第百二十四話 vs血神祖、三
今回でサシリとの戦いは決着します!
この戦いがサシリにどのような影響を与えているのかというのは少し先の話で語られますので、しばしお待ちを!
では第百二十四話です!
「換わり巡る血壁」
「チッ!」
サシリの腕から伸びる赤く細い糸は俺の攻撃を悉く打ち砕いていった。
いや、消滅させているのではない。変換しているのだ。
おそらくあの力は相手の能力を自分に適合のある血液に変換し吸収している。それはサシリの肉体をどんどん強化していき、常識を超えた速さに対して順応させているようだ。
俺は威圧弾の他に自分で編み出した魔術や、気配創造で作り出した物体を投げつけるのだが、その全てが無効化されサシリの体に吸収されていった。
「まったく無茶苦茶だなその力は!」
そう叫んだ俺は上空からの遠距離攻撃を中断し、転移でサシリの背後に出現すると、そのまま体を捻るように左足でサシリの首元目掛け蹴りを放った。
だがそれは間違いだったことに遅れて気づく。
その攻撃を受け止めたサシリの顔に笑み浮かんでいるのだ。
瞬間、魔力が解放される。
これは………!?空の土地神のときのやつか!?
そう判断した俺は咄嗟に転移を発動するが一歩遅かった。
「煮え立つ血線」
それは俺の左足の血管を容易く破裂させると、その神経をズタズタに切り裂いた。
「があああああああああ!?」
それでも俺はなんとか谷を発動させ距離を取る。見れば負傷しているのは左足だけのようで、転移が遅れていたらそれこそ全身血達磨になっていたかもしれない。
急速に神妃化された器が体を修復しにかかるが、一瞬で完治するほど有能ではない。重ねがけするように完治の言霊をかけると、俺はサシリに向き直り腕を構え直した。
「やっぱりあなた………。強いわね……。普通だったら今の攻撃で終わってるのに………」
「そういうお前はまだ本気じゃないみたいだな?出し惜しみか?」
そう、サシリは換わり巡る血壁と煮え立つ血線しか俺に見せてはいない。仮にも血神祖ともあろう存在がこのレベルの攻撃だけで留まっているほど柔ではないことは重々わかっている。
「焦らなくても今から見せるわ………」
サシリはそう呟くと、俺の目の前に右腕を翳すと魔力と神格を同時に上昇させ大きな魔方陣を展開した。
これが通常の魔術や魔法であれば色や展開式などで属性や強度、最大火力がわかるのだがサシリが使用した魔方陣はそのどれにも当てはまらず、炎魔術や炎魔法よりも彩度が高い朱色で出現したそれは、間違いなくサシリオリジナルの攻撃であった。
「破滅するは其の血壊」
それは真っ直ぐ俺に向かって巨大なレーザー砲のごとき魔力波が打ち出された。
ビリビリと空気を振動させたそれはその余波で周囲二百メートルほど地面を抉り隆起させると俺の立ってる大地を吹き飛ばす。
「くっ!なんて馬鹿げた力だ!?」
俺はそう思いながら青天膜を展開する。当然俺の速度であれば避けることもできたのだが、ここで下手に回避してしまうと地形が変わるだけでなくカリデラ周辺の生態系が壊滅しそうな威力だったのでとりあえずその攻撃は受け凌ぐことにしたのだ。
俺の青天膜とサシリの破滅するは其の血壊が衝突する。
だが俺はここでもっと考えを巡らせるべきだったのだ。
今までサシリが使用してきた攻撃は全て普通の攻撃とは一味違った能力を有していたはずだ。
煮え立つ血線であれば触れたものの血液を操る力。
換わり巡る血壁ならば全てを血液に変換し吸収する力。
であれば今放たれているこの魔力波も当然なにか特殊な能力が備わっているはずなのだ。
俺の障壁とサシリの攻撃がぶつかった瞬間、青天膜に大きな亀裂が入り、音を立てて崩れ去る。
「ば、馬鹿な!?」
それは力の比べ合いで壊れたのではなく、もはや破壊されることを前提に仕組まれたような光景だった。
本来ならば盾ないし障壁は壊れるとき、最も衝撃が大きな箇所から壊れていく。それは物理法則を考えても当然の結果であるし、その場所に最も力が加わっているのだから当然だ。
だが、今俺の目の前に広がっているのは、青天膜が紙切れと同じようにサシリの魔力波に触れた瞬間はじき飛ぶ姿だった。
それは壊れるべくして壊れたというような感じである。
なるほど………。絶離剣のような力ということか……。
絶離剣は触れたものをその強度に関係なく切り落とす剣だ。それはいかなる物でも問答無用に破壊し、防御は基本的に不可能とされている。
つまりはこの破滅するは其の血壊もそれに似た能力が宿っているのだろう。
俺がそう考察をしていた瞬間、サシリの攻撃は俺の体に直撃した。
とてつもない破壊が地面を吹き飛ばし大爆発を呼び起こしたのだった。
その爆心地にいた俺の生死は土埃とともに隠される。
サシリは今自分が味わっている高揚感が信じられなかった。
ただ戦っているだけなのに、今までの人生のなかで一番と言っても過言ではないくらい楽しい。
それは自然にサシリの表情を柔らかくし、笑顔を浮かばせるまでに至った。
胸の中に吹くざわめきは自分の力をハクという青年にぶつけたという衝動を引き上げ、体を無意識に動かす。
思考回路はとっくにスパークしていたが、その反射的な動きが今のサシリには遅く感じるほど加速しており、見えているのはハクの姿だけとなっていた。
殴り殴られ、時に血の力を使い攻撃を無力化する。
それは単純な作業ともいえるようなものであったが、その中にも小さく、しかし巧妙な駆け引きが介在していた。
今のサシリにはそれが楽しくてたまらない。
戦闘なんて民たちを守る手段でしかないと思っていたのに、それがここまで自分を興奮させることになるなんて思っていなかった。
今までは自分の欲望をそぎ落とし、望みすら湧いてこないように自分を押さえ込んでいた。それがカリデラの君主の姿であると思っていたし、今も思っている。
だが今この瞬間だけは、その重圧から解放されてサシリは自分の本当の姿を曝け出していた。
もっと、もっと、戦いたい。
この戦いが永遠に続けばいいのに。
サシリの心の中は次第にこの勝負への名残惜しさへと変化していった。それは本当にこの戦いを楽しんでいる証拠であり、今までの血神祖としてではなく、サシリ=マギナという一人の少女としての感情だった。
「やっぱりあなた………。強いわね……。普通だったら今の攻撃で終わってるのに………」
サシリは単純に自分の動きについてこられるハクに驚きながら賞賛の声を投げかけた。今までだって血神祖という存在を倒したという名誉ほしさに挑んできたものはたくさんいた。それは冒険者から学園王国の学生、はたまたSSSランク冒険者にいたるまで。
だがそのどれもがサシリの相手になるものではなかった。
軟弱すぎたのだ、今のサシリにとって彼らは。
それに比べ、このハクという青年は自分の攻撃をまともにくらっても直ぐに立ち上がり、攻撃を仕掛けてくる。それはサシリの経験上なかったことであり、そういった点でも興奮していた。
「そいうお前はまだ本気じゃないみたいだな?出し惜しみか?」
対するハクはサシリの言葉に対して挑発の言葉を放ってくる。その顔にはまだまだ余裕の色が残っており、その強さの底がまったく見えない。
(まったく、敵わないわね……)
サシリは心の中でそう呟くと思いっきり目を見開き、自身の力を更に解放した。
「焦らなくても今から見せるわ………」
それはサシリが使用できる力の中でも最上位のグループに入っている技で、如何なるものでも破壊するとされる血の攻撃だった。
サシリは確かにハクを殺す気はない。
だが殺す気でいかなければ歯が立たないのも事実。ハクが本当の本気を出せば自分なんて相手にならないことはサシリ自身がよくわかっていた。
それはサシリがずっと隠している奥の手を使っても覆らない。
ゆえにサシリは今出せる全力をぶつける。
右手を真っ直ぐハクに突き出し、発動の文言を口にする。
「破滅するは其の血壊」
それはハクが咄嗟に作り出した青い障壁を世の理であるかのように破壊し、ハクに向かって突き進んだ。
寸分の狂いもなくその攻撃はハクに衝突し、周囲の土を抉るように大きなクレーターを作り出す。
手ごたえはあった。
だから間違いなくダメージはあるはずだ。
サシリはそう確信しつつ、地面に膝をついた。
この破滅するは其の血壊という攻撃はサシリの中でも魔力と神格の両方を大きく消費する技だ。奥の手を使っている状態ならまだしも、通常の状態ならば消耗が激しすぎる。いくらサシリといっても大陸を何個も破壊できるほどの力を使ってしまえば疲弊してしまうのだ。
それゆえ今の攻撃はそれなりに自信があった。この戦いの終焉に相応しい威力を込めた技だった。
だが、それは砂煙から現れた青年の姿によって、崩れ去ることとなる。
「本当に化け物ね………。あなた………」
「お互い様だって言い返したいけど、確かに今の状況からすればそうかもな」
無傷の青年はニッとサシリに笑顔を浮かべると、先程よりも遥かに強力な力を身に纏わせるのだった。
俺は青天膜が破られた瞬間、さすがにこれはまずいのでは?と思い、今の神妃化で出だせる限界地点まで力を引き上げた。
それはさすがに次元境界を一瞬震わせたが、本当に起こりの瞬きより速い一瞬だったので特に問題はなかった。
その力はサシリの破滅するは其の血壊を気迫だけでかき消すと、周囲に大爆発を引き起こさせた。
やはり神妃化までやってしまうと実力に大きな開きができてしまうようだ。しかも今はキラに使ったときよりもランクを上げている。
その攻撃をまともに受けきってきたことのほうが異常なのだ。
砂煙から姿を現した俺を見たサシリは膝を突きながら、こう呟いた。
「本当に化け物ね………。あなた………」
それは正直言ってこちらの台詞なのだが、この戦いにおいて優勢に立っているのは俺なので笑いながら言葉を返す。
「お互い様だって言い返したいけど、確かに今の状況からすればそうかもな」
俺はそう言うと、力を再び充填させサシリの元に近づいた。
それは今の疲弊したサシリではついて来ることが出来ないほど速く、洗練された動きだった。
サシリは俺の動きに必死に喰らいつこうとするが、やはり先程よりも動きが鈍い。あれほどの技を使ったのだから当然だ。
そのまま俺はサシリの腕を絡め取るように掴み取り捻ると、俺の意思に従うようにクルクルと空中を旋回しながら俺の手の中に納まったエルテナをその首元に突きつけて、最後の言葉を投げかけた。
「楽しかったよ。またやろうな」
それは完全な勝利宣言だったが、俺の顔は多分晴れやかなものになっていた思う。
その言葉にサシリは目を大きく見開くと、太陽がほころぶような笑顔で俺の言葉に頷いた。
「私も楽しかった………。またやりましょう」
俺はその言葉と同時にエルテナを下げ、鞘に収めると、サシリに向かって手を差し出した。
「…………?これは………?」
「握手だよ、握手。全力で戦った相手に感謝をってことで」
「……………なるほど。こういった文化もあるのね………」
サシリは笑顔のまま俺の手を握り返すのだった。
こうして血神祖サシリ=マギナとの戦いは幕を下ろした。
サシリが抱えているものは俺には到底推し量れない。
だがそれでもこの戦いがサシリの支えになってくれるのを俺は祈るのだった。
次回はようやくシュエースト村に向かいます!
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