第百三話 想定外
今回は勇者の裏側とアリエスサイドのお話です!
では百三話です!
時は戻り一ヶ月前。
拓馬たちはこの異世界に召喚された次の日から帝国の戦士達から戦闘訓練を叩き込まれていた。
今回召喚された勇者は合計で十一人。
それは召喚されたタイミングで教室にいたメンバーであり、全員が顔なじみだった。
また拓馬たち勇者にはそれぞれ固有スキルというものが与えられている。それはいわば勇者召喚のギフト的なものであり、個人に一つだけある強大な力だ。それは消滅結界のように能力的なものである場合もあるし、ステータスや能力を多数付随させるジョブ的なものもある。
そして訓練のなかではその固有スキルの使用方法も習得することになり、今拓馬たちはその訓練の真っ最中だった。
「はああああ!!」
「くっ!?」
拓馬は自身の固有スキル「覇王」は全体のステータスを底上げし、威圧や気配の扱い方が上手くなるというのもので、他にも多種多様な能力を使うことが出来る。これは勇者達の中でかなり破格の力で実質勇者の中ではトップクラスの実力だった。
拓馬の剣は、訓練を担当している教官の剣に直撃し衝撃を流す。その攻撃は覇王の力も相まってかなり重く、教官の腕はプルプルと震えていた。
「や、やるな、拓馬!」
「まだです!」
その瞬間、拓馬は剣を猛スピードで引き戻すとそのまま鳩尾に拳を突き出し、教官の態勢を崩す。
「ゴフ!?」
大きく出来た隙を突き、拓馬は教官の首筋に狙いを定め、自身の剣を振り下ろした。
「これで終わりですね」
「……………ああ、そうだな。俺の負けだ」
するとその戦いを見ていた結衣がパチパチと手を叩いて拓馬に駆け寄ってきた。
「さすが拓馬ね!もうこの世界で最強クラスなんじゃない?」
結衣の表情はどことなく嬉しそうであり、その長く伸びた黒髪は一瞬だけ拓馬の心を揺さぶった。
「い、いや、さすがにそれはないだろう。僕なんてまだ剣を握り始めてそんなに経てないしね」
「もー、また謙遜しちゃって!まあ、でもそんなところも格好いいか………。あ、教官さん?拓馬借りていくわね。今からお昼よ、拓馬!」
結衣はそう言うと拓馬の腕をぐいぐいと引いていき食堂に走っていた。
「ちょ、ちょっと!?結衣、待てって!」
するとそんな光景を見ていた教官は、顎に手を当ててひげを摩りながらニヤニヤした目で二人を見送った。
「見せるなー、お前ら。イチャイチャするのもいいが、十三時には戻って来いよ。午後の訓練があるからな」
「はーい」
結衣は元気よくそう答えると、そのまま拓馬をつれて食堂に向かっていったのだった。
結衣はその後、拓馬をほぼ完全に独占し、昼食の間ずっと話しかけていた。見れば他の勇者たちもぞろぞろと食堂に流れ込んできており、各々昼食をとっている。
元の世界で仲がよかったものはその集団で集まっているし、逆に一人でいることが多かった者はこの世界に来ても一人で活動しているようだ。
「でさー、教官がね、私の剣は綺麗過ぎるから、もうちょっと攻撃的になればいいって言ってくるの。私は今のままでもいいと思うんだけど、拓馬はどう思う?」
拓馬は今日の昼食である牛丼まがいのものを、口に頬張りながらその問いに答えた。
「うーん、結衣のしたいようにすればいいだろ。自分にあったスタイルが一番いいはずだし」
結衣の固有スキルは「剣帝」。
これは剣を使う上で右に出るものはいないと言わしめるほどの能力で、自分が考えなくとも体自体が的確な判断を下し、勝利への軌跡を描いてくれるというものだ。当然自分でも体の動きをコントロールできるのだが、やはり剣帝に任せておいたほうが動きのしなやかさが違うので、結衣は常に剣帝の力を発動している。
「まあ、そうなんだけど。やっぱり私よりも強い拓馬に聞いてみたかったのよ。こういうのもたまにはいいじゃない?」
結衣はそのまま拓馬に小さくウインクをしながら再び昼食に手を進めた。
こういう姿はさすが学校内トップクラスの美貌の持ち主だけあって、とても魅力的なのだが、拓馬はその姿に少しだけ呆れつつ自分の昼食を食べ終わると、勢いよく立ち上がり、その場を後にした。
「あれ、拓馬もう行くの?」
「少しだけ散歩してくるよ。食後にいきなり運動したら体に悪いだろうから」
そう言って拓馬は食堂を後にし、ぶらぶらと帝宮内を歩いて回った
召喚された当日に一度全て見たのだが、それでも何も考えずに散歩するというのは気分が落ち着くのだ。
拓馬は閑散とした宮廷内を歩き回り、人々の動きに注目する。それは囁く程度の話声だったり、ただ歩いている足音だったり、どれも気にする程度のものではなかったが、覇王の能力で敏感になっている五感はその全てを捉えていた。
普段ならなにも気にせず、そのまま散歩を続けるのだが、そこでふとなにやらあまり聞き覚えのない声が拓馬の耳に入ってきた。
(これは………。皇女様か?)
拓馬はその声のするほうに近寄ると、扉の前に立ち覇王の力で聞き耳を立てた。
その中にはどうやら先程戦っていた教官が一緒にいるようで、なにやら静かに話をしている様子だった。
『で、勇者の様子はどうですか?』
『ええ、今のところは順調です。このままいけば一ヶ月後には、エルフたちを遥かに凌駕する力をつけることでしょう』
『そう。ならいいわ、そのまま続けなさい。でも、世の中って不憫よね。いくら強大な力を持っていても、実際は完全に掌握さているなんて思ってもいないでしょうね、あの平和な勇者たちは』
(掌握?平和な勇者?い、一体何を言っているんだ?)
『ええ、まさか自分達がこの帝国に利用されているだけの兵器だとは思ってもいないでしょう。ですがもしそれが気づかれた場合はどうしましょう?』
『そんなの決まっているわ。小数だったら殺して、全ての勇者たちがそうなったら奴隷の首輪でも付けておきなさい。そうすれば逆らえないようになるわ。召喚した時点で壁は貼られているし、まあでも気づくことがなければそのまま放置しておくのが無難よね』
『は、了解いたしました』
拓馬はその会話を最後までしっかりと聞き届けると、この帝国というものの本当の姿を知った。
そして自分達は今後二度とこの国には逆らえないことを悟ったのだった。
エルヴィニア秘境、南の里門手前、空き地にて。
アリエスとエリアがそこに到着しうると、そこには青く輝く鎖で繋がれた大量のエルフたちが捕まっていた。
そのエルフたちはなにやら全員顔色が悪く、生気もかなり薄くなっている。
「ッ!?こ、これは………」
「はやく助けないと手遅れになりそうだね……」
アリエスはそう呟くと、見張りに立っている帝国兵を魔術で全て排除し、そのエルフたちに駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
するとそのエルフは細々と目を開けるとこう呟いた。
「あ、あなた達は、一体………?」
「待っていてください、今助けますから!」
アリエスは自身の腰にささっている絶離剣レプリカを引き抜くと、その青い鎖を次々と断ち切っていった。
その青い鎖はなにやら膨大な魔力を保有しているらしく、絶離剣でなければ切ることは難しそうだ。実際にエリアも自分の片手剣でその鎖を切ろうとしているが、四、五回剣を振るわなければその鎖を分断できそうにない。
正直ってこの場所には数え切れないほどのエルフたちが捕まっている。これだけの量のエルフたちを解放するにはもの凄い時間がかかってしまう。
ハクがいれば剣技なり、能力なり一瞬で終わってしまうのだろうが、今のアリエスたちにそのような力はない。
よってどれだけ時間がかろうとも今の方法以外に解決手段がないのだ。
しばらくアリエスとエリアはそのまま集中して剣を振るい続けていたのだが、そこでようやく見知った顔のエルフを発見した。
「ハルカさん!」
「あ、アリエス…………?」
カルカの顔は他のどのエルフよりも衰弱しており、体には多くの傷が刻み込まれていた。ハルカは魔武道祭の本選に出場できるほどの実力者だ。であれば帝国兵にもある程度抵抗したのだろう。その痕跡がいたるところに見られた。
アリエスは急いで絶離剣でその鎖を断ち切りハルカを解放する。
「ハルカさん!この状況は一体どういうことなんですか?」
アリエスは衰弱しているエルフを見渡しながらハルカに問いかける。
「お、おそらく、ですが………。この、鎖が、魔力と……体力を、奪っている……、のだと思います………」
ハルカはアリエスに抱きかかえられながら息も絶え絶えにそう答えた。
確かにこの鎖にはありえないほどの魔力が集中しているが、それがまさかエルフたちから吸い上げたものだったとは、アリエスも想像していなかった。
(どうりでキラにも気配がさぐれなかったのね。でも、それだと本当に早く解放しないと死人が出ちゃうかも!)
アリエスはそう考えると、そのままハルカの頭を優しく地面に寝かせると、勢いよく剣を振るい作業を再開した。
アリエスは魔力を吸い取る拘束具というのは聞いたことがない。帝国が自国民以外には冷徹だということは知っていたが、それでもここまで非道なものを作り上げているなんて考えもしなかったのだ。
アリエスは自分の感情をなんとか押しとどめながら、ただ只管に剣を振るう。
しかしそんなとき、遠くで同じくエルフたちを助けていたエリアの悲鳴が轟いた。
「きゃあ!?な、何をするんですが!?」
「エリア姉!?」
アリエスは声をあげてその方向に振り返る。
そこには重厚な鎧や武器を携えた、大人数の集団がエリアに襲い掛かっていたのだ。
(あ、あれは帝国軍じゃない!?で、でもだったら一体何者なの!?)
するとさすがのエリアでも囲まれてしまっては、抵抗することも出来ず、何度かの攻撃をその身にくらい声をあげられないまま倒れ付してしまう。
「エリア姉!!!」
アリエスは咄嗟に、魔本を開き魔術を展開する。
「樹地の星根!!!」
それは帝国軍を里の北側で吹き飛ばしたときの魔術であり、リアお手製の超強力魔術だった。
その魔術はすぐさま地面から巨大な根っこを出現させ、その集団を襲う。
魔術は剣と違い、たとえ一人であっても大人数に立ち向かえる攻撃戦法である。ゆえにアリエスはエルフとエリアを巻き込まないよう、自身の最大魔術を解き放った。
それは見事にエリアを取り囲んでいた連中を吹き飛ばす。
「エリア姉!たいじょう、ぶ………」
アリエスは傷ついたエリアに駆け寄ろうとするのだが、その足が地面に吸いつけられるように崩れ落ちる。
(な、なんで!?さっきはあれだけ魔術を使っても全然平気だったのに……)
樹地の星根は今アリエスが使用できる魔術の中でも一番魔力を消費する技だ。それを使用してしまえば立てなくなるのも当然で、先程の状況が異常だっただけである。
それでもアリエスはエリアに駆け寄ろうとするのだが、そのアリエスの体を何者かが首を掴んで持ち上げた。
「今の魔術、とてつもない威力だ。私のパーティーメンバーを軽々と吹き飛ばすとは。まさか帝国にこのような者がいたとはな」
その女性は黄金の鎧に身を包み、戦士とは思えないほど美しい容姿をした女性だった。
「が、ぐ、あ、あ、あなたは…………」
アリエスは必死に動こうとするがそのたびに女性の指がアリエスの首にめり込んでいく。
「喋るな。貴様ら帝国の傀儡に話す自由などない。貴様の命はここで朽ち果てる」
その女性はそう言うと腰にささっていた黄金色の長剣をアリエスの首元に突きつけ、さらに呟いた。
「ではな、幼き少女よ。エルフたちを苦しめた罪、地獄で背負うがいい」
アリエスは何が起こっているのかわからないまま、その目をギュッと瞑り、心の中でまたあの青年に問いかけた。
(ハクにぃ、お願い、助けて!!!)
その瞬間、なにかがアリエスたちの前に姿を現した。
純白のローブの袖を肘までまくり、その服と同じ色の剣を携えた存在。
それはアリエスが待ち焦がれた青年の姿であり、一番合いたかった人物だった。
だが、その中にいるものはいつもの青年ではない。
「俺の仲間に手を出しておいて、ただですむと思うなよ、くそアマああああ!!!!」
その青年はいつもと違う人格であったが、アリエスとエリアの心配はしているようで、その目から感じられる感情は、仲間を思いやる気持ちそのものだった。
こうしてここエルヴィニアにおける最後の戦闘が幕を開けた。
次回はハクのもう一つの人格が無双します!
誤字、脱字がありましたらお教えください!




