第百十五話 シラの思い
今回はシラの心の中に迫ります!
では第百十五話です!
戦闘時間にして五分ほど。
俺は目の前に群がる魔物たちをエルテナで切り倒しながら、カリデラ城下町に向かうまでの道を切り開いていた。
かなり手は抜いていたが、そもそもの魔物のレベルが低いのもあり一瞬で片が付いてしまった。特段依頼を受けているわけでもないので死体の状態を気にせず攻撃することができきたのだが、準備運動も兼ねていたため出来るだけ相手の急所を狙うようにエルテナを当ていったのだ。
俺は目の前の大地を魔物の血で染めると、エルテナを体の前で血を払うように振り回すとそのまま腰の鞘に収め息をつく。
「ふう、こんなもんか」
正直このレベルであればパーティーメンバーの誰が戦っても勝つことができただろう。アリエスをはじめ俺たちのパーティーは基本の戦闘能力が高い。それは俺があげた神宝が底上げしている場合もあるが、それでも超弩級の戦力が集結している。エルヴィニアでのときのように戦力が分断されない限り追いつめられることはまずない、というレベルだ。
もちろん今回もそのメンバーたちに戦わせてもよかったのだが、俺自身が運動したかったというのと、少し不安定なシラの傍にみんながいてほしかったという二つの理由があり、俺が魔物を討伐したのだ。
あたりを見渡せば俺が魔物と戦っている間にアリエスたちを乗せた翼の布はすでに米粒と同じ大きさになるくらい先に進んでしまっている。
俺は倒した魔物に軽く腕を振るい、その余波で死体を塵に変えると翼の布を追いかけるように空中をかけ、体の筋を伸ばしながらアリエスたちを追いかけるのだった。
(ん?マスターのやつ、どこかに飛んで行ったな。………ああ、なるほど。魔物がいたのか)
キラたちは翼の布の中で昨日もみんなでやっていた人生ゲームなるものを楽しんでいた。
昨日は結局キラの独占勝ちによって勝負は幕を下ろしたのだが、今日はなんとも言い難い状況だった。
「へへーん!今日はキラに勝たせる気はないよーだ!」
アリエスが胸を張りながら持っているゲーム内通貨をひらひらさせながらキラを挑発した。
「ま、まだ始まったばかりだ!妾はあきらめんぞ!」
「ですがキラは現在最下位ですからねー。少し厳しいと思いますよ?」
エリアがアリエスを援護するように言葉を投げかける。その顔は普段のエリアでは考えられないくらい怖い顔をしており、キラでさえ少し引いてしまうほど恐ろしいものだった。
というのもエリアは昨日のゲームの際、優勝一歩手前という段階でキラに最下位まで落とされたのだ。
その恨みは今もなお心の中に渦巻いていたのだ。
「さて、このままキラを突き放しましょうー!」
「「「おー!!!」」」
「ぐぬぬ、本当に容赦がないな……」
キラがその光景を見ながら自分の状況を改めて考えながら打開策を練っていると、ふとそこに浮かない顔をしているシラが目に入った。
シラは人生ゲームの通貨を膝の上で握り締めながら少しだけ俯いていた。
「そんなに心配か?」
「え?」
キラはそんなシラに向かって声をかけた。それはシラが明らかにシュエースト村の人たちを気にかけている表情をしていたからだ。
「顔に出てるぞ?」
「い、いやそんなことはないわよ。ハク様が動いてくださるんですもの、心配なんてしてないわ」
とシラは言っているが、それでもその表情は少しだけ固い。それはどこか納得がいっていない感情と、不安、危機感がにじみ出ていた。シラはヒールの家族の実情を目の当たりにした直後から明らかに迷いを見せ始めていたのだ。
「マスターへの憤怒と、吸血鬼の血晶を取りに行くことへの迷い。その欠片を感じる。それは決して悪いことではない。だが口にしなければ辛いだけだぞ?」
そのキラの言葉に頷くように、アリエスが言葉を繋ぐ。
「それにここにはハクにぃにも聞こえないし、言いたいことがあれば言っちゃえばいいんだよ」
その言葉に他のみんなも大きくうなずく。
人間はストレスをある程度ため込むことができる生き物だ。それは人間が生きていくために必要な力でもあるし、社会的にもそれがなければ適応することができない。
だがそれはため込みすぎると、逆に体に対してダメージを与える。それは本人の知らないところで進行し、いずれ精神を蝕んでいくのだ。
それを解決するには何かで吐きだす必要があるのだが、今のシラのように気を使ってしまうと外に感情を出せないことが多い。
こうなると周りの人間が自ら聞いてあげなければ、なかなか本音を聞き出せないのだ。
「………そうね。確かに私はヒールやそのご両親、それに村の方たちを見て、焦りを感じているのは事実だわ。いつ死んでしまうかわからない状況で血晶を取りに行っている時間も惜しいと思ってしまうくらいにね。でも私はハク様のように何でもできるわけじゃない。ハク様がご自身の力で直せないと言われた以上、私には何も言えないもの。でもそれをわかっていてもそのハク様にどこか憤りを感じている自分がいる。ヒールに情が移りすぎたのかもしれないけど、それでもどうしてって思う心は消えてなくならかったわ。ハク様のメイドとして失格ね」
シラはそう言うと先程より遥かに暗い顔で目線を逸らしてしまった。
するとその話を聞いていたシルが徐に立ち上がりシラの前に立った。
「シル………?」
「姉さん、それ本気で言ってるの………?」
シルの感情は普段からなかなか読み取りづらいのだが、今だけは明らかに起こっているようだった。
「ええ、本気よ。あまり認めたくはないけれどね………」
その瞬間、音がなるほど勢いよくシルの両手がシラの顔を包み込んだ。
「姉さん、それは間違ってる。確かにヒールのご両親や村の人たちは病に苦しんでいるけれど、だからといって姉さんにそこまでのものは背負わせていない。それはただ単に姉さんが勝手に情を映し、勝手に考え込んでいるだけ」
シルの口調は今までと違い真剣な眼差しで、シラの両目を覗き込んでいる。
「で、でも、本当のことじゃない!私たちが仮に血晶を取りに行っても病にかかっている人がその間に死んじゃったらどうしようもないのよ!それを直せる力があるのに使わないハク様に少しくらい嫌気がさすのも当然じゃない!」
シラはもはや泣き出す寸前といった顔で言葉を紡ぐ。
それはこのような言葉を投げておきながらもハクのことを信頼しており、かけがえのない存在だと認識しているからである。
そのハクを自分の言葉で汚し、あまつさえ責任を転嫁させようとしている自分に腹を立てているのだ。
「だからそれが間違ってるの!!!ハク様だって簡単に救えるならもうすでに村の人たちは完治してる!でもそれができないから、私たちはカリデラに向かってるの!今のハク様は私たちと同じ。確かにハク様は私たちより出来ることは遥かに多いかもしれないけれど、姉さんはそれに甘えすぎている!甘えて、甘えて、それでもまだ甘い蜜を舐めようとしている。それが今の姉さんなの!!!」
その声は今まで聞いたことがないほど大きく、同時に響き渡った。
それはその場にいる全員の気持ちを代弁したような言葉で、アリエスたちは特に口をはさむことはなかった。
「だから、私たちはハク様を信じて、自分たちにできることだけやればいいの。なんでもやろうとするから零れるものも掬えず、さらに取りこぼす。それに私たちはハク様のメイドなんだから誰よりもハク様の意見を大切にしないといけない。だから、だからね、姉さん。一人で考え込まないで、みんなで解決しよう?ヒールたちを助けたいのは私たちも一緒だから」
その言葉が空気に消えると、シルの両手に包まれていたシラの顔にうっすらと涙の線が走った。シルは自分の姉を抱き寄せるように体を寄せ、しばらくの間動かなかったのだった。
当然だが、なぜシラがここまで感情的になったのかということについてはシル以外誰にもわからない。
それが明るみに出てくるのはまだ先の話だ。
「はあー、終わったぜー………」
俺は魔物を倒し終えた後、すぐさま翼の布に戻ると、大きく息を吐きながらクビロの隣に座った。
『瞬殺じゃったな、主?』
「まあ、あのレベルはな。それこそシルやアリエスでも余裕だったはずだ。それでここは大丈夫だったか?」
クビロはその言葉を聞くと少しだけその小さい体をくねらせ、話し出した。
『外敵からの攻撃、という点に関しては何もなかったのじゃ。しかしのう……この中での出来事はそれなりに濃かったのじゃ』
「というと?」
『まあ見てみい』
と言われたので後ろにある翼の布の天幕を少しだけ上げて中の様子を確認した。
その中では赤く目を腫らしたシラがシルに抱き着くように寝ており、静かな寝息を立てていた。
すると俺の存在に気付いたアリエスたちが一斉に口の前に指を立ててシーッと声を出すなというジェスチャーをしてきたので、俺はおとなしく天幕をつかんでいた手を放し再びクビロの隣に戻った。
この数分間に何があったのかは知らないが、それなりに意義のあるものになったのは間違いなさそうだった。
俺は無言でクビロを首元まで抱え込むと、そのままハルカにもらったガイドブックを手に取り、現在位置を確認するとさらに翼の布のスピードを上げてカリデラ城下町へと急いだのだった。
結果的にその日のうちにはカリデラにつくことは出来ず、野宿もとい翼の布の中で宿泊することになった。
食べ物はすでに買い込んであるため心配はなく、宿で食べるよりも遥かにおいしい食事がシラとシルの手によって作られ、俺たちの胃袋を満たしていく。
で、当然火の番というのは俺が長時間みていないといけないわけで、またしても暇な時間を持て余していた。
特段することのなかった俺はエルテナを抜き、蔵から取り出した布でその刀身を磨き始める。エルテナは永劫不変なので手入れというものは必要ないのだが、汚れというものはさすがについてしまう。それが刀身を錆びさせたり、切れ味を落とすことはないが、なんとなく見た目的に悪いので磨くことにしたのだ。
すると翼の布の中から水色の寝巻を着たシラがこちらに近づいてきた。
「ん?どうした?眠れないのか?」
「い、いえ、そういうわけではありません」
「だったらどうした?早く寝ないと明日持たないぞ?」
俺は半ば冗談混じりにそう答えると、座っていた椅子の隣をあけシラに座るように勧める。
シラはその場所にゆっくりと腰を下ろすと小さな声で話し始めた。
「ハク様は先程のことは聞かれましたか?」
先程と言うのは俺が魔物を討伐しに行っているときのことだろう。
「いいや、なにも。聞いてほしかったのか?」
「いいえ、そうではありません。むしろあのような姿、恥ずかしくてハク様にはお見せ出来ませんから」
なんだろ、物凄い気になる言い方だな、それ。
「ハク様、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「うん?ああ、いいよ」
俺はエルテナを磨きながらそう答える。
わざわざシラがみんなの目を避けて俺に話しかけてくるのだ。よほど大切なことなのだろう。
「ハク様はご自分のことをどう思っていらっしゃいますか?」
「どうって?」
「私からすれば、何でもできてしまうハク様はうらやましい限りです。ですがそれは私という小さな人間の一意見にすぎません。ですからハク様自身はどう思ってらっしゃるのかと思いまして……」
俺はその問いがシラにとって何を意味するのかよくわからなかったが、とりあえず自分の考えを述べてみることにした。
「そうだな……。正直言って何も出来ないやつだと思ってるよ」
「何もできないですか………?」
「ああ、確かに俺はシラの言う通りみんなよりは出来ることが多いかもしれない。それは傍からみれば何でもできるように見えて、すごく羨ましいかもしれない。でも俺は昔にとても大切だったものを救えなかったんだよ」
それは真話大戦の一番最後におきた悲劇のことだ。
「大切なもの………」
「その時は今みたいに世界の次元境界なんて気にせず全力で力を使うことができた。でも俺がどんなに助けようと頑張ってもそれは俺には救えなかったんだ」
「は、ハク様がですか………?」
「ああ。そこで俺は思い知ったよ。自分の無力さに。だから俺はいかに力を持っていようと何も救えないし、何も助けられない。それが俺の結論だった」
「そ、その大切なものというのは人間だったのでしょうか………?」
シラは恐る恐る俺にそう問いかけてくる。
俺はその問いには答えず、シラの髪を軽くなでると頭の上に開いている桃色の耳に問いかけるようにこう呟いた。
「だけど今は少し考えを改めている。自分の力でも誰かを助けられるんじゃないかってな。だから俺は俺のやり方であの村の人達を救うように努力するから、間違っているところがあればいつでも言ってくれ。俺はシラの意見は大切にしたいから」
シラはその言葉に対して軽くうなずくと、今日一番の笑顔を顔に浮かべながら翼の布に戻っていった。
俺はその姿をしっかりと見届けると、再びエルテナを磨き始めるのだった。
次回こそはカリデラにつく予定です!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




