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第百十一話 偽り続けた決意

 初めて彼女を見た時。

 俺はその美しさに心を奪われた。

 真っ白な髪に美を体現したような体。まるで何かのおとぎ話にでてくるような神秘的な女性。

 そんな女性に初めて出会った時、俺は同時に恋とはまた別の感情を抱いていた。


 それだけの美貌を持ちながら。

 魔人として最強の力を持ちながら。


 それでも彼女は何かに飢えていた。

 何かを必死で欲しているような、そんな目を。


 俺に向けていたのだ。




 それから彼女は俺が住む国で生活することになった。

 次期国王になることが約束されていた俺に自由時間と呼べるものは少なかったが、それでも隙があれば彼女の下へ足を運んだ。その女性を手に入れるために必死だったのだ、幼い俺は。

 しかし世間では魔人に国民が襲われた直後ということもあってかその存在を公表することはなかった。

 それもそうだろう。

 なにせ相手は先天的な魔人「純然たる魔人(ホワイトデーモン)」だ。他のどんな魔人よりも強く、残酷だと言われている存在。それを表に出してしまえば、いくら魔人を魔人の身でありながら退けた師匠がいたとて、風当たりが強くなってしまう。

 だから俺も、俺以外の王族も、その事実を知っていながら公にすることはなかった。

 だが結果的にそれはよかったのだろう。

 初めて出会ったころと比べて彼女は心を開いてくれるようになった。魔人であるがゆえに隙があれば俺を喰らおうとするかもしれないと思っていたが、そういうことは一切なく柔和な表情で俺と同じ時間を過ごしてくれたのだ。


 そしてついに俺は決心した。


「ミスト様……」


「なんでしょうか、マルク王子」


「あ、あの……。僕が大きくなったら、結婚してほしいのです!」


 日が沈みきった夜だったと思う。

 俺を柔らかな手で寝かしつけてくれている時。

 俺は彼女に告白した。

 男にとってそれは失敗の許されないイベント。それを今日という日に選んだ理由は特になかったと思う。

 だがもう気持ちが抑えきれなかったのだ。

 魔人であろうがなかろうがそんなことはどうでもいい。

 心を奪われた以上、その感情に正直になるべきだとそう思った。


 しかし。

 その返事は。


「まあ、なんて情熱的な告白なのでしょう。でも、王子。それは本当に心の底から愛することのできる人に出会った時にもう一度言ってあげてください。……少なくとも魔人である私に言うものではありませんよ」


 断られてしまった。

 だが。


「ぼ、僕は本気です!」


「ではもしあなたがこの国の王として自立したその時には、その告白を真剣に考えることにしましょう」


「ほ、本当ですか! 約束ですよ!」


「ええ、約束です」


 俺的にはむしろ好都合な展開になった。

 どちらにしても俺が国王になった後で無ければ結婚は難しいと考えていた上に、まだ未成年である以上、その申し出はありがたかった。

 だからこそ、俺はがむしゃらに努力した。

 王族としての勉強やマナーの練習。

 師匠の修行。

 隠蔽術式の習得。

 今の俺にできる全てのことに全力を注いだ。


 そして。

 ようやくその日がやってきた。


 父が王座から降り、俺に王位を継承する日。

 俺はその日、彼女がいる家から王宮に向かっていた。さすがにオフィシャルな式典である以上、王宮には向かわなければいけない。

 

 だがそんな矢先。

 事件は起こった。

 師匠が何者かに襲われているという情報が入ってきたのだ。

 幸い師匠と彼女が住んでいる家の周囲に一般人は住んでいないため犠牲は出ていないらしいが、今は彼女も俺もその場所から離れているため誰も助けにいくことができないという状況だったのだ。

 俺はその知らせを聞いた瞬間、式典を放り出しその場に直行。

 着いた時には豊かな自然は火の海に包まれ、どこに何があったのかすらわからない状態になってしまっていた。


 そんな中、妙に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「っ! この声はミスト様……!」


 俺はすぐにその声が聞こえた場所へ移動した。

 だが。

 今思えば。


 それは間違いだったのかもしれない。



 そこにいたのは口元に赤い血をつけ、泣きながら師匠を喰らった彼女だった。


「し、師匠……?」


「はっ!」


「み、ミスト様……。ど、どうして師匠を……。う、嘘ですよね……? み、ミスト様は僕と師匠の味方で……」


 そこで俺の記憶は途切れている。

 気がついた時には王宮のベッドで寝かされていた。

 聞けば萌える森の中で意識を失っていた俺を遅れてきた近衛たちが救出したらしい。

 そしてそん場には俺以外誰もいなかった、とも言っていた。


 だが、そんなはずはなかった。

 あの場には確かに彼女がいたのだ。


 それからの俺は狂気じみていたと思う。

 燃えてしまった師匠の家を捜索し、当時の研究資料などを探し回った。燃えてしまっているため、その中から情報を探し出すことは困難を極めたがそれでも俺は止まらなかった。

 否。

 止まれなかった。


 愛した女性が、尊敬する人を喰らった。

 彼女がそんなことをする人ではないということは嫌という程、知っている。

 だからこそ、その真実を知りたかったのだ。


 そしてたどり着く。


「そ、そんな……。師匠が魔人の捕食衝動を抑えられなくなっていたなんて……」


 その事実を彼女も知っていたのだろう。

 だからあの場で彼女は師匠を喰らった。むしろ師匠から頼まれたのかもしれない。

 自分を喰らってくれ、と。


 そこで初めて己の感情が切り替わった。

 彼女に向けていた憎悪が悲しみへと変化した。


 どうして、どうしてなのだと。

 何度も何度も問い続けた。

 師匠も彼女も、もう十分、苦しんだではないか。

 魔人だからという理由でどうしてこんなにも辛い思いをしなければいけないのだ、と。


 そう思った時。

 俺は師匠が行なっていた研究に目をつけた。

 それは魔人を人間に戻す研究。

 初めは魔人の捕食衝動を抑える研究だったようだが、最終的にそれは魔人を人間を戻す研究にシフトしていたらしい。

 そしてその研究に不可欠な神宝、「戒錠の時計」を彼女が所持しているということも突き止めた。


 しかし。

 その研究を知れば知るほど、どう頑張ってもその研究は完成しないということを思い知らされた。仮に戒錠の時計があったとしても、それは魔人を人間に戻すのではなく捕食衝動を抑制するだけにしかならない、そんな結論を俺は導いていたのだ。

 だがそこに。

 思い寄らない情報が舞い込んでくる。

 それはどんな願いでも叶えてしまえる霊薬があるという情報だった。

 そしてそれはある戦いの勝者にのみ与えられると。


 それを聞いた時、俺は思い出していた。

 師匠がかつて語っていた「とある戦い」の話を。

 そしてその戦いにつて師匠が日記にまとめていたことを。


 師匠が亡くなってから、その遺品は墓の下に埋められている棺桶に入っている。それを知っていた俺は、すぐさまその墓を掘り起こし、その日記を入手した。

 その結果、「真話対戦」という戦いの全貌を知ることになる。


「こ、この戦いに勝つことができれば……。白包を手にいれることができればきっと……!」


 だからこそ俺は決意した。

 その戦いに参加して全世界の魔人を救おうと。


 そう決めたその瞬間から、俺は魔人や皇獣に対抗できる「対魔人兵器」の開発に力を入れた。いくら帝人になり、隠蔽術式を使うことができるとはいえ、相手は魔人よりも危険な皇獣だ。そんな化け物を倒し、勝ち残るには戦力が足りない。

 俺はそう考えていた。


 だがここでさらに思いもしない情報が俺の耳に届いてくる。

 なんとその戦いに彼女も参加するというものだった。

 何年も顔を合わしていないが、それでも今も生きているという情報だけで俺は嬉しかった。

 しかし同時に、なんとして彼女を救わなければいけないという思いも芽生えていた。


 そこで俺は一つの計画を立てた。




 そして。

 俺は全ての準備を整えた上で真話対戦に参加することになる。

 魔人を救うために。













 だというのに。

 だというのに。


 だというのに!


「はあああっ!」


「ぐっ!」


 俺の前には一人の青年が立ちふさがっていた。

 金色の髪に真っ赤な瞳。筋肉質な肉体に超常的な力。

 何もかもがイレギュラー。帝人ですらない人間が俺の計画を阻んでいた。

 俺の振るったザンギーラの攻撃を受けて苦悶の表情をにじませたその青年は、すぐに体勢を整えて俺に肉薄してくる。

 そのスピードは今の俺でさえ反応することで精一杯だと感じさせるほど速く、そして鋭かった。

 さすがはフォースシンボルを倒しただけのことはある。

 そう思って納得しているが、苛立ちは隠せなかった。


 あと少し、あと少しなのだ。

 魔人を救うために、魔人を恨んでいるように演じて。

 魔人を無力化するために対魔人兵器を作り。

 師匠の仇を取り、その心臓と神器を奪い取って。

 戒錠の時計を使って被害を広げないために世界中の魔人を殺すていで戦闘不能にして。

 

 我が姫、ミスト様を恨んでいるように演技して、真話対戦からリタイヤさせるように追い詰めて。


 そして。

 ようやくここまできたのだ。


 あとは自分の全てをぶつけて対戦に勝利するだけ。

 そうすれば全ての魔人を魔人から人間へ戻し、魔人に苦しむ人々も、魔人として生きなければいけない苦しみも。


 全て消える。


 その計画はまもなく成就する。


 そのはずだったのだ。


 だというのに。

 だというのに。


 だというのに!


「……なぜだ、なぜだ、なぜだ! どうしてお前は俺の前に立ちふさがる!? どうしてお前は強い!? なぜだあああ!」


「言ってる意味がわからねえな。俺はお前の行動に腹を立ててるだけだ。それ以上でも以下でもない。お前がどんなことを考えて、魔人を苦しめるようなことをしているのか、それは知らねえよ。……だがな」


 その瞬間。

 青年の瞳が赤から青へ変わる。

 そして気がついた時には、俺の腹に青年の拳が突き刺さっていた。


「ごはあぁ!?」


「今の俺は怒ってるんだよ。ものすごくな」


 そしてそのまま青年は俺の体を足蹴りで吹き飛ばし再び接近してくる。

 俺はその威力をザンギーラを地面へ突き刺すことで殺し、なんとか体制を整えていった。しかし心の中はとても冷静でいられる状況じゃなかった。


(こいつの力は先ほどとなんら変わっていない。だというのに、何なのだ、この技のキレは。戦いが激化すればするほど研ぎ澄まされていく攻撃。……ザンギーラも万象狂い(リライクラス)も戒錠の時計も、師匠の心臓すら取り込んだ俺が押されるとは……)


 底が見えなかった。

 この青年が持つ力の底が。

 どれだけ力を得ても、この青年には届かない。

 単純な足し算だけではダメだ。

 そんな低次元の領域にこの青年はいない。

 そう俺の頭は判断していた。


 加えて感情の爆発がその動きを加速させている。

 このままいけば何もしなくても追い詰められるのは自分だという答えが浮かんでしまった。


 多くの犠牲の上に。

 俺の計画は成り立っている。

 誰も殺してはいない。

 だが誰かを傷つけることで成立していることは否定できない。


 そしてそれがこの青年の怒りを買った。


 初めて見た時から。戦いに身を置き続けているやつだとはわかっていた。

 睨まれただけで背筋が凍りそうになり、実力の差を思い知らされた。

 とはいえ、その実力差は計画が進めばなくなるものだと思っていた。


 そう、思っていたのだ。

 しかし、甘くはなかった。

 帝人ですらなく、神器も持たず、ファーストシンボルからフォースシンボルまでの五皇柱を単独で討伐した青年。

 そんな青年が普通なはずがなかった。

 三つの神器を併用するだけの人間が敵うわけがなかったのだ。




 だが。

 だが、だが。

 それでも。

 いや、だからこそか。

 俺は思った。


 目の前に青年の拳が迫る。

 そのスピードは俺の反応速度を超えて迫ってきており、今から動いても避けられないことは明白だった。

 それでも俺は、一つの答えにたどり着いた。


「なにっ!?」


 青年の驚く声が聞こえる。

 それもそのはずだ。

 俺の顔面には青年の拳が突き刺さっている。口の中は血の味で満たされ、威力を殺している両足は今にも折れてしまいそうなほど弱々しかった。

 だがそれでも。


 負けるわけにはいかないのだ。


「……俺は負けない。絶対にこの対戦で勝利する。だからそこをどけ、坊主!」


「ッ!?」


 瞬間、青年の体は俺が投擲した万象狂い(リライクラス)によって貫かれて吹き飛ばされていった。


 そして。

 それが合図となった。

 俺が俺の計画を成就させるための戦いの。


 俺が俺の全てをかけて臨む対戦が。


 今、ようやく始まったのだ。


次回は5月30日21時に更新します。

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