第百十二話 感染経路
今回は血晶病がいかにして広まったかというお話です!
では第百十二話です!
「二週間前、私たちはいつも通りの生活を送っていました。その日は特に雨も降らず、絶好の仕事日和で、私も張り切って仕事に向かったのです」
ヒールの父親は暗い表情のまま俺たちを真っすぐ見つめながらそう切り出した。部屋の空気はさっきの和やかな雰囲気から一変し、一気に重たいものに変わった。
「そんなときです。あの勇者と名乗る集団が帝国兵を引き連れてこの村にやってきたのは。奴らはこの村に来るなり、最上級の宿を用意しろだとか、最高の料理を出せだとか、自分勝手なことを言い出したのです」
まあ、確かにあいつらは自分たちを誰よりも偉い勇者様だと思っている節があるので、それを知っている俺たちからすれば違和感はないのだが、普通に考えれば村に入って来るやいなや自分たちの立場をわきまえず、我儘を言い出す連中など好感持てるはずがないだろう。
「ですが、明らかに強そうな装備と大量の帝国兵を連れていたので、私たちも下手に抵抗できず、出来る限りのもてなしをしました。それはもう村をあげるかのような騒ぎで、仕事をしていない村人はいないのでは、というほど慌ただしいものになったのです。しかしここで一つ問題が生じました」
そこでヒールの父親は一度言葉を区切ると、口にお茶を含み唇を潤した。俺たちもそれに続けるように息を整える。
「問題というのは?」
俺は一応、話を途切れさせないように小さな声で問いかけた。
「はい。勇者たちがその村に来て一日が経過した朝、宿の係員が朝食を運ぶ際に、足を挫き手に持っていた料理を勇者にこぼしてしまったのです。当然、勇者たちは目を吊り上げ私たちに手を上げました。初めは村人全員で鎮めようと努力していたのですが、それでも勇者たちと帝国兵の心は燃えたままで、最終的には村人全員に攻撃を開始してしまったのです」
………。
あいつらはどこまで落ちれば気が済むんだ。
俺はその話を聞きながら、先日剣を合わせた勇者たちの顔を思い浮かべ、心の中で奴に憤怒した。
もはや帝国の皇女とやらに洗脳されているのではと疑いたくなるほどだ。
そもそも奴らは自分たちを勇者と言っているくせに人に力を振るうことをまったく躊躇わない。この世界を本当の現実と認識できていれば、倫理観が働き躊躇するのが当たり前だ。
俺とてやはり今でも人を傷つけるのには勇気がいる。
盗賊を殺しかけたときのように何かのトリガーが引かれることで逆上したり、あの人格が出てくる場合はその限りではないが、そうでなければ下手に手をかけたりしない。
だが奴らは、それをなんの躊躇いもなくやってのける。つまりまだこの世界をゲームかなにかと勘違いしているのだ。
それはエルヴィニアの際も見受けられたし、今の話からも感じ取ることができた。
その話を聞いていたアリエスたちはテーブルの下で手が白くなるほどこぶしを握り締めていた。特にシラはそのこぶしをプルプル震わせながらなんとか感情を押し殺している。
「その時です。たまたまこの村に来ていた一人の男性がその勇者に立ち向かっていきました。その男性は私たちでも想像できないほどお強い方で、勇者たちと引け劣らない強さでした。私たちを守るために立ち上がってくれたその方は初めは善戦していましたが、やはり勇者は複数ですし、大量の帝国軍もいます。ですのでいくら強くても多勢に無勢だったのです」
俺やキラのように一人であっても圧倒的な強さで蹂躙できるほど強くなければ、そのような状況を打破することは難しいだろう。
なにせあの勇者たちは経験こそないものの力だけは本物だった。あのルルンを疲労していたとはいえ叩き伏せたのだ。そんな奴らに一人で挑むなど本来なら無謀である。
だが、その感情をつぶしてしまうほど、帝国のやつらの行動は酷かったのだろう。何の抵抗もない村の人たちを傷つけあざ笑い、村の秩序を乱す。
俺だってその光景を見ていたら、頭で考えるよりも体が動いていたと思うし、それはアリエスたちも同じだろう。
「その男性は勇者たちになす術もなく敗れてしまいました。しかしその男性は倒れる直前、一人の勇者の首筋にかみつきました。それはいきなり勇者の魔力を暴走させ、血晶病を誘発させたのです。このタイミングで私たちはその男性が吸血鬼だと気が付きました。特段私たちは吸血鬼を忌避しているわけではないので、その存在を咎めることはありませんでした。その結果勇者は血晶病にかかり一矢報いたかに思えたのですが、そこで勇者はこの村全体を覆うかというほどの魔力を放ち、いかなる方法かわかりませんが血晶病を体内から消してしまったようなのです。その際に勇者の魔力を浴びてしまった私たちは同じように血晶病に感染してしまいました。これが私たちがこの病にかかった原因です」
おそらくそれはヘルが戦った、消滅結界という技を使用できる勇者だろう。
そもそも血晶病というのは、俺の事象の生成をもってようやく解除できるものだ。それも世界という代償をおいて発動させる必要がある。
しかしヘルの記憶にあった消滅結界というものは自身に害のあるものを跡形もなく消し飛ばす力らしい。
それがいくら理に絡みつく病だったとしても、さらに強固な理で塗りつぶす。俺がやるような力業ではなく、的確なルートを通って解除する。それが消滅結界の全貌だ。
であれば決死の覚悟で血晶病を発動させても、すべて泡のようにかき消すことができるのだろう。
しかも一度は感染しているので、魔力をまき散らした際に病を村中にばらまくというおまけ付きだ。
最悪にもほどがある。
俺は再び勇者たちに憎悪の感情を抱きながら、さらに質問をぶつけてみた。
「その吸血鬼の男性はどうなったのですか?」
「………勇者に病を打ち込んだ後亡くなりました。その吸血鬼の男性が原因で私たちは血晶病になったわけですが、私たちのために戦ってくれた彼を心から尊敬しています」
話を聞く前はエルヴィニアでの樹界での吸血鬼の件もあったのであまりいいイメージがなかったのだが、今はその印象が百八十度変わってしまっている。
俺は自分の認識を改めるとじっと目の前に置かれたお茶の茶柱を見つめた。
「ですが、やはり血晶病というのはなかなか厄介で直す手立ては見つかりません。唯一特効薬である血晶にしても、私たちのせいで死なせてしまった吸血鬼の同胞の方々に救済を求めるというのは、あまりにも烏滸がましいと思っているのです」
「しかし!そうしなければあなた達が!」
シラが声を荒げながら身を前に突き出す。
「ええ、ですから私たちもヒールがしたようにエルフの方々の協力を仰ごうとしたのですが……」
「そんな薬は存在してない、か」
俺はルルンのほうを向きながら言葉を繋いだ。
ルルン曰く、エルフは薬学に秀でてはいるが血晶病は直せない、とのことだ。
「さすがに私たちも腹をくくり、血神祖に掛け合わねばならないと思っていたのですが、そこにあなた達が現れたのです」
ん?
今聞きなれない言葉があったぞ?
それは俺だけでなく、博識であるキラも首をかしげており俺たちは全員頭に疑問符を並べた。
「その血神祖っていうのはなんなんですか?」
アリエスが俺たちの意見を代弁するように口を開いた。
するとヒールの父親は意外だと言わんばかりに目を見開くと、俺たち全員を見渡しながら説明しだした。
「皆さん、知らないのですか?それなりに有名だとは思っていたのですが………。まあ旅の方々とのことですので、知らないのも無理もないかもしれませんね。血神祖というのはカリデラ城下町の中央にあるカリデラ城に住んでいる吸血鬼の長です。その力は歴代最強と言われており、その存在は同じ吸血鬼であっても恐れおののくほどだそうです」
はあ。
ここでまた厄介そうなやつがでてきたな。
血神祖ね……。
俺たちがもしこのまま血晶を取りにいくことになれば、間違いなくその血神祖とかいうやつとの邂逅は避けられないだろう。
しかも歴代最強ときた。できるだけ穏便に済ませたい俺たちだが、今の段階で嫌な想像しか浮かんでこない。
これは俺も腹をくくったほうがいいのだろうか?
「その……。話を遡るようで悪いのですが………、その後勇者たちはどうなったのでしょうか?」
シルが確認をとるかのように問いかける。
「勇者たちと帝国軍はその後、このような村には居られない、と怒鳴りながら早々と去っていきました。私たちとしても、もう限界だったのでそれは幸いしました」
「で、これからどうするかだな」
俺はその言葉を引き継ぎ、みんなの意思を問いただすように呟いた。
とりあえず、みんなの目を見る限り、カリデラ城下町に血晶を取りに行くのは確定だろう。
だがなんの準備もなしに向かってしまうのはいささか心配である、というのが俺の考えだ。血晶というのは吸血鬼の体液から生成される鉱物だ。それは話を聞かなくてもある程度希少なものであることはわかるし、シュエースト村の人たちが今までカリデラ城下町に向かおうとしていないということからも、血晶というのはそれほど量がとれるものではないのだろう。
しかも今回はそれを何百個と必要とする。
このような事態に無策で突っ込むのはさすがに厳しいを思うのだ。
だが、俺のそんな考えとは裏腹に、パーティーメンバーの反応はいたってシンプルだった。
「ハク様!今すぐ、今すぐカリデラ城下町に行きましょう!」
「いつでも準備は出来ています………!」
「私も大丈夫です!」
「妾はマスターの意思に従うだけだが、このまま苦しむ者たちを長々と見つめている気はないぞ?」
「うーん、私も出来るだけ早いほうがいいと思うよ?今も死の瀬戸際に立たされている人もいるんだしね」
「ハクにぃ!私も早く行ったほうがいいと思う!」
…………。
ああ、もうこれは止められないな。
こうなってしまうと俺の力ではどう頑張っても説得できる気がしない。
俺は一度大きなため息をつくと、ヒールたち家族に向き直ると、宣言するようにこう呟いた。
「では俺たちは今日というのはさすがに無茶なので、明日にはカリデラ城下町に行きます。そこで血晶を入手できるかわかりませんが、病に侵されているあなた方が動くよりは随分と楽なはずです。それに俺はSSSランク冒険者でもありますから、多少の有効打になるでしょう」
「あ、ありがとうございます!こ、この恩は一生忘れません!!」
ヒールの父親はそう言うと家族ともども俺たちに向かって頭を下げてきた。
俺たちはその光景を眺めた後、ヒールと少しだけ戯れその家を後にした。外に出ると完全に闇が辺りを包んでおり、俺は急いでこの村の宿を探すのだった。
『にしても、本当に腐ったやつらじゃのう、あの勇者とかいう連中は』
なんとか宿を確保して、食事を済ませた俺たちは各々の部屋でくつろいでいた。当然のごとく男である俺はアリエスたちと別部屋なのだが、俺の我侭精霊はそんなこと気にするはずがなく、平然と俺の部屋に入ってきている。
とはいえ今はなにやらアリエスたちと大浴場に湯を浴びに行っているのでその姿はない。血晶病は接触感染というものがないので、風呂に入ろうが心身を共にしようがまったく問題なく、村の人とも普通に接していた。
で、俺はその就寝するまでの時間をリアと話すことで潰していた。
「ああ。だが、異世界に召喚された程度であんなにも歪んでしまうものなのか?俺はいまいち信じられないのだが」
奴らのやってきたことが消えるわけではないが、それでも普通に学校生活を送っていた高校生が大きな力を授けられて召喚されたくらいであれほど変わってしまうものなのだろうか?
少なくとも普通に生活を送れていた時点で元の世界ではまともだったはずだが、俺はそれが疑問で仕方がなかった。
『さあのう。ただ奴らの元いた世界というのはおそらく主様と私がいた世界と同じじゃ』
「なに?」
確かに奴らがいた世界と俺たちがいた世界は同じであるという話はなかったし、俺としてはまったく別の世界と思っていたのだが、ここで思わぬ発言がリアから飛び出した。
『私の匂いがするからのう。基本的に私が生命を与えたものはなんとなくだがわかるのじゃ。だがそれとは別に、明らかに違う力が混ざっておる。もしかするとそれが原因なのかもしれんな』
「別の力だと?」
『なんというか、私が作り出した世界には確実に存在しなかった力のようなのじゃ。私が見てもその仕組みを理解することができんからのう』
リアはそう言うとそのまま俺の中で眠ってしまった。
俺はそのリアの言葉を頭で反芻しながら、一人でベッドに腰掛けた。
俺と同じ世界からきた勇者か……。
しかもなにやら得体のしれない力がついているという。それがどういうことなのか俺にはわからなかったが、とりあえず記憶のタンスに仕舞うと、そのまま体を倒し明日に備えて体を休めることにした。
すると勢いよく部屋のドアが開かれ、件の女王様が俺のベッドに飛び込んできた。
「よし!一緒に寝るぞマスター!」
「却下だ!!!」
そうして俺たちがカリデラ城下町に向かう前日の夜は、淡々と過ぎていくのだった。
次回は真話大戦のエピソードを中心にお送りいたします!
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