第二百三十五話 再びルモス村へ
今回でシルヴィ二クス王国とは一旦お別れです!
では第二百三十五話です!
「ということがあったんだ」
俺は今まで体験してきた出来事とシラの失踪、そして学園長からの言伝を二人に話し終えると、そのまま息を吐き椅子の背もたれに体重を預けた。
「なるほどねー、だからあのピンク色の髪の子がいなかったのかー。なんか大変なことになってるね」
「それにしても獣国か。あそこはなかなか情報がまわってこない地域だ。俺もかつて冒険者として各地を転々としたが、あの国には立ち入ったことはない。辺鄙な場所にあるのもあるが完全に自立している国家というのもあっていく機会があんまりないんだよ」
二人は口々にそう呟くと腕を組みながら眉間に皺を寄せる。
まあこれに関しては想定していたことだ。期待はしていないというと悪く聞こえるかもしれないがそれだけ獣国という国に関しての情報は貴重なのだ。
「それにしてもイロアっちに連絡はしたの?イロアっちなら今獣国にいるでしょ?」
「ああ、それは既に済ませてある。だがまだわからないとしか返ってこなかった。調べてみるとは言っていたがな」
一応昨日の段階で獣国にいるイロアには念話で確認を取った。とはいえ今の獣国は王選が勃発しているのでなかなかイロアたちも国内の情報は調べられないようで、今すぐにはわからないとのことだったのだ。
しかし獣人族の王城にはそこそこ有名な転移陣と呼ばれるものがあるらしく、それを使用していたとすれば今すぐにでもシラが獣国に到着していてもおかしくはないとのことだ。
仮に昨日まで俺たちがいた学園王国から馬車の力だけで移動すればどれだけ飛ばしても三週間ほどはかかってしまう。
ゆえに今この瞬間シラの情報がイロアの耳に入ったとすればその転移陣を使用したということになる。
転移陣とは転移魔法が消滅した現代において、唯一魔力を使って大幅な移動を可能にする魔法陣だ。
基本的に転移陣は一度発動してしまえばその場所から動かすことは出来ず、移動も一方通行になることが多い。移動する側は紙に転写した魔法陣に魔力を流すことで転移を実行させる。すると親である母体の転移陣があるところまで移動できるというシステムなのだ。
しかしこれまた製造方法が完全に失われているようで、現存する転移陣しかこの世界には残っていないのだという。
「うーん、それは困ったねー。でも一応その騎士団長さんが言ってた奴隷区域にはいくんでしょ?」
「ああ。何か手掛かりがあるだろうとのことだったからな。とりあえずは行ってみるつもりだ」
するとギルが申し訳なさそうな表情を浮かべて言葉を紡ぐ。
「すまないな、俺は今回協力できることはなさそうだ。やはり獣国という場所の情報はまったく聞いたことがない」
「いや、別にいい。気にすることじゃないさ。ギルはギルで自分のやるべきことをやってればいいんだよ。これはあくまで俺たちの問題だ」
俺はそう呟くと同情してくれるギルに笑いかけその肩を叩いた。
「で、イナア。お前に聞いておきたいんだがSSSランク冒険者の集会からこの国で何か変わったこととかはなかったか?」
話の流れを変えるべく俺はイナアに集会から今までのことを尋ねてみた。
「ん?ああ、帝国軍のこと?こっちは学園王国と違ってまったく問題ないよ。というか暇すぎるくらいにね。強いて言えばSSSランク冒険者の私に言い寄ってくる輩が多いくらいかな?」
イナアはそう言うと目を細めながらギルに視線を流す。
「なんだと、このちんちくりん!」
「あ!また言ったね、このでくの坊!」
あー、また始まったよ。
喧嘩するほど仲がいいって言うけど、確かに意外と気が合いそうだなこの二人。相性がいいというかいがみ合っておきながら息がピッタリだ。
とはいえこのままでは話が進まないのでなんとか止めに入ろうとした瞬間、イナアとギルの間に小さな力の風が吹き荒れた。
「な!?」
「なに!?」
「さすがに鬱陶しい。マスターの前でこれ以上面倒をかけるというならば、次は確実に当てるぞ?」
その攻撃を放った張本人であるキラは目線をまったく違う方向に向けながら自分の爪をひらひらとイナアとギルに振っている。
命に関わるレベルの攻撃ではないものの精霊女王としての威圧は二人を一瞬で震えさせその行動を委縮させた。
「ま、まあ、今日はこの程度で勘弁しといてやる………」
「わ、私だって、見逃してあげるもん………」
あー、これはちょっとやりすぎな気がするな………。
キラが一喝してくれたのはいいがその効果は十分すぎるほど出ていた。
これから二人がキラ恐怖症にならないことを祈っておこう……。うん、そうしよう………。
そのタイミングを見計らうように目線を戻したキラがいつもの表情でイナアにある問を投げかけた。
「人間、いやイナアといったか。お前、自分の父親のことはどう思っているのだ。マスターから学園長の言葉を聞いていたときもあまり関心がなさそうだったが?」
それは確かに俺も思っていた。
俺たちの話やシラが失踪したことに関しては大きな反応を示したイナアだったが、なぜか学園長からの言伝を伝えたときはむしろ面白くなさそうな顔をしていたのだ。
キラの言葉を聞いたイナアは今まで見たことがないくらい無表情な顔を作ると、声のトーンを限界まで落とし返答してくる。
「別に………。あの人はあの人だよ。私には関係ない。私は私の好きなように生きるって決めたから」
その雰囲気は質問を投げつけたキラでさえ引いてしまうほど冷たいもので、はっきり言って部外者が踏み込んではいけない空気を感じさせたのだった。
色々と聞きたいことはあるのだが、とりあえずこちらもこれ以上の時間をかけていられる余裕はないので話を進めることにした。
「よし、それじゃあ俺たちはもう行くよ。シラが獣国についてる可能性を考えたらのんびりしていられないからな」
「なに!?も、もう行くのか。少しくらいはお前と飲めると思ったのに………」
「言っておくが俺は飲まないからな。それとお前の酒癖に付き合ってられるか」
「相変わらず厳しいな、お前は。………まあ今回は仕方ないか。じゃあ、しっかりとシルのお嬢ちゃんをシラのお嬢ちゃんに合わせてあげるんだぞ。それくらいはパーティーのリーダーとして当然だ」
「ああ、わかってる」
「こっちも引き続き帝国の監視は続けるよ。一応王城には出入りしているし、騎士団長さんとも話は合わせてあるから心配しないでね」
「頼んだ」
俺は短くそう呟くとそのまま席を立ち、アリエスたちを引き連れながらギルドを後にする。ギルド内は俺たちが入ってきたときよりも人が増えているようで、もはや動くことすら難しくなってきていた。掲示板に張り出されている依頼書は毎秒何枚も剥がされては貼り付けられという無限ループが展開されており、この国の活気をそのまま表しているような景色だった。
時刻は午後一時過ぎ。
少し遅くなっているが次の目的地に着いたら昼食にしよう。
俺はそう思うと日差しがまだまだ暑く照りだすギルドの外に体を出し、青く澄み渡っている空を一瞥しながらギルドから遠ざかっていくのだった。
ちなみに俺たちがその場を離れた途端、イナアとギルのいがみ合いは再開されたというのは余談である。
「ねえ、ハクにぃ。これからどうするの?」
冒険者ギルドを出た直後アリエスが俺の顔を覗き込んでくる。
「一応すぐにでもルモス村に移動しようと考えている。昼飯はルモス村で取ればいいだろうし、何事も早く動いたほうが後が閊えないからな」
するとその言葉に反応するようにエリアが少しだけ困った表情をしながら声を上げてくる。
「ですがこんなに早く行ってもルモス村に連絡が行っていないのではないでしょうか?さすがに冒険者ギルドだけでなく公爵家まで情報を飛ばすとなるとなかなか厳しいものがあると思います」
うーん、確かにそうだな。
これは一日ぐらい日付を開けたほうがいいのか?
と半ば自分の意見を折りかけていると、胸を張りながらルルンが笑みを浮かべ話し始める。
「ふふん!それは大丈夫だよー。シーナがさっき冒険者ギルドに念話を飛ばしてたし、今頃シラちゃんと奴隷区域のことはしっかり伝わってるはず!」
おお!さすがはシーナ!仕事が早い。
であればもう迷う必要はないな。
「悪い、エリア。せっかく王国に戻ってきたのにすぐに出発することになって」
俺は一応エリアにそう謝罪をしておく。やはりエリアにとってこの国は故郷だ。数か月間も離れていれば多少この国が恋しくなっているはずだろう。
しかし今はできるだけ急ぎたいというのが現状だ。ゆえにここに長い時間居座るわけにはいかない。
「いえ、お気になさらず。私は王女であると同時にハク様のパーティーメンバーですから。リーダーのハク様の意思には喜んで従います!」
元気よく声を上げたエリアに俺は軽く頷くと急いで転移の準備を始めた。
するとその途中で何やら聞き覚えのある腹の根がいくつか鳴り響いた。
「あ、ご、ごめん。私お腹空いちゃって」
「す、すみません………」
それはどうやらアリエスとシルの二人のようで、先程飴を食べているとはいえ育ち盛りの二人にはまったく足しにはなってなかったようだ。
「ははは!シラのことが心配でも食欲には勝てんようだな、シルよ」
キラがそんなシルに近づきながらそう呟く。
「そ、そんなことは………!」
シルは自分の姉に対する気持ちを馬鹿にされたと思っているようで、眉毛を吊り上げながら小さな体を動かしてキラに掴みかかろうとする。
しかし対するキラはそんなシルを軽々と抱き上げ、自分の胸の中に引き寄せた。
「いや、それが普通なのだ。生きている限り絶対に忘れられない欲求というものはある。それが物欲であれ食欲であれ何一つ恥じることはない。むしろそれを忘れてしまえば人として、精霊として無価値な存在になってしまうのだ。シラを思う気持ちはわかるが、今は全て妾達にゆだねておけ。気にするなとは言わないが、少し肩の力を抜くことも必要だぞ?」
シルは俺がシーナやイナア、ギルたちと話している間、殆ど口を開けることはなかった。勿論シラに関わる話題が出たときには大きすぎるといっても過言ではない反応を示していたが、それ以外の場面ではいつも以上に無口になっていたのだ。
キラの言うように気にするなとは言わないまでも、俺たちも仲間なのだからその気持ちを少しでも肩代わりしてあげたいと思っている。ゆえにこうやって行動を起こしているし、メンバー全員が協力しているのだ。
「う、うん………。ありがとう、キラ……」
シルはそんなキラの言葉に何度か頷くと身動きをやめ、大人しくキラの腕の中に収まった。
「うんうん、そうやって周りをしっかりと頼ることもこの先必要になってくるはずだ。覚えておくといい。では、今は妾の胸をかしてやろう」
キラはそう言うと自分の胸にシルをうずめるように優しく、それでいて温かく抱きしめると、俺に目線を向け、転移の準備が整ったか?という意味の視線を投げてくる。
俺はその目線に無言で頷くと、代わりと言ってはなんだが同じく腹の根を鳴らしているアリエスを抱き上げ転移を実行し始めた。
「ふえぇ!?は、ハクにぃ!?い、いきなり何を……」
「まあまあ。シルだってああやってキラに抱き上げられてるんだから、腹が減ってるやつは全員こういう感じで行こうと思ってな。嫌だったか?」
「………ううん。別に、だ、大丈夫………」
何故だか目線を違う場所に向けながら顔を赤くしてしまっているアリエスは小さな声でそう呟いた。
その隣でこれまた理解できないのだが羨ましそうにしているエリアとルルン、サシリの姿が視界に入ったが、これはとりあえずスルーして次の目的地であるルモス村へ移動したのだった。
奴隷区域。
そこに何があって、一体どんな情報を与えてくれるのか。
シラの失踪がきっかけとなり、少しずつだが獣人族の歴史が紐解かれようとしていたのだった。
次回はルモス村でセルカたちが出てきます!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は今日の午後五時以降になります!




