第百十話 血晶病
今回は倒れてしまった少女の話です!
では第百十話です!
「熱中症と軽い栄養失調だな」
俺はいきなり倒れた少女を翼の布の中に入れ、そっとその状態を確認した。
顔は降り注いだ太陽の光によって赤く上気し、呼吸も荒い。体からは普通出てくるはずの汗が一滴も出ておらず、明らかにおかしいことが見て取れた。
あたその少女の腕や足は驚くほど細く、ここ数日は何も食べていないような体をしている。
俺はシラとシルに何か食べられるものを作るように頼み、エリアとキラに少女の看病をお願いした。
で俺とアリエスとルルンは、水の調達である。
翼の布で自由気ままに飛び回っていたので気づかなかったが、今俺たちがいる辺りには、はっきり言ってなにもない。先程通り越した村を除けば休憩できる場所も日を避ける場所もない。さすがに砂漠というほどではないが、学校のグラウンド並みに何もないのだ。
よってとりあえずやることのない俺たち三人は少なくなってきていた水を精製している。といってもオアシスを探すであるとか、地中の水分を集めるとか、そのような方法は取らない。
単純に魔術で生み出す。
流れとしては俺が一度アリエスの持つ魔本に大量の魔力を注ぎ込むと、それを使いアリエスは水魔術で水を作り出す。それをルルンが取りこぼさないように集め、俺が蔵に放り込む、というシステムだ。
「いくよー。ルルン姉―」
「はーい、いつでもいいよー」
「ほい!」
アリエスが天に大きく腕を振り上げると、水塊がいくつも精製されルルンがそれを俺が作り出した容器に注ぎ込んでいく。それはゆうに五百リットルを越え、当分は水に困らない量になった。
俺はその水を遠慮なく蔵に投げ込んでいく。蔵の中は基本的に時間が止まっているので、仮に食べ物や飲み物が入っていたとしても腐ることはない。
リアにしては気の利いたものを作っていたものだ、と考えながら無心でその水を回収する。
すると軽食を作っていたシルが走りながら俺たちのところにやってきた。
「あの、女の子が目覚めました………!」
その言葉を聞いた俺たちはすぐさま作業をやめ翼の布の中へと戻る。
そこにはムクリと起き上がっている少女の姿と、その口に優しく食べ物を運んでいるシラがいた。
看病していたはずのキラとエリアは何故だか、空間の隅で足を丸めながら行儀よく座っていた。
「おい、これは一体どういう状況だ?」
俺は若干引きつりながらシラに向かって話しかけた。
「ははは………。そ、それがですね……」
とシラがなんとも微妙な表情をしながら答えようとしたのだが、それを遮るように目の前の少女がシラを盾にするように後ろに隠れてしまった。
「言いにくいのですが、なぜか凄く懐かれてしまいました………」
その言葉は今のキラとエリアの状況を遠まわしに語っていたのだった。
それから約三十分後。
その少女はシラとシルが作った冷たいスープを胃袋いっぱいに詰め込むと、シラの膝の上に座り込み、そのままシラに抱きついていた。
結局、あのときの状況を改めて聞いてみると、目を覚ました少女をキラとエリアが優しく看病したらしいのだが、なぜか全力で拒否され、そこに偶々スープを運んできたシラに懐き始めたのだという。それから何度もキラとエリアは話しかけたのだが、まったく相手にされず、先程の状況になったようだ。
当然こうなってしまっては、男である俺はもちろんのこと、アリエスやルルンでさえ話しかけることはおろか、目線すら合わせてくれなかった。
うーんこれはどうしたものかな……。
正直ってどうしてあのような状況になっていたのか聞き出したいのだが、まともに接することができるのがシラだけとなると、それもなかなかに難しい。
仮にもこんなにも小さい子が一人で灼熱の大地を歩いていたのだ。なにかしらの理由はあるはずなのだが………。
俺はそのまま頭を抱え、考え込んでいると、その気持ちを察したのかシラが少女に向かって質問を開始した。
「あなた、お名前はなんていうのかな?」
シラは出来るだけ柔らかい笑顔で少女にそう呟いた。
するとその少女はシラの膝の上でモゾモゾと動くと、やがて小さな声で口を開いた。
「ヒール=フェリオ………」
その名前はかなり小さな声だったがしっかりと俺たちの耳にも届いており、とりあえず少女の名前を知ることが出来た。
「それじゃあ、ヒールちゃんはどうしてあんなところにいたのかな?」
「…………お父さんと、お母さんと村の皆を救うため。そのためにはエルフの………薬が必要だから……」
エルフの薬?
俺たちはその答えに一斉に疑問符を羅列させる。それはどうやら本当のエルフであるルルンもそうらしく、一応目線を送ってみるが何のことかわからないと言わんばかりに両手を挙げた。
「それはどういうことかな?ヒールちゃん村には怪我人が大勢いるの?」
しかしヒールはその言葉に大きく頭を横に振り否定を示すとさらに言葉を紡いだ。
「………吸血鬼の病気にかかったってお父さんは言ってた」
「キラ、それはどういうことだ?」
俺はヒールの言葉を聞くなり、この世界の知識を一番知っているであろう精霊女王様に聞いてみることにした。
「まあ、おそらく血晶病だろうな。今の時代を生きる吸血鬼が蔓延るようになってから出現した病だ」
「血晶病?」
「今の吸血鬼は昔のように噛み付いたからと言って人間を吸血鬼に変える力は持っていない。それは昼も夜も活動できるようになったことでそぎ落とされた力だとも言われている。ゆえに吸血鬼は他の種族より圧倒的に個体数が少ないのだが、その代わりに残り香として宿ってしまった力がこの血晶病だ」
キラの言葉を受け継ぐようにエリアが説明を続ける。
「血晶病は感染したもの徐々に体力を奪われ、最悪衰弱死してしまいます。それは現代の医学や魔術では治すことが出来ず、難病に指定もされているのです」
「さらに性質が悪いのがこの病は魔力を介して感染が拡大する。感染した者の魔力を浴びてしまうと、まったく関係なかったものまで感染してしまうのだ」
「感染経路は、基本的には吸血鬼に噛み付かれることですが、それは吸血鬼の意思でコントロールできます。ですから、最近はまったく聞かなくなった病気だったはずなのですが………」
「それがヒールの村では流行り病になっているってことか」
俺は二人の説明を軽くまとめると再び思考の渦に入る。
確かに魔力で感染するかなり厄介だ。これでは治癒しようとしても、魔力を媒介にする方法は全滅してしまうし、そもそも菌や腫瘍が病を引き起こしているわけでもない以上、物理的な摘出手段も使えない。
で、初めの話に戻るのだが、それを直すのにはエルフの薬が必要だと。
「ルルン。エルヴィニアにそういった薬はあるのか?」
俺がそう問いかけるとルルンは頭に手を当てながら眉間に皺を寄せながら、苦し紛れに答えた。
「私が記憶している中には、そういった薬はないかな。確かにエルフは樹界にある薬草をすりつぶして治癒薬を作り出すことはあるけれど、血晶病を治せるものはなかったはずなんだよね。そもそも血晶病は吸血鬼が持つ血晶という体液から生成された鉱石でしか治せないからそういう名前がついているの。だからいくら私たちエルフであってもさすがにそんな薬は持ってないかな」
その言葉を聞いたヒールは一度目を見開くと、シラの胸に顔を埋める声を殺しながら泣き出してしまった。
ヒールの気持ちになれば、エルフに会うことが出来れば両親や村の仲間を救えると思っていた以上、その期待を裏切られればそうとうダメージはでかいだろう。
シラはヒールの茶髪の髪を撫でながら俺に向き直って問いかけてきた。
「ハク様のあの槍や力ではどうにかなりませんか?」
みんなの視線が一斉に俺に集中する。
シラが言っているのは万象狂いと事象の生成のことだろう。
確かにあれは瀕死のアリエスや衰弱したエルフたちを瞬時に回復させているのだが…………。
「………正直言って厳しい」
「どうしてですか!!」
シラが珍しく声を荒げ俺に食いついてくる。シラは普段俺のメイドという立場であるため、特段俺に反抗することはなかったのだが、今は納得がいかないという風に目を燃やしていた。
『それは私から説明しよう』
シラ言葉に反応するように俺の中にいたリアが皆に聞こえる声で話し出す。
『万象狂いもとい事象の生成は確かに、この世全ての現象を上書きし作り出す。それは呪いであろうが病気だろうが、最悪人の命すらも呼び戻す。ゆえにその血晶病というのもおそらく治せるじゃろうな』
「なら!!!」
『だがな。これは言ってみれば反則技なのじゃ。世の流れに無理やり逆らって現象を世界軸に叩き込む。これは主様の負担よりもこの世界の負担が大きいのじゃ。ほれ、主様はしきりに次元境界を気にしとったじゃろ?』
つまりはそういうことなのだ。
願いを無理やり叶えるにはそれ相応の力がいる。それは万象狂いや俺にとってすれば容易いことなのだが、その力に世界がついて来れない。
ゆえに一人二人の病を治すならまだしも、村にいるほぼ全ての人達を回復させるとなると世界の次元境界が間違いなく崩壊する。
「でも、エルフの皆さんのときは回復させていたじゃないですか!」
『あれは単に時間を巻き戻しただけじゃ。事象そのものに干渉してはおらん。仮に次元境界の強度を上げたところで戦闘ではないのじゃからその場しのぎにしかならん。しかも今回の場合はどうやらただの病ではない。吸血鬼という一個体にしか直せない病など、世界の因果にどれほど深く食い込んどるか予想もつかん。それを無理やり吹き飛ばそうとすれば、私たちもただではすまんということじゃ』
「……………」
シラはリアの言葉に奥歯をもの凄い力でかみ締めながら、表情を暗いものにした。それはヒールへの申し訳なさと自身の無力さを同時に味わっているような顔だった。
俺はその静まってしまった光景を見つつ、もう一度確認するようにキラに問いかける。
「本当にその病気を治すには吸血鬼じゃないとダメなんだな?」
「まあ、今のところはな」
その言葉をもう一度頭の中で反芻させると、そのまま俺は立ち上がりヒールの間の前に行きこう話しかけた。
「なら、簡単な話だ。吸血鬼の血晶とかいうやつを貰ってくればいい。そっちのほうが早いだろ?」
するとヒールは俺の顔を見ながら目を丸くして、恐る恐る口を開けた。
「ほ、本当………?」
「ああ、俺たちがヒールの村の皆を救ってやるよ」
その瞬間、ヒールはシラの体から離れ、俺に飛びついてきた。
それは特段なにも声を発しなかったが、それでもその暖かい感情は伝わってきた。
「な!?あの頑なに妾を拒んだヒールが、マスターに懐いただと!?」
「なんだか負けた気がします!!!」
「二人とも注目するところそこなんだね………」
アリエスが複雑そうな表情で的確な突込みを入れる。
俺はその光景を横目に見ながらヒールの髪を撫でた。
そして偶然開かれていた、ハルカから渡されたガイドブックの文字を目に写す。
そこには「吸血鬼の都、カリデラ城下町」と赤字で書かれていたのだった。
次回は一度ヒールの村に向かいます!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




