42.愚かな絵を描くもまた人
――〈生屍〉は、一般人からすれば確かに恐ろしい存在だが……積極的に人を探してまで襲うわけではない。
そして50年以上前の出現当時ならいざ知らず、今や世界の『常識』となっている生屍の危険性と対処法は、もはや誰もが理解していることだ。
そればかりか、過去を知る人間の中には、生屍の凶暴性は時代とともに鈍化しているのでは――と、そんな風に感じる者もいるほどであり……。
いきおい、生屍による直接的な生者の被害というのは、今やそこまで多くは無いのである。
ゆえに――ここで〈冥界〉との境界である封印が爆破され、生屍が街中に解き放たれたところで、ウラルトゥの存亡に関わるほどの被害が出ることはまず無く……。
ましてや、爆破という派手な行為は、それだけで人々の注意を引き、警戒させるものであるし……現在街には、常駐の〈出楽園〉の軍だけでなく、〈回帰会〉の軍、さらには晃宏たちすらも滞在しているのだ。
戦闘――延いては生屍処理の専門家でもある人間がこれだけ揃っているとなれば、それこそこの程度、破壊工作としての直接的な効果は薄いだろう。
だが……間接的な効果、となれば話は別だった。
「とんでもねえ大バカ野郎ってのは、いつでもどこにでもいるもんだな……!」
拳銃を構え、爆薬の設置作業を止めさせたまま……晃宏はゆっくりと近付いていく。
「……生屍を解き放ったところで、街に出る被害は大したことはない。
はっきり言って、PDを落とすための手段としては下の下だろうよ。
だが――せっかくの平和的な解決をひっくり返すためってことなら、話は別だ」
和平を良しとせず――あくまで武力による決着を望むなら。
そのための火種とするならば――この破壊工作には確かな効果があった。
……互いの不信を煽るという、このときだからこそ最も活きる効果が。
「あるいは、PDは慎重に、回帰会を刺激しないよう、まずは事故の線を前に出すかも知れねえが……しかしこの絵を描いたバカ野郎は声高に主張するだろうよ。
和平と偽って街に引き入れた回帰会の幹部を、PDは事故に見せかけて排除しようとした――とな。
そうして騙し討ちを疑われりゃ、PDも回帰会の仕業だと主張せざるを得ない。
結果互いに、やはり信用するべきではなかった――と、ふりだしに戻るばかりか、以前より深い確執が生まれ……今度こそ抗争待ったなし、ってわけだ」
なおも近付く晃宏……暗がりの中、彼が確認出来た工作員は4人。
大扉の前で、晃宏の銃口を警戒して動かずにいるが……その手が、肩から提げたライフルをすぐにでも撃てる位置にあるのは、はっきり見ずとも分かった。
……だが――この位置、この数ならどうとでもなる。
晃宏は確信する。確信した上で、なおもムダにも見える言葉を続ける。
あるいはそれで、彼らの戦意を挫く――ないしは、動揺を誘うために。
「実際、タイミングは良いとは言え、何とも杜撰だがな。
大方、あのアントーニオって爺さんまでが仲裁に来るのが予想外で、慌てて実行を早めたってところか。
で――こんなくそったれな絵を描いた大バカ野郎は誰だ?
バティスティ……は、ねえだろ。アイツぁそんなタマじゃなさそうだし、あのケン爺に根性叩き直されたとあっちゃな。
いや、むしろアイツは――どさくさ紛れの排除対象、ってやつか?
権力争いの相手なんて、少ないに越したことはないからな……PDの奸計によって殺害された――ってことにしちまえば、計画に組み込んで効率的に消せるわけだ。
しかも今なら、非戦主張の第一人者のアントーニオ爺さんとセットでな。
――つまり、だ。
それで最も得をする回帰会幹部が――っ!?」
そこまで言ったところで――晃宏は半ば直感的にその場から飛び退り、地面を転がる。
直後、彼の元いた場所の土が立て続けに弾けた。
さらに、彼がそのまま転がるのを追うように土は跳ね飛び――何とか資材用の積まれたコンテナの陰に隠れた瞬間には、激しい火花が散る。
(両翼にもう2人、気配を殺してやがったか……!)
余裕を持って対処していたはずが、伏兵を見逃した自らの失態に舌打ちする晃宏。
これで、状況は一気に不利に傾いてしまった。
彼が牽制していた正面の4人も再び動き始め、包囲の輪に加わるだろう。
加えて、工作員たちが使っている銃器は消音器付きだ――銃声を聞きつけて助けが来る望みは薄い。
「ったく、やっぱり酒なんざ呑むもんじゃねえな……!」
悪態をつきながら、相手のスキを窺おうと少し物陰から頭を上げれば――そこを狙って銃弾が雨あられと降り注ぐ。
すぐさま首を竦めて難を逃れても、それが牽制なのは明らかだ。
そうして釘付けにしたところで、本命は――。
「――っ!」
弾かれたように、銃口を背後に向ける晃宏。
予測通り、そちらにはライフルを構え近付いてくる工作員が3人いた。
扇状に間を開けたそれらを、一息に無力化するのは難しい。
かといって、コンテナを乗り越えて逆側に逃れようとすれば、牽制していた側の良いマトだ――。
詰み、とも取れる状況。
だが――晃宏に、諦めるという選択肢はなかった。
絶対的不利であっても、絶望が心を捉えるよりも早く――生き延びるための最善手を即座に選び取り、実行に移そうと身体が動く。
急所に食らいさえしなければ何とかなる――!
多少の被弾は覚悟の上で、まずは背後を突いてきた3人を倒そうと引き金を絞る晃宏。
それと同期するように、工作員のライフルも火を吹く。
しかし――刹那の後、その場に降りたのは静寂だった。
ありえないほどの、空気そのものが固着したかのような――静寂。
「――――!?」
その場の全員が、そんな不可思議を知覚した次の瞬間――。
パラパラと、乾いた音が彼らの耳に届く。
――放たれた銃弾がすべて、ベクトルを失って地面に転がった音だった。
そして――同時に。
いつの間にか、晃宏の前には……一人の少年が背を向けて立っていた。
夜闇の中にあって、まるでそれ自体が輝いているかのような――。
美しい白髪をなびかせた少年が。




