第二百四十三話 イロアの下へ
今回はようやく獣国に到着します!
では第二百四十三話です!
「あそこか」
俺は翼の布に乗りながら地上にある獣国を見下ろしながらそう呟いた。
俺たちは結局ルモス村近く奴隷区域を出て約三日かけてこの獣国ジェレラートに到着したのだ
やはり学園王国から馬車で三週間かかるという距離は伊達ではなく、翼の布を使ってもそれなりの時間を食ってしまったようで、王選が開始されてから既に三日が経過していることも同時に示していた。
「あれが獣国ジェレラート?」
アリエスが俺の隣までやってきて同じように顔を覗き出すようにそう呟いてきた。
目下に広がっている獣国はシルヴィ二クス王国とほとんど変わらないくらいの面積がある国のようで、上空に浮いていてもその中にいる人々の熱気が伝わってくる。
建物は茶色や黄色のものが多く明るい雰囲気が漂っているようで、何やら心地のいい音楽も聞こえてきていた。
「だろうな。マスター、シラの気配は感じるか?」
キラはアリエスの問いに答えるとすぐさま俺にシラの存在確認を取ってくる。
俺はキラの声に従うように気配探知を使用してその気配を探った。
するとどうやらその気配は獣国の中心にある大きな王城の中にあるようで、今はそれほど大きな動きを見せていない。
どうやらイロアが言っていたことは当たっているようでそれなりの警備も一緒についているようだ。
「ああ、あの城の中にいるみたいだ。だけどそう簡単に近づけそうにないな」
「とりあえずはイロアに会ったほうがいいんじゃないかしら?彼女なら色々知ってそうだし」
俺の言葉に反応してきたサシリはそう言いながらアリエスに覆いかぶさるように地面を見ている。
「サシリ姉………。重いよ……」
「あら、それは女性に失礼よ?」
「だって!その大きな胸が、私の背中に当たってるんだもん!」
アリエスはそのサシリを何とか払いのけると、頬を膨らまして抗議の声を上げる。
「ふふふ、アリエスもそのうち大きくなるわ」
「むう………。私だっていつかサシリ姉みたいになるんだから!」
と、女性ならではのトークを繰り広げているアリエスとサシリを尻目に、俺は翼の布を操作しながら徐々に高度を落としていく。
「それにしても獣国というのは立派な国なんですね。我が国も見習わなければいけない点がいくつも見られます」
どうやらエリアは自分の住んでいたシルヴィ二クス王国と比べているようで、王女ならではの感想を抱いているようだ。
確かに俺の目から見ても世界で差別されている種族が住んでいる国とは思えない程の繁栄を見せており、見えている限りでは住んでいる国民も全て幸せそうな表情をしている。
「うーん、でもなんだか中心部が騒がしいねー。あれが王選っていうやつなのかな?」
俺はルルンが指をさしている方向に視線を向け、その光景を目に映し出してみる。そこにはなにやら大量の人だかりと大きなステージのようなものが設置されており、壇上に人はいないものの大きな声が飛び交っているようだ。
「まあ、とりあえず行ってみればわかるだろう」
俺はできるだけ獣国の関所に近く目立たない場所に翼の布を下ろすと、そのまま地面に飛び降りた。
それに続く形でアリエスたちも続々と地に足を付けていく。全員が翼の布から降りたのを確認した俺は翼の布を蔵の中に放り込み、エルテナを腰に差しこみ装備を整えると、すぐさま関所に向けて歩き出した。
「よし、行くぞ」
獣国の関所は今まで巡ってきた国や秘境、村といった都市群と大体同じような造りをしていて、今も大量の馬車や商人たちが列をなして受付に並んでいるようだ。
とはいえその大半は獣人族でその他の種族は殆ど見受けられない。
さすがは獣人族が唯一安心して暮らせる国だ。その人口の大半が獣人族なだけあって出入りしている人間も獣人族が多いらしい。
ちなみにこの国は決して他の種族の入国を拒むことはない。
ゆえに先に獣国に到着しているであろうイロアも入ることが出来るし、吸血鬼や竜人族、エルフや魔族だってその門をくぐることが出来るのだ。
そのためこの国では獣人族と他の種族の人間が結婚するという事態もまま見受けられるようで、人族と獣人族のハーフという子供もいるらしい。
俺たちはそのまま列の最後尾にいつもの通り並び自分たちの受付が回ってくるまでひたすらに待つ。
シルに関してはこれまで通り俺の隠蔽術式をかけて獣人族であるということを隠して入国させるつもりだ。シラという存在が明るみになっている今、妹であるシルをその身のまま入国させてしまったらそれこそ大問題になってしまう。
同じ色の毛並みを持っていて顔立ちもどこか似ていれば勘のいい人間であればすぐに気が付いてしまうだろう。
するとここで列に並んでいたアリエスが何かを発見したように腕を上げ何かを指さす。
「ハクにぃ、あれ」
「ん?」
アリエスが指をさした先は関所よりもさらに獣国に近い場所で、そこには何やら金色の鎧を着た女性と大柄な男が立っていた。
「どうやらお待ちかねのようだな」
キラがそんな二人を見て半分呆れながらそう呟く。
その二人は今までも何度か会ったことのある人物で、特に金色の鎧を着た女性に関してはつい先ほど念話で会話をしたばかりなのだ。
「まったく、別に待ってなくてもいいって言ったんだがなあ………」
俺はそんな同じSSSランク冒険者であるイロアとパーティーの副リーダーの姿を見て苦笑を浮かべた。
どんだけ真面目なんだよ、あいつら。
いや、俺たちのために出迎えてくれるのはありがたいのだが、自分たちの任務もある中そこまでしなくてもいいのではないか、と思ってしまうのだ。
そんなこんなで俺たちの受付の番がやって来た。
その場所に立っているのは赤色の毛並みを持っている獣人族で、大きな体と吸血鬼並みに尖った牙を持っているようだ。
「この国に入りたければ身分証を提示するのだ。冒険者カードでも何かの証明書でもなんでも構わない」
そう言われた俺たちは各々が持っている身分証を差し出していった。シルが持っている身分証はかつてルモス村でセルカさんが発行してくれたものだが、そこにはミルリスの名前がしっかり記されていたので今回は俺の術式でその文字を違うものに見せている。
「ふむ、問題ないな。それにしてもSランク冒険者にAランク冒険者が揃っているというのは少々驚きだ。何かこの国に用があるのか?」
その赤い毛並みを持つ男性は俺たち全員を眺めるようにしてそう呟いてきた。今回は一応シラが王国に何を話しているかわからないのでシルだけでなく他のメンバーの身分証も多少情報を書き換えてある。
俺であれば名前と冒険者ランクをSランクに、アリエスとキラ、エリア、サシリは普通の村娘に、ルルンは俺と同じく冒険者ランクをAランクに変更しているのだ。
下手に普通の情報を晒してしまうとそれこそ獣国に入ることすらできなくなってしまうかもしれないので念には念を押しておいたのだ。
「ええ、ここら辺には強力な魔物が多いと聞きますので、それを拝見しに来たんです」
俺は冷や汗をかきながら咄嗟のアドリブでそう対応する。
き、緊張する………。
バレれば一瞬で終わりだ。表情に出てなければいいが……。
「そうか。であればこの国にも冒険者ギルドはあるから一度行ってみるといい」
その受付に立っている獣人族の男性はそう言って俺たちを獣国内に進むように促すと、俺たちの後ろに並んでいた人たちの手続きに移っていった。
な、なんとかなったか………。
そんな俺の心中を察してくるようにアリエスが汗を流している俺の顔を眺めながら笑顔で声をかけてくる。
「よかったね、バレなくて!」
「あ、ああ。まあな」
するとそんな俺の顔を見ていたキラがいきなり笑い出した。
「ふふふ、それにしてもマスターの表情は面白かったぞ。笑顔のまま固まっていたからな」
え!?ま、まじでか………。
それはさぞ変な顔だっただろう。穴があったら入りたい気分だ。
「まあまあ、それもハク様らしいじゃないですか。ほらイロアさんたちが手を振っていますよ?」
エリアは俺を慰めるように言葉を吐きだすと、関所の奥にある城壁に凭れ掛っているイロアたちを指さした。
イロアたちは関所を通過した俺たちを発見したらしく軽くではある俺たちに手を振っている。やはりどう転がってもSSSランク冒険者という気概は持っているらしく、はしゃぐ様な真似はみせないあたりさすがだろう。
俺たちは真っ直ぐそのイロア達に近づいて話しかけた。
「よう。学園王国以来だな」
「ああ。本来ならここで世間話に花を咲かせたいところだが、そうも言ってられない事態が発生している。それは先日言った通りだが………」
「シラの件だな?」
「そうだ。君もある程度は気が付いているだろう?獣国の新しい国王が決定するまで残り四日。もしシラ君を連れ戻したいと思っているのなら、その間に決着を付けなければ取り返しのつかないことになる。それはわかっているだろう?」
「ああ。だから少しでも情報がほしい。そっちは何か掴んでいるか?」
俺がそう問いかけるとイロアは若干渋い表情を見せながら俺の問いに返答してくる。
「それは何とも言えない。私たちが集められる情報などたかが知れている。とはいえ出来るだけ集めては置いた。それをどう生かすかは君たち次第というわけだ」
「それで構わない。できれば落ち着いて話せる場所があればいいのだが………」
「ならばこの国の冒険者ギルドに行こう。あそこなら国の支配権が及んでいないからな」
冒険者ギルドというのは国や町の世情の影響をまったく受け付けない機関だ。国王の命令も通らなければ貴族や公爵の意見もはじき返す。
俺とてかつてカリデラでサシリに気づかれないように情報を集めるためにそれを利用したこともあるくらいだ。
まああの時は土地を媒介に全て聞かれていたらしいけどな………。
とはいえ冒険者ギルドという場所は内密な話をするにはもってこいの場所なのである。
俺たちパーティーはイロアの言葉に頷くとその背中を追いかけるような形で獣国の中に入っていく。
その門をくぐった先には俺たちも唖然とするような光景が広がっていた。
家や店、さらには公共の建物に至るまで、全ての建物に王選における立候補者の名前と顔が描かれたポスターが張り出されていたのだ。
しかもそこにはすでにシラの名前が記入されたものも張られており、むしろどの立候補者のものよりも華やかに飾られている。
イロアは驚く俺たちに振り返り、半ば呆れるような声でこう呟いた。
「これが今の獣国の現状だ。はっきり言ってSSSランク冒険者集会の比じゃない。国全てがこのムードを作り上げているんだ」
こ、これは………、本当に早くしないとまずいかもしれない。
俺はその言葉に対してそう思うと、ぶら下げている右腕の拳を力強く握りしめたのだった。
次回はイロアとの作戦会議です!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




