第二百五十五話 王選六日目、二
今回はシラが最後に放った策の内容が明らかになります!
では第二百五十五話です!
「え、そ、それって一体…………どういうこと……?」
イロアの口から発せられた言葉を聞いたアリエスは茫然としてしまい、手に持っていたパンをスープの中に落下させてしまう。そのパンは大きなしぶきを上げながらスープの液を飛び跳ねさせ床を濡らした。
しかしそのような状態になっているのは決してアリエスだけでなく俺たちパーティーメンバー全員であったのだ。
頭の中にまるで弾丸が撃ち込まれたような衝撃とともに俺の意識は微睡の淵から起き上がり一気に覚醒する。
「イロア、落ち着いて説明してくれ」
「あ、ああ………。そうだな」
イロアは俺の言葉に頷くと空いていた俺の向かい側の席に腰かけると険しい表情と重たいトーンで話し始めていく。
「今朝、というよりはついさっきだが獣国の国王陛下からシラ君と直属騎士のラミオの婚約が発表された。なんでもラミオという騎士はかなり遠い分家ではあるものの現国王の親戚にあたるそうで一応王位継承権を持っているらしい」
「おい、待て。この国では血筋よる王位継承はなかったんじゃないのか?」
イロアの言葉にすかさず反応したのはいまだに寝ぼけた表情をしているキラだ。
確かにこの国では本来ならあるはずの王の一族というものが存在していない。国王はその任期が終了すると同時に毎回王選で新たに違う家系の獣人族が担う形をとってきている。
ゆえにラミオが仮に国王の親戚であったとしてもそれが王の座に直結するという話はありえないのだ。
「ああ、だからそれは副産物的なものだ。キラ君が言ったようにラミオが本来あるはずの王位継承権を持っていたとしても王選が開催されている以上、直接的に国王になるということはないだろう。だが、これによってまた別の問題が生じる」
「別の問題といいますと?」
エリアが小首をかしげるようなポーズとともに問いを投げかけるが、イロアは俺の方を向き、さらに声のトーンを低くして話しかけてきた。
「ハク君。今シラ君とシル君の統制の檻の状況はどうなっている?」
は?
何をいまさら……。
そんなもの言わなくてもシルの力が圧勝しているはずだ。なにせ一応眠りにつきながらも統制の檻は俺が管理していたのだから。
昨日は夜通し起きながらシルの力を操っていたのだが、今日はシラの力が消滅したこともあり、その制御をリアと並立的にこなすことによって睡眠をとりながらでもその作業を可能にしていたのだ。
つまりいくら寝ていようが俺の魔力はシルの統制の檻を拡大させ続けていっているはずなのである。
しかしそれゆえアリスの夢を見てしまったという本末転倒ぎみな現象に襲われてしまったのだから情けない話だ。
とはいえイロアの言葉を無視するわけにもいかないので気配探知を仕方なく発動させその気配を探る。
だがそれは俺の予想とはまったく違う結果になっていたのだった。
「な!?ば、馬鹿な!?なんでシラの力がここまで浸透している!?」
俺の感じた気配は既にシルの力を半分ほど追い返し互角の勝負繰り広げていたのだ。どうやらそれは気配探知使えないアリエスたちのも感じ取れるほど大きくなっているようで俺の言葉と同時に顔をしかめている。
「そういうことだ。私にも原因はわからないがシラ君がラミオとの婚約を発表した瞬間、今のような現状が出来上がったということになる」
「そ、それはありえないはずだ!昨日のシラの力ならまだしも今感じられているのは普通の統制の檻だ。それが昨日までのシルの力をはじき返せるはずがない!」
実際に昨夜の段階ではシルの力は獣国の約八割に広がり完全な勝利をつかむ寸前まで来ていたのだ。
それがたった数分でここまで戦況が変わるということは物理的に考えても不可能なレベルの減少が起きていることになる。
すると今まで黙っていたリアがいきなりみんなにも聞こえる声で語り始めた。
『まあ普通ならそうじゃろうが、それが普通でなかったのだろう。見ていたところシラたちが使っている統制の檻という力はあくまで生き物の深層心理を操っている力のようじゃ。それはいくらでもその力で書き換えられるとはいえ、元々宿ってしまっている思いだけは動かせんのじゃろう。現にシラの統制の檻を受けていても平常心を保っていられる私たちがいい例じゃ』
「つまり、何が言いたい?」
『おそらく、あのラミオという騎士とシラの婚約は国民の大半に認められているということじゃ。おそらくじゃが私たちが来る前からあの二人は観衆の目にさらされ、その仲を知らしめておったのじゃろう。あからさまでなくともあれほどの容姿をぶら下げた二人が近くにいれば誰だってそれを応援したくなるものじゃ』
確かにあの二人が並んでしまうとお似合いな雰囲気は漂っている。美男美女というのはあの二人のためにあるような言葉であると言っても過言ではないかもしれない。
ゆえに国民たちはその婚約を聞き入れた瞬間、シルの統制の檻の効果範囲内から外れたということか。
考えてきたな、シラ………。
『とはいえ、それには当然妬みや嫉妬というものが付きまとう。ゆえにシルの力を完全に食いつぶすことは出来ず、約半分しか支持を集められていないのじゃろうな』
リアはそう呟くとそのまま口を閉ざしまた黙ってしまう。
そのリアの発した言葉の雰囲気を残したままサシリが不意に言葉を吐きだしてくる。
「シラはそこまでしてこの王選に勝ちたいのかしら?いくら国王になって罪を償うっていってもさすがにやりすぎじゃない………?」
サシリが呟いた言葉はこの場にいる誰もが考えていたことだろう。確かにこの王選に負ければシラの目的である国王になってミルリス一族の獣人族が起こした罪を償い妹のシルを解放するという目的は達成されるかもしれない。
だがそれでもラミオという騎士を巻き込んでまでその勝利に執着するほどのものなのかという点は、俺たちの心の中で疑問の種となっていた。
するとそこでイロアが口を挟む。
「おそらくここまで来たらもう意地だろうな。私たちだってもう引き返すことはできない段階まで踏み込んでいる。例え自分が取る手段が間違っていても引くに引けない状況が出来上がってしまっているのだろう。もしかすればシラ君の周りにいる人間たちがはやし立てている可能性もあるが、それとてシラ君が認めた結果こうなっているのだ。苦肉の策というところなのだろう」
シラの考えとしては昨日の特殊な統制の檻を使用して勝負を決めたかったはずだ。
だがそれは俺の気配殺しによって粉々に打ち砕かれた。
ゆえにシラが最終手段として取った作戦がラミオとの婚約だったというわけだろう。
聞けばラミオは現国王の親戚であるらしいし、家柄も身分もシラの相手として申し分ない。
だからこそ起こすことのできた策。
しかしそれは同時にまたしてもシラの意思を蔑ろにしているような選択に思えた。まして今回はラミオという自分を信頼してくれる騎士を巻き込んでの作戦だ。
ラミオが仮にそれを承諾したとしてもそんな望まれない婚約は俺もみんなも納得できない。
俺と同時にその考えに至ったであろうアリエスが俺の服の裾を少しだけ引っ張りながら言葉を放ってくる。
「は、ハクにぃ………。こ、これからどうするの…………?」
それはシルを勝たせるための方法と、シラの現状をこのまま見逃すのかという二つの意味が込められておりメンバー全員が俺の方を向き返答を待っている。
現状はシラとシルの勢力図は五分五分といったところだ。おそらく今から俺が全力で魔力を注ぎ込んだところでこの戦況は変わらないだろう。
単純な力比べではどうにもならない以上他の作戦を考えなければならない。
だが、この状態を覆せるカードが俺の手元に残っているかというと、そんなものは残っていないのだ。
俺としてはシラの力を気配殺しでかき消すことを奥の手として考えていた。しかし今の状況で仮にその統制の檻を破壊したところで国民の意思は力と関係なくシラとラミオに傾いている。つまり気配殺しすらも通じない
つまりこのシラの作戦を崩すにはもっと契約的な何かを引っ張ってくる必要がある。それこそ奴隷の契約のように絶対に服従させる何かが………。
ん?まてよ。
奴隷?契約?
その瞬間、俺の脳内にとある一つの光が差し込んだ。
それは間違いなくシラの婚約を破棄させシル勝利を引き寄せる一手になるであろうもので、すぐさま俺はそれを探すために蔵の中に手を突っ込んだ。
「た、確か、この中に入っていたはず……」
いきなり慌てて蔵の中をまさぐり始めた俺に唖然となっているアリエスたちだったが、すぐさま我を取り戻すと、その中のルルンが声を上げながら問いかけてきた。
「は、ハク君?い、一体何をやっているのー…………?」
だがその声は俺の耳には届いておらず、ひたすらに目的の品を探していく。
もうかなり前のものだからな………。完全に神宝やら武器に埋もれてしまってるか…………。
そう思ったその時、何かの紙がこすれるような音と共に俺の手がその品物を捕らえた。
「よし、あったぞ!」
右手の中にそれを入れると慎重にそのシラに勝利する武器を取り出していく。
そしてそれを疑問符を浮かべているアリエスたちの前に差し出すと、顔をニヤリと笑わせながら俺はこう呟いたのだった。
「これで俺たちの勝ちだ。つまらない作戦かもしれないが、これ以上の手札は俺に出せそうもない」
俺がそう言って目の前に出したものを目にしたアリエスたちは一瞬目を丸くすると、すぐさま俺の言いたいことを理解したようで、呆れながらも順々に声を上げていく。
「確かに、これがあればシラ姉は婚約なんてできないね。だったらもうひと頑張りしちゃおう!」
「シラには色々と迷惑をかけられましたから、そろそろ一度お灸をすえないといけませんね」
「へー、よくもまあこんなもの取っておいたねー。普通ならすぐに捨てるよ?………でも今回はそれが役に立つんだから何も言えないかな」
「契約は先に結ばれた契約には逆らえない。なかなか鋭いところに目を付けたなマスター」
「まあ、私もシラには言いたいことがたくさんあるし、ここらへんで勝負を決めることは悪くないかもしれないわね」
そう呟くみんなの顔は言葉とは裏腹に笑顔に変わっており、シラを温かく迎えるような雰囲気が滲み出ていた。
俺は唯一言葉を発していないシルに向き直ると一つの謝罪を言いながら言葉をかけていく。
「ごめんな、シル。シルにすればこんなもの二度と見たくなかったかもしれないけど、今回はこれを使わないといけないみたいだ」
するとシルは大きく首を横に振りながら力強い瞳で俺を見つめ返してくる。
「いいえ、大丈夫です。むしろそれは私たち姉妹とハク様を繋ぐ証のようなものですから、どんどん使ってください、それで姉さんを救えるのなら!」
俺はその言葉に笑いかけると、そのままイロアに目線を合わせこれからの行動を口に出す。
「イロア。俺たちはこれからシラがいるであろう王城に行く。そこで決着がつくだろう。できればお前たちも来てほしい。SSSランク冒険者のパーティーがいるのといないのでは話の重さが違う。それに今回は俺たちだけの力でここまで来られたわけじゃない。どうだ?」
イロアは俺の吐き出した単語を噛みしめるように脳内で反芻させながら目を見開くと、俺と同じような笑みを浮かべ言葉を返してきた。
「無論だ。もし本当にこれで王選に決着がつくのならば見届けないわけがないだろう。少し待っていろ、メンバーを呼んでくる」
背を向けたイロアはそのまま一度宿屋から出てどこかに姿を消してしまう。本人も言っていたようにメンバーを集めてくるのだろう。
俺は右手に握り締めているそれをもう一度眺めると、心中でこう呟いてシラのいる獣国ジェレラート王城へと足を向けるのだった。
悪いがお前のくだらない運命ってやつは砕かせてもらうぜ。
王選六日目。
朝日が昇ったであろうこのタイミングで、シラとシルの姉妹対決に幕が下ろされようとしていた。
次回はハクたちとシラの直接対決になります!
余談ですが、もうしばらくするとお待ちかねの戦闘パートに突入します!
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