第二百二十六話 学園王国vsオナミス帝国、七
今回はついにあれが自分の意思で表に出てきます!
では第二百二十六話です!
とある空間。
世界の切れ目があるその場所には星神が一人でハクたちの戦いを眺めていた。
傍にはいつもいる使徒の姿もなく、一人だけの時間というものを楽しんでいる。
その星神はその光景を見ながら腹を抑えながら、口を上に向け声高らかに笑顔を作っていた。
「フハハハハハハハ!ま、まさか!僕のあげた力があんな進化を遂げるなんて思いもしなかったよ。ふひひひ、お腹痛い!人間の憎悪というものは本当に面白いね。様々な感情がある中でもこれほどまでに強い力を呼び起こすものはないんじゃないのかい?」
星神が拓馬に授けた能力は覇王そのもの。
本来それは全体的なステータスアップを図るものでしかない。しかし今の拓馬はそれをありえないくらい上昇させ体の骨格まで変えてしまっているのだ。
「これは本当に想定外だけど、嬉しい誤算というやつだね。今の彼はそれこそ神核と同等レベルの力を持ってしまった。この状況で被害者を出さないなんて甘いことを言っていられるのかい?ハク=リアスリオン?」
星神はそう微笑むと、目を一度閉じ、何かに耳を澄ますような仕草をした後、静かにもう一言口呟く。
「僕があげた能力は全て一種の爆弾だ。それはいずれ花を咲かせ、散っていく。この意味を理解すれば君も勇者たちを殺すことになるだろうね。それが君の意思とは違っていても」
そしてその戦いは星神の見ている中でさらに激化していくのだった。
鬼の形相。
鬼神の振舞い。
そのような言葉がぴったりと当てはまってしまうような姿に変貌した拓馬は俺に向かって勢いよく巨大な剣を振り下ろしてきた。
「チッ!」
その攻撃は鋭さはないものの速度と威力だけは馬鹿にできないもので、いくら俺でもまともにくらうことは避けなければならなかった。
ギリギリのところで空中に逃げる形でその剣を回避すると、飛び上がった流れを残しながらエルテナを奴の顔面に放つ。
しかしその攻撃は厚い鉄板叩くような感触を残しながらはじき返されてしまう。
その隙に巨大化した拓馬は俺の体に背中から生えている二本の腕を振るうように握られている剣を俺の体に直撃させた。
「がああああああああ!?」
空中にいたためなかなか自由がきかなかったこともあり、俺は剣撃をまともにくらってしまい地面に叩きつけられる。
どうやら今の一撃で内臓がいくつか破壊されたようで口の中かに大量の血液がこみ上げてくる。
エルテナを地面に突き刺しなんとか体を持ち上げ、もう一度その姿を目に焼き付けた。
四本の腕と剣を携え、皮膚の色は赤黒いものに変わってしまっている。額には何やら紋章のようなものが浮かんでおり、強力な魔力を放ちながら光り輝いている。
すると、その光景を震えながら見ていた勇者の一人である結衣が声を絞り出すように拓馬に言葉を投げた。
「ど、どうしちゃったの拓馬!元の拓馬に戻ってよ!お願いだから、ねえ!!!」
その姿は両目に大きな涙を浮かばせており、その頬は赤く上気してしまっている。表情は完全に暗いものに変わってしまっており、涙と汗でぐしゃぐしゃになっていた。
『ハク=リアスリオーーーーーーーーーーーン!!!』
しかし拓馬は俺の名前を呼ぶだけで結衣の声には耳を傾けず、全てを蹴散らすように四本の剣を振り回していく。
「まずい!」
俺はその動作に直感的に危険を感じ取ると、その攻撃の中に身をさらした。やつの攻撃は全て俺を殺すために繰り出されたものだが、その余波は近くにいる結衣にまで及ぼうとしていたのだ。
拓馬が繰り出している剣の一本が結衣の脳天めがけて振り下ろされる。
「ッッッ!?」
いきなりの出来事で動転していた結衣は当然その剣を避けることが出来ず、目を瞑って蹲ってしまう。
俺は転移を繰り返しながら結衣の近くに駆け寄ると、その体を持ちあげ巨大化した拓馬から距離を取る。
「え!?な、なんで、あなたが………」
いわゆるお姫様だっこ状態になっている結衣が目を丸くしながら俺にそう問いかけてくる。
確かに俺とこの勇者あという存在は敵対しているが、こちらとしては殺す気はないので、命が危なくなっているところを見逃すほど心は腐っていないのだ。
とはいえ、俺だって普通ならこんな頭おかしい勇者なんて助けたくないですよ……、本当に!
誰が好き好んでイケメン男子に夢中の女子に手を差し伸べますか?今のような事態でなければ即刻投げ飛ばしているところですよ!
「さあな。だが今俺がお前を助けなければ、お前は間違いなく肉塊に変わっていた。さすがにそれは見逃すことはできない」
「でも、私たちはあなた達を殺そうとしたんだよ。それなのにどうして……」
「あの状況はお前だって想定外なんだろ?だったら今はどうにかしてあいつを沈めるしかない。最優先事項がすり替わったのさ」
「た、拓馬を殺すの………?」
結衣は俺の腕に抱かれながら弱弱しく呟いてくる。
今の拓馬は完全に理性を失っており、俺を殺すだけの殺戮マシンに変わってしまっている。俺たちが絡んでなければ国家レベルで討伐されてもおかしくない化け物に変貌しているのだ。
こうなった以上、今までのように気絶という手段はなかなかとることが出来ない。
意図的に相手の意識を刈り取るというのは圧倒的な実力差があってこそ出来るものなので、もはや神核と同等クラスの気配を帯びている今の拓馬を殺さずに捕らえるというのは、はっきりって難しいのだ。
「最悪それも視野に入れないといけないだろう。それ以前にあいつが元に戻れるのかも問題になってくるけどな」
明らかに今の拓馬力を制御できていない。その状況で元に人間戻れるかというのは俺にだってわからない。
ある程度力を消耗すれば戻るのか、それとも一生あのままなのか。それはこれから戦ってみないと読み取ることは出来ない。仮に一生このままということになってしまえば、それこそ殺すという選択肢が明瞭になってくる。
すると、そんな俺たちの傍に戦いを終えたであろうキラとサシリが近づいてきた。
「無事か、マスター!」
「大丈夫、ハク?」
「ああ、今のところは大丈夫だ。それにしてもこれは困ったことになったな」
「あれは一体何なのだ。気配的にあの勇者ということはわかるが、あんな変異今まで見たことも聞いたこともないぞ」
それはそうだろう。第四神核いわく拓馬たち勇者は星神からこの世界に呼び出された存在だ。であればその力を授けたのもとうぜん星神ということになる。
その力の全容を知っているものはこの世界において星神一人しかいない。
いくら長い時を生きるキラであってもあればかりは解明できないだろう。
「とはいえ、あれをどうにかしないといけないのは確かだ。キラ、この勇者を頼むぞ」
俺はキラに自分で持ち上げていた結衣を手渡すと、訝しげな表情をしながらキラは俺と同じように結衣を抱き上げる。
どうやら結衣は腰が抜けて立てないらしく、俺もキラも渋々持ち上げているような状況だ。
「ハクはどうするの?」
サシリが俺と巨大化した拓馬を交互に見ながらそう問いかけてくる。
「一応戦ってみる。だが最悪、神歌まで使って完全に消さなければならないかもしれない。それくらいの存在になってしまっているからな」
第四神核を倒したときのように神妃化のランクまでは上げなくてもいいかもしれないが、神歌レベルの攻撃は叩き込まなければ、こちらも危ないかもしれない。
俺は今までの拓馬の動きを見ながらそう結論づけていた。
本来ならば俺とて命までは奪うつもりはないのだが、今はそんな悠長なことを言っていられる時ではない。
サシリの問いに俺はそう返答すると、キラとサシリに笑顔を作り、言葉を発する。
「まあ、どうにかなるさ。二人は周りに警戒しながらその勇者とアリエスたちの支援をしておいてくれ」
するとキラとサシリはお互いに深いため息を吐き出すと、やれやれといった感じで肩をすくめながら俺の言葉に反応した。
「はあ………。マスターならそう言うと思っていたが、さすがに率直に言われてしまうと言い返す言葉がないな……」
「そうね……。でも忘れないで。ハクは神核戦でも無茶してるんだから、何かあったらすぐに私たちを頼ってね」
「ああ、わかったよ」
俺は二人の言葉にそう頷くと。巨大化した拓馬の下に歩き出す。
キラとサシリのいる場所から五十メートルほど離れたところで俺も予想していない出来事がさらに降りかかってきた。
それは俺の中にいるとある存在からの言葉だった。
『おい、偽物』
ん?この声は……。
『聞こえているな?聞こえていたら返事をしろ』
その声に何度か聞き覚えのあった俺は内心非常に驚きながら、口を動かし言葉を紡ぐ。
「へえ、今回は直接話しかけてきたか。なかなか現れないからどうしてるのか気になっていたところだ」
『黙れ。俺だってお前みたいな甘ちゃんと話す気などさらさらない。だが俺はあいつの「あれ」に封じ込められて以降、自分で器を制御できなくなったんだよ』
そう、それは最近ではめっきり現れなくなっていた俺のもう一つの人格だった。その人格は俺を偽物と称し、いつも通りの刺々しい口調で喋りかけてきた。
「で、なんのようだ。そんな世間話をするために出てきたんじゃないだろう?」
『ふん、わかってるじゃねえか。単刀直入に言えば、その器を明け渡せ。今回は俺が戦う』
「………それは本気で言っているのか?」
当然、このタイミングで俺の体を受け渡せばそれこそ俺はもう二度と表層に出てくることは出来なくなる。以前だってこいつはアリエスの特殊な力を浴びなければ引き下がらなかったのだ。
『何か勘違いしているようだが、「あれ」のせいで俺はその器の主導権は握れない。だから俺が言っているのはあの怪物を倒すまでだ。その後は嫌でも戻っていく。というか今のお前ならばそれをコントロール出来るようになっているはずだ、憎らしいことにな』
「ならどうして、そんなにもこの戦いに執着する?お前の性格的に神核のような力いっぱい戦える相手のほうがよっぽど楽しいんじゃないか?」
それは今までのこいつの戦闘を見てきているから言えることで、好戦的なこいつならばこんな面倒な相手より、全力でぶつかれる相手と戦ったほうがお似合いなように感じたのだ。
『それはそうなんだが、今回は別だ。俺はあいつが気に入らないんだよ。そこに理由なんてくだらないものはない。単純に叩き潰したいだけだ』
「だが、お前に使える技なんてたかが知れているだろう。勝てるのか?」
こいつが俺の体を使っているときに使える技は、妃の器に宿っている最後の能力しかない。というのもこの人格がその能力から生まれていることも原因の一つなのだが、元々神妃の力は俺という人格が所有しているもので、このよくわからない人格が持っているものではない。
ゆえに神妃化も神歌も十二階神の力もこいつには使えない。その状況であの拓馬を倒そうなどと考えることはさすがに無茶な気がしたのだ。
『ハッ!なめるなよ、偽物。お前があれを使う時の出力なんぞ比較するのも馬鹿らしいほどの結果を見せてやる。あの力だけは俺の支配下にあるんだ』
その人格はそう自信満々に言い放つと、心の中で催促するように促してくる。
『だからさっさと変われ。早くしねえとあいつが暴れだすぞ?』
正直言ってこいつの言葉を聞いてやる義理はない。よくわからないまま俺の体に居座っているのだ。そんなやつの言葉を信用することなんてできるはずがない。
だが、なんというか。
よくわからない感情が俺の中で渦巻いていた。
それは俺の体自身が奴に器を受け渡せと言っているかのようで、やけに胸の奥が騒ぎ始めている。
俺は一度自分の手を眺めると、そこにある施しを駆けそれを自分の相棒とリンクさせる。
「はあ………。だったら好きにしろ。だが、下手なことをすればお前は神妃であるリアの力によって消される。その力を吹き込んでおいた」
すると俺の右手に奇妙な紋章が浮かび上がっており、それからはリアの力が流れ出ている。
『ふん、そんなことをしなくても俺には「あれ」が突き刺さっている。自由になんて動けねえよ』
俺はその言葉に反応するように自分の体を受け渡す。
目を閉じ意識を暗闇の底に落とすような感覚を走らせる。
そしてそれから数秒後、その体を使いその場に立っているのは、先程までとはまったく別の気配を滲ませた青年だった。
「さて、そんじゃまああのデカブツを吹き飛ばすとするか」
髪色は金から黒に戻り、目元は先程よりも吊り上がっている。
かつてキラを何の能力を使わずに叩き伏せたハクのもう一つの人格がここに姿を現したのだった。
本当ならばこの話はもっとじっくり書きたかったのですが、この第五章は他の章に比べて倍近くの話数があるので、少々足早に進ませていただきました。
ゆえに説明不足のところもありますが、それは今後のお話で補完していきたいと思います!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は今日中です!




