第二百四十二話 シラの現状
今回はシラに視点を移します!
では第二百四十二話です!
ハクたちが奴隷区域を翼の布で出発したその頃。
獣国ジェレラート、王城のとある一室にて。
シラ一人またしても椅子の上に腰かけハクから貰った魔剣を眺めていた。
今のシラは以前のようなメイド服ではなく淡い水色のドレスに身を包み、誰がどう見ても見とれてしまうような格好をしている。
長いピンク色の髪は少しだけ待ちあげられるような形で結ばれており、うなじを見せるようなスタイルになっている。また胸には大きなブレスレットがぶら下がっており、シラの首に一定の重みを伝えてきていた。
シラは先程獣国の国民たちに王選出場の立候補を表明し決意を述べてきたのだ。これに関しては正直言ってシラの意思ではない。
シラの本意としては今まで通りハクたちと一緒に旅をしていたかった。
しかし自分の中に流れているミルリス一族の血と、統制の檻の力がそれを許さなかったのだ。
学園王国で帝国軍と戦っているとき、シラの下に一人の獣人族が気配を消しながら接触してきた。その獣人族の口から語られたものは、ミルリス一族のとある一人がルモス村付近の奴隷区域を作り出したこと、そしてたった今から獣国で次の国王を決める王選が開催されるということという二つ。
以前からシルが知らないような獣人族の歴史を知っていたシラにとってその話はすぐに心を揺らした。
自分たちの先祖が引き起こした災厄の責任を取り今回の国王になってほしい、と言われれば責任感が強いシラは断れなかったのだ。本来なら大昔のことなので今を生きるシラが気にする必要はないのだが、運悪くシラはかつて獣国に栄華をもたらしたミルリス一族だけが使える統制の檻をかなり強力なレベルで使用できた。
そしてこれらの要因はハクたちの下からシラが姿を消す原因となり、今に至っている。
(元々、いつかはこの国に来ることになるとは思ってたけど、まさかこのタイミングになるなんて………。運命っていうものもわからないものね)
シラは心の中でそう呟くと、手の中に納まっている魔剣を亜空間に収納すると、大きく息を吐き出して窓の外を眺める。
そこにはたくさん獣人族たちが見えており、皆王選の立候補者の中で一体誰を選ぼうか迷っているようだ。
今回の王選は従来通り国民投票の結果決められる。これは比較的票が割れる決め方であり、獣国に貴族というものは存在していないが、そこそこ有力な家系がたくさんあるため人気がばらけるのだ。
しかし今回はその中に今シラが投げ込まれている。
普通ならこのような飛び入り参加は煙たがられるのだが、現国王直々の推薦状とシラの美貌が一気に人気を集中させるという異例の事態を引き起こしたのだ。
今日初めて国民の前に姿を現したのだが、それでも今の獣国はシラという存在に沸き上がっている。
シラはそんな光景を窓からつまらなそうに見ていると、不意に部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
シラは視線すら向けずにそのノックに返答する。
その返事を聞いて中に入って来たのは、学園王国にシラを迎えに来た一人の青年だった。毛並みは深い青色で引き締まった体は美男子と呼ばれてもおかしくないほどの容姿を携えている。
実際にこの青年は国内でかなり人気がある近衛らしく、街を巡回しているときはすぐに人だかりができてしまうらしい。
その青年は静かにシラの下までやってくると頭を垂れ跪くと、蕩けてしまいそうな柔い声でシラに話しかけた。
「シラ様。この度シラ様の直属騎士としておそばに控えさせていただくことになりましたラミオ=ターティルと申します。以後よろしくお願いいたします」
「そう」
シラはそれでも視線を合わせず素っ気ない返事をラミオに返す。
直属騎士というのは王選に立候補しているものに王国が近衛の中から一人だけ声を付けさせるというもので、今回のシラは時間がないため選べなかったが、本来であれば立候補者自ら指名できるものなのだ。
直属騎士は立候補者の身の回りの世話を担当し、王選の期間の間全力でサポートに徹する役目がある。そのまま国王になってしまえばその騎士は立候補者とともに国王直属の騎士となり昇格するため、近衛たちの中では喉から手が出るほどなりたい役目になっている。
するとラミオはシラの言葉を聞くと頭を上げてシラの傍に駆け寄ると、同じように窓から外を眺めて口を開ける。
「先程の演説によって街にシラ様の魅力が伝わったようですね。さすがです」
「変なこと言わないで。私なんてただの難民よ。それがどういう因果か王選にまで立候補しているなんて、正気じゃないわ」
「ですが、それはシラ様自らお決めになったことでは?」
「どうかしらね。少なくともあなたがあのタイミングであの場所に現れなければこんなことにはならなかったわ」
「申し訳ありません。それも仕事ですので」
ラミオは不貞腐れたようなシラの言葉を軽く受けながすと、近くのテーブルに置かれていた櫛を手に取り、シラの髪をときはじめる。
シラはその行為すら気持ち的に嫌だったのだが、今は反抗してもだめだと思い、その意思を無理矢理喉の奥に押しこむ。
「はあ………。もう一度確認するけど、私が仮に王座に付いたらシルには手を出さないんでしょうね?」
「ええ、そう聞いています」
今回シラが大人しくこの獣国についてきた理由の最大の原因は自分の妹であるシルこの国の呪縛から解放するためだ。
仮にあのままこのラミオを振り切りハクと旅を続けていたとしても、シラとシルは常に獣国から狙われることになる。それこそハクたちの隙をついてシルを誘拐することだってあるかもしれないのだ。
そう考えたシラは自分という存在を獣国に受け渡すことによって妹のシルを獣国から切り離そうと思ったわけである。シラが国王となり誰かと結婚すれば、その瞬間シラという存在の家系が獣国を引っ張っていくことになるので、シルの獣国に対する価値が下がるのだ。
ましてシルはまだ七歳。
つまり統制の檻を発動できる年齢ではない。
さらに言えばシラが国王になればその絶対的な権限はシラが受け持つ。誰も逆らうことは出来ない。
これだけお膳立てすれば獣国も簡単にシルには手を出せなくなるというわけである。
「ならいいわ。これで悔いはないもの」
本当ならば自分の主であったハクに謝っておきたかったというのが本心だが、それはさすがに叶わぬ願いだ。
(多分ハク様の性格を考えて、いなくなった私を全力で探しているはず。でもおそらくここにはたどり着けない。私はハク様に自分の家系のことを伝えてないし、シルだって知らないことが多すぎる。だからここには絶対に来ないわ)
シラはラミオに髪を整えられながらそんなことを脳内で考えていたのだが、ここでラミオがまたしても話しかけてくる。
「そういえばですが、シラ様にたくさんの縁談が来ていました。どの方も素晴らしいお方たちです。お暇でしたら一度拝見されますか?」
「まったく、本当に私をこの国から離したくないのね。ここまで徹底してくると呆れを通り越して感心するわ」
「いいではありませんか。今までの生活とは違い、豊かで幸せな暮らしが待っていますよ?」
「確かに豊かではあるけれど、幸せではないわね。私はハク様たちと旅をしているほうがよっぽど楽しかったわ」
「そのハク様というのは、シラ様がメイドとして仕えていたという主の方ですか?」
ラミオは若干面白くなさそうな声のトーンでそう問いかけてきた。確かに直属騎士に任命されているラミオからすれば自分の主が誰かのメイドだったという事実は受け入れられないだろう。
「ええ。あの人はやろうと思えばこんな国なんて一瞬で灰にできるわよ?精々お怒りを買わないようにしなさい」
しかしラミオはその話を聞いた途端、いきなりにこやかな表情になりシラの髪をとく手を動かし始めた。
「ははは、それはまた面白いご冗談を言われるのですね、シラ様は。この国は学園王国にも劣らない最強の軍隊が控えております。その獣国を相手にたった一人の人間が敵うとは思いませんよ?」
シラはその言葉を聞くと、何を言っても無駄だと判断しまたしても口をつぐむ。
実際にシラが言っていることは紛れもない事実なのだが、そんなバカげた話を言われて信用できる者などそうはいない。
むしろラミオの反応が正しい。
シラはその結論に思い至ると、ラミオに自分の髪をとくのを止めるように告げると、勢いよく立ち上がりその部屋のドアの方に向かっていく。
「どちらへ行かれるのですか」
「あなたが言ったことを少し実行するだけよ。縁談、準備しておきなさい」
シラはそう言うと王城に設けられている応接間に足を延ばした。
ラミオはその言葉に対して綺麗なお辞儀をすると、はっきりとした声で言葉を返す。
「かしこまりました」
シラはそのラミオの声を聞き届けるとそのまま王城の廊下を歩く。それはかつて見たエリアが住んでいるシルヴィ二クス王国の王城とそっくりで、至る所の金や宝石が散りばめられており床は真っ白な大理石が広がっていた。
するとそこに丁度黒い毛並みを持つ現国王である男が、家臣を引き連れてやって来た。
「これは、シラ様。ご機嫌はいかがですか?」
「あなたに様呼ばわりされる必要はないわ。私はまだ国王になっていないのよ?」
「いえいえ、私たちはミルリス一族であるシラ様に尊敬の念を抱いております。むしろこれでも頭が高いと思ってしまうくらいです」
「よく言うわね。私にミルリス一族の人が起こした過去を突きつけておいて、そんな言葉が出てくるなんて本当に嫌気がさすわ」
「ですが、それはもう過去のお話。我が獣国は『統制の檻』を使用できるシラ様さえいてくだされば安泰なのです」
「言っておくけど、まだ私が王選に勝つと決まったわけじゃないわ。見たところかなりの有力株がいるみたいじゃない?」
「それはその通りです。しかし私はシラ様が勝利すると信じていますので」
「現国王が言っていい台詞じゃないわよ、それ」
シラはそう呟くとその獣国ジェレラートの高王に背を向けると自分の足にはまっているハイヒールの踵を出来るだけ鳴らさないように足を動かし、その場所から姿を消した。
その背中を見ていた国王の家臣が国王に向けて言葉を投げる。
「本当にあの方がミルリス一族の生き残りなのでしょうか?自分にはまだ信じられないのですが………」
「黙っていろ。昨日、シラ様が『統制の檻』を使う瞬間を我々は目撃したはずだ。あれほどの力があればきっと獣人族に輝かしい未来を示してくれる」
国王はそう述べると、シラとは反対の方向に足を進め歩き出した。
こうして獣国ジェレラートにてシラを含めた六人の立候補者による王選が開催された。今の段階ですでにシラがかなり優勢な状況が出来上がっているのだが、この時シラもラミオも現国王も国民も気づいていなかったことがある。
それは、その王選に世界の三人のイレギュラーと称される三人を携えた絶対最強のパーティーが近づいてきていることであった。
次回こそはハクたちが獣国ジェレラートに到着します!
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