1.始まりの本
ただ存在するだけの状態を、生きているとは言わない。
明確な意志を持って『生きて』こそ、人は自らを生きる。
その『生』に、必ずしも『死』の介在は不可欠ではない。
人は、死ぬがゆえに生きるのではない。
自らの道を生きようとするからこそ、『生きる』のだ。
「……R・ウェルズ著、新世生命論――か……」
石造りの壁と溶け合うように迫り出した木の根……その洞に、抱かれるように挟まっていた古い古い本を、若者はそっと閉じる。
いつ風化し崩れ去ってもおかしくないほどのその本は、もはやまともに文字を読むことすら出来ないものだったが……彼にとっては問題では無かった。
それが本であり、記された内容が『事実』として存在するのならば――『詠み取る』ことは可能だからだ。
そして、仮にそれすら不可能だったとしても……彼にとって、その本は。
一字一句、内容を憶えているものだったのだから。
「どうです? 何か見つかりましたか?」
もとはドアにあたる箇所だったらしい空間を抜けて、隣室から、彼と同年代の女性が姿を現す。
その彼女に、彼は手にしていた古い本を軽く掲げてみせた。
「それは……もしかして?」
「恐らくはね。
もっと詠み解いてみなければ、はっきりとは分からないけど」
「なら、やはりここが……」
「ああ。
『記憶』から推測される、〈始まりの地〉で間違いないだろうね――」
若者は、愛おしむように古い本の表面を撫でる。
――これを読んで、受け継がれて、根付いていた……〈想い〉。
人々の、自らの中に確かに存在する『それ』への気付きが。
きっと、今の我々に繋がっているのだ――と。
* * *
――彼がその『本』を見つけたのは、まったくの偶然だった。
地下の食料貯蔵庫を拡張しようと土を掘り進めた結果発見した、数千年前のものと思われる小さな『部屋』。
もはや遺跡と呼ぶべき、そんな果て無き歳月を閲した部屋の一角に……その本はあったのだ。
みだりに過去の遺物に触れるべきではない――それが、今を生きる人々の常識だった。
しかし彼は、その本に手を伸ばした。
生来の探究心を以て、時間を掛け、失われた言語で記された本を読み解いた。
そして、彼は気付いた――気付いてしまった。
そう、教え諭され、学んだというよりも……それはまさに気付きだった。
気付いたのだ、天啓の如くに。
――自らの内に、連綿と受け継がれてきたものが、確かにあることを。
それは――
どれほどの歳月がかかろうと、正しく発露させなければならないものだった。
このまま眠らせていてはならないものだった。
ならばこそ。
そのために、すぐにでも行動していかなければならないのだ――と。
奇しくも、己と同じ名を持った本の著者に……その背中を押されるように。
今の世界では、『変わり者』と同義である『学者』を自称する若者――ランディは、自らの決意を固めたのだった。
そうして、世界は、人間は。
再び、新たな始まりの一歩を、踏み出していく――。




