6.決断するとき
「……ああ、ロナ。ちょっといいかな」
ちょっとした外での仕事を終え、〈カタス〉本部の部屋に戻ろうとしていたロナは――廊下で呼び止められた。
振り返ればそこにいたのは、壮年の男性――カタス総括の一人でもあるシンドだ。
「シンドさん? どうしました?
頼まれていた仕事なら、ちょうど済ませてきたところですけど……」
「……もうかい? さすがに早いな……ありがとう。
ああ、だが、今日はそのことじゃないんだ」
穏やかに礼を述べる一方……軽く手を振って、シンドは困ったような表情で言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「実は、君のお兄さんのことなんだが……」
「ああ――兄の」
それだけで、何が言いたいのかは分かる――とばかり、ロナは深く頷いた。
彼女の兄ランディは、最近になって、一つの『活動』を始めた。
それは……教師として、人々に新たな生き方を教え、諭すものだ。
今を否定するわけではなく――その先への道を、在り方を、ほんの少し示唆するような。
今の人の在り方を、ただ享受し続けるだけではなく――その先を見据えることを、新たな道へ踏み出すことを気付かせるような。
これまで在った道を、これまで通りに歩むこと――それを当然と、疑いもしなかった人々の思いに、小さな一石を投じ、僅かな波紋を広げるだけの……些細な活動。
しかしそれは、これまで通りの世界を、これまで通りに平和に守っていく――そのための組織であるカタスとしては、やはり見過ごせないものなのだ。
逆に言えばそんな組織だからこそ、すぐに事を荒立てたりと、短絡的に乱暴な手段に訴えることも良しとしないわけであり……。
少なくとも、ただちに懲罰対象として捕縛されることはないだろうと、ロナは考える。
こうしてわざわざ、妹の自分にまず話を持ちかけてきたのがその証拠だ――と。
「兄の今していることは、〈庭都〉の人々にとって良くないから、やめるべきだ――と。
妹として説得しろ、と言うことですか」
ロナが淡々と答えると……シンドは小さく頷いた。
「そうだな……それが出来るなら一番だ。穏便に話が済む。
そして同時に、ロナ――君もまた、これをきっかけに自省してくれれば、とね」
「……ああ……なるほど」
シンドの言葉に、ロナは訳知り顔で苦笑を返す。
ロナは、カタスの一員としての仕事をこなしながら……一方で、以前より独自に、一種の『技術研究』を行っていた。
それは、かつて人類が持っていた科学技術による文明を、僅かな名残を調査することで復活させる――のではなく。
むしろその真逆に、科学とはまったく別のアプローチから、新たな技術、新たな文明に至る道が拓けるのではないか――という、何らかの『切っ掛け』を探すような研究だった。
その、ある種壮大にして荒唐無稽ともいえる内容から、カタスとしても『個人の趣味』という程度の認識であり、これまで特に問題視もされなかったわけだが……。
「兄の最近の行動と絡めて考えると、わたしの研究もまた、その実績のほどはともかく、根本的に思想としてよろしいものではない――。
相乗効果で不要な熱が高まってしまう前に、早々に諸共に手を打っておくべきだ、と」
ロナの反応に、シンドもまた困惑気味に苦笑した。
「……前々から、君の『研究』をあまり快く思っていない者は少なからずいたからね。
これ以上、一体何の技術を求めるのか――と」
続けて、小さく首を振る。
「私としても、その気持ちは分からないでもないんだ。
今となっては、仔細までは分からずとも……数千年前、かつての人類が技術と文明の発展の末に滅びたのが事実ならば。
そんな文明はもちろんのこと、そうしたものを求める思想すらも不要として――人はこの穏やかで平和な廻りを以て満足し、ただ、その形を先へと繋いでいくだけで充分ではないか……と。
それに――」
「放置すれば……〈星災〉を招くかも知れない?」
発言の先を読んでの、ロナのその一言を……シンドは首肯する。
「それは、君としても望むところではないだろう?」
「当たり前ですよ……そんなものを望むなんて、それこそ懲罰対象の一級危険人物じゃないですか。
わたしはもちろんのこと、兄だって……兄なりに、人々のためを思っての活動なんですから」
「ああ、無論分かっているとも。
だからこそ、ならばなおのこと――というわけだ」
大きく頷きながら、ロナの肩を軽く叩いて……「よろしく頼んだよ」と、シンドは立ち去っていく。
その背中が、廊下の曲がり角に消えるまで、静かに見送って――。
ロナは小さくもはっきりと、一つ……溜め息をついた。
「わたしも……決断するときが来た、ってことか――」




