第百十六話 未来予知
今日から新章開幕です。
その男は薄暗い部屋の中で一人、何かが映し出された液晶ディスプレイを眺めていた。
そこに映っていたのは、よくわからない数値データと複数人の写真。
普通の人間がそれを見たところでそれが何を意味しているのかまったくわからないだろうが、この男の場合は違った。
なにせこれらは全てこの男が「集めた」ものだからだ。
男は己の目的を達成させるために、ありとあらゆるデータを収集し、時を待っていた。
ファーストシンボルとハクの戦い。
セカンドシンボルとサードシンボル、そして月見里家とハクの戦い。
フォースシンボルとハク、そしてマルクの戦い。
そして残された第五の柱と最後の帝人。
そのデータを収集することで男はこの真話対戦という戦いを勝ち抜く計画を一人で練り続けていたのだ。
そしてそれは今、動き出す。
「依然として、ラストシンボルとあの帝人についての情報はまったくない。だが、時はきた。すでに五皇柱は壊滅状態。一番気がかりだった月見里家は再起不能。加えてホワイトデーモンはもはや対戦へ参加する欲を見せていない。……となると残っているのは」
その言葉に合わせるように二枚の写真がディスプレイに表示される。
「鏡妃愛。不運にも対戦へ参加させられた少女。今まで勝ち残ってきている勝者ではあるものの、その戦闘力は皆無と言っていい。だからこそ『あいつ』の願いは聞き入れることができる。……だが、問題は次だ」
金髪の青年。
鍛えられた肉体と、常識では考えられない力。
今まで出現した五皇柱を全て討伐し、神器なしで皇獣と戦う力を持つ者。
「名前はハク。苗字は不明。それどころか戸籍にすら一致するデータはなし。出生そのものが謎に包まれた存在。だがその戦闘力はあまりにも常識を逸脱している」
するとそんな男の声に反応したのか、座っている椅子の隣に立てかけられていた一本の長剣がひとりでに震え始めた。
それは武者震いかそれとも恐怖からくる震えかはわからない。
だが男が持つその「神器」さえもハクには反応せざるを得なかった。
「……やつを倒す算段はついている。だがまずは交渉だ。戦わずに解決できるのであればそれが一番いい。なにせやつには皇獣討伐の功績がある。それを無下にすることはできない。そしてそれを計算に入れた結果、俺が動くには今しかない」
そして男はディスプレイに映し出されていた全ての資料を消して、剣を片手に立ち上がった。
ただでさえ暗かった部屋の明かりを完全に消して、部屋から出て行ってしまう。
その行く先は、天国か、はたまた地獄か。
それはわからない。
だがそれこそが新たな戦いの狼煙となってしまうのだった。
秋。
ミストさんの一件から二ヶ月ほど経過した現在。
私は中学生活最後のイベントに立ち向かおうとしていた。
「ねえねえ、妃愛ちゃん! 文化祭だよ、文化祭! どこ見て回ろっか!」
「し、時雨ちゃん、落ち着いて。文化祭って二週間後だよね? まだ気が早いんじゃない?」
「そんなことないよ! だってうちの学校の文化祭は『白高』の文化祭と同時開催なんだよ! 高校生の文化祭に行けるなんてテンションあがるに決まってるじゃん!」
「そ、そうなのかなあ……」
そう。
すでに時雨ちゃんが言ってしまったが、現在文化祭シーズン真っ只中なのだ。
私が通う中学校の文化祭は隣接している「章白高校」という高校の文化祭と同時に開催される。どういう経緯でそうなったのかはわからないが、私がすでに経験した文化祭全てが白高の文化祭と一緒に行われたので、少なくともそれなりに歴史のあるイベントなのだろう。
とはいえ。
賑やかな催しが苦手な私にとってこの行事は面倒ごと以外の何物でもなかった。
……時雨ちゃんには悪いけど、文化祭当日は休んじゃおっかなあ。
でも、そうなるとお兄ちゃんが黙ってないよね……。学校は休まず行くように! とか言ってきそう。
などと考えている私とは裏腹に時雨ちゃんの目はどんどん輝いていく。
「去年はあんまり模擬店行けなかったから今年はいっぱい行きたいなあー。あ! でもバンド演奏も捨てがたいよね! それにお化け屋敷だって……」
「げ、元気だね、時雨ちゃん……」
「一年に一回のイベントなんだよ! 元気になるのなんて当たり前だよ! それに中学卒業しちゃったら白高の文化祭なんていけるかわからないし、最後だと思うとなおさら楽しみなの!」
「……ふふ、そっか」
そんな時雨ちゃんの横顔に思わず私も微笑んでしまう。
文化祭についてはさておき、親友が楽しそうにしている姿を見るのはとても喜ばしい。とても数ヶ月前、病院のベッドで寝ていたとは思えないほど眩しい笑顔だ。
まあ、巻き込んだのは私だし、素直に喜んでいいものなのかはちょっと考えものだけど。
でも……。
この笑顔は守ってあげたいな。
「ん? どうしたの、妃愛ちゃん?」
「へ!? う、ううん、なんでもないよ。 そ、そう言えば時雨ちゃんのクラスは文化祭何やるんだっけ?」
「私たちは演劇だよ。文化祭三日目のステージで披露するの。ちょっと恥ずかしいけど、今頑張ってるんだー」
「演劇……。そう言えば私たちも演劇だったような……」
「え、そうなの? 妃愛ちゃんだったら……。お姫様役とか? 美人だし!」
「ど、どういう想像したらそんな言葉が出てくるのかわからないけど、全然違うよ。というか私、役ないし」
「え? それってどういうこと?」
「そ、それは……」
私が文化祭を嫌っている理由はただ賑やかなイベントが苦手というだけではない。
というかそれはただの言い訳のようなものだ。
本当の理由は――。
……文化祭の出し物。
その引き運。
私、むちゃくちゃ悪いんだよねええええええええ!
だって一年生の時は、なんか知らないうちにステージの中央で一発ギャグやらされたし、二年生の時はクラスでダンス踊ったけど、センターに移動した瞬間、つまずいてこけるし。
と、に、か、く!
文化祭はいい思い出ないのおおおおお!
だからこそ。
今年はそういう事件が絶対に起きないようにずっと根回ししていた。
具体的には企画が立ち上がった瞬間、持てる知識をフル稼働させて、自身のポジションを脚本補佐に強引に決定。脚本自体には手を出さず、だからといって誰も口を出せない、そんな理想的な役職に私は就いたのだ。
まあ、簡単に言えば。
都合よく文化祭をサボることのできるということだ。
でもさすがにそれは時雨ちゃんに話せないよね……。
だってただの怠慢なんだから。
「妃愛ちゃん?」
「え? あ、ああ、えーと……。私、今年は脚本のお手伝いしてるの。だから劇には直接関わってなくて……」
「え、す、すごい、すごいよ、妃愛ちゃん!」
「え、あ、ああ、そう?」
「だって妃愛ちゃんが考えたシナリオってことだよね! すっごい楽しみ!」
はい。
無駄にハードル上がりましたッッ!
そんなキラキラした目で見つめないでー……。
お願いだから、私に期待しないでえええ!
実際。
私は本当に何もしていない。
脚本補佐なんて役職に就いているものの、脚本を担当しているクラスメイトは何やら目に火がついたように本気で頑張っており、私の声など届かないのだ。
そのため本格的に仕事がなくなり、現在暇を持て余しているくらいなのだ。
「ま、まあ、そんなにすごいものじゃないと思うけど……。というか、私何もしてないし……」
「え? 何か言った?」
「う、ううん。何も言ってません……」
墓穴を掘るという言葉を身を以て体験してしまった私だったが、そんな私と時雨ちゃんの後ろから別の人物が話しかけてきた。
「お前ら、ほんと仲いいよなあ。毎日一緒に登校してるのか?」
「そうだよ。私と妃愛ちゃんはすっごい仲良しなんだから!」
「そ、それを堂々と宣言するやつ初めて見たぜ……」
私と時雨ちゃんが学校に向かって歩いている最中、話かけてきたのは同じクラスの松城くんだった。
松城くんがどこに住んでいるかは知らないが、通学路が同じということはもしかしたら案外近くに住んでいるのかもしれない。
まあ、さすがに時雨ちゃんみたいなことはないと思うけど……。
毎朝私の家の前に送ってもらってるなんて、色々と流石だよね……。
月見里さんとの一件以来。
私と時雨ちゃんは毎日一緒に登校している。
時雨ちゃんのお家がある場所は私の家からかなり遠いのだが、時雨ちゃんの意向というかわがままにより、毎朝時雨ちゃんは車で私の家の前にやってくるのだ。
まあ、時雨ちゃんのお家のことをしっている私からすれば納得なのだが、それでもさすがに少々やりすぎな気がしている。
どうして私と一緒に登校することにこだわるのか時雨ちゃんに聞いたところ。
好きでやってるだけだから気にしないで、と言われてしまった。
とはいえ、何やら時雨ちゃんのお父さんとお兄ちゃんの間で何かしらあったという話は聞いていたので、特に追求していない。
……お兄ちゃんも一緒に登校してすればいいんじゃないかって言ってたし、私も親友と一緒に入れるのは嬉しいから、気にしてないんだけど。
さすがに毎日っていうのは……。
おそるべし、真宮家……。
それはさておき。
話しかけてきた松城くんに私は挨拶とともに言葉を返していく。
「おはよう、松城くん。時雨ちゃんはいつもこんな感じだから気にするだけ無駄だと思うよ?」
「え、ひ、ひどいよ、妃愛ちゃん! 私、何か悪いことしたかなあ……」
「ほら、こんなに可愛いところとか、いつも通りでしょ?」
「い、いきぴったりだな、お前ら……」
「もーう! 二人ともからかわないでよ!」
そんなこんなで。
今日も一日が始まっていく。
だが私はまだ知らなかった。
この秋。
再び私は大きな壁にぶつかってしまうことを。
自分という存在の壁に。
妃愛が学校に向かった直後。
俺はリビングのソファーに腰掛けながら目を閉じていた。
まぶたの裏に写っている光景。それを見つめていく。
そしてゆっくりと目を開き直し、大きく息を吐き出していった。
「……ついにきたか。思ったより早かったな」
ミストとマルクの一件から二ヶ月ほど経過した今、俺と妃愛の生活は大きな事件もなく安定していた。
后咲から依頼が入って小さな皇獣の群を討伐することはあったものの、それ以外はこれといった出来事はなかったのだ。
だからこそ、俺は妃愛が安心して学校生活を送れるよう見守りながら、妃愛を鍛え、そして「視る」ことに力を注いでいた。
妃愛と過ごす時間以外は、ほぼ全てそれに使っていたと言ってもいいだろう。
というのも。
マルクとの戦い以降。
俺は自身の持つ魔眼の力を考え直していた。
俺の魔眼は命眼という名前がつけられている。魔眼のランクで言えば最上位とされる特異眼の一つ下に位置している魔眼で、その力は誰がどう見ても強力だ。
だがその力の全貌は俺も把握できていない。
そもそも魔眼というもの自体あまりにも能力の幅が広く、上位のものになればなるほどできないことの方が少なくなっていくのだ。
そんな中、全てを視るという力を命眼によって発動した俺だったが、その直後からおかしな現象に悩まされていた。
それは、少し先の未来が見えてしまうというものだ。
具体的にどれだけ先の未来なのかというのは俺にもわからない。加えて発動するタイミングも俺の意図したものではない上に、魔眼すら発動していないことが多かった。
このような現象にまったく心当たりがなかったためこの二ヶ月という時間を使って、一番原因の可能性がある魔眼を調べ直していたのだ。
だがそれは間違いだった。
そもそもこの現象と魔眼は関係していなかったのだ。
それを突き止めて以降、何が原因でこの未来予知じみた現象が起きているのか調べることにした。
本来未来予知を可能とする力は多数存在する。
無論、万能の権化とも言える事象の生成を使用することでもその現象は引き起こすことが可能だ。
しかし未来というのはあまりにも不確定要素が多く、未来予知をしたとしてもそれ通りに未来がやってくる方が稀だったりする。
だからこそ、俺は自身の力で未来を見ることはしない。してこなかったのだ。
だが、今俺が悩んでいる未来予知は外れることがなかった。
そもそもその景色を見た瞬間、外れるという考えすら自然に消えているのだ。
そんな状態で約二ヶ月過ごしてきたわけだが、結局原因解明には至っていない。
それどころか、その未来予知によって見た未来が今日、やってこようとしていた。
そしてその時は訪れる。
ガチャりという音と共に玄関の扉が開かれた。
そして一人の男が部屋に入ってくる。
普通ならその不審な男をぶっとばすところだが、今日は違った。
俺はソファーに座ったまま、その男を睨みつけてこう呟いていく。
「……まあ座れよ。お前の話を聞いてやる」
真話対戦。
その全貌が解き明かされる戦いが今、幕を開けるのだった。
次回は7月11日21時に更新します。




