第百九十三話 全学園対抗競技祭、個人戦、一
今回はハクの個人戦が始まります!
では第百九十三話です!
「それじゃあ、行くとするか」
俺はそう言うと特別観戦席の椅子から体を上げ装備の確認をする。
今日はついに競技祭の最終日だ。アリエスたち三人とシラシルが見事に団体戦、タッグ戦を勝利したことによってシンフォガリア学園の勝率は百パーセントになっており、会場の雰囲気も完全に我が学園に流れが来ている。
本戦とはいえ気合いを入れすぎると、一歩的ないじめ的な展開しか見えてこないので、装備はいつも通りエルテナとリーザグラムを装備する。絶離剣を出すことも考えなくもなかったが、あれは現界しているだけで空間を蝕み色々と厄介なので、もしものときは神妃化することにしてあの剣は出さなかった。
正直言ってどこの学校が強いやら弱いやらという情報はまったく聞いていないのだが、今日も特別観戦席に座っている生徒会長曰く、校舎を破壊する君ならば問題ないとのことだ。
ひどいキャッチフレーズがついてしまったものだが、その言葉は妙に確信性を帯びており、とりあえず信じることにして装備を編成したのだ。
「ハクにぃ、絶対優勝してきてね!」
アリエスが俺を見上げるような形でそう呟いてくる。その表情は清々しいほど綺麗な笑顔で、見ているだけで勝利の文字しか見えてこなくなるほど期待の気持ちが込められていた。
「ああ、任せろ。シンフォガリア学園三冠の土産を持って帰ってくるよ」
俺は追う返答してエルテナに手を乗せる。そるとエルテナもまるでそれに返答するかのように鍔を打ち鳴らし、剣独特の金属音を響かせた。
「応援しています、ハク様」
「頑張ってください………」
「ファイトですよ!ハク様!」
「頑張ってねー!」
「蹴散らして来い、マスター!」
「優勝、待ってるから」
『うむ、期待しておるのじゃ』
メンバーの全員が俺に応援の言葉を呟き、声援を送ってくる。
それはまったく問題ないのだが、今久しぶりに聞いた声があったぞ?
「クビロ、お前いたのか」
『な!?失礼じゃな、主!わしはこの三日間ずっとアリエスの髪の中におったわい!』
あ、そ、そうなんですね………。
てっきり寮の中でいつものように寝ているのかと………。
まあ、それはさておきそろそろ時間だな。
俺は部屋に取り付けられている時計を確認すると最後にもう一度、アリエスたちに手を上げて特別観戦席を立ち去った。
やはり最終日の個人戦が開催されるということもあって、今日の会場は尋常でないくらいの人が押し寄せていた。昨日や一昨日はまだ学生の姿のほうが多かったのだが、今日に至っては学生だけでなく大人や老人までもが足を運んでいるようで、通常の観客席には空いている席など一つもない。
再び押し寄せる魔武道祭似の雰囲気に若干気後れしそうになる俺だったが、メンバーが俺まで繋いでくれたことを考えるとそうも言ってられない。
頬をバシッと両手で叩くと目を大きく見開いて俺はステージに黙々と歩みを進めたのだった。
今回のトーナメントは運がいいのか悪いのかわからないがとりあえずシードである九番に俺は宛がわれていた。
よって七番と八番の勝者との勝負になるのだが、一番遅い試合順番なのでなかなか自分の番が回ってこない。
本来ならば誰が有力候補で警戒しなければならないのかを試合を見て考えなければいけないのだろうが、今の俺は誰が来ても問答無用で叩き伏せる予定なので、時間を持て余していたのだ。
というわけでステージに向かう途中にあった露店に立ち寄り飲み物と軽食を何点か買い込む。どうやらこのお店は元の世界で言うところの焼きそばのようなものを販売しているようで、その匂いはまさしくあのソースのものだった。胃袋を掴まれてしまった俺は試合前だというのに、それを大量に購入しステージ近くの椅子に座りそれを食する。
うーん、確かに味は似てるけど微妙に違うなー。
これは使ってる材料の問題なのか?
俺はその焼きそばもどきを口に頬張りながら、何かの評論家のように自分なりの考察を深めていたのだが、そこに何者かが俺に話しかけてきた。
「試合を控えているというのに随分と余裕だね、君は」
ん?誰だ?
そう思った俺は焼きそばに伸びている箸を止めその存在を確認する。
目に映ったのは茶色い髪を俺と同じくらいの長さに伸ばし、軽装ではあるのもののしっかりと防御のことを考えられた鎧を纏っている同い年くらいの少年だった。
「誰だかわからないんだけど、俺に何か用か?」
「いや、まさかのシンフォガリア学園の生徒が試合前にこんなだらしのない姿を晒しているものだからつい声をかけてみたのさ。学園の生徒が見たら笑うだろうね」
いきなり話しかけてきて、罵倒から入りますか、そうですか。
当然、面白くない俺は素っ気無い態度で返答する。
「へー、そうかい。別に他人がどう思っていようと俺は知らないね。それよりお前こそ試合はいいのかよ。ここに居るってことは本戦の選手なんだろう?」
するとその少年は顔をかすかに笑わせながら、明らかに格好つけて言葉を返してくる。
「僕はもう既に試合を終わらせてきたのさ。無事に準決勝行きだよ。君とは順当に勝ち上がれば決勝で会うことになるかな」
「そうか。だったらお互いその場に行けることを願っておこう。それじゃ」
俺は出来るだけ早く喉に流し込んだ焼きそばが入っていた容器を片手に持ちながら、早々にその場を離れる。
今までの経験上、あの手の輩は関わってはいけないのだ。間違いなく面倒なことになる。
その対応に一瞬呆けていた少年だったがすぐさま顔に笑みを浮かべると、最後にこう呟いたのだった。
「フン、君がもし勝ちあがってこれたときは、僕が直々に叩きのめしてあげるよ」
俺はその言葉を小耳に挟みつつも、気にしてられるかといった態度でステージに足を向けた。
ステージでは丁度、七番と八番の試合が終わったようで、ようやく俺の試合になるようだ。
俺はもう一度気合を入れそのステージに体を向かわせるのだった。
「さーーーーーーて、盛り上がっている競技祭最終日個人戦ですが、ここにきてようやく優勝候補が登場します!!!左コーナーからは今しがた行われた試合で勝利したワクラーディン召喚学校のギュール=ハルフォ選手出場します。ちなみにギュール選手は連戦になってしまうので競技祭運営委員から回復薬が支給されます!そして対するはシンフォガリア学園代表ハク=リアスリオン選手です!!!ハク選手は現役のSSSランク冒険者だそうで、その実力は学園内でも最高クラスです!さあ、この試合は一体どのような結末が待っているのでしょうか!!!」
ああ、なるほど。確かに七番と八番の走者は九番との連戦になってしまう。これでは体力を回復させる暇もなければ武器を調えている時間もない。そのため運営委員会が回復薬を支給するのか。
俺は支給された回復薬を飲んでいるギュールという少年を見つめながらエルテナを静かに鞘から取り出す。
ギュールはおそらく昨日のシラとシルが戦ったワクラーディン召喚学校に所属しているので召喚をメインの戦いに組み込むタイプなのだろう。しかしこれはタッグ戦ではないので、パートナーが相手を引き付けている間に召喚術式を展開するという暇がない。俺が相手でなくてもさすがに厳しいのでは?と思ったのだが、当のギュールは体の全身にやる気を纏わせており、そんな心配は杞憂のようだった。
俺はエルテナをぶらりと地面につけるように構え、試合が始まるのを待った。
「それでは試合スターーーーーートです!!!」
その瞬間、ギュールはすぐさま取り出した赤い塗料でステージに魔方陣を描いていく。それは俺から見ても流れるような動作で、何度も練習した様が窺えた。
しかし俺はその光景を見てもまったく動かない。
「こ、これは!?ハク選手、ギュール選手の召喚術式を見ながら一歩も動いてないぞ!?一体どういうことだーーーーー!?」
するとギュールは手を動かしながらもれを見ながら不思議そうに言葉をぶつけてきた。
「どうして、攻撃しないんですか?あなたなら今の僕を切ることぐらい簡単でしょう?」
「なに、俺はお前の最高の技が見たいだけだ。それに今近づいていったところでそれなりの対策を用意しているお前の術中に嵌りに行くようなものだろう?」
当然、召喚術式を一人で行う場合は妨害に合わないようにその対策もしっかり踏んでいるはずだ。俺ならばそんなものまったく関係なく攻撃できるが、やはり相手の実力を発揮させないまま倒してしまうというのはどうも目覚めが悪い。
というわけで俺はエルテナを地面に突き刺しその術式が完成するのをひたすら待つことにしたのだ。
「その言葉、後悔しますよ!」
ギュールは笑いながらもそう呟き淡々と作業を進めていく。
それから数秒後、あっという間に魔方陣は描きあがったようで膨大な魔力がこの空間に吹き荒れる。
どうやら、個人戦に出てくるだけあって昨日のシラとシルの相手をしていた選手達とは格が違うようだ。
「降臨しろ、ムスプラゼリーム!!!」
その言葉に反応するようにステージの上下に大きな召喚陣が展開され眩い光と共にその存在をこの会場に呼び出す。
登場したそれは六つの腕を持ち、その腕には巨大な剣を握っている人型の古代種であった。頭には牛のような顔が三つ生えており、筋肉がバキバキに割れている四肢は威圧感と共に人間の恐怖心を煽り出すような雰囲気を醸し出している。
「これは僕の最大召喚術式です。これを受け止められますか!!!」
ギュールはそのムスプラゼリームを俺に差し向け攻撃してくる。
ムスプラゼリームは自分の持っている巨大な剣を俺の脳天目掛けて振り下ろしてきた。それは直撃すれば間違いなく重傷レベルのもので、ギュールも俺の実力をある程度信用して放ってきているようだ。
それは一点の狂いもなく俺に直撃する。
のだが。
「まだまだ軽いな」
「そ、そんな!?」
俺は左腕を自分の頭上にかざし、ムスプラゼリームが打ち出してきた剣を正面から受け止めた。俺の方はまったく動いていないがムスプラゼリームのほうは必死に切り倒そうと力を加えてくる。しかし俺の腕は動くどころかビクともしない。
そのまま左腕でムスプラゼリームの剣を受けながら、右手でエルテナを抜きその攻撃を弾き返すとエルテナを大きく振りかぶり、ただ垂直に振り下ろした。
「剣の攻撃っていうのはこうやるんだよ」
瞬間、エルテナから放たれた強大な斬撃はムスプラゼリームの体を触れただけで両断し、あっけなくその存在を吹き飛ばした。
「くっ!?ま、まだ終わりません!」
ギュールはそう言いながら新たな召喚陣を描こうとするが、そんな隙を逃すほど俺は甘くはない。おそらく本人も言っていたようにムスプラゼリームを召喚したあの術式が全力の攻撃なのだろう。
ならばお楽しみはここまでだ。
そう判断した俺は転移でギュールの前に移動し、右手に付けられている腕輪を切り裂いた。
「まあ、なかなか楽しめたぜ。機会があればまたやろう」
俺はそう言い残すとギュールに背中を向けステージから立ち去る。
「し、試合終了―――――――!!!呼び出された古代種の魔物を倒し見事準決勝に進んだのはシンフォガリア学園のハク選手だーーーーー!!!さすがSSSランク冒険者は伊達じゃない!!!」
こうして無事に初戦を突破した俺は特別観戦席にいるであろうアリエスたちのほうを見つめながら軽く笑いかけるのだった。
次回は準決勝を描きます!
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