第二百二十七話 学園王国vsオナミス帝国、八
今回は凶暴なハクが無双します!
では第二百二十七話です!
「なんか、ハクの雰囲気が変わった気がするんだけど………気のせいかしら?」
「いや、気のせいではない。間違いなく変質している」
サシリとキラは巨大化した拓馬に向かっていくハクの背中を見つめながらそう言葉を口にしていた。
神妃化の影響で金髪になっていた髪は元の黒色に戻り、纏っている空気も先程よりも張りつめたものになっている。それは決してハクが普段見せるようなものではなく、まったくの別人が乗り移ったような感じだった。
「おそらく、マスターの人格が変わったのだろう」
「人格?」
キラは半ば確信をもって目線をハクに向ける。
「マスターは時折自分の中に宿っている別の人格を表層に出現させることがある。それは普段よりも凶暴的で戦闘能力も各段に上昇するのだが………」
「だが?」
実際にその光景を目の当たりにしたことがないサシリはキラの言葉に首を傾げ、不思議そうな表情を作った。
「あれは本当のマスターではない。というより別人だ。それに今はどうかわからないが、あの状態になってしまえば元のマスターの人格はなかなか表に出てこない。………つまり、今あそこに立っているのはマスターであってマスターではないということだ」
「え、えっと、まとめるとあれはハクなんだけどハクじゃなくて別の人ってことでいいのかしら?」
「ああ。だが困ったことに本質の気配は同じなのだ。ゆえに無碍な扱いもできない。まあ、今はあのマスターを信じて見守っておくとしよう」
「あら、アリエスたちの加勢に行かなくていいのかしら?」
「あの状況で助けが必要とは思えないからな」
キラはそう言うと目を閉じ、右腕をアリエスたちの戦っている方向に伸ばすと、そこに山積みになっている帝国兵たちを指し示した。
「確かにそうね。あれはかえって私たちが邪魔になりそう」
「そういうことだ」
するとキラの髪の毛の中から何やらモソモソと動いている何かが姿を現した。
「で、お前は妾の髪の中で何をやっている、クビロ?」
『いや、思いがけずキラの髪が気持ちよかった………ではなく、少し報告をと思ってな』
「おい、今聞き捨てならないことを口にしなかったか?」
『き、気のせいじゃ、そう気のせい………』
クビロはその小さな体を必死に傾けながらキラに目を合わせないように目線を逸らしている。
「報告っていうのは何かしら?」
サシリがその体を持ち上げクビロの頬をつつきながらそう問いかけた。
『むう、どうやら帝国の援軍部隊であろう軍団が一斉に撤退を始めたようじゃ。その中には勇者と同等クラスの力を持つ者もおったのじゃが、あの光景を見た瞬間すぐさま距離を取って学園王国とは別の方向に向かっていったのじゃ』
クビロの受け持っていた役目は戦場に新たな兵士が攻め入って来た時の監視だった。場合によってはその場で攻撃することも視野に入れた役目だったのだが、その動きを観察しているうちに、援軍が引き下がっていくのを確認したのだ。
「ということは残っているのは今戦場に立っているものだけか?」
『まあそうなるのう。わしの見ている範囲では他の兵は見つけられんかった』
「そうか。ならばあとはアリエスたちに任せるとしよう。妾たちがわざわざ出ていく必要はない」
キラはそう言うと、腕に抱きかかえていた勇者の一人を地面に落とし、腕を組み直す。
「イタッ!?」
いきなり落とされた結衣は涙をぬぐいながらも小さな悲鳴を上げると、すぐさま剣を抜きキラたちから距離を取る。
「マスターに助けてもらっておいてその態度か。なかなかに恩知らずの人間だな」
「そうね。ハクに止められてなかったら一瞬で殺していたかもしれないわ」
その二入りが発する殺気に押されるような形で結衣は生唾を飲み込み冷や汗を流すと、出来るだけ大きな声で言葉を投げかけた。
「た、拓馬は、絶対に殺させないわよ!!!」
「どうでもいい。それはマスターが決めることだ。しかし今のマスターがあの勇者を見逃すとも思えんがな」
キラはそう言うともう一度ハクの背中に視線を向けその動きを眺める。
するとどうやらそのタイミングに戦闘が開始されたようだ。
その光景を見ている結衣を含めた四人は一言も喋らずにその戦いを固唾をのんで見守るのだった。
『ハク=リアスリオーーーーーーーーーーーーン!!!』
「まったく、さっきからそればっかりしか言わねえじゃないか」
元のハクと入れかわったもう一つの人格はそんな拓馬の姿を見てそう呟いていた。
右手にはいつもハクが好き好んで使っているエルテナが握られている。リーザグラムはこれもまた元のハクに授けられたもので鞘から取り出そうと思っても抜けるものではなかった。
とはいえはっきり言って今のハクに神妃化やリーザグラムというのはかえって邪魔になるだけだったので特段気にすることはなく、エルテナ一本で戦闘を開始する。
「いくぞでくの坊。俺の動きについてこれるか?」
ハクはそう言うと一瞬で拓馬の頭上まで駆け上がると、その脳天めがけて右足の踵を振り下ろした。
『グオオオオオオオオオオ!!!』
先程元のハクがエルテナを叩きつけたときはまったくノーダメージだったのだが、今のハクはそれを簡単な踵落としだけで軽々超えるダメージをはじき出し、拓馬に苦悶の表情を浮かばせる。
すると拓馬も負けていないようで、背中から生えている二本の腕を振り回し、ハクを頭の上から叩き落とそうとした。
「言っておくが今の俺はあいつのスペックを遥かに超えている。そんなトロトロした動きで当たると思ってんじゃねえぞ」
ハクはそう呟くと、転移を使っていないのにも関わらず一瞬で地面に舞い戻ると、そのまま拓馬の踵裏に態勢を崩す一撃を叩きこむ。
それは見事に拓馬の膝を砕き、地面に倒れさせた。
「図体がでかいってのは確かに攻撃力も上がるし、攻撃範囲も大きくなるが、その分圧倒的にスピードが落ち、バランスも崩れやすい。はっきり言って人間の姿のほうが強かったと思うぜ?」
『ガアアアアアアアアア!!!』
ハクがそう言葉を口にした瞬間、倒れていた拓馬は剣を支えに立ち上がると、背中を向けているハクに向かって二本の剣を振り下ろした。
だがそれはまったくもってハクに当たることはなく、目に見えない速度で回避されてしまう。
「てめえは大した苦労もせず、この世界に召喚され力を得ていい気になっていた。だがそれは本当の強さとは違う。元の世界で平和な空気を吸っていたお前には絶対にわからねえものだろうけどな!」
ハクはその剣を避けながらそう呟くと、エルテナを握っていない左手を掲げ中指と親指を合わせると、それを音を立てながらはじき何かの合図を鳴らした。
その瞬間、振るわれていた拓馬の四本の剣が瞬時に消失し跡形もなく消え去る。
『ガアア!?』
「俺にはあいつみたいに多種多様な能力が使えるわけじゃねえ。だが、それでもある一点に限っては誰にも負けねえんだよ」
戦いを楽しむかのような笑いを浮かべたハクはエルテナを握りなおすと、高速で地面を駆け拓馬の体を切り裂いていった。
それはもはや巻き上げられた血が地面に落ちるよりも早いスピードで動いており、朱の神という異名が本当にふさわしいほど、鮮血で己の身を染めながら攻撃を振るっている。
「ハハハハハハハハハ!!!勇者っていっても力を暴走させ、巨大化した上に人々の恐怖を煽っているようじゃ名前負けだな!」
ハクは今まで見せてきたような好戦的な表情を浮かべると、さらに攻撃の速度を上げると今度はエルテナを突き立てるように突き技も織り交ぜるような攻撃に変換させた。
その攻撃は確実に拓馬の体力と命を削っていき、絶叫を轟かせる。
『グオオオオオオオオオオオオ』
「へ!いいざまだぜ。エルヴィニアでは散々好き勝手にやってくれたからこれくらいはお返しってことでいいだろ?」
赤黒い皮膚を滲ませていた巨大な拓馬の体は、すでにハクの攻撃により吹き上がった血液によってさらに真っ赤になっており、鉄の匂いが辺りに散らばっている。
するとどうやら力を消耗しはじめたせいか、拓馬の体が徐々に縮み始めた。
「ほう、ようやく元の姿に戻るか。でかい図体がもう見られないと思うとそれはそれで少し寂しく………ん?」
ハクはそこで言葉を区切ると、拓馬の様子がおかしいことに気が付く。確かに体は縮み始めている。
しかしそれを押しとどめるかのように拓馬の中にある何かが力を発生させ、またしても巨大化させようとしているのだ。
「………能力という核、いやそれとは別か。だがそれに準じる爆弾のようなものが埋め込まれていやがるのか。まったく星神とかいうやつも趣味が悪いな」
すると拓馬から迸る力が爆発し、暴力的な力を巻き上げる。
赤黒かった体は完全に黒く染まっており、周囲には赤い稲妻を走らせていた。
「ガアアアアアアアアアアア!!!!」
「もう、俺の名前すら呼ばなくなったか。完全に飲み込まれたって感じだな」
ハクはそれでも興味がなさそうに言葉を発すると、そのままエルテナを構えて攻撃態勢を作る。
しかし、その時ハクの中にいるであろう元のハクが言葉を投げかけてきた。
『もう十分だ。さっさとあの力ごと切り伏せろ。お前ならそれができるだろ?』
「けっ!わかったよ。本当ならばもっと戦いを楽しみたかったが、あのむかつく勇者を蹴り飛ばせたから満足だ。お前の意見に従うのは癪だが、そろそろ終わりにしてやろう」
表に出ているハクはそう呟くと、右手に持っていたエルテナを腰の鞘に戻し、ジッと力を暴走させている拓馬を見つめる。
ハクの表情は珍しく真剣なものになり殺気や威圧といった気配を感じさせる全ての要素を消失させながらその場に佇む。
ここでハクが使用しようとしているのはハクという器が持っている能力の一つ。妃の器が持っている三つの能力のうち気配探知、気配創造のほかに残っている最後の力だ。
それはあのリアをもってしても破格の力だと言わしめるもので、元のハクも強力すぎるがゆえ異世界に来てから今まで使ってこなかった。
しかしその能力から生み出されていると言っても過言ではない今のハクは躊躇なくその能力を発動する。
妃の器が持っている力は全て気配に関する能力だ。
気配探知は二妃や神妃といった本来その器に宿すべき存在を探すために生み出された。
気配創造はこの世の全ての気配を管理し、それを循環させることで新たなものを作り出すために生み出された。
そして残っている最後の能力。
二妃や神妃の力を身に宿し、どんなものでも創造できるようになった存在に唯一欠けているもの。
それは何か。
ハクは真っ直ぐ右手を拓馬に向けて差し出すと、その力の名前を口にした。
「気配殺し」
あらゆるものを創造すれば当然それを壊すことも必要になってくる。
それを実行する神から放たれたのは、絶対的に定義づけられた破壊の力だった。
今回はようやくハクの最後の能力が明らかになりました!
これによって物語はさらに加速していきますので、楽しんでいただけると嬉しいです!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




