第二百七十七話 確かめたいこと
今回はアリエスの心情を描きました!
そしてこれが新たな伏線へと繋がっていきます!
では第二百七十七話です!
そしてついに開戦前日。
戦争に関する準備は殆どが終了していた。武器や鎧はある程度兵士や冒険者に配給され、戦闘訓練もそれなりの成果が得られているようだ。
さすがに開戦前日である今日はあまり冒険者たちも出歩いていないようで、これまでとはうって変わり人気がなく静かな街が広がっている。おそらく明日に備えて体力を温存しているのだろう。
何と言っても明日は早朝に戦争の火ぶたが落ちる。であれば逆算して今日の深夜から移動を開始しなければならない。戦場に着く前に少しでも体力を温存していきたいのだろう。
かく言う俺たちも特段することというのはなく、宿の中で他愛もない話をしたり買い込んであったお菓子を食べたりと比較的のんびりとした時間を過ごしていた。
そして時間は進み午後九時。
午後十一時にはこの街を出発するとイロアは言っていたのであと二時間ほど時間が余っている。特にやることのなかった俺は不意に外の空気を吸いたくなり、そのまま宿の階段を下りて星空が煌いている街に足を踏み入れる。
空気は夜ということもあり澄んでいるようで少しだけ肌寒い。
するとそんな俺の後ろから宿の入り口のドアが開かれた音が聞こえてくると、そこからアリエスが俺に向かって歩いてきた。
「どうしたの、ハクにぃ?急に一人で外に出て」
「いや別に大したことはないよ。ただたまにボーっと空を眺めていたくなる時があるんだ。で、それが今だったってわけ」
俺はそう言いながら頭上から光を放ってくる星空を眺める。やはり元いた世界とは違うようで見慣れた星座は発見することができない。おそらく宇宙の座標からしてこの世界は俺たちの世界とは違うのだろう。リアでさえ知らない世界というのは不思議だが、それでも今までこの世界で生活してみて少なくとも俺は悪い場所ではないと思っている。
この世界で色々なことがあったがそれでも賑やかなメンバーに囲まれて旅をして、敵と戦って涙して。元の世界で味わえないような経験をさせてくれたこの世界を俺はかなり好きになってしまっているようだ。
アリエスはそんな俺を見つめながらしばらく後ろで同じように星空を見ていたのだが、何やら服の裾を力強く握りしめると、そのまま俺の腰に抱き着いてきた。
「お、おい、アリエス?一体どうしたんだ?」
俺はその動きに驚きながらもアリエスに対して言葉を投げかける。しかしアリエスは何故かその言葉には無反応で俺の服に顔を埋めるような形で抱き着いている。
するとしばらくしてアリエスが消えそうなくらい小さな声で話しかけてきた。
「ねえ、ハクにぃ。なんで私を盗賊から助けたの?」
「は?なんでって……」
「ハクにぃはあの時、自分の世界からいきなり呼び出されて動転してたはずでしょ?それなのに見ず知らずの私を助けたのはなんで?」
アリエスが話しているのは俺がこの世界に来た直後の話だ。あの時はとりあえずこの世界が一体どういうものか探るために気配探知を使用しながら人の気配を探っていた。で、そこにアリエスを拉致した盗賊と捕まっているアリエスを発見したのだ。
「うーん、なんでって言われるとちょっと答えずらいんだけど………。どうしていきなりそんなことを聞くんだ?」
だがアリエスは依然として顔を上げることはなく俺の腰にしがみついている。その言葉はまたしても帰ってくることはなく、誰も話していない静かな時間が流れた。
しかしアリエスはもぞもぞと俺の背中を這うようにして俺の目の前まで移動すると、何やら小さな声で喋り始める。
「………………と似てたから」
「ん?なんだって?」
「私が!アリスさんと似てたから助けたんじゃないの!」
アリエスはついに俺に対して顔を上げると目から大きな涙を流し、俺にそう呟いてきた。その表情はよく見るとずっと何かを悩んできたような顔をしており、目は涙によって赤く腫れている。
「アリエス………」
俺はその言葉の意味を理解すると何かを言おうとして頭を動かそうとするが、それよりも先にアリエスの口が動いてしまう。
「だっておかしいもん!他のみんなは全員理由があってハクにぃのパーティーに入ってるのに、私は、私だけは何でハクにぃに助けられたのかわからない!でも何かハクにぃに理由があるとすれば、私がアリスさんに似てて、その代わりとしてパーティーに入れてもらってる。そうとしか思えないの!」
確かにアリエスは先日再会したアリスの容姿にかなり似ている。初め会ったころはそうでもなかったのだが、日を追うごとにその姿に似てきているのだ。
アリスが俺たちの前に降り立った時、アリエスは最後の最後で意識を取り戻し、アリスの顔を見ている。
ましてそのアリスが俺と関係の深い人物で、待ち焦がれていた人だったという話まで聞かされれば今のアリエスのような考えに至ってしまうのもわからなくはない。
だが俺は決してそんな理由でアリエスを助け、仲間として背中を預けてきたわけじゃない。
「アリエス。俺はそんなことを考えてアリエスを助けたわけじゃない。俺はアリスとは関係なくお前を助けて……」
「だったらどうして私にこれを渡したの!」
アリエスは今も自分の首にぶら下がっている大きな青いガラスが埋め込まれたネックレスを差し出してくる。
あれは、確かエルヴィニア秘境でアリスの身に着けていたものとそっくりだったから買ったやつか。
カリデラ城下町でアリエスにあげたんだっけ。
俺は記憶を辿りながらそのネックレスについて考えを巡らせていく。
「リアが言ってた。これはアリスさんが身に着けてたものだって。だからやっぱりハクにぃは私がアリスさんに似てるから……」
するとアリエスはもはや声を上げることも出来なくなったようでその服に顔を押し付けながらひたすら涙を流していく。
おそらくアリエスはアリスを見た瞬間から今までずっとそのことを考えてきたのだろう。しかしその間俺ともう一人の俺とのいざこざがあったり、みんなでリゾート地に行ったりとなかなか俺もそのアリエスの変化に気づいてあげられなかった。もう少し俺が大人であれば気を使ってあげられたかもしれないし、否定してあげることもできただろう。
これは他のメンバーには絶対にわからないことだ。
なにせアリエスは俺が異世界に来て初めて会った異世界人であるがゆえにエリアやキラたちですらこの出会いは見てもいないし知りもしない。
そしてそれはだからこそアリエスの心を締め付けてきていた。多分アリエスもアリスに会った直後から必死に隠してきたのだろうが、それがとうとうここで爆発したのだろう。
俺は泣いているアリエスを包み込むように抱き寄せるとその背中をゆっくりと撫でながら言葉を呟いていく。
「ごめんな、アリエス。俺はずっとお前の傍にいたのにその気持ちに気づいてやれなかった。自分が困ってるときに助けてもらって、いざ仲間が悩んでいる時に手を差し伸べられないなんてリーダー失格だ」
「……………」
「でも俺はアリエスをアリスの代わりだなんて考えてない。これは本当だ。そのネックレスだってアリエスに似合うと思って渡したんだ。そこにアリスに対する気持ちなんてないよ。………そうだな、アリエス、シルヴィニクス王国でデートした時のこと覚えてるか?」
「う、うん……」
「俺があの時言った言葉は嘘じゃない。これからも俺はアリエスを信用して背中を預けていくし、頼っていく。だからアリエスも俺のこと信用してくれよ。まあ頼りないかもしれないけどさ。でもこれがアリスだったら俺は絶対にこういうことは言わない。あいつは確かに俺の中で大きな柱になってるし信頼しているけど、アリエスみたいに気兼ねなく話せる仲ってわけでもなかったから」
「ほ、本当………?」
アリエスは俺の言葉に泣き顔でそう聞き返してくる。
俺はそんなアリエスに出来る限りの笑顔で言葉を返した。
「ああ。俺はしっかりアリエスを一人の仲間として見てるし、アリスと一緒になんかしない。それに似てるっていっても髪の色も違うし顔だって別人だ。将来はアリスとはまた違った美人な女性になると思うよ」
「……………うん」
アリエスは顔を真っ赤に染めながらそう頷くと俺の服から顔を離しそのまま体重を俺に預けてくる。
その表情はどこか晴れやかでいつものアリエスに戻っていた。
だがするとここでアリエスが再び暗い声で話しかけてくる。
「は、ハクにぃ………。話が変わるんだけど、なんだか明日の戦いすごく嫌な予感がするの。胸の奥から絶対に行くなって言われてるみたいな………」
「どういうことだ?」
「わからない。でも本当に何かが起こるような予感しかしないの。それこそハクにぃやみんなと離れちゃうような、そんな感じがする……」
普段アリエスがこのようなことを言うことはまずない。ダンジョンに潜入するときも仲間の身を案じることはあっても、そこに行くなとまでは言わなかった。
だが今回は明らかにオナミス帝国に行くことを拒否しようとしている。それもアリエスの意思ではなく体自体が反応しているような感じだ。
さすがの俺のこれには少し戸惑ってしまう。
本当ならばアリエスの意見をくみ取ってやりたいところだが、事態はそう簡単にはいかない。この戦いは俺たちの力がなければ絶対に勝てない戦争だ。そこでいきなりドタキャンなどしようものなら絶対に後悔するし責められもするだろう。
「俺はさっきも言ったようにアリエスの言葉を信用するし疑いもしない。だけどこればっかりは俺たちだけの問題じゃないんだ。もちろん俺たちはアリエスの傍から離れないし、死にもしない。だが、その……今から中止っていうわけには………」
するとアリエスは慌てて手を大きく振りながら自分の言葉を否定してくる。
「ああ、全然大丈夫だよ!私が勝手に不安になってるだけだから。それに今はハクにぃから信頼されてるっていうだけで嬉しいから」
アリエスはそう言うとそれ以降何も喋らなくなった。浮かべている顔はとても幸せそうで俺ももう少し突っ込んで話を聞こうと思っていたのだが、その気概もその表情によって完全に削がれてしまう。
その後は他のメンバーが俺たちを探しに来るまでただひたすら身を寄せ合って星空を見つめていた。
その星の光はアリエスの首にかかっているネックレスに一瞬だけ反射して俺の顔を照らし、空はアリエスの涙を全て飲み込んでしまうのではないかと思うくらい暗く、温かかった。
そしてアリスによって予言されていたオナミス帝国との戦争が幕を開ける。
だがここでアリエスが言っていた嫌な予感というものが本当に的中するということを俺はまだ知らなかった。
今回はハクとアリエスの絆を再確認させる目的で書かせていただきました。
それがなぜこのタイミングで入ってくるかというと、それは今から行われるこの戦争がパーティーにとって本当に大きな出来事だからです。
では次回からはその戦争に突入します!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




