦力は帝国に向かって歩き出す。おそらく到着時間は明日の午後六時ごろ。
開戦は到着と同時。
帝国ならば周囲の監視もいるだろうし国内に攻め込むことは絶対にできない。ゆえに戦場は帝国の前に広がっている空間になるだろう。
俺は想像しながら既に上空に待機させてある翼の布にメンバー全員を転移させゆっくりと空を飛び始めた。
するとここでキラが俺に対して質問を投げかけてくる。
「おい、マスター。結局妾たちはどのような作戦で動くのだ?勇者を倒すと言っても具体的な作戦がなければ思うように動けんぞ?」
「そうだな。おそらく勇者の中にいるであろうあの拓馬とかいうやつは俺が引き受ける。すると当然その拓馬にくっ付いているあの少女とも戦うことになるだろう。ならば残っている九人の勇者をキラとサシリを筆頭にメンバーを二つに分ける形を取ろうと思っている」
「それじゃあ、その内訳は?」
そんな俺の言葉にさらにサシリが疑問を投げかけてくるが、それに答えるように俺は自分のメイドに視線を流しながらその少女に指示を煽った。
「それは、シラ、お前が決めてくれ。獣国であれほど俺たちを苦戦させたんだ。多分この中で一番周囲の状況を観察できるのはお前だ」
シラは一瞬の驚いた表情を浮かべたのだが、すぐさま嬉しそうに頷き返すと俺以外のメンバーを集めて作戦を立て始める。
そして俺はその間、翼の布を操作しながら自分の相棒に語り掛けていた。
「リア、この戦い、どう思う?」
『さてのう、はっきり言って先がまったく読めん。まあだが確かにアリエスが言っておったようにあまりいい雰囲気は感じぬ。気は抜かぬほうがいいじゃろう』
「アリスについてはどうだ?」
『アリスは前にも言ったようにあれはアリスの体を使っているだけの偽物じゃ。中にある気配も相当似ているが若干違う。とはいえ妃の器の制限は働いておるのじゃろ?』
「ああ、バッチリな。忌々しいがこればっかりは避けられない」
アリスという二妃が俺の前に現れる以上その存在によって俺の行動は大分制限されてしまう。具体的言えばどう頑張っても殺せなくなってしまうことと、タラだがかなり重くなるというところだ。
しかしこれはあのアリスが紛れもない二妃であることを示しており、中に入っている者が違ってもアリスであることは変わりない。どうやら俺との記憶も持っているようだし、油断はできない。
『おそらく主様も色々と考えておるのじゃろうが、せめて神妃化の二段階目もしくは神歌あたりの火力で止めておけ。それ以上の出力を出せば取り返しがつかんことになる』
「ああ、わかってる」
俺はリアにそう呟くと、丁度そのタイミングで駆け寄ってきたシラが勇者たちに対する人選を伝えてきた。
「一応ですが、キラ主導のグループには私とシル、そしてクビロが。サシリ主導のグループはアリエスとエリア、ルルンの三人が付く形になりました。相手にする勇者たちはその場に行って確認する流れです」
「よし、ならそれで行こう。シラ、みんなを集めてくれ」
俺はシラに対してそう呟くとみんなを俺の周りに集合させて先頭前の最後の会話を開始する。この戦いは今までとは規模が違う。ゆえに俺も小規模だがパーティー内でイロアの真似事をやってみたくなったのだ。
「どうしたの、ハクにぃ?」
アリエスがそんな俺を見ながら不思議そうな顔を浮かべて声をかけてきた。
今までの俺を考えると特段そのような団結式的なことはしてこなかったし、メンバーたちの表情もどこか疑問の色を浮かべている。
俺はアリエスに一度笑いかけるとそのままみんなの顔を眺めるように視線を前に向け話し始めた。
「あんまりこういうの台詞を言う性質じゃないんだけど、今回はちょっと特別だ。みんな、絶対に生きて帰ってきてくれ。多分今から行われる戦いは俺も余裕がない。アリスと全力で戦うためにフレイヤやパンドラたち使い魔も出してないし、戦闘中も助けに行くことはほぼ出来ないだろう。だから、危なくなったら逃げてくれ。これはリーダーとしての意思だ」
この戦いは確かに帝国を滅ぼすことがメインであるが、アリエスたちメンバーは基本俺のアリスへの執着から巻き込んでしまったところがある。本当ならばすぐにでも第五ダンジョンへ向かうべきなのだ。
だがメンバーのみんなはそんな俺にずっとついてきてくれている。だからこそ俺はみんなを大切にしたいし死なせたくない。
実力的には多分問題はないが、勇者たちは拓馬が以前変貌したようにあの巨大化という暴走手段が隠されている。あの現象が拓馬だけにしか付与されていないというのは、あの星神の性格を考えるとありえないだろう。
だからこそアリエスたちには自分の命を最優先に考えてほしいのだ。
するとそんな俺に対して真っ先に反応を示したのはパーティーの参謀役になったシラであった。
「本当ならメイドである私はハク様を置いて逃げるなんて出来ないのですが、今回だけはそのご命令に従います。私もまたみんなと笑っていたいですから」
そしてそのシラに続くようにメンバーが次々と口を開いていく。
「私も姉さんと同じです。本当はハク様のお傍にいたい。でも逃げることがこのパーティーのためなら私もハク様のご意思に従います」
「私はどこまでハク様が逃げようとも追いかけていきます!と言いたいところですが、今回ばかりは仕方がありませんね。今までもハク様に助けられることは何度もありました。それが今回はないというならば慎重に戦わないといけないですね。でも!私は絶対に負けませんよ!なんといってもハク様のパーティーメンバーなんですから!」
「確かに私はあの勇者君たちにボロボロにやられてるからねー。あまり無茶はしないようにするよ。でもエリアちゃんが言ったみたいに負ける気なんてさらさらないけどね」
「何度も言うが妾が敵わないのはマスターと星神だけだ。その他の連中など本気を出すまでもなく吹き飛ばしてやる。むしろ妾がマスターの助けに入ってやってもいいぞ?」
「カリデラ君主に逃げるなんて文字はないわ。でもまあハクの考えてることも理解できる。だから私は勝手生き延びることだけ考えるわ。だってそれがみんな笑える結末なんだもの」
『わしは基本的に全ての意思を主に任せておる。主がそう言うならば従うまでじゃ』
俺はみんなの反応に軽く頷き、笑いかける。
そして最後に俺の顔を下から見上げるように顔をのぞかせたアリエスが言葉をかけてきた。
「私もみんなと同じ考えだよ。この戦いに勝って、笑って、またみんなで旅をしようよ。だからハクにぃも生きて帰ってきてね」
「ああ、約束だ」
そんなアリエスが差し出してきた小指に自分の小指を結ばせると、お互いに微笑み合いその会話は終了した。
俺たちを乗せた翼の布はその後もゆっくりと空を移動していく。
そしてついにオナミス帝国に近づき始めたころ。
ここでさっそく一つの問題が浮上してきた。
俺の気配探知が明らかにおかしい気配を捕らえたのだ。
それは既に帝国前の関所周辺に集まっている大量の帝国軍の姿であった。
「チッ!完全に行動を先読みされていたか………」
真っ先にそれに気が付いた俺は地上を移動しているであろうイロアに連絡するため念話を飛ばし始めた。
こうしてオナミス帝国と俺たちの本当の戦いが幕を開ける。
次回はいよいよ戦闘開始です!
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