第百五十六話 集会までの日々、二
今回はアリエスサイドがメインになります!
では百五十六話です!
一つの依頼書を小さな縄のように取り合っている二人は、目を合わせながらその場に佇んでいた。アリエスのほうは眉間に皺を寄せ、イナアのほうは目を大きく見開いて驚いている。
お互い掴んでいる手の力は緩めず、紙が破れるか破れないかギリギリの範囲で力を加え続けている。その光景はかなり異様で、十一歳の少女と大人の女性が睨みあっているにしては空気感が殺伐としていた。
というのもそれはこの二人がかなりの実力者であることを示しており、放つ威圧が通常のものとは異なっているからなのだが、端から見れば何か戦争でも始まってしまうのではないか、という雰囲気が滲み出ている。
一瞬の沈黙のあと、その静寂を破ったのはアリエスの方たった。
「何であなたがここにいるんですか?」
するとイナアはいつも通り気の抜けた声で笑いながら、元気よく答える。
「そりゃあ、私だって冒険者だからねー。それにSSSランクだからSランク以上の依頼に手を出したくなるのも当然でしょ?」
確かにイナアはSSSランク冒険者の中でも序列五位という最下位に位置しているが、それでも正真正銘SSSランク冒険者なのだ。しかもこの序列というのも今となってはあまり信用がなく、現に特例ではあるがハクがイロアを下してしまっている。ゆえにこのイナアもSSSランクに恥じない力を持っているということだ。
「…………できればこの依頼は私達に譲って頂けませんか?私達はこの国に来たばかりなのであまり勝手に慣れていません。ですから単純なクエストを受けたいんです」
「えー、それならもっと下位のクエを受けなよー。私だってこの依頼は珍しく面白そうだと思ったのに」
アリエスも引かないが同じようにイナアもこの件から一歩も引く気はないようで、両者の睨み合いが続いている。
しばらくすると、その光景を見かねたキラたちがアリエスたちに近づいてきた。
「一体何をしている?」
「あ、キラ!聞いてよ!この人がこの依頼を離してくれないの!私達が受けるはずなのに!」
アリエスは先程までの敬語を捨て近づいてきたキラに縋るような言葉を投げかけた。
「いやいや、悪いけど君達にはまだ危険だと思うよ?見たところあの冒険者君も血神祖もいないみたいだし。無茶はしないほうが身のためだと思うけどなー」
イナアがそう挑発の言葉を発した瞬間、この場の空気が一瞬にして凍りついた。主にその発生源はキラたちからなのだが、その中でも一番威圧を放っていたキラが挑発するように声を吐く。
「ほう、言ったな人間?ならば妾たちの力を見せてやってもいいぞ?」
簡単な話、キラは自分より弱い人間や心を許している人間以外に馬鹿にされたときその堪忍袋は破け、精霊女王としての風格を取り戻すのだ。その痛いまでの殺気は第二ダンジョンでアリエスたちの動きを封じ込めたほどのものではないが、その場の温度を二、三度下げることぐらいは容易に出来てしまったのである。
だが、さすがに相手もSSSランク冒険者なだけあって、驚いてはいるようだが、さほど大きな反応は示していないようだ。
「………へえ、確かにもの凄い力を感じるねー。確かにこれは私でも敵わないかな。後ろにいる他のメンバーもとんでもない手練みたいだし、これはあのイロアっちが認めるのもわからなくはないねー」
イナアはそう言うとアリエスと拮抗するように掴んでいた依頼書を離し、手に持っていた果物を口に放り込むと、またしても笑いながら頭を下げてきた。
「ごめん。素直に謝るよ。少し調子にのって挑発しちゃったね。私だって確かに自分の実力には自信持っているけど、さすがにここまで力の差を見せられて挑むほど馬鹿じゃないからねー」
「あ、うん、そ、そうか……」
キラはいきなり態度を変えたイナアに驚きながらも放っていた殺気を収める。キラにしては珍しく動揺していたようだが、すぐさま表情を整えるとそのままアリエスの後ろに引き下がった。
「で、改めてなんだけど、私もやっぱりその依頼受けたいんだよね。だから出来れば君達のクエに同行させてほしいんだけどいいかな?」
アリエスたちはその言葉を聞くと同時に目を見合わせた。
まあ、SSSランク冒険者が加わってくれるというのはありがたい話ではあるのだが、やはり気の置けた仲間と一緒に行動したいという気持ちもある。とはいえここで断るのも無碍な感じがしてアリエスたちは頭を悩ますのだった。
「うーん、どうするみんな?」
「私は別に反対しないわよ。でも自分の命は自分で責任持って守ってもらうけど」
「私も姉さんと同じ………」
「私も大丈夫です!」
「私も問題ないよ」
「…………。まあ、妾たちの足を引っ張らないのであれば特段言うことはない」
アリエスは最後のキラの発言を聞き終えると、その依頼書をルルンに渡し、手続きを頼んだ。というのもSランクの依頼である以上同じランクを保有していないと受けることができないため、SSランクのルルンにその依頼書を手渡したのだ。Sランク以下であれば自分のランクの一つ上のクエストを受けることも出来るのだが、やはりSランク以上になってくるとその勝手も大きく違うようだ。
ルルンが手続きしている間、アリエスはイナアに向き直り話しかけた。
「ということですので、ついてくるのは大丈夫です。まあお互い死なない程度に楽しみましょう」
アリエスはそう言うと自分の右手をイナアに差し出した。
イナアは少しだけ驚きながら、その手を取る。
「なんいというか、君は見た目に見合わず肝が据わっているね。誰かの影響を色濃く受けているみたいだよー」
するとその話を後ろで着ていた、シラがボソッと声をあげる。
「それは間違いなくハク様の影響よね」
「うん………」
「なんだか、どんどん性格が似ていくような気がします」
「まあ、アリエスもその調子でマスター並みに強くなってくれると妾はうれしいぞ」
その言葉を聞いていたアリエスは顔を真っ赤にして両手を振り回しながら、抗議の声をあげた。
「ちょ、ちょっと!?み、みんな!?何言ってるの!?私は別にハクにぃを意識してなんか………」
「顔が赤いわよ、アリエス?」
「ぅぅぅぅぅぅぅうううう!」
羞恥で身を焼かれるような気持ちになってしまったアリエスはその場で蹲ってしまい、それが余計に皆の笑いを誘うのだった。
こうして一時は険悪なムードになりはしたが、無事にお目当てのクエストを受注したアリエスたちとイナアは揃ってその指定された場所に向かうことになったのだった。
依頼書に書かれていた場所は、学園王国から少しだけ西に進んだ森の中のようで、樹界ほどではないがそれなりに鬱蒼としている空間になっているようだ。気持ちの悪い植物たちが葉を生やし、空気はじめじめと湿っている。
この中にその白虎がいるらしいのだが、今はその気配をまったく感じられない。
「キラ、もし標的の気配を感じたら教えてね?」
アリエスが絶離剣レプリカを構えながらそう呟く。
対するキラは空中を浮遊しながら、その問いに元気よく答えた。
「ああ、任せておけ。マスターがいなくても妾だけで魔物を見つけてみせるさ」
いつもならハクが気配探知を使って魔物の動きを完璧に把握しているのだが、今回はそのハクがいないので、キラがその役割を担当する。
というのもキラは気配だけでなく精霊にしか読み取ることのできない存在量という独自の尺度をもっており、周囲に点在している精霊たちがその流れを教えてくれるらしいのだ。といってもキラ自身もハクほどではないが気配を探り出すことができるので、それほど心配はいらない。
道中、様々な魔物と遭遇したが前衛を務めるエリアとルルンの剣によってその魔物たちは一瞬で絶命し地面に倒れていく。
どうやらエリアは以前よりも遥かにその剣術を高めているようで今ではルルンと互角に切り結べるほどまで成長している。元々才能が人の何倍もあるエリアにしてみればそれこそスポンジが水を吸収するように実力を付けていき、どんどん自分の力を高めているようだ。
アリエスたちはそんな頼もしい前衛陣の背中を追いかけながらさらに森の中に入っていった。
進むにつれ太陽の光はだんだんと木々に遮られてきて、今では自分達の足元でさえ見て取ることが出来なくなってしまっている。だがそれでも生命というものは芽吹くらしく、事あるごとに、奇妙な植物がアリエスたちの足に絡みついてきており、それを切り飛ばしながら進む必要があった。
中には毒や痺れの成分を持つものもあったのだが、キラの根源がたちまち消し飛ばしているので大した問題にはならず、歩みを止めることはなく突き進んだ。
するとそこでようやくキラの感覚が妙なものを捉えた。
「ん?ちょっと待て。何かいるな」
キラはそのまま周囲の知覚を最大に大きくして、そのままその存在を確かめる。これがハクの気配探知と決定的に違うことなのだが、キラはその気配から相手が一体どのような姿をしているのか推測することができるのだ。まあ、ハクならば魔眼を使うという手段も取れるので一概に便利とは言えないが、それでも今はその力は役に立っており、今まで遭遇した魔物もその力のおかげで対処が随分とスムーズに進んでいたのである。
「何か見つけた?」
イナアがキラの顔をのぞきこむようにそう問いかける。
キラはしばらく無言だったが、その存在の確認が取れると、イナアの言葉に頷き再び進み始めた。
「ああ、おそらくお望みの白虎だな。あの気配の質からして相当位の高い魔物のようだ。全員気をつけておけよ」
キラの言葉にメンバー全員が頷くと、アリエスたちは各々武装を整えその場所に歩みを進めた。
それから五分ほど森の中を進むと、蔦に囲われるようにできた広い空間が目の前に姿を現してくる。その空間だけは日の光が届いているようで美しい草の色が反射していた。またその周りは浅い水が覆っており、神秘的な空間を作り出しているようだ。
そしてその真ん中にその存在は鎮座していた。
真っ白な毛並みと、それを目立たせるように入った黒の毛並みは見事に調和しており、普通の魔物とは比べ物にならないほど強力な力が感じられ、その存在感はアリエスたちに多少の驚きを走らせる。
「あれが白虎……?」
「そうみたいね………」
アリエスとシラがその完璧なまでに溶け込んだ白虎に見とれているとキラが何かに気づいたように口をあけた。
「なるほど、あの虎はこの空間の主になっているのか。どうりで普通の魔物とは違うわけだ」
「どういうこと?」
イナアがキラに問い返す。
しかしその問いに答えたのはアリエスの頭の上に乗っているクビロであった。
『つまり、わしら土地神よりも少し下の存在ということじゃ。土地神は基本的に地、空、海の三体しかおらぬが、限定的に土地を区切れば自身と土地の親和性を高めることができるのじゃよ』
「だが、あの虎からはまったく殺気を感じない。人間に害を与えるものならば慈悲はないが、もし何もしてこないのであれば、特段襲う必要はないぞ。それくらいは理解できるくらいにあの虎は発達しているはずだ」
キラはそう言うとその空間に足を踏み入れ、歩き始めた。
アリエスたちも急いでキラに続く。
するとその白虎はゆっくりと立ち上がり、こちらを見つめ言葉を吐いてきた。
『何用だ、人間?』
その声はこの空間中に響き渡り、その場にいる生命全てが喜んでいるような空気が発生したのであった。
次回は白虎との邂逅になります!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




