第百二十一話 サシリ=マギナ
今回はがっつりサシリのターンです!
では第百二十一話です!
血神祖サシリ=マギナは生まれた瞬間から特別だった。
そもそもマギナ家というのは代々真祖や神祖を多く輩出している家系だ。このカリデラ城下町において長の座というのは、特定の家系を選ばず強力な力を持った吸血鬼が治める仕来りになっている。
ゆえにサシリの両親も特段、真祖や神祖ではなく普通の吸血鬼で到底神祖と呼べる力を保有してなかった。
吸血鬼は基本的に再生能力、血の操作、爆発的な身体能力、この三つが特徴的な能力になる。これらは当然人族には備わってないものでこれらの能力の強さ及びコントロール力によって吸血鬼のランクは決定する。
それらはどれかが秀でている場合もあるし、どれも平均的な能力になることもある。過去の神祖は大抵このどれかが強力な場合が多く、それは他の吸血鬼が相手にならないほど強力なものであり、それこそが吸血鬼の頂点に立つに相応しいものとして君臨してきたのだ。
といわけで現在血神祖として王座に座っているサシリも当然、吸血鬼の常識に囚われないほど強力な力を持っていた。
だがそれが過去の神祖と同じレベルであれば、まだサシリが神祖になることはなかったかもしれない。他にも候補になるような吸血鬼はおり、サシリが産まれる前まではその者たちの中から選ばれる予定であった。
だが、それは呆気なく崩れ去ることになる。
サシリ=マギナという少女は産まれたその瞬間から、他の吸血鬼の追随を許さないほどの力をその身に宿した存在だった。
再生能力、血の操作、身体能力。これら全てが一介の吸血鬼が所有していい範疇を越えており、産まれて一か月後には神格すら滲みださせるほどになっていた。
さらにここで問題になるのが、カリデラ城の地下に封印されていたサシリたちの先祖である吸血鬼の始祖の存在だ。
始祖とは今までの歴史の中でもどの神祖よりも強く、逞しく、美しかった女性だった。それは吸血鬼の性質がまだ変化する前であり、日にも弱く、噛みつくことで相手を吸血鬼に変えることができた時代の長である。
しかし始祖はその性質を唯一通用しなかったことでも有名で、当時のカリデラは彼女を中心に誉れある栄華を築き上げたのだという。
この始祖がさらにサシリを特別扱いする原因となってしまう。
サシリは強大な力を持って産まれてきたことによって始祖の封印をも解き放ってしまったのだ。
それは当然サシリの意思ではなく始祖自身の意思ではあったのだが、始祖はすぐさまサシリを発見すると自らの力を全て授けてサシリと同化した。
これはカリデラにいる誰もが予想できなかったことであり、産まれたばかりの赤子が一瞬にして神祖の座を奪っていくなど前代未聞であったのだ。
それからだ、サシリが特別扱いされるようになったのは。
物心ついたころから、自分はカリデラを治める君主だと言い聞かされ、ほぼカリデラ城に幽閉されるような形で業務をこなす日々が続いた。
そのような生活を送っていれば知人や友達など出来るはずもなく、その心は次第に荒み自分の存在意義について悩むようになってしまった。
だがサシリは自分の心こう言い聞かせた。
私はみんなの声に応えなければいけない。それが私の使命だから。と。
両親はサシリの力に慄き、もはや他人行儀な反応しか示さなってしまった。それがさらにサシリの心を締め付けるのだが、それでもサシリは自分を奮い立たせ長として出来る限り華麗に時に傲慢に振舞った。
また自身は民を守れるほど強くならなければという考えも持っていたので、サシリはカリデラ城の地下深くにて必死に己の力を鍛え上げた。
それはサシリのポテンシャルを爆発的に引き上げ、神格を定着させもはや人間とは呼べないほどに成長させることとなる。
だがそれはますます自分の周りから人を遠ざける原因となり、尊敬や羨望の眼差しは向けられることはあれど、友好的な視線はまったく感じられなくなってしまった。
こうなってしまっては心が折れるのも時間の問題だったのだが、そのサシリの心を支えたのは唯一自分を前にしても恐れない血の繋がった弟であった。
サスタはサシリという姉がいるということを両親から聞き出すと、それがこのカリデラの長であると知り、姉を蔑ろにした両親を罵倒した。
それからサスタは毎日毎日サシリのもとに足を運び、サシリにくだらない日常的な話をし続けた。
サシリは自分に弟がいることは知っていたが、産まれてすぐにこのカリデラ城に連れてこられたため、その存在を知ることはなかったのだが、いざ話してみるととても楽しい時間になったのだ。
時には笑いあい、時には叱ったりして、実に姉弟らしい空間がそこにはあった。
だがそれでもやはりサシリが特別なのは変わらない。
同じ両親から生まれておきながらサスタとサシリでは天と地よりも離れた実力差があるし、なにより君主である自分は自由に動けることがあまりない。
サスタと話をすることで多少の癒しは心に吹くのだが、サシリは余計に自分のことを考えるようになってしまった。
なぜ私はこんな力を持って産まれてしまったの?どうして普通じゃないの?
そう自問自答する日々が続き、サシリの口数はどんどん減っていった。
サシリは成長するにつれ、自分の行動を制限していた掟や仕来りを完全に踏みつぶした。それはサシリがカリデラの頂点である以上その発言は絶対であることに起因し、反対はあったもののサシリの動きにとやかく言うものはいなかったのだ。
とはいえサシリはこのカリデラの君主であることは変わらず、孤独はどんどん深まっていく。
またサシリはこのタイミングから自分と同化した始祖の声が聞こえるようになる。これはサシリが一定の強さに到達したことで始祖の力をコントロール出来るようになった証拠であった。
始祖は他人にはない力を授けてしまったことで、自分を特別にしてしまったことを悔いており、サシリに謝ってきたのだ。
始祖はサシリの悲しい姿を一番近くで見てきた存在だ。それがどれだけ辛く、寂しい道かよくわかっている。そしてそれが自分が憑りついたことによってさらに加速させてしまったということも。
だがサシリはそれを気にしていないと始祖を許し、逆に話し相手になるようにお願いした。
これはサシリの孤独を如実に表しており、始祖はますます申し訳ない気持ちになったのだが快くその頼みに頷いたのだった。
それからというもの、依然まともに会話できるのはサスタと始祖だけであったが基本的に安定した生活を送ることができた。
サシリは元々血の力を操ることに長けておりその結果、本来血晶を使わねば直すことのできない病である血晶病を己の能力で直せるところまで成長したのだ。
これがサシリが血神祖と呼ばれる所以である。
その力で偶に城に訪れる患者を治癒しつつサスタや住民たちの生活を見守っていたのだが、ここで思わぬ出来事が起きる。
このカリデラにかつて感じたことのないほど大きな気配が近づいてくるのだ。
それは初めてサシリに危機感を味わせ、同時に衝撃を走らせた。
あれは………なに?物凄く大きな匂い………。でも悪い感じじゃない……。
サシリが感じた気配は確かに自分と同等かそれ以上のものであったが、それでも邪悪なものではなく、少しだけ不思議な感覚になった。
その気配はカリデラに入るとなにやら冒険者ギルドにいるようで、聞いた限りでは血晶病を直すためにここに来たのだという。
あれほどの力を持っているのに人助けをするというのは今のサシリからすれば考えられないことであった。
力を持っているがゆえに自分は孤独になった。
それは必然であると思っていたし、避けられないものだと認識していた。
だがあの青年は笑顔を浮かべる仲間に囲まれ、信頼されていて、人を助けようとしている。
サシリはその青年に興味がわいた。
強大な力を持ちながら自分とはまったく違う道を歩いている青年に。
どうにかして接触したい。その気持ちがサシリの心の中に渦巻き、初めて好奇心というものを味わった。それはもどかしく胸の奥をくすぐるものだったが、嫌な感じはしなかった。
サシリの気持ちの変化に少しだけ驚いた始祖は柔和な声で行ってくるといい、とサシリの背中を押し、作戦を立てる。
それが偶然接近していた空の土地神を巻き込んだ一連の騒動であり、サシリの作戦であった。
空の土地神との戦いにその青年を巻き込みその力と器を見極める。サシリはその目的のために自ら行ったこともない冒険者ギルドに出向き、青年をその戦場に引きずりだしたのだ。
その代償としてシュエーストの住民を血晶病から解放することを約束させられたが、それくらい長年固まっていたサシリの心と比べれば些細なことでしかない。
こうしてハクと血神祖サシリは邂逅することとなった。
俺は仲間とサシリの協力によって見事空の土地神を討伐した。といっても全身の血管が破裂しているとはいえ、さすがは土地神。まだその命は消えていないようで、俺の攻撃を最後にくらっても意識が落ちるだけであって死んではいないようだ。
するとアリエスたちが俺のもとに駆け寄ってきた。
「やったねハクにぃ!さすがだよ!」
「お疲れ様です、ハク様」
「お怪我はないですか………?」
「い、今のも格好いいですね………。また妄想が膨らみます!」
「まあ、あのレベルの敵なら余裕だったなマスター。しかしあの女吸血鬼、やはりなかなかやるようだな」
「あーあ、服に土がついちゃった………。これは帰って洗濯だね」
仲間たちは皆それぞれこの戦いについて感想を漏らすが、俺はアリエスの頭の上に載っているクビロに問いかけた。
「クビロ、これからどうしたらいい?」
クビロは俺が何をと言わなくてもその意図を察したようで言葉を繋いだ。
『放っておけばいいのじゃ。こいつには少々お灸が必要じゃからな。力を持つ者はそれなりの責任が生じる。それをはき違えて人間を襲おうなどと馬鹿を通り越して呆れてくるわい。だからこのまま放置して、その傷の痛みを思い知らせてやればいいのじゃ』
そう言われたので、俺はエラルタを腰に収め神妃化も解除した。
俺はその後、擦り傷程度だがダメージを受けているメンバーに完治の言霊を使用し、傷を回復させると、少し離れたところにいるサシリに声をかけた。
「これで気は済んだか?空の土地神は気絶してるし、町も守れた。これ以上やることはないだろう?」
サシリは俺の言葉を無言で聞き届けると、完全に無表情で俺に問いかけてきた。
「あなたは………。どうして………そんなに普通なの……?」
「は?」
「私にはわからない………。それだけの力を持っておきながら仲間に、笑顔に、囲まれているあなたが…………」
「だから一体何の話を……」
その瞬間、サシリの気配が爆発的に膨れ上がった。
それは空の土地神と戦っていた時の力を遥かに凌駕するほど絶大で、大地が悲鳴を上げ、空は歪み、サシリの体からは赤色の稲妻が迸っていた。
俺は咄嗟にエルテナを抜き、距離をとる。
「だから…………。少しだけ確かめさせて………。あなたと私の違いを………!」
刹那、サシリの体が完全に消え去り、その姿を再び捉えたときには俺の腹に大きな風穴が空いていたのだった。
次回はハクvsサシリになると思います!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




