第二百六十五話 十三年前の真実
今回は凶暴なハクの正体が完全に明らかになります!
では第二百六十五話です!
「一応聞いておく。何で俺を呼び出した?」
俺は目の前に立っている自分と同じ顔をした青年に対してそう呟いた。
正確に言えば俺の髪は金髪、こいつの髪は黒に染まっており唯一その点が異なっている。しかし浮かべている表情は対照的で、もう一人の俺は目を吊り上がらせ凶暴そうな顔をしていた。
そしてその青年は俺に対して真っ直ぐ立つとその顔を変えないまま口を動かし始めた。
「ふん、本当ならば呼び出す必要もなかったんだけどな。ただあのアリスとかいうクソ女がまた出てきた以上、話しておかないといけねえことがあるんだよ」
「それにしては妙に殺気だっている気がするが?」
「偽物にしては察しがいいな。当然、わかっていると思うが俺たちはこの後殺り合う。それを念頭に置きながら俺の話を聞くんだな」
そいつはそう言うと一つ大きなため息を吐き出して、戦闘前にとてつもなく重要な秘密を打ち明けていった。
「まずお前は俺を一体どんな存在と思っている?」
どんな存在ってそりゃ、人の体を乗っ取る傀儡師だろ?と答えるわけにもいかないので、今まで神核たちから得てきた情報をそのままぶつけてみる。
「気配殺しから生み出された人格じゃないのか?」
するとまるで虫でも見るような眼差しで俺を睨んできたそいつは両手を上にあげながらやれやれといったポーズをかましてきた。
「全然違う。そもそも俺はその気配殺しという能力に縛られていただけだ。そんな得体の知れない能力から生み出されてなんかいねえよ」
「だったら、お前は何者なんだ?」
これは素直な疑問だろう。
今まで神核たちは俺にその人格は俺の気配殺しから生み出されたものだ、と言ってきたのだ。それがその本人に否定されてしまった以上、その正体を知りたがってしまうのは当然だ。
「俺はお前の体の本来の持ち主、っていうのが一番正しい。それ以上でも以下でもない」
「本当の持ち主だと?」
「いいか、お前おそらくだがどう頑張ってもあのアリスとかいう女と初めて出会った十三年前以前の記憶ないだろ?」
は?
何言ってんだこいつ?
十三年前といえばそれは俺がアリスと初めて公園で出会った時のことだ。そこでは道に飛び出したアリスを救うために俺が身を挺して車にはねられた。そしてその結果アリスの中に宿っていた二妃の力が俺に乗り移り一命をとりとめたというのが十三年前である。
その時の記憶は長年の生活によって埋もれていたが去年アリスと再会することで掘り起こされた。
ゆえにその前の記憶だって当然ながら覚えている。
はずなのだが。
ん?…………な、何も思い出せない。いや、そんなはずは………。
…………………。だめだ、思い出せない。
「どうやら当たりみたいだな」
もう一人の俺はそう呟くと、俺に対して人差し指を突き出し明らかに殺気の籠った声でその答えを明らかにしていく。
「つまりそれが動かぬ証拠だ。結論から言えば、俺はアリスを庇って瀕死状態になる前までのこの体の人格だ。お前が持っていないゼロ歳から五歳までの記憶は俺が保有している」
な!?
そ、それってどういうことだ!?
意味がよく理解できなかった俺は必死に思考を回転させその言葉を読み取ろうとする。
俺が覚えているのはアリスを庇って車にはねられた日の記憶までだ。ということはそれ以前は誰かが俺の体を使って生活していたことになる。
いや、違う。
俺が後から出てきたんだ。
だからこいつは俺のことを偽物と呼ぶのだろう。
「わかったみたいだな。つまりあの日を堺に俺の人格はお前の人格に塗り替えられた。そして最初から、いや本当の桐中白駒の人格はずっと気配殺しとかいう能力に縛り付けられてたんだよ」
もう一人の俺は淡々と事実を突きつけていく。
だが、それでも俺にはまだ納得できないことがたくさんあった。
「な、なら、俺は一体何なんだ!仮にお前が本当の桐中白駒で、俺が偽物だったとしても俺という人格はどこからやって来たんだよ!」
「それは簡単だ。アリスを俺が庇ったときにアリスは俺を救うために自分の中に宿っている二妃の力を受け渡した。だが結果的にそれは俺の体は再生させたが、人格はまた別の問題を生じさせた。おそらく俺という人格が妃の器に対して不適合だったのだろう。よって俺の人格は気配殺しという最奥に縛り付けられ、お前という人格が二妃の力から生成されたということだ」
つ、つまり………。
俺は本当にまがい物だってことか…………?
確かに今までも実の妹と何故だか話がかみ合わないときがあった。しかもそれは決まって俺が小さい頃の話のときによく起きたのだ。
それはおそらくこれが原因。
俺がこいつより後に作り出された人格であり、幼少期の記憶を持っていないから。
「ゆえに二妃の力から生成されたお前は神妃の力とも親和性が高く圧倒的なポテンシャルを引き出してその能力を使うことができた。だが、気配殺しだけは俺が封じ込められていたことで完全なコントロールは無理だったという話だ。わかったか、偽物?これが真実だ。ゆえに俺はあのアリスとかいうクソ女を嫌っている。諸悪の根源である神妃もそうだが、人の人生を簡単に狂わしてくれたあいつだけは許すことができない」
「だ、だったらどうして俺の中にアリスと公園で過ごした記憶がある?それは俺の人格が作られる前の話だろう…………?」
「それはおそらく二妃の力が記憶の辻褄を合わせるために俺の記憶から引っこ抜いたものだ。だからお前の中にもその記憶は残っているんだろうな」
俺はその言葉に一瞬だけふらついて崩れ落ちそうになってしまう。
それもそうだろう。今まで使ってきていたからだが自分のものではなくて他人のものだったのだ。
罪悪感だけではない。本当に自分という存在がわからなくなってきてしまう。
一体俺は何なのか。
何のために生み出されたのか。
何のために生きているのか。
その全てが暗闇に消えていく。
するとそんな俺にもう一度たたみかけるかのように本物の俺が声を上げた。
「俺は気配殺しという能力に封じられながらも、お前の姿を見ていた。はっきり言ってこれほどの苦しみはなかったぞ?なにせ自分の体が知りもしない人物に使われているんだからな。それと、もう一つ俺が本物である証拠を突きつけておこう。アリエスがあの力で俺を封じ込めるまでなんでお前は俺の登場に逆らえなかったと思う?」
「そ、それは………」
俺は必死に頭を回して考えを巡らせるがそれよりも先にもう一人の俺はその解答を述べてしまう。
「それはな、お前が使っているのが俺の体だからだ。そもそも魂っていうやつは器に合わせて作られている。お前は神妃の力と妃の器には適合があっただろうが、俺の体にはそれほど合っていなかったんだよ。ゆえに俺が表層に現れたときに逆らえなかった。かく言う俺も気配殺しをお前が使えるようになって一年もの間自由に動けなかったけどな」
俺はもう反論の余地がないほどの事実を突きつけられて半ば茫然と立ち尽くしていた。この話を聞くまではどんなことを言われても強気でいようと思っていたのだが、今はそんなこと考えることもできない。
よく考えてみてほしい。
十三年もの間、こいつはずっと俺の生活を見てきたのだ。言い換えれば身動きが取れないまま自分の体を勝手に使っている他人を見てきたということだ。
そんな苦行、今の俺だって耐えることができない。
現に俺はこいつに短時間体の自由が奪われるだけで嫌悪しているのだから。
そんな奴に強気な態度や殺気、威圧の類を向けられるはずがない。
「だからこそ俺はお前を偽物と呼ぶし、お前も許さない。お前の意思でこのような事態に発展したのではないのは重々わかっているが、それとこれとは別問題だ。今の俺にとってお前が十三年間俺の体を使い続けていた事実さえあれば、お前に剣を向ける理由になるんだよ」
俺はそんな姿をまじまじと見つめて何の言葉もかけることは出来なかった。
いや、出来る資格なんてないのだろう。
だからこそ代わりに出てきた言葉は償いの言葉だけであった。
「お、俺はどうすればいい………?」
「あ?なんだって?」
「俺はどうやってお前に償えばいいんだ…………?」
その言葉はどんな海よりも深く、黒い声色で自分でもありえないくらい感情の籠っていない声になっていた。
いつもならどんな強敵にだって笑って勝負を挑む俺だが、今はそんな気分にはなれない。アリスを殺したこともそうだが、それよりも俺は一番近くにいた人間の人生を奪ってしまっていたのだ。
しかしその言葉を聞いた本物の俺は目に見えないほどの速さで俺に接近すると俺の胸倉をつかんで大きな声で怒鳴り散らした。
「馬鹿かお前は!本当にいつまでたっても甘ちゃんだな!俺がいつどこで償ってほしいなんて言った!?そもそも俺がお前を憎む理由はあってもお前は俺に償う理由なんてないだろうが!だったらどうする?今ここで俺に切られて永遠に消滅するか?違うだろ!お前は俺の体を使っていようともこの世界でたくさんの仲間に囲まれている。そんな状況を残したまま償うとか償わないとか、くだらねえこと言ってんじゃねえよ!!!」
「だったらどうしろっていうんだ!俺が、お前が、何と言おうと俺がお前の体を十三年間使っていたという事実は変わらない!それこそ神妃の力を使って時間を巻き戻しても俺という存在は固定されているから取り返すことだってできない!俺には、もうお前に償うことぐらいしかできないんだよ!」
「だからそれが間違いだっていってんだろうが!だったらなんだ?お前は俺に体を受け渡して表層に出させ、アリエスたちに嫌われろって言ってるのか?そんなものは絶対に御免だ!今のお前には守るべき仲間がいるんだろ!星神を倒して人類を救うんだろうが!そんな男が高々俺に過去を暴露されたくらいでグジグジしてんじゃねえよ!」
俺はその言葉を受けて、こいつが考えていることが本格的にわからなくなってきた。
いつものこいつなら俺から無理矢理主導権を奪って器も完全に我が物にしてもおかしくないはずなのだ。
それが今は俺の言葉に真面目に反論してきている。
「お、お前は結局何がしたいんだ?」
するともう一人の俺は勢いよく俺の胸倉を離すと、そのまま腰にささっている絶離剣のようなものを抜き放っての距離を取ると、それを真っすぐ俺に突きつけてきた。
「ここまで俺が語ってきた理由は一つだ。今も言ったように俺はお前を恨んでいる。だが同時にお前に非がないことも理解している。しかしだからといって簡単に引き下がれる問題でもない。ゆえに勝負だ」
「勝負?」
「俺が勝てばお前は自ら俺にその体を受け渡せ。アリエスに封じられている今、俺はどう頑張っても自分で表に出ていくことはできない。だからお前自らがその体の所有権を俺に譲渡しろ」
「つまり俺が負ければ俺は……」
「消滅だ。神妃の介入する余地なんかないぞ。一対一の存在をかけた戦闘だ」
「なら俺が勝ったら?」
「その時は俺が大人しく消滅してやる。それでお互いフェアなはずだ」
見れば俺の腰にもエルテナらしき剣がぶら下がっている。
絶離剣とエルテナ。
能力的にそう反しているこの剣はまさに俺たちの関係を表しているように思えた。そう考えた瞬間、俺の中で一瞬だけ仲間たちの顔が思い浮かんだ。
この空間にやってくる前、俺はアリエスたちに心配するなと言ってやって来た。その約束を簡単に破ることなど、俺にはできない。それがもう一人の俺を消滅させる未来だとしても、あの光景だけは守らなければいけないのだ。
俺はエルテナの柄を握り、音を立てながら引き抜くともう一人の俺と同じポーズを取り、剣を構える。
「今も俺はお前に対して申し訳ないと思っている。だが確かにお前が言ったように俺には守らないといけないものがあるのも事実だ。本音で言えばお前に体を受け渡したくない。だってそれがハク=リアスリオンが歩いた人生の証拠だと思うから」
俺はついに腹をくくって桐中白駒の顔をジッと見つめてそう呟く。
俺は桐中白駒という人間の人生を狂わせたかもしれない。それは恐ろしいまでの苦行を桐中白駒に背負わせたかもしれない。
だけど、それでも俺が今まで歩いてきた人生は偽物じゃない。
アリスと一緒に真話大戦を勝ち抜き、異世界に召喚されて、仲間を増やし、神核を倒す。その全てが俺の生きた証だ。
だから俺は桐中白駒と戦う。桐中白駒ではなくハク=リアスリオンとして。
それが仮に存在の消滅を賭けた戦いだったとしても。
「ようやく、本気の顔になったな。正直言って過去を暴露した時の反応を見ていた俺としてはヒヤヒヤしてたぞ?」
「悪かったな。だが、これで準備は整った。だからお互い全力で」
「「殺し合おう」」
その言葉をきっかけとして桐中白駒とハク=リアスリオンという一つの体に宿っていた二つの人格がぶつかったのだった。
ようやくこのお話を書くことができました。この設定に関してはハクという人物の設定を作り上げた時と同時に浮かび上がったものです。ゆえにプロットから本編へ引き上げるのに相当な時間がかかったわけですが、それでもしっかりと描けていれば幸いです!
次回は桐中白駒とハク=リアスリオンの真剣勝負になります!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




