第百八話 悲願成就
第四の柱との戦いはこの回で終了です。
……妃愛が術式を完成させたみたいだな。時間はかかっていたが、上出来だ。
俺は心の中でそう呟くと、大きな槍を振り回し続けているフォースシンボルを睨みつけていく。その槍は振るわれるたびに俺を殺すための力を放ってくるが、放たれた瞬間、俺の力がそれを握りつぶしていた。
万象狂いの力は俺が使用する事象の生成の劣化版だ。加えてその汎用性は極めて低く、オリジナルの事象の生成を超えることは絶対にできない。
懸念しなければいけないことがあるとすれば、万象狂いが俺の知っている万象狂いではないということ。この世界にある神宝はリアが持っている神宝とは微妙に性能が異なっている。その性能差だけがフォースシンボルに勝利をもたらす可能性がある。
のだが。
「なぜだ、なぜだ、なぜだなぜだなぜだ! なぜだ!! なぜ槍の力が通用しない!? お前は一体何をしたというのだ!」
「……さあな。俺がお前よりも強い、その事実だけあれば十分だろう?」
「ほざけ!」
瞬間、フォースシンボルは俺の背後に移動し、その槍の先を俺の体めがけて突き出してくる。しかしその槍は俺の体に届くことはなかった。
「ッ!? なに!?」
「攻撃の精度が明らかに落ちてるぞ? もしかしてメンタル弱いのか?」
槍を振り向きざまに右手で掴み取った俺は、そのまま体をねじりながら左足を振り上げてフォースシンボルを蹴りつけた。その攻撃をまともにくらったフォースシンボルは地面を何度もバウンドしながら大きな樹木に叩きつけられていく。
「か、はっ……。お、お前……。さては、今まで本気を出していなかったな……?」
「まあな。というかいまさら気がついたのか? ……まあ、それはともかく」
俺は自ら言葉を切り、自身のはるか上空に向けて気配創造の刃を放っていった。そしてその刃は何かに突き刺さった感覚を俺に伝えてくる。
するとそこには今の今まで倒れていたフォースシンボルの姿があった。
「……追い込まれれば自然と自分が最も使い慣れた技を使用したくなる。それは人間でも皇獣でも同じみたいだな」
「ぐっ……! ど、どうして俺の居場所が……」
「簡単なことだ。俺はお前たち皇獣の気配だけを追っているんじゃない。この場にある全ての気配を観察して行動している。その気配にわずかな変化があれば、自然とお前の居場所を知ることができるんだよ。それが仮に一秒前まで実体化していた存在であってもな」
フォースシンボルは俺の蹴りを受けた直後、自身の肉体を二つに分けていた。非実体化して空に移動した本体と、実体化した分身の二つに。
こうすることで確実に俺の油断を誘い致命傷を負わせる算段だったのだろうが今回ばかりは相手が悪すぎた。万象狂いも聞かない上に気配のことに関しては誰よりも熟知している俺が相手なのだ。そこらにいる帝人と同じにしてもらっては困る。
「こ、こんなことが……」
「さあどうした。さっきまでの余裕が消え失せてるぞ?」
「黙れ!」
そこからはただただ一方的な戦いが続いた。
槍が効かないことで冷静さを失ったフォースシンボルはそのまま俺に突撃。何の策もない攻撃は俺の最適化された第二神妃化にはついてこられず、そのまま無駄に体力を減らしていった。
もはや非実体化することすらできなくなったフォースシンボルは息を切らしながら最後の足掻きとも思える攻撃を俺に仕掛けてくる。
「……瘴気。しかもこの量は……。ここ一帯を消滅させるつもりか?」
「ふ、ふははははははは! 確かにお前は俺よりも強かった。だが、お前に勝てずともこの場にいる人間を殺すことができれば、それでいい。そうすればお前は必然的にやつらをかばうだろうからな! その隙がお前の最期だ!」
「ふっ。皇獣らしい醜い考えだな。まあいい。ならやってみろ。その瘴気でミストもマルクも妃愛も、全てを殺してみるといい。……できるものならな」
「後悔しても遅いぞ」
「言ってろ」
その言葉と同時に周囲に司会を覆うレベルの瘴気が発生していく。それは吸い込めばハイが潰され、触れれば肌が腐っていく凶悪な瘴気だった。しかし俺には通用しない。気配創造の膜を体に纏っている俺にはダメージ一つないのだ。
だからこそ心配すべきはやつが言ったようにこの場にいる三人。
とはいえ、ここでやつの言葉に乗って三人を助けにいくような行動をすれば、それは罠に自らかかりに言っているようなもの。
であればどうするか。
俺はフォースシンボルを睨みつけたまま瘴気に飲まれかけているマルクの下まで移動する。その姿はまるでマルクを瘴気から守るような動きだった。
そしてそんな俺を見たフォースシンボルはすぐさま動き出す。
「ふははは! 馬鹿め!」
「……」
……まんまと引っかかったみたいだな。
ここまでくればもう簡単だ。あとはマルクに引き継げば――。
瘴気の中を突き進むフォースシンボルの姿をマガンを発動して追いかけつつマルクの隣に移動した俺は全身の神経を集中させてその時を待った。
そして。
「これで終わりだ人間!」
「はああああっ!」
フォースシンボルの行動を読んでいた俺はすかさず拳を振り上げて迎撃体制に入る。
普通であれば、ここでフォースシンボルは宣言通りマルクを守ろうとする俺の隙をついて俺を倒そうとしてくるだろう。
だがそうはならなかった。
よく考えればわかるはずだ。
どうしてフォースシンボルは追い込まれていながら自分の生死を分ける攻撃を口に出したのか。
その理由はそう思い込ませたかったからだ。
どれだけ相手に悟られても、自分が行う次の行動を相手に刷り込ませたかったからこそ、それを口にしたのだ。
であれば本当の狙いは何か。虚言を吐いてまでやつがしたかったこと。
その目的こそがこの戦いの勝敗をわける。
俺が振り上げた拳を突き出した瞬間。
フォースシンボルの体が急に消失した。代わりに俺の腕は何かによって捕まれ、動かなくなってしまう。
「なっ!?」
「……お前は強い。それは紛れも無い事実だ。であればそんなお前を『俺のもの』にしてしまえば俺はもっと強くなる。そうだろう?」
「っ……」
分身。
俺に拳を出させたフォースシンボルはまたしても分身だった。
加えて本体は、使えないと思っていた非実体化能力を行使して俺の隙をつくように眼前へ迫っている。つまり俺に非実体化能力が使えないと思わせること自体、フォースシンボルの狙いだったらしい。
そしてその言葉通りやつは俺という力を吸収するべく背中から生えていたツノのようなものを俺に伸ばしてきた。そのツノには得体の知れない力が纏わりついており、触れてはいけないものだということが見ただけで理解できてしまう。
そしてそのツノが俺の体に突き刺さる瞬間。
それは起きた。
「……。……な、なにっ!?」
「……」
フォースシンボルが立っている地面。
そこに展開された水色の力。地面から飛び出るように出現した水色の鎖がフォースシンボルの体を拘束していく。
これこそが俺とマルクの狙い。
先ほど話し合った作戦の全貌だった。
『貴様が万象狂いを無力化した後、追い込まれたフォースシンボルはまず間違いなく貴様の力を狙ってくるはずだ』
『俺の力?』
『かつて俺の師匠はフォースシンボルをギリギリまで追い詰め、その最後に心臓をえぐられ、力を奪われている。あの皇獣は強き者を求めている。その力を欲しているのだ。そしてそれこそがやつの大きな隙を生み出す。』
『フォースシンボルからすればそれは俺の意表をついてるつもりだろうからな。それを逆手にとって誘導しようってことか?』
『そういうことだ。貴様はやつを俺の近くまでおびき寄せろ。そこで吸収しようとするやつの隙をついて拘束。地面にあらかじめ拘束用の力を貼っておけば簡単にできるはずだ。無論、その力は俺が死守する』
『んで、拘束後はお前がフォースシンボルの心臓を抜き取って決着ってことか。というか、この作戦お前が仇討ちしたいだけなんじゃねえのか? 多分ここに誘導する頃には俺がフォースシンボルを圧倒してる気がするし……』
『それについてはノーコメントだ。まあ、このような戦いに参加している時点で私情に塗れてはいるがな』
「悪いな。ここまで全部、作戦通りだ」
「お、お前、まさか……!」
「そのまさかだ」
そう答えたのは俺ではなかった。
フォースシンボルの背後から気配を決して現れたマルクが発したもの。そしてマルクはそのまま自らの右腕をフォースシンボルの心臓めがけて突き出していく。
「ぐ、がはっ!? な、ど、どうして、俺の心臓を……!?」
「俺の師匠の心臓、返してもらう」
「ぐっ!? お前、百年前のあいつと関係が……」
「貴様に話すことは何も無い。無様に消えろ」
「ぐぬぬ、ま、待て……!」
瞬間。
奇妙な色の血と共にそれは引き抜かれた。
それは明らかに人間の心臓だ。見ただけでわかる。
そして不思議なことにその心臓はまだ動き続けていた。
「……お、おのれ、お前たち、絶対に許さん、許さんぞ」
「まだ喋れるとは驚きだ。以前の貴様ならいざ知らず、師匠の心臓に頼りきっていたお前では立つことすらできないと思っていたが、存外頑丈なのだな」
「黙れ……。今すぐにお前たちを地獄に……」
「それは無理だ。なぜならお前はここで死ぬ」
マルクはそう呟くと、左手に持っていたザンギーラをフォースシンボルに向けて突き刺していく。それはフォースシンボルの額を捉え、赤色の糸を大量に出現させていった。
「ぐ、ぐ、おおぉぉぉぉぉぉ!?」
「ザンギーラの能力は触れたものを全て血液とみなし、それを変換、分解、操作できるというもの。貴様がいかに非実体であろうと、それすら支配下に置く最強の神器だ。そして今はお前という存在自体を血液と変換した。これがどういうことかわかるな?」
「が、あ、ひゅ、あ……」
すでにフォースシンボルは言葉を話せなくなっていた。
それもそのはず。今のマルクの言葉を信じるならばザンギーラの能力は強制的に物質置換を行うことができるというもの。その力を正面から受けたフォースシンボルはすでにその存在を血液に変えられているはず。
ということはもはや生きているとすら呼べない状態にあるということだ。
「ではな、醜い化け物よ。せいぜい苦しみながら死ね!」
その声が放たれた瞬間、フォースシンボルの体は赤い奇妙な液体へと変化し、そのままどこかへ消えていってしまった。気配も完全に消失し、完全な死亡が俺にも確認できた。
……これで終わりか。長かったようで、あっけないというか。
うーん、それにしてもザンギーラの力はオリジナルを超えているような気がする……。
などと考えていた矢先。
鼓膜をつんざくような甲高い声が俺の耳に飛び込んできた。
「避けなさい!」
「ッ!」
直後、複数の斬撃が俺に向かって放たれてきた。それは明らかに殺意のこもった攻撃で不意をつかれた俺の服を少しだけ切り裂いていく。
そしてその斬撃を放ってきたやつに、注意を促したミストと俺の視線は吸い寄せられていった。
「……まったく、いつか裏切るだろうとは思っていたけど、まさかこのタイミングだなんて。おちおち気も抜けねえ。……ってことは、だ。ここまでの流れ全てがお前の作戦だったのか、マルク?」
「……ふ、ふはははは! なかなかに滑稽だったぞ、坊主。フォースシンボルは俺単身で倒すにはなかなか厳しい相手だった。ゆえに貴様を利用した。利用されているとも知らずに俺の掌の上で踊り続けていた貴様は愉快だった。そう、実に愉快だったとも」
「……その言い草、心臓を取り戻しただけじゃ終わらねえって言ってるように聞こえるが?」
「言ってるように聞こえるも何も、そう言っているのだ。まあ、見ているといい。この日、この瞬間、俺の悲願は成就する!」
マルクはそう高らかに宣言すると、自身が来ていた服を破り捨て、その右胸を見つめながら不敵な笑みを浮かべていく。
だがそれと同時にミストがこんな声を漏らしていった。
「ま、まさか、その心臓を、本当に……」
そして次の瞬間。
信じられないことが目の前で起きた。
マルクは心臓を持ったままその腕を自身の右胸に突き刺したのだ。鮮血が噴水のように吹き出し、地面を赤く濡らしてしまう。
そこに隠蔽術式を貼り終えた妃愛が戻ってくるが、妃愛もその光景に驚愕していた。
だがその直後、気を失いそうなくらい大きな気配が出現し、俺たちを後方へ吹き飛ばしてしまう。
そして次に目を開けたその時。
目の前にマルクであってマルクでは無い何かがそこに立っていた。
ザンギーラと万象狂いを両手に持ち、赤い長髪を風になびかせ、異常に盛り上がった筋肉で身を覆った大男。
その異様な気配に俺たちは言葉を失ってしまった。
この進化こそがマルクの狙いだったと知った俺たちは、これからどうすればいいか全く考えられなくなってしまうのだった。
次回は5月2日21時更新です。




