第二百三十九話 奴隷区域内部
今回は奴隷区域の中についてのお話です!
では第二百三十九話です!
俺の目の前に広がっていた光景は俺の思考回路を停止させ絶句させた。
それは後ろから続いては行ってくるアリエスたちを止めることすらできないほどの衝撃を与え過去の現実を突きつけてきたのだ。
「ヒィッ!?」
俺の背後からやってきたアリエスはその光景を見た途端俺の背中に隠れるような形で悲鳴を上げ、隠れてしまう。
シルに至っては悲鳴は上げないもののそれ以上のダメージを負っているようで俺の精神安定術式があっても顔を青ざめさせている。
「おっと」
キラが気分を悪そうにしているシルが倒れそうになっているところを抱きかかえ体重を支えた。
「あ、ありがとう………」
「構わん。こればっかりは仕方がない」
キラは冷静にそう答えるがそれでもその額には冷や汗が滲んでおり、俺が絶句してしまっている光景に目を這わせる。
見ればエリアやルルン、サシリも顔色を悪くしてしまっているので精神的なダメージはかなりうけているようだ。
いや、それが普通。
これを見て平常心でいられるほうがおかしい。
俺の目の前に展開されていた光景は一種の地獄よりも酷いものだった。
入った瞬間に感じられるのは脳内を劈くような異臭。
それは鉄を溶かし腐らせ、人肌の腐敗臭を混ぜたようなもので、この空間にはその濃密な匂いが充満していた。
内部にはいまだに凝固していない真っ赤な血液が至る所に流れ、その周面には色々な色をも持った毛皮のようなものが転がっている。毛皮といってもシルが持っているようなきれいなものではなく血で毛が汚れておりストレスが原因なのか一部白く色素が抜け落ちている部分が見られた。
また空間の至る所に魔法陣のようなものが展開されており、その円陣の合間を縫うようにして血ですらない赤い液体が滝のように流れ出している。流れ落ちた液体は地面に付いた瞬間、真っ赤な砂に変貌し砂丘を作り上げるという不気味なシステムも組み込まれているようで、この奴隷区域を赤一色に染め上げていた。
ここまではまだ序の口なのかもしれない。
だがその奥に見えているもの。
まだ入り口から動いていないのに、一際目線を持っていかれるそれは俺の心に一番大きな剣を突き刺した。
感じられるのは気配。
それも獣人族の。
そこにあったのはもはや人間の形をしていない、赤黒い樹木のようなものに変貌してしまった獣人族の姿であった。
耳を澄ませば声のようなものまで聞こえており、あんな姿になってもなお命という一瞬の鎖につなぎ留められているらしい。
「あ、あれはなんだ………?」
俺はその蠢いている赤い木を見ながらそう呟いた。
「おそらく、あの魔具が原因だろう。現物を見るのは初めてだが、それはかつて魔物をエネルギーに変換させる目的で開発されたものだ。半永久的に力を吸い出させる代わりにその体を自然物に変えるというおぞましい魔具として確立された」
キラが顔をしかめながらそう言葉を発する。
「つ、つまり、それを人間というか獣人族に使用したってことか?」
よくみればその木の足元には何やら輪っかのようなものが取り付けられており莫大な魔力が流れている。
「だろうな。しかしあれは基本的に未完成なもので今の世界には残っていないはずだったのだが、このような場所で見つかってしまうとは………。ある意味驚きだ」
今、俺たちのパーティーでその光景を目視できているのは俺とキラ、そしてサシリぐらいのもので他のメンバーは出来るだけ目を表にあげないようにしている。
「一応、このまま先に進むが、つらかったらついてこなくてもいい。ここで無理する必要はないからな」
俺はメンバー全員にそう問いかけ確認を取る。
どうやら本当にメンバーたちは辛いようでアリエス、エリア、ルルン、の三人が離脱した。
一番心配なシルは自分の意思を貫き通し俺たちについていくと言って曲げなかったので、キラの腕に抱かれる形で同行する。
残っているのは俺、キラ、サシリ、シルの三人。
アリエスの髪の中に入っているクビロにはメンバーとセルカさんの護衛を頼み、俺たちは奴隷区域の中に足を踏み入れていった。
「よし、進むぞ」
俺はそう言うとその区域内に足を入れる。その地面から伝わってくる感覚は腐った土のようなもので踏み込むたびにその地面からか黒い液体が吹き上がってくる。
歩き始め、ようやく奴隷区域内の全貌が見渡せるようになると、そこにはさらにひどい光景が待っていた。
先程見えていた赤い木に変貌した獣人族だけでなく、他にも赤い岩や草、さらには骨になっても地面に根を張っているものもいるようで、命というものを逆手に取った地獄が展開されていたのだ。
さらには痛めつけるかのような性的な道具や奴隷の首輪が多数転がっており、そこで何が行われていたのかという事実を数百年という時を越えて俺たちに伝えてきている。
「…………これは、全員殺してあげたほうがいいのか…………?」
俺はその人間と呼べない姿に変わってしまった獣人族たちを見てそう呟いた。もしこのまままた放置されてしまえば永遠の地獄を味わうことになってしまう。惨い話だが、そこまでしてこの世にとどまり続ける必要はない。
「だろうな。マスターの事象の生成も効果はないのだろう?」
「ああ。さすがに時間がたちすぎている。さらに言えば殆ど生命が残っていない。これはもう生き返らせる同然の行為になってしまうから、俺の力に世界が耐えきれないはずだ」
「であればできるだけ優しく屠ったほうがいい。獣人族がこの場所を残したくともこの光景だけは見逃せない」
キラはそう言うとシルを抱きかかえたまま、俺とは反対側へ歩いていき根源をいくつが放っていく。
「私はここに流れている血をどうにかするわ。これもわずかだけど気配が流れてる。普通の血だったらとっくに酸化して固まってるはずだけどこれは違う。だからこれも早く消してあげないといけないわ」
「頼んだ」
俺はそのサシリの言葉に頷くと、自分もある一定の力を介抱して変わり果てた獣人族を完全にこの世から切り離していく。
『まったく、よくもまあここまで惨い光景を演出できたのう。どこまで心が荒んでおればこのようなものを作りだせるのじゃ』
リアが俺の中で腕を組みながらそう呟いてくる。
「さあな。そんな気持ち理解したくもないし、わかろうとも思わない。今は俺たちに出来ることをしてあげるしかないんだ」
俺たち三人は各々見つけられるだけの獣人族たちを永遠の拷問から解放していく。だがこれは言ってしまえば人を殺しているということにもなる。いくらこの世に無理矢理縛り付けられているとはいえ、やはり人殺しというのは気分がいいものではない。
俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら彼らを解き放っていった。
「マスター、こちらは終わったぞ」
「私も大丈夫よ」
「そうか、なら進もう。シル、何かあればすぐに言えよ?体を壊したら元も子もないからな」
俺はキラに抱きかかえられているシルの顔を眺めるようにして言葉をかける。しかしそのシルの顔は青を通り越して白になりかけており、体中から汗が流れ出ていた。
「は、はい…………。わ、わかりました………」
そして俺たちはさらに区域の奥に進んでいく。
カラキが渡してくれた地図とセルカさんが教えてくれた場所を照らし合わせると、おそらくこの先にある大きな建物が今回の目的地のようだ。
その場所は何故か奴隷区域の中とは思えないほど整備されており、ここだけはまったく禍々しい雰囲気がない。
この区域を崩壊させた獣人族が整えた場所なのだろうが、そこは何百年という月日が経っても風化することはなく今の時代と変わらない建築物が聳え立っていた。
「あれが怪しいな」
俺はその建物を見ながらそう呟く。
「ああ。どうやら精霊の護符が付いている。そのおかげで今まで存続してきているだろう」
「精霊の護符?」
サシリがキラの言葉に疑問符を並べ問いかける。
「精霊の護符というのは精霊が自らの力を転写させた札で効果は様々なのだが、見たところあの護符には時間の流れを遅くする力が宿っている。おそらく光精霊か空精霊が獣人族に授けたものだ」
なるほど。
そのおかげであの建物は今も昔と変わらない姿を取っているというわけか。よく見るとその場所には何枚か光を放っている紙のようなものが置かれており、その紙からは小さな魔法陣がいくつも展開されている。
「なら、あそこに獣人族の秘密とやらが隠されているってわけか」
そのまま俺たちはその隔離された空間の中に足を踏み入れた。
奴隷区域内とは違い土は腐っておらず異臭も漂っていない。この場所だけは通常のルモス村周辺の空気が集まっているようだ。
シルもその中に入ると幾分か顔色がよくなっているようで目を開けて辺りを確認している。
その奥に立っている明らかに怪しい建物は小さな祠のような形をしており、ルモス村にある小さな家屋のような形をしていた。壁は白く塗り固められており、扉は重たそうな石でできているようだ。
この空間にはその他に物体はなく調べられる場所はその祠しかない。
音は流れておらず、風も吹いていない。血の匂いも獣人族の毛皮も落ちていないその場所は神聖な雰囲気を漂わせており神核が住んでいる部屋のような感覚が流れている。
俺たちはその祠の前まで移動すると、その大きな扉に手を駆ける。
「開けるぞ?」
俺の言葉に三人は小さく首を下げ頷く。
その返答を受け取った俺は石でできた扉を力いっぱい開け放ち、その中の空気を外に出した。
瞬間、祠に溜まっていた古い空気が一斉に流れ出し俺たちの体に直撃してくる。目を守るように手をかざしてその風から逃れ、なんとかしてその内部を覗く。
祠の中は扉と同じように石造りの部屋になっているようでひんやりと冷たい空気が頬を伝ってきた。
俺たちがその扉を開けた瞬間、祠の内部にあらかじめ設置されていたであろう魔術が発動して部屋に明かりをともす。
この祠は秘匿されていたというわりにはエルヴィニア秘境の血塗られた遺跡のように何か仕掛けが大量にあるわけではなく、その部屋の中央に一つの宝玉が置かれているだけで他には何も設置されていなかった。
「随分と質素な場所だな」
「そうね。でも、なんとなく悪い感じはしないわ」
俺の言葉にサシリが部屋の壁に触れながらそう呟く。
キラはシルを抱きかかえていたのだが、シルが大分復活してきたのでシルを地面に降ろしシルの服を整えている。
一方シルは小さな体でその空間を見渡すように眺めると頭の上に立っている二つの耳をぴくぴく動かしながら辺りを観察しているようだ。
「な、なんだか…………。不思議なところですね」
「まあ、精霊の護符が張られていたような場所だ。見た目は味気なくてもそれなりの秘密は隠されているとみていいだろう」
キラはシルの服を整え終わると、そのまま立ち上がり俺の隣に移動してきた。
「あれに触ればいいのか?」
「だろうな。魔力の流れもあるし、何よりこの場所にはあれしか置かれていないのだからな」
俺とキラの目の先にあるのは緑色の宝玉で中には小さな星のようなものが絶えず動き回っている。宝玉といえば神核が姿を変えたもののことを連想してしまうが、この宝玉は神核のものより二回りほど大きなサイズで放ってきている魔力量もそれほど強くはない。
シルとサシリも俺たちの隣に集まってきて、俺がその宝玉に振れるのを待っているようだ。
俺は息を吐き出し呼吸を整えると、意を決して自分の右手を宝玉に触れさせる。
すると部屋全体を簡単に包んでしまうような光が溢れだし俺たちの脳内に不思議な声を響かせた。
『禁忌の地に足を踏み入れし者よ。今から話すことはこの地と獣人族、さらにミルリス一族に宿る「統制の檻」という力について語る。その話を聞く覚悟がある者だけここに残るといい』
宝玉から発せられた声は、ついに獣人族に関する情報を話し始めるのだった。
次回は奴隷区域とミルリス一族の関係について描きます!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




