第二百六十八話 進むべき道
今回はこれからの指針を話し合います!
では第二百六十八話です!
俺は暗闇の世界でもう一人の俺を倒しその力を吸収した後、現実世界に引き戻され静かに瞳を開いた。
その瞬間俺の目の中には大量の光と空気が激突し、すぐに瞼を閉じさせようとしてくる。だがそれでも俺はそれの反射的な動作に逆らうようにして目を開けた。
そこには俺を心配そうに見つめてくるメンバーの姿とすっかり暗くなってしまった空が映し出されている。窓の外を見れば完全に日は沈んでおり星がちらほら見え始めていた。
するとそんな俺の姿を見たアリエスがおもむろに言葉をかけてくる。
「ハクにぃ……。泣いてるよ?」
俺はその声を聞くまで自分がどんな顔をしているのかわからなかったのだが、どうやら俺はまたしても泣いているらしい。それを知覚した瞬間、自分の頬に生暖かい液体が伝っていくのがわかった。
だがそれでも俺は表情を一切変えず、出来るだけ笑いかけるようにしてアリエスたちにこう呟いた。
「ごめん、俺、あいつ殺しちゃった」
その言葉はどこまでも沈むように暗く小さなものだっただが、何故だか顔は笑顔のままで止まることのない涙が溢れ出ている。
それは俺に勝利の余韻をもたらすものではなく、何か大切なものを失ったような感覚を俺に与えてきた。あの世界で戦っているときは涙など流している暇すらなかったのだが、それゆえか今は心の中に空虚な穴が開いたかのように悲しみがこみ上げてくる。
ああ、だから俺は甘ちゃんって言われるのか。
そう思うとあれほど嫌っていたあいつの存在が妙に愛しくなってしまう。
人を殺すっていうのはこんなにも辛いことだったのか、その気持ちがアリスを殺したときと同じようにこみ上げてくる。
俺は固まって動かない笑顔を涙で濡らしながらアリエスたちの返答を待っていた。
するとそんな俺の姿を見たアリエスは俺の頭を抱えるように自分の胸に押し付けると、そのまま俺がいつもやっているように俺の頭を撫でていく。しかしそこに言葉はなくただひたすら俺が泣き止むまでその光景が続いた。
それからなんとか気持ちの整理をつけた俺はアリエスたちにあの空間であったことを全て話した。俺が一体どういう存在でもう一人の俺の正体はなんだったのか。その場所で一体何が話されたのか。さらにどのような結末を迎えたのか。それを漏らすことなく伝えた。
最初は戸惑っていたメンバーもその話を全て理解すると今までの行動に納得がいったようで、妙にスッキリした表情を浮かべてさらなる俺の言葉に耳を傾けていく。
「最後にあいつから一言だけ伝えてほしいって頼まれてることがある」
その言葉を聞いているメンバーは真剣な顔をこちらに向けており俺の言葉を待っているようだ。
「今まで迷惑かけて、ごめんだってさ」
俺がそう呟いた瞬間、アリエスたちは一瞬だけ泣きそうな顔をしたのだがそれでもなぜかそれをこらえ俺に声をかけてくる。
「そっか。あの人はそうやって消えていったんだね。何だか私酷い言葉言っちゃったかも」
「そうですね。私もまともに話したことはありませんでしたけど、今になってみれば歩み寄ってみてもよかったのかもしれません」
「私もエルヴィニアでは彼にお世話になったわけだしお礼の一つくらいは言いたかったなー」
「妾はあのマスターも嫌いではなかったが、そうだな、もう一度会えるならば色々と語り合ってみたいものだ」
「私はあんまりそのハクのことを知らないんだけど、一度手合わせしてみたいわね」
「そのハク様も紛れもないハク様なのですね。もう会えないというのは残念ですけど、ハク様の中で生き続けていることを私は信じています」
「私も姉さんと同じ気持ちです。きっとそのハク様は私たちをどこかで見ていてくれますよ」
俺はみんなの言葉に頷くと一度大きな深呼吸をして勢いよく寝ていたベッドから飛び起きると近くに立てかけてあったエルテナと白いローブを身に着けいつもの格好に戻ると話を切り返していく。
「あいつは俺にこの力を託した。だったら俺は戦わないといけない。つまりこれからの目標は」
「オナミス帝国に向かう、だよね?」
アリエスが俺の顔を見ながらそう呟いてくる。
「そうだ。本当ならばもう少しここでゆっくりと羽を伸ばしたかったけど、こうなった以上早めに動いておいたほうがいいだろう」
「ならば情報の整理だ。リア、もう一度あのアリスという奴が言っていたことを聞かせてくれ」
キラは俺の言葉に続けてそう言うと俺の中にいるであろうリアを呼びつけ説明を求めた。アリスが俺に対して喋っていた時、キラたちは全員気を失っていた。つまりアリスとの会話の内容を知っているのは俺とリアそして少しだけアリエスということになる。
とはいえ俺ももう一人の俺に意識を乗っ取られていたのでそれほど鮮明に記憶しているわけではない。よって今はリアが呼び出されたのだ。
『いいじゃろう。まずはあの勇者たちという存在についてじゃ。あの者たちは全員が私の世界から召喚されておる。しかもそれは帝国の意思ではなく星神が帝国を唆してやらせたことと言っておったのう』
そのリアの発言に対してエリアは食いつくように質問をぶつけていく。
「その勇者召喚というものはそんなに簡単にできるものなのですか?」
『普通は無理じゃ。そもそも他の世界に縛り付けておくだけの魔力が込められた魔法陣など人間には一生かかっても製造不可能なのだが、今回はおそらく星神という者が手助けしたのじゃろう。そうでなければ今頃勇者たちはとっくに元の世界に戻っておる』
俺とリアは星神の使徒曰く、星神の考えを阻止するために世界が呼び出したらしいので例外だが、あの勇者たちは魔力を使って無理矢理呼び出されている。それは本来とてつもなく高度な術式のようで完成させることすら難しいのだという。
であればその召喚に星神が関わっているという情報は確かなのだろう。
『で、次じゃが帝国はその勇者たちに加え騎士団と魔導師団を含めた全戦力で戦争を起こそうとしているということも言っておったのう。それもそやつらの強さは』
「SSランク冒険者クラスか」
俺はリアの言葉を引き継いでそう答える。
そもそもSランク冒険者ですら数える程度しかこの世界には居ないのに、そのさらに上のSSランク冒険者級の強者が大量にいるとなると、その戦争は恐ろしいまでの被害が出てくるだろう。
仮にイロアたちSSSランク冒険者全員が集まったところで死人は確実に出てしまうはずだ。
『さらにアリスはこうも言っておった。私たちがその戦争に参加しなければ間違いなく帝国が勝つとな』
正直言ってそれに関しては俺も思っていたことだ。その騎士団や魔導師団がいなかったとしても勇者たちの戦力というのは強大だ。さすがのSSSランク冒険者であってもそれを打ち返すのは厳しいだろう。まして今回は騎士団と魔導師団が出てくるのだ。戦況など見る必要もないくらい明らかだ。
するとここでシラが声を上げてくる。
「で、でもこれは罠かもしれませんよ?そこにアリスさんを呼び出してハク様をおびき寄せるという考え方もできます」
『それはまったくもってその通りじゃ。私もはっきり言ってあの国には近づかないほうがいいと思っておる。正直に神核を倒しに行ったほうがいいのはないか?』
リアがシラの言葉を受けてそう呟いてくる。確かに二人の言っていることはもっともだ。アリスという俺を殺す専用の人間のような存在を俺に仕掛けてきている時点で、これはかなり仕組まれた戦いになる可能性が高い。
だがだからといってあれほど助けてもらったイロアたちを見殺しにするわけにはいかないし、あの勇者たちを今度こそ倒してしまわなければいけないのだ。勇者たちは帝国に操られているという意思があるのに、そのまま服従の姿勢を示している。であれば今後も俺たちの前に立ちふさがってくるはずだ。このような連中は早めに倒しておいたほうがいい。
「いや、イロアたちを見捨てることは出来ないし俺はアリスともう一度戦いたい。そこで蹴りをつける」
『まあ、そう言うと思っておったが、ならば十分に注意しながら進むのじゃ。今回は間違いなく大混戦となるじゃろうからな』
「ああ」
俺はそう呟くと頷いているメンバーの顔を一度見渡してみた。
もし嫌なら反対してもいいんだぞ、と言おうと思ったのだがどうやらその必要はないみたいで全員がその戦いに対して闘志を燃やしている。
おそらくはそれぞれに思うところがあってそのような反応を示しているのだろうが、意思が統一されているのならば特に言うことはなかった。
『このくらいがアリスが言っておったことじゃ。どうやらみんな帝国に向かいたそうじゃし、これからはどのような日程で動くか決めたらどうじゃ?』
「そうだな。とりあえず今日はもう休もう。日も暮れているし慌てて動くことはない」
帝国が戦争を始めるのは今から三週間後とアリスは言っていたもしかすればそれよりも早く開戦されるかもしれないが、アリス自身も俺を狙っている以上、この日付に間違いはないだろう。
「なら出発は明日にするの?一応私たちの準備は出来てるよ」
ルルンがそう呟いてくる。
しかし俺はその言葉を首を振って否定した。
「いや、明日は今日できなかったことをやろう。シラ、ラミオに言いたいことがあるんだろ?」
「え!?ま、まあそうですね……。一度声はかけておきたいとは思っています」
今日は俺たちがアリスに襲われたことでシラはラミオに会いに行くことは出来なかった。聞けばいきなり中央広場で戦闘が開始されたので王城に仕えている騎士たちが事情を聴きに来ていたそうだが、それはシラとシルが追い返したようだ。
であればその報告も兼ねて一度王城に向かったほうがいいだろう。勘違いしてもらっては困るのだが、俺はこの獣国と敵対したいわけではない。確かに王選の時は獣国を敵として認識するような発言を言っていたが、それは既に終わったことだ。であれば出来るだけ円満な関係を築いておきたいというのが本音である。
「じゃあ、明日はとりあえず王城へ向かう。その後の予定はイロアに念話してから決めれば問題ないはずだ」
イロアは戦争に参加するのであれば念話をしてほしいと言っていた。ならば一度念話でスケジュールを打ち合わせたほうがいいだろう。
俺の言葉に頷いたメンバーはそこですぐさま表情を変化させると、俺を置いていくような形で部屋の外に出て行こうとする。
「お、おい。どこいくんだよ?」
するとアリエスがトコトコと俺の下にやってきて右手を掴むと笑顔を浮かべたままこう呟いた。
「どこって、それは当然ご飯だよ!今何時かわかってるの、ハクにぃ?」
俺はその言葉の通りに壁に立てかけられている時計に目を流す。するとそこには午後八時を指し示す二本の針が停止していた。
ああ、確かに飯の時間だな、これは。
俺はみんなの行動に納得するとあいつと戦った時もずっと俺を支えてくれたエルテナを軽く左手で撫で、そのままアリエスに引きずられるような形で宿の部屋を後にしたのだった。
そしてアリスがいきなり俺の前に現れ襲い掛かってきた長い一日は幕を下ろした。
今日という日は俺にとってとても重要な一日であり、これからの指針を再確認させるものになったのだった。
このお話で脆いハクとはおさらばです(笑)
この第六章はあと二話ほど続きます!
次回はシラメインのお話です!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




