第二百五十四話 王選六日目、一
今回は王選の六日目がスタートします!
では第二百五十四話です!
もう何度目になるだろうか。
夢の中であいつに会うのは。
今回も意識が覚醒すると上も下もわからない空間に立ち、光り輝いている少女の姿を眺めていた。
ここまで頻繁にこいつの姿を見ていると本当に死んでいないのかもしれないと錯覚してしまう。
気配殺しで消滅させたものは絶対に復活しない。それはわかっていることだ。だがそれでも人間というものはささやかな願望に縋ってしまう。絶対に叶わぬ願いだとしてもそれを諦められないからこそ欲望というものが働き続けるのだ。
俺にこういつを求める欲求があるかはさておきもう一度生身の体で話をしたいというのは事実だ。
もし今見ているこの夢がその願望から作り出されているものだとすれば、俺もとんだ変態である。
自分の夢というものに対して冷静に分析しながらその空間の中心に立っている少女の下まで近づくと元の世界でしていたような軽いノリで話しかけた。
「よう。また人の夢に出てきたな。いい加減礼儀ってものを覚えてほしいところだ」
しかしその少女は俺の言葉を聞き流すと、とても悲しそうな表情を向けながら俺に向き直り声をかけてくる。
「そうね、確かにいつもいきなりっていうのは礼儀がないかもしれないわ………」
「おい、一体どうした?いつものお前なら耳をつんざくような大きな声で話しかけてくるだろ?覇気がないぞ」
するとそいつは何かを隠すような笑みを浮かべると、微笑とはいかないまでもすこしだけ口の端を持ち上げながら笑いかけてくる。
「私ってすぐに顔に出ちゃうから隠し事は出来ないね。こんな鈍感なハクにバレるんだから相当よ」
「誰が鈍感だ、誰が!」
よくリアやメンバーたちから鈍感と言われることがあるが、俺はそれがいまいち理解できない。自分で言うのもなんだが、戦闘中は相手の動きに注意を向けているし通常時だって気配探知で辺りを観察している。つまり決して鈍感というレッテルが張られることはないと思っているのだが、周りから見るとそうでもないらしい。
「まあ、それはいいわ。今回は特段隠すようなことはないし」
「ん?どういうことだ?」
俺はその言葉に疑問を覚えるとそれをそのまま口に出して問いかけてみる。
「そうねえ、話すことはいっぱいあるんだけど、まずはハクの中に入ってるもう一人のハクについてかな」
「知ってたのか?」
こいつは元の世界にいるときに俺の気配殺しによって消滅している。つまりこの世界に来て発現したその人格については知らないはずなのだが、どうやらそれを知った上で藩士を進めているようだ。
その少女はその問い位には答えず、自分の言葉を被せるように紡いだ。
「そのもう一人のハクは、大体わかってると思うけどハクの気配殺しの中に入っているものなの。だからこそハクはまだその力を完全に制御できてはいない」
それは俺も理解していることだった。王選でシラの力を破壊したときのようなレベルの力なら特に注意せず使用できるが、それこそ世界丸ごとや全盛期のリアなどを倒そうと思うと今の俺では出力が足りない。
それゆえ唯一制御不能な能力として俺はその使用を極力避けてきたわけなのだ。
「だから近いうちにそのハクと面と向かって話をしてみるといいわ」
「は?」
俺はその少女がいきなり呟いた言葉に目を点に変えられ固まってしまう。
いやいやいや、何を言ってるんだこの女は。
あんな危険な存在と対話しろなんて正気の沙汰じゃないぞ!?
学園王国の時でさえリアという存在に保険をかけてもらってようやく表に出させたんだ。そんな奴と面と向かって話をする必要性も必然性もない。
「何を言ってるんだって顔してるね。でもこれが私が出来る最高のアドバイス。聞くか聞かないかはハク次第だけど、一応言っておくね」
「………そこまで言うからには何か得るものがあるってことか?」
「さあ、それは私からはなんとも言えないかな。ただ一つ言えることはそのもう一人のハクという人格が何なのかということは語ってくれると思うわ。あれは単に気配殺しから溢れ出た人格というわけじゃないの」
「何か知っているような口ぶりだな?」
するとその少女は俺から目を背けるように後ろに振り向くと、その金色の髪をなびかせながら話を続けていく。
「それと、もう一つ言っておかないといけないことがあるわ」
「なんだそれ?」
俺がそう問い返した瞬間、辺りの温度が急激に下がり夢の中だというのに俺の背中に悪寒を走らせる。それは久しく感じたことのない感覚で圧倒的な力を見せつけられているような気分だった。
恐怖というものは二種類ある。
一つは命の保証が確約された状況下で生じる恐怖。
これは命という生き物に与えられた絶対的な生の結晶が無傷の状態で発生するものだ。いわゆるお化け屋敷とかホラー映画鑑賞といったようなものによく見られるだろう。この恐怖は人間の精神に与えてくるダメージは比較的少ない。絶対の安全が保証されて生じるゆえ心のどこかで自分は死なないんだ、という思考を常に考えてしまっているからだ。
そして二つ目は明確な死の恐怖。
これに関しては言うまでもなく自分の命が脅かされているときに生まれるものだ。剣や包丁、弓や拳銃といった武器を目にしたときや圧倒的な殺気を浴びせられたときによく感じられる。これは前者と違い確実に精神を蝕んでくるほどのダメージをはじき出す。それこそこの恐怖で二度と立ち上がれなくなってしまうことだってあるくらいだ。
で、今この空間に漂っている恐怖はこの後者に当たるものだった。
しかし不思議なのだがそれは目の前の少女から発せられているものではなく、この夢自体から出てきているように感じられより一層俺の思考を混乱させている。
「ハク、忠告というか注意を促しておくね。多分近いうちに私がやってくる」
「なに?」
「それは本当の私じゃなくて中身は偽物。だけど限りなく私に近い」
「な、何を言ってるんだ!?い、意味が分からないぞ!?」
俺はその少女が吐き出していく言葉の意味がまったく理解できず質問を投げ出し続ける。
しかしそんな俺を拒むように毎度恒例となっているガラスを砕くような音が空間に響き渡っていった。
「私が言えるのはこれだけ。じゃあ頑張ってね、ハク」
「おい、待てよ!」
俺は必死にそいつを追いかけるように手を伸ばすがそれは届くことはなく、真っ白な光に包まれるような形で俺の視界を遮ったのだった。
「はぁっ!?」
俺は目を覚ますと右手を天に突き出すような形で体の動きを止めていた。
夢………。そうだ、夢だよな。
やはりあの夢の中ではアリスの名前を口にすることは出来ず、名前を呼べない問答が続いていたが、今回はどこか雰囲気がおかしかった。
そもそももう一人の自分と話せだの近々アリスがやってくるだの現実離れも甚だしいレベルの会話が繰り広げられたのだ。もはや本当に夢ということでしか自分を納得させることが出来なくなってきているくらいである。
夢という不確定なものに確定させてしまえば深く考えるのは無駄だ、俺はそう判断すると今まで見ていた夢の世界のやり取りを何とか記憶の底に留めつつ、それを一度思考の中からはじき出してベッドから起き上がる。
隣では俺の左腕を掴むようにして寝ているキラの姿があった。そんな光景を目に移しながら、段々と現実世界での記憶を掘り返していく。
王選五日目は結果的にシルの大勝利に終わった。
俺が気配殺しでシラの力を完全に打ち払ったことが大きなポイントだが、それを抜きにしてもみんなの頑張りが実った証拠だろう。
もはや勝ち目などないと思っていた戦況は完全に逆転し国民の約八割の支持を集めることに成功したのである。
その日の活動が終了する午後六時には完全にシルの支持者の集団が中央広場に集まっており、大量の人で埋め尽くされてしまったのだ。さすがにその量の人を抑えることはエリアとルルンでも不可能だったので、俺が青天膜を使用して障壁を作り出すという手段に出るにまで至ることとなった。
シラはその後もう一度統制の檻を使用して支持を集めようとしたらしいが、それはさすがに間に合わなかったようで早々に王城へ身を引き、その日はもう人前に姿を現すことはなく変わった動きも特段見せなかった。
シラの後ろには獣国が付いている関係でもっと色々なことをやってくると思っていたのだが、案外そのようなことはなく俺たちの優勢が展開されているという状況である。
そして六日目。
今の時刻は午前六時を指しており、そろそろ起きなければ活動開始時間の九時に間に合わなくなってしまう。
王選の準備は基本的にかなり時間がかかる。それこそテントの設置であるとか演説台の組み立てであるとか、本当にたくさんの作業が待っているのだ。
ゆえに早めに行動しなければ九時という時間に遅れてしまう。
俺はそう思い至るとアリスの夢のせいでまだ寝ぼけている頭を軽く自分の拳で殴りつけると、そのまま抱き着いてきているキラから左手を引っこ抜きキラの額にデコピンをぶつけた。
「む、むうー………。ま、マスター………か?い、いきなり何をするのだ………?」
「朝だ、起きろ。アリエスたちはとっくに起きてるぞ」
気配探知によればアリエスたちは既に宿の一階にある食堂にて朝食を取っているようだ。おそらくイロアたちが起こしたのだろう。できれば俺たちも起こしてほしかったが、パーティーのリーダーである以上、自分で起きろということなのかもしれない。
俺は自分の支度を整え、目をこすりながら起き上がってくるキラの準備が出来るまで待ち、それが終了したのを確認するとキラを引き連れて食堂に移動した。
「あ、ハクにぃ、キラ!おはよう!」
俺たちの姿を発見したアリエスはそう元気な声で朝の挨拶を投げかけてきた。
「ああ、おはよう」
「ふわあー………むにゅ。おはよう………」
俺とキラはアリエスにそれぞれ返答を返すと席に着き朝食を頬張っていく。やはり獣国と言えど朝食はパンとスープのようで今日のスープはトマトスープのようなものが出されていた。
見るとイロアたちの姿はないようでどこかへ出かけているようだ。
俺もまだ眠い瞼を持ち上げながらパンをスープに浸すようにして口に投げ込んでいく。俺はあまり朝食べないほうなので、このくらいの量でちょうどいいのだがアリエスたちは知っての通り大量に食べる性質なので少し不満そうな顔をしている。
メンバーたちは何やら昨日の活躍をそれぞれ語っているようで朝だというのに会話に花を咲かせているようだ。
俺は近くにあった情報誌を手に取り、それを読もうとしたのだがその瞬間、勢いよく宿の扉を開け放ちずかずかと入ってくる人影が見えた。
それは俺もよく見たことのある顔で金髪の神と金色の鎧を身に纏ったSSSランク冒険者イロアその人であったのだ。
イロアは血相を変えた表情で俺たちの下にやってくると、息を切らしながらこう呟いた。
「た、大変なことになった!」
「何がだよ」
「シラ君が直属騎士のラミオとの婚約を発表したんだ!!!」
その言葉は朝の寝ぼけた頭を覚醒させるには十分な火薬になったのだった。
獣国ジェレラート、王選六日目。
この日は予測通りシラ陣営とシル陣営の勝負の日となる。
次回はついにシラんお最後の策が明らかになります!
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