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第百八話 夏祭り

今回のお話は夏祭りです!

では第三章最後のお話、第百八話です!


 夏祭りまで残り六時間を切った今、ここエルヴィニアではその準備が着々と進められていた。

 男達はなにやら出店のようなもののテントを立てたり、提灯のようなものを紐に吊るしていた。

 おいおい、待てよ。ここは異世界だぜ?なのになんでこんな日本みたいな装飾がなされているんだ?

 なぜか日本の文化がそのまま反映されているその会場を横目に見ながら俺はゆっくりとその足を進める。腰には一応エルテナが刺さっているがそれはまったく必要なく、ただひたすらに重いだけの装備に成り下がっていた。

 というのも、もしかしたらまだ何かあるかも知れないと思い持ってきたのだが、その会場にいる人達の表情はとても明るく、そんな俺の気持ちを吹き飛ばすかのように暖かかったのだ。


『これはこれでよいのではないか?』


 すると俺の頭の中でリアがそう呟いた。


『これっていうのは?』


『目の前の光景じゃよ。今まで主様は戦いすぎだったのじゃ。適度に休憩を挟んでいるように見えて、それは全てアリエスたちに振り回されておった。それでは休まるものも休まらん。時にはこうやって何も考えず散歩というのもいいじゃろう』


 確かに俺はこの異世界に来てから戦いの毎日だった。

 アリエスを助け、シラとシルを解放し、魔武道祭に出た。その間にも神核やキラとの戦闘もあったし、ここエルヴィニアでは神核と勇者の二大戦力を叩き潰している。

 神妃の力が宿っているとはいえ、それでも精神的に疲れは溜まっているのかもしれない。


「そうだな」


 俺はリアにそう呟くと、そのまま里の中をぐるりと一周した。

 そこではどこに行っても祭りのムードが蔓延していたが、その空気感は嫌いではなかった。なんというか元の世界を思い出すというか、特段何もないのに少しだけ切なくなってしまう。

 実のところ俺は夏という季節が一番好きだったりする。

 その理由は外出するときに軽装で出られるとか、澄み切った空が好きだ、とか色々あるのだが、それよりもこの夏という季節の独特な雰囲気が好きなのだ。

 何かをするわけでもないのに、心の中からわくわくが溢れ出して体を動かしたくなる。それは同時に切なさと懐かしさを感じさせ、一日の出来事を俯瞰的に振り返ってしまう。

 決まってそういうときは地平線に沈む夕日を眺めているときなのだが、あのときの複雑な感情はなかなか言葉にすることは出来ない。

 ああ、また今日も終わったのか……。

 でも明日もまたやってくる、この暑い日が。

 そう考えると何故だか胸が締め付けられるような感覚になり、少しだけ感傷に浸るのだ。

 それは別に気分が悪くなることはなく、またここに戻ってこよう、という気持ちになる。

 それが俺の中での夏という季節なのだ。


 その気分を少しだけこの世界でも感じつつ、再び俺は歩き始める。

 するといきなり俺の後ろから声がかけられた。


「あー、ハクさんだー!」


「本当だー!」


「格好いいー!」


 振り返ればそこには小さな五歳くらいのエルフの子供達が三人ほど俺のほうを見て近寄ってきた。


「ねえ、ねえ!あの怖い人をやっつけたやつもう一回やってよ!」


「怖い人?」


 俺はその中の一人の男の子の言葉を聞いて頭に疑問符を浮かべる。


「白い剣でズバーってやつ!」


 ああ、そういうことか。

 この子たちはおそらく俺がダンジョンの前で勇者たちと戦っていたときに後ろでシラとシルに手当てされていた子供達だ。

 ということは怖い人っていうのは勇者になるわけで、そのときに使った技を見せてほしいということだろう。

 俺は腰を落とし、その男の子と目線の高さを合わせると、頭に手を置いて笑いかけながら言葉をかけた。


「よし、今から見せてあげるから、しっかり見ておくんだぞ?」


「「「うん!」」」


 その言葉に他の子供達も一斉に頷くと、満面の笑みを浮かべた。

 俺は腰にささっていたエルテナを勢いよく抜くと、子供達に当たらないように細心の注意を払いながら、軽く剣を振るった。

 それはいくら手を抜いているとはいえ、風を切り、空気の音を鳴らし、太陽の光を反射しながら手の中で回った。

 何度かそれを披露するとそのままエルテナは吸い込まれるように鞘の中に納まり、響きのいい音をたてて腰に戻った。


「す、すげー!」


「わ、私もハクさんみたいに強くなりたい!」


「かっけー!!!」


 その三人に俺は再び目線の高さを合わせると、さらに言葉を紡いだ。


「君達はこれからどんどん強くなれる。でもその力は使い道を間違えたらダメなんだ。自分を守るために、そして大切な人を守るために使うんだよ」


「「「うん!」」」


 すると遠くから走るような足音が近づいてきた。


「す、すみません!私の子供達が迷惑をかけてしまって!!!」


 その女性は俺の前に到着すると、いきなり頭を下げてきた。どうやらこの子たちの母親のようだ。


「いえ、全然そんなことはありませんよ。むしろこっちが元気をもらいました」


 率直な意見を俺はその母親にぶつける。それは紛れもない俺の本心であったし、普段関わることのない子供達と触れ合ういい機会だったと思う。


「そう言っていただけると助かります。………ほら、あなた達は早くお家に帰ってなさい。早くしないと夏祭りに間に合わないわよ」


「「「はーい!」」」


 子供達は母親の言葉に頷くと俺に手を振ってこの場を去って行った。

 俺はその幸せそうな姿をできるだけ暖かく見つめていた。


「優しい方なのですね」


「え?」


「今の目を見ればわかります。子供達を見つめるその目は日ごろから誰かを守っている目です。あなたのような人がこのエルヴィニアに来てくれてよかった」


「い、いえ、お、俺はそんな大層なやつじゃないですよ。むしろこのエルヴィニアにいる方々のほうがお強いです。数日前あんなことがあったばかりなのに」


「それは違うわ。みんな全てあなたの活躍に当てられたのよ。自分達も負けてられない!って皆言ってたもの」


 その母親は俺にそれだけ告げると、子供達を追いかけるように行ってしまった。


「でも今日はお祭りを楽しみましょう?あれこれ考えるのはその後でもいいもの」


 そう最後に言葉を残して。


 俺は、それもそうだな、と思うともう一度オレンジ色の空を見上げた後、転移を使って屋敷に戻るのだった。







 屋敷に戻ると、そこは丁度アリエスたちの着替えが終わるころだった。

 意外にも俺は長く外にいたらしく、もう既に夏祭り開催まで一時間を切っていた。

 で、今俺の目の前に広がっている光景は、まさに楽園(パラダイス)であった。

 まずはアリエス。アリエスはいつも着ている服についているリボンと同じ色である水色の浴衣をはおり、長い髪は後ろでまとめられていた。

 次にシラとシル。二人はシラが黒の浴衣を、シルは色々の浴衣を着て、髪の毛は綺麗に編みこまれていた。

 で、エリアは、その大きな胸が帯の上からさらに盛り上がっており、黄色の浴衣がさらにそのインパクトを押し上げていた。もちろん、その姿はもの凄く美しく水色の髪は艶やかに光り輝いている。

 最後にキラ。こちらは普段の性格からは考えられないような桃色の浴衣を纏っており、恥ずかしそうに頬を赤くしていた。


 というかやっぱり浴衣かよ!

 町に出たときにやたら日本風の雰囲気が漂っていたから、もしかすると、とは思っていたのだが、まさか本当に浴衣がこの世界に存在しているとは。

 男冥利に尽きるぜコンチクショウ!

 最高すぎるだろう、この眺め!


「ど、どうかな?ハクにぃ………」


 アリエスがおずおずと俺に感想を求めてくる。


「似合ってるよ。みんな綺麗だ」


 俺は本音を堂々と口にする。こういう場合ためらって何もいわない場合、相手を悲しませることがあるってことを俺は既にライトノベルで学習済みだぜ!

 しかしなぜかその言葉を聞いた皆は顔を赤くして固まってしまった。

 ん?俺、なにかおかしいこと言ったか?


『……………まったく、罪な男じゃ。主様は………』


 俺はリアが言っている言葉の意味もわからず、首を傾げるのだが、そこにまたしても美女が追加される。


「じゃーん!ハク君見てよ!私の浴衣!へへー似合ってるでしょ!」


 俺の目の前に突如登場したのは赤色の浴衣を来たルルンだった。


「ああ、ルルンも似合ってるよ」


「素直な感想ありがと!それじゃ、行こっか。早くしないと始まっちゃうし!」


 するとルルンは俺の手を流れるような動作で掴み取り、そのまま俺の体ごと引っ張っていった。


「あ!だからそういうのはダメって言ったじゃない、ルルン姉!」


「そうです!抜け駆けはダメですよ!」


「話を聞かないね、ルルンは………」


「ぐぬぬ!で、では私は空いている左腕を貰います!」


「ハハハ!させるわけがないだろう?このキラ様がマスターを獲得するのだ!」


 という騒がしい会話を繰り広げながら俺たちは夏祭りの会場に向かったのだった。

 屋敷をでると既に日は殆ど沈みこみ空は藍色に変わっていた。








「あ、ハクにぃ!あれ食べたい!」


「はいはい」


 俺はそういわれてポケットに入れていた金でその紫色の綿菓子もどきを買う。値段は二百キラと、随分と標準的な価格だった。

 まさか、値段も日本基準なのか?と思ってしまうのだが、まあそれはそれでわかりやすいか、と無理やり自分を納得させる。

 俺たちがその会場に到着したときにはもう既にたくさんの人達が集まっており、その数は数えられないレベルまで膨れ上がっていた。

 アリエスたちは各々好きな食べ物を出店で買い、口に頬張っている。その光景は非常に楽しそうで、見ているこっちにもその感情が乗り移りそうなほどだった。

 俺はそれを見つめながら、自分もりんご飴のような青色の巨大な果実飴を買うとそれをゆっくりと溶かすように舌を這わせる。

 辺りを見渡せば、どうやら盆踊りのようなものも行われているらしく、中央には櫓が立てられており、異世界なのになんともアンバランスな景色を生み出していた。

 ルルンに聞いてみたところ、この催しはこのエルヴィニアだけらしく、その他の国には広まっていないようだ。しかし最近はその浴衣がかなり人気らしく、この時期になると危険を承知でエルヴィニアに来る人もいるらしい。

 ちなみにハルカはこの祭りの運営委員らしく、既に黒色の浴衣を着てどこかに行ってしまっている。

 すると、ドーンという音と共に俺たちの頭上に花火が打ちあがった。それは障壁結晶の防壁すれすれで止まり爆発する。

 どうやらそれは光魔術を応用しているらしく、特段火の粉が降ってくることはなかった。


「綺麗だね、ハクにぃ」


「ああ、そうだな」


 俺たちはその色とりどりの花々に目を吸い取られるかのよう目線を集めていた。


 そういえば花火といえば、一度だけあいつともやったことがあるか……。

 それは真話大戦の時、カーリーを打ち倒し最後の敵との対戦前の夜。

 俺とアリスは二人でコンビニに行き、大量の花火を買い込んで誰もいない川辺にてその花火に火をつけたのだ。


『日本の花火って私憧れてたんだよね。だからこういうの凄く嬉しい!』


『そうか、ならよかった』


『…………この線香花火みたいに、明日この戦いは終わるんだよね』


『ああ。それも俺たちの勝利で終わらせる』


『………私、またハクとこうやって花火したいな』


『またできるさ、いつでもな』


 俺は何気なくそう答えたのだが、アリスはなんともいえない表情で俺の言葉に答えたのだった。


『うん……。そうだね……』


 その結果、アリスと二度目の花火は叶わなかったのだから、本当に線香花火のように泡沫の夢になってしまった。


 俺はエルヴィニアの空に浮かぶ花火を見つめながら、意を決したようにおもむろに呟く。




「全て終わってからもう一度、ここで花火を見よう。神核も星神も倒して、そしてまた皆でここに来よう」




 その言葉に新たに加わったルルンを含めた全員が、俺に視線を集中させ頷くのだった。




「「「「「「うん!」はい!」はい……!」はい!」ああ!」うん!」




 打ちあがっては消えて行く花火を見ながら、俺たちのエルヴィニア秘境での戦いは幕を下ろしたのだった。


第百八話をもって第三章の全てのストーリーが終わりました。

この章はたくさんの伏線を撒き散らした章になったと思います。真話大戦で起きたことや、ハクの人格、またアリエスの新たな力など。これらは全てこれからのお話に大きく関わってきますので、気長にお待ちください!

次回から突入する第四章ですが、この章は作者自身最終章の次に好きな章になります!ですのでいつもよりさらに力を入れて書きたいと思います!

ここまで私の拙い文章を読んでくださる方に最大の感謝を込めて第三章を締めくくりたいと思います!


誤字、脱字がありましたらお教えください!

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