第百二話 vs勇者、七
今回はハクの無双回です!
また長かった勇者との対決もこれで終了です!
ですが勇者一行はこの後もまだまだ登場しますので、各個人の能力などはその都度書いていきます!
金属と金属がぶつかり合う音が響き渡る。それは硬質な鋼を叩き合わせているような音で、その全てに意思が宿っているかのように一回一回音の性質が違っていた。
というのもそれは当然のことであり、俺と二人の勇者の剣が様々な角度からぶつかっていることから生じているのでまったく同じシチュエーションなど存在しない。
よってこの金属音に同じものなどあるわけがないのだ。
だがそれらは重々しい歴戦の冒険者が奏でるような重厚な音ではなく、力しか篭っていないスカスカの音で、その戦いを見ていなくともどちらが優勢か判断することができるほど単調な光景だった。
つまりは、二対一になろうが俺の圧倒的有利は揺らいでいないということである。
「どうした?勇者の力っていうのはこんなものか?」
俺は右手のエルテナでその攻撃を完璧に弾き返しながら勇者に話しかけた。俺の体は初期の位置からまったく動いておらず、一歩も足は動かしていない。動くまでもなく対処できてしまうのだ、こいつらの攻撃は。
「く、くそ!どうして当たらない!ゆ、結衣!魔術は使えないのか!」
拓馬と呼ばれていた少年の勇者は青と金の装飾がなされた片手剣を只管に振るいながら、一緒に戦っている少女に問いかけた。
「い、今やってるわよ!」
結衣とその少年に呼ばれた少女はすぐさま俺から距離を取ると、自身の魔力をかき集めて魔術を発動する。その魔方陣の色は青色で水魔術か氷魔術であることが推察できた。
「氷の終焉!!!」
それは俺の上空に大量の雪と氷を出現させ、俺を押しつぶさんと迫ってくる。
この魔術はアリエスが得意とする魔術の一つで、氷魔術の最上位魔術でもあるものだ。それゆえ大量な魔力を消費し、並みの者であれば発動すらできず魔力切れを起こしてしまうこともある。
しかしその魔術は途中で崩れることもなく発動され、俺に襲い掛かった。
もしこれが普通の人間だったら勝負はこの段階で決まっていただろう。大量の雪崩に押しつぶされその命はあっけなく散ったはずだ。
だが、今ここに立っているのは俺なのだ。
仮にもプチ神妃化している状態の。
「まったくもってなってないな。この程度アリエスの足元にも到達していない」
俺はそう言うと上空の氷の終焉を見つめ軽く左腕を差し出した。
その瞬間、まるでなにか強力な存在に引きずられるように、その魔術は霧散し消えてなくなる。
「な!?」
「な、なんで!?わ、私の魔術が!?」
勇者二人はその光景を見て驚きの表情を浮かべている。まるで信じられないと顔に書いてあるかのように。
「お前達がどんな理由でここのエルフたちを捕らえ、襲ったかは知らない。だがな、それでもお前達のやっていることは世間一般からすれば悪だ。それを勇者って言葉で正当化するなよ」
俺は上に上げた左手を元の場所に戻しながら、威嚇するように言葉を投げた。
一応今の現象を説明すると、ただ単純に神妃の気配を魔術にぶつけただけである。神妃、もといリアは世界の全ての法則を生み出した創造主だ。それはこの異世界であっても等しく作用するらしく、全ての現象は俺に味方をする。ゆえにあの結衣という少女が放った魔術であろうと、それは俺が思った瞬間から所有権が俺に上書きされ、俺の意思でコントロールできるようになったのだ。もちろんこれは神妃の力と高い確率で同期している間にしか使えないのだが、今の俺は神妃化しているので問題なく使用することができるのだった。
「う、うるさい!お前に僕達のなにがわかる!いきなりつまらない高校生活からこの異世界に飛ばされて浮き足立たないほうがおかしいだろ!それに僕達は決して悪なんかじゃない!現にこの作戦は成功すれば帝国の民たちが幸せになると、皇女様は言っていたんだ!」
拓馬は今まで溜め込んでいた感情を吐き出すと、より鋭い目つきで俺を見つめてくる。その目は完全に生き物を殺すような目線で、背筋を凍らせるほどの殺気が含まれていた。
だが対照的に俺は拓馬の言った言葉を聞き届けると、自分の心がさらに冷えていくのがわかった。
つまらない高校生活だと?
成功すれば帝国の民達が幸せになるだと?
その幸せは大量の屍の山から築かれるものかもしれないのに?
そして元の世界の高校生活がつまらない、なんてことは単なる自惚れにすぎない。それは注がれるように与えられた安心と安全をまるで当然のごとく受け止めているだけだ。
人間は当たり前と思っていることに気づくことがなかなか出来ない生き物だ。それはいざ自分がその状況に立ってみないと理解できないことが多い。
俺はそれをわかっていながらも元の世界で普通の生活を誰よりも望んで、それを叶えることができずに消えていった金髪の少女の姿を思い浮かべた。
そんなもの、アリスの苦悩に比べれば………。
心の中で色々な感情が渦巻く中、頭をもう一度大きく振り思考をゼロに戻すと、エルテナを血が出そうなほど力を込めて握り勇者達を睨む。
「だったら証明して見せろ。お前の意思がどれほどのものなのかということをな!」
俺はそう言うと、この戦いにおいて初めて自らの足を動かし攻撃した。俺はこの戦いは圧倒的実力差を見せ付けることを念頭においている。それがこいつらのプライドをへし折る最大の近道だと思うし、なによりそうでもしなければ命がけで仲間を守ったルルンや他のエルフたちに申し訳が立たない。
だから俺は十二階神の力も、剣技も、魔眼も使わない。
使うのは神妃の力とエルテナのみ、そう決めていた
俺の剣は星がダストを吹き出しながら移動するように滑らかな弧を描き勇者の首元に吸い込まれる。それは角度的にも速さ的にも回避できるものではない。
ましてや生ぬるい世界で幸せに溺れていたこいつらに対処できるもではないのだ。
「ッッッ!?」
拓馬はその攻撃に対し意識だけは反応できたのだが、肝心の体が動かない。頭と体の調和がまだ完全に取りきれていないのだ。
これが経験の差。
体の使い方をまったく知らない奴がよく陥る穴だ。それは新米の冒険者が初めに絶対にはまってしまう自己の問題であり、それは時間と共に経験を重ねることで解消される。
俺のように濃すぎる戦闘経験がある場合は別だが、エリアほどの才能がない限りまず間違いなくその壁にはぶち当たる。
たがこの勇者達はそんなことも知らない。
なにかのゲームやライトノベルと勘違いして、ただ鍛えれば強くなれると勘違いしている。
それがゆくゆくは今の歪んだ発想に繋がり人の命の重さを履き違えるのだ。
俺はそのままエルテナのスピードを変えずに、剣の起動をいきなり変化させると、拓馬のわき腹にエルテナの腹を叩き込んだ。
「がはああああああああああ!?」
その一撃は一瞬で拓馬の鎧を砕き、内臓を破裂させた。
「た、拓馬!?」
結衣が拓馬に駆けよろうとする。
だが俺はそんな結衣の前に立ちふさがり、言葉を発した。
「お前は、エルフを傷つけただけじゃなくルルンの借りがある。許されると思うなよ?」
俺はその黒髪の少女にそう呟くと、左手を結衣の目の前に向け理を捻じ曲げる。それは魔力でもなく根源でもない、また違った力の塊。
『力は現象を呼び、現実に具現化する』
これはリアが口癖になるほど言っていた言葉だ。
つまり神妃の力とは、限りなく動作から結果までの動きを省いた攻撃で、それこそが神妃という存在なのだという。
ゆえに俺が手を翳すだけでその事象は現実に浮かび上がる。
「きゃあああああああ!?」
結衣の体は俺の攻撃によって軽々と吹き飛ばされ、地面を何度もバンドした後、口から大量の血を吐いて止まった。
内臓のあらゆる器官を破壊したのだ、当然だろう。
「ゆ、結衣…………」
拓馬が地面を這いずりながら、結衣に近づこうとする。本当なら女を思いやる男というのは共感が持てなくもないのだが、今はそんなロマンに浸っているほど俺の心は穏やかじゃない。
俺はその拓馬に近寄り、奴の剣を足で取り上げると、その剣をエルテナで叩き折った。それはバギンと響きのいい音を鳴らし、金属の破片を撒き散らす。
「な!?お、お前ええええええ!」
「これがお前達の仕出かした結果だ。与えられた力に溺れ、自分には何でもできると勘違いした末路だ。その結果を覆す意思も心もないお前達が気安く人の命に手をかけるからこうなるんだよ」
俺は這い蹲る拓馬を仁王立ちで上から見下ろし、そう呟いた。
「だ、だったらどうしろっていうんだ!ぼ、僕達はいわば帝国の飼い犬だ!皆は、勇者と崇められて帝国に忠誠を誓っているけれど、僕は断じてそんなことはない!だけど、命令を聞かなかったら結衣や僕は殺されてしまうんだ!だったらもういっその事、勇者面していたほうが僕達のためになるんだ!」
俺はそう叫ぶ拓馬を足で蹴り上げ、俺と同じ高さまで持ち上げるとその胸倉を掴み、首元にエルテナを突きつける。
「じゃあなんだ?お前は自分たちの命が惜しいから関係のない人間を巻き込むのか?自分だけ安全圏にいてその幸せに舌を這わせるのか?」
「そ、それの何が悪い………。ぼ、僕達にはそうするしか……」
拓馬がそう言いかけた瞬間、俺はその顔面を思い切り殴りつけた。
「馬鹿か、お前は!確かに気が狂うほど正義感を貫け、なんて化け物染みたことはやる必要はない。だがな、それでも人として越えてはならない一線というものがある。それは時として命よりも尊く、仲間よりも重い。それは間違いだらけの思想だが、それを認識していないやつに仲間も自分の命も守れるわけがないだろうが!!!」
俺は拓馬にそう怒鳴りつけ、そのまま左腕を大きく振りかぶり拓馬を結衣の隣に投げつけた。
それは拓馬の最後の意志を完全に打ち落とし、意識を消失させた。
「もう一度、よく考えてから出直して来い………」
そう言葉を口にした俺は、血がまったくついていないエルテナを左右に切り払うと左腰の鞘にストンと収めた。
その姿を見ていたエルフたちは一斉に拍手を俺に送ってくる。確かに、エルフたちからすれば自分達を助けた俺は英雄に見えてもおかしくないだろうし、賞賛したくなる気持ちもわからなくはない。
だが俺の心の中は、その賞賛を素直に受けとれなかった。
なぜなら。
この勇者達は、まるで俺の一年前の姿にそっくりだな………。
と思ってしまったのである。
俺はその後、自分を落ち着かせるために深呼吸をして息を整えると、気配探知と魔眼を使いアリエスたちがどうなっているのかを確かめた。
うーん、キラのほうは問題ないようだな。なんか残党兵を蹴散らしてるし。それとクビロのほう………、うん?なんか急いでどこかに向かっているな?
俺はそう思うと気配探知の範囲を拡大し、その動向を調べた。
すると何故か限りなく気配を抑えられた大量のエルフたちとアリエスたちが合流しているのが感じられた。
お、アリエスたちも無事に切り抜けたみたいだな。ヘルの姿が見えないところを見ると、既に消滅しているみたいだ。
俺はその反応にひとまず安心すると、さらに気配探知の制度をあげる。
するとそこには今まで感じたことのない、大量の気配が感じられたのだった。
こ、これはなんだ?………十、二十。三十人ほどの集団がアリエスたちの近くにいるな。どういうことだ?
俺はそう思うと、魔眼を使用してその場の光景を眺めた。
するとその目に映し出された光景は俺の予想を遥かに超えたものだった。
それはボロボロになり倒れ付すエリアと首をつかまれ持ち上げられるアリエスの姿だったのだ。
それを見た瞬間、俺の中で何かが切り替わる音がした。
次回は一度アリエスサイドに戻り、何が起きていたのかが判明します!
また、勇者サイドのお話も少し書ければいいなと思っています!
誤字、脱字がありましたらお教えください!
次回の更新は今日の午後六時以降です!




