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第百九話 超越帝人

「……その姿。もしかして魔人か?」


「魔人? 俺が最も嫌っている存在に自ら変身するとでも? これは帝人を超えた帝人。『超越帝人(ハイランカー)』だ」


「ハイランカー……。心臓を二つ持ち、神器すら二つ扱うことができるようになった帝人。万象狂い(リライクラス)の力で無理やり肉体を維持することでルールすら無視する力を手に入れたのか」


「ほう。よく見ているな、坊主。なら、これから俺が何をするか、それもわかっているだろう?」


「……ミストが持っている戒錠の時計を奪うんだろ。フォースシンボルが消えた今、お前を邪魔する者はいない。それどころか万象狂い(リライクラス)の力すら手に入れた今、その力は誰にも止められない、そう言いたいのか?」


「そういうことだ。フォースシンボルを圧倒した貴様であっても、二つの神器を同時に相手にしたことはないはずだ。今の俺なら貴様を超えられる」


 マルクはそう呟くと全身に魔力を纏わせて気配を上昇させた。それは空に暗雲を呼び寄せ、雨も降っていないのに雷を発生させる。肌を這うその得体の知れない力は、俺であっても顔をしかめてしまうほど奇妙だった。


 ……いつかマルクが掌を返すことは予想していた。

 だが、まさか恩師の心臓を取り込んで神宝を二つ使うのはさすがに想定外だ。神の力が混ざり合って気配が歪な形に変質している始末。気配探知がうまく動作しない上に、今の俺にあいつを抑えられるかどうか……。


 などと考えていた俺の体に重い衝撃が伝わってきた。


「ごふっ!?」


「余所見とは舐められたものだな」


 い、いつのまに移動しやがった!?

 いや普段から気配探知に頼りすぎているせいで目が追いつかなかっただけだ。まだ反応できないスピードじゃない。

 それよりも今は……。


 俺はいきなり叩きつけられたマルクの拳を払いのけて一度後方へ飛びのいて距離をとった。そして爆発的に気配を上昇させてマルクへ接近していく。同時に気配創造の刃を両手に出現させ、ザンギーラと万象狂い(リライクラス)にめがけてそれを振り下ろした。


「はあっ!」


「ふん」


 激突する力と力。

 サードシンボルやフォースシンボルと戦った時とは別次元の衝撃が周囲に広がっていく。

 白と黒の稲妻が発生し、衝撃波が木々をなぎ倒した。


「二刀流か……。貴様が武器を使うのは珍しいな」


「本当は嫌いなんだよ、武器を使うのは。だけど、ザンギーラと万象狂い(リライクラス)が相手だとさすがに四の五の言ってられねえからな!」


 その言葉と同時に俺は両手に持っている刃を連続で振るっていく。しかしその攻撃はマルクのザンギーラが全て払いのけ、傷をつけることはできなかった。


「……さすがだな。神器すら使っていない人間がここまで戦えるとは。称賛に値する」


「く、くそ……!」


「だが、甘いな」


「ッ!?」


 斬られた、と知覚した瞬間。

 俺の肩から両腕の感覚が消えた。痛みが走る前にそれは真っ赤な血液へ変わってしまう。

 だが、マルクの攻撃はまだ終わらない。

 俺の腕をザンギーラの力で血液へ変換したマルクは、その血液を操って無数の槍のような物質を作り出した。そしてそれを俺の体に突き刺してくる。


「があっ!?」


「どんな傷を負っても再生する貴様を殺すには闇雲に攻撃しても意味がない。ゆえに、こんな攻撃はどうだ?」


「し、しまっ……!」


 瞬間、俺の体は弾け飛んだ。

 正確に言えば血の槍が突き刺さった部分からザンギーラの力によって内側から爆ぜたのだ。操った血液から力を伝播させて、触れたものをさらに操ると言いう離れ業。それをあの武器は可能にしてしまうらしい。


「お兄ちゃん!」


 俺の体が吹き飛んだことでミストを守るように戦いを見守っていた妃愛が声を上げてくる。

 だがそれを好機だと思ったのかマルクは俺を無視して妃愛の下へ移動していった。


「くっ……。よ、よくもお兄ちゃんを……」


「威勢がいいのは口だけか?」


「な、何を……」


「震えているではないか。手も足も、その身体が小さく痙攣している。そんな状態で我が姫を守りきれるとは思わないが、さて……」


 確かに。

 いくら俺と一緒に力の使い方を訓練したとはいえ、第二神妃化した俺すら圧倒するマルクを、妃愛が抑えられるはずがない。

 そんなことはわかっている。

 それは妃愛だってわかっている。

 だがもう一つわかっていることがあるのだ。


(い、今ここでミストさんが持ってる神宝をこの人に渡しちゃったら……)


(それこそ手のつけようがなくなる。だからなんとしてでも俺たちでマルクを――)


((止める!!))


 爆ぜた体を無理やり再生させて体勢を立て直した俺は、地面を思いっきり蹴りつけてマルクの背後に移動すると第二神妃化に神破りを上乗せした力で殴りつけていった。


「だあああっ!」


「ぐっ!?」


 いくつかの毛束が水色に染まった俺の髪が衝撃波によって揺れる。そしてそんな俺の姿を見たマルクはまたしても何かに感嘆したような声を漏らした。


「貴様……。まだ力を隠していたのか。本当に底が見えんな、貴様は」


「言ってろ!」


 続けて振り上げた右足で蹴りを放った俺は、そのまま意識を妃愛に集中して念話を繋げていく。意識と意識がリンクし、マルクには聞こえない会話が可能になった。


(妃愛。聞こえてるな?)


(お兄ちゃん!? う、うん、聞こえてるよ)


(俺が時間を稼ぐ。ミストを連れてできるだけ遠くに移動してくれ)


(で、でもお兄ちゃんは……)


(俺は大丈夫だ。それよりもこいつにミストの神宝をを奪われる方が厄介だ。だから早く――)


 だと思っていたのだが。


「作戦会議は終わったか?」


『なっ!?』


万象狂い(リライクラス)の能力を忘れたのですか! あの神器は条件付きの万能性を備えています。マルクがどうしてザンギーラしか使わずに戦っているのか考えなさい!」


 ミストの声が響く。

 だがその言葉を理解する前にマルクが動き出してしまった。

 俺の攻撃を払いのけて妃愛の背後にいるミストの眼前まで移動してしまう。


「余計な口出しは不要だ、我が姫。……いや、『人喰い』の魔人・ミスト」


「ま、マルク……。あなたはどうしてそこまで……」


「簡単だ。貴様が『殺した』から、貴様が『喰らった』から俺は計画した。全ての魔人を殺す筋書きを!」


「なら、私だけを殺しなさい! 関係のない魔人を巻き込むなど……」


「黙れ!」


「がっ!」


 それは見たことのない武器だった。

 ザンギーラと万象狂い(リライクラス)を左手で持ったマルクの右手に握られているそれ。

 一見すると銃のような形をしている。事実、その銃口から弾丸は撃ち出された。

 しかしその銃は絶えず変形を繰り返しており、一秒ごとに剣や槍、斧や弓、ありとあらゆる武器の姿に変わり続けていた。


「ミスト!」


「ミストさん!」


 俺と妃愛が急いでミストの下へ走り出す。

 だが遅かった。

 俺と妃愛の念話を聞いていたミストが悠長に待ってくれるはずがない。


 そして悪夢は再現される。


「さらばだ、我が姫。『師匠の形見』である、その時計。その力を持って全ての魔人は消滅する!」


「ま、待ちなさ、がああああああああああああああああああああああああああ!?」


 ミストの体に打ち込まれた弾丸。

 それによって開けられた穴から銀色の触手のようなものが出現した。それはミストの体を蝕むように大きくなり、何かを探すように蠢いていく。


 そしてその触手は見つけてしまった。

 絶対に奪われてはいけない神宝を。

 奪われてはいけないからこそ自らの体に埋め込んで隠していた神の宝を。


 内臓が潰され、血がかき回される音とともに「それ」は取り出された。

 銀色の触手は取り出した神宝をマルクの下まで運ぶと、跡形もなく消滅した。対するミストは全身を血に濡らしたままピクリとも動かない。もはや生死すら判別できない状況に陥ってしまっているようだった。

 それでも俺は足を止めなかった。

 まだ奪われただけだ。

 それを使われたわけではない。

 そう考えた俺は全力の転移、高速転移を使用してマルクの前まで移動した。

 しかし、それすらマルクには読まれていた。


「さて、ここで問題だ、坊主。貴様が俺を止めるのは勝手だが、いまだに俺の背後にいる娘をお前は守れるか? 俺は貴様に時計を奪われるくらいなら、あの娘を殺すぞ?」


「ぐっ! お、お前、どこまで……」


「ふん。やはり貴様は甘すぎるな」


 俺が戸惑った一瞬の隙をマルクは逃さなかった。

 右足で俺の体を薙ぎ払い、マルクの背後にいた妃愛に向かって吹き飛ばした。


「ぐっ!」


「え、お、お兄ちゃ――。きゃあっ!」


 咄嗟に足を地面に突き刺して勢いを殺したものの、それでも俺の体は止まらず、妃愛に激突してしまった。それにより俺も妃愛も一時的に動けなくなってしまう。

 そして次に顔を上げた時にはもう手遅れだった。


「ふ、ふはははははははははははははははは! ようやくだ、ようやく俺の計画は達成される。全ての魔人を殺して、復讐は果たされるのだ!」


 瞬間。

 時間が止まった。

 マルクの周囲から神の力が解き放たれた。

 それはあっという間に世界中に広がり、空間が悲鳴を上げてくる。

 そして、その力は倒れているミストに変化をもたらした。


「ぐ、がああああああああぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


「な、何が……」


 ずっと疑問に思っていた。

 戒錠の時計を使ってどうやって世界中の魔人を殺すのか。

 俺が知っている戒錠の時計は使用者の体内時間を一時的に進めるというもの。かつてシルに使わせた時も、それ以外の力は発現しなかった。

 だが、今マルクが使っているあの神宝からは俺が感じたことのない異様な力が放出されている。そしてそれを受けたミストは突然苦しみ出した。

 であれば当然、この世界の戒錠の時計には俺の知らない力が宿っているのだろう。

 そう思った俺はミストの体に起きている変化を魔眼を使って観察していく。だがその事実を知った瞬間、俺は言葉を失ってしまった。


「な、なに!?」


「……気がついたようだな」


「お、お前、なんてことを……」


「お、お兄ちゃん……?」


 一瞬にして俺の体は燃えるような熱さに包まれた。

 そんな俺を見た妃愛が不安そうな顔を向けてくる。そんな妃愛の疑問に答えるように俺はその事実を口にしていった。


「その時計は使用者の『体内時間を操る』力を持っている。つまり今のミストに起きているのは老化と巻き戻し。それを途轍もないスピードで繰り返している、そうだろ?」


「ご名答と言っておこう。いくら頑丈な肉体と驚異的な再生能力を持つ魔人であっても、一瞬にして老化し、それを一瞬にして巻き戻される。そんな急激な変化に体は付いてくることはできない。だからこそ死すら生ぬるい激痛が襲いかかってくるのだ。死ぬことも気絶することも許されない永遠の苦痛にやがて精神は崩壊し、肉体は瓦解する。これこそが俺の魔人消滅方法だ」


「そ、そんな……。だったら今のミストさんは……」


「気が狂うほどの激痛が常に体に走っている状態だ……」


 そんな俺の言葉を聞いた妃愛はそのまま座り込んでしまった。顔には冷や汗と絶望の表情が浮かんでおり、呼吸も荒くなっている。自分が守ろうとしていた相手があまりにも危険な状態だと告げられれば、そうなるのも当然だ。

 だが俺は気がついていた。

 事態はそんな俺たちの想像をはるかに超えて悪化していることに。


「……お前、その時計の力の対象を万象狂い(リライクラス)を使って世界中の魔人に設定したな」


「ほう、よくわかったな」


「……くそが」


 つまり、今ミストが受けている苦痛を世界中の魔人たちも同様に受けているということ。

 これこそがマルクの思い描いていた魔人消滅計画であり、悲願だったのだ。


 だが。

 だからといってそれを放置するほど俺は馬鹿じゃない。

 万象狂い(リライクラス)によって戒錠の時計の対象を世界中の魔人に設定しているなら、万象狂い(リライクラス)の力を消してしまえばいい。

 加えて、戒錠の時計の力も決して消せない力ではないのだ。

 俺は心の中でそう呟くと、両手をマルクに突き出してある力を発動していった。


「なに?」


「……事象の生成」


 その力は万象狂い(リライクラス)の力と拮抗し、そのまま押しつぶしていく。と、同時に俺の両目が青く輝き、戒錠の時計の力を消滅させた。


 そして俺はマルクに言い放つ。


「……お前がどんな思いでその計画を練り上げたのかはわからない。だが、何もかもうまくいくと思うなよ。俺はお前の計画を認めない。俺はお前を許さない」


 その瞬間、俺の怒りは爆発したのだった。




「お前の相手はこの俺だ。魔人を殺したけりゃ、まず俺を倒してみろ!」




マルクの力を消滅させたハクの力について解説します。

マルクの力を消すだけなら瞬滅の生成や気配殺しでも可能です。

しかし瞬滅の生成はリアから教わった技のため世界規模になると発動が不安定であり、気配殺しは広範囲での発動が不可能。

その結果、ハクは自身が一番使い慣れている事象の生成を使用しました。

戒錠の時計の力に対して魔眼を使用した理由は一番目立たず、マルクに手の内をこれ以上晒さないで済むと踏んだからです。


次回はミストとマルクの過去が明らかになります。

次回は5月9日21時に更新します。

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