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スチームパンク2077  作者: 吉田エン
六章 帝国の崩壊
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7. 怪人

「彼の行方は帝都ではありません。石狩です。一刻の猶予もありません。今すぐ進路の変更を」


 利史郎の通告を受け、内務卿は片眉を上げただけだった。理解が及ばない限り動かないという、策士らしい慎重さを発揮している。彼は傍らにいた武雄に視線を向けるが、彼もまた肩をすくめてしまった。


「石狩? D領か。何故レヘイサムはDloopを狙う」


 利史郎は焦った。レヘイサムの軽飛行戦艦の速度を考えると、既に手遅れになっていてもおかしくない。しかし内務卿、そして全権大使の立場とすれば、何の確証もなく帝都を危機に晒すわけにもいかないだろう。大きく息を吸い、吐き、焦りを鎮めてから二人を促し、隣接する作戦室に入った。


 内務卿と武雄に続き、牧野、知里が集まったが、誰も椅子に腰掛けようとはしなかった。一同の怪訝そうな視線を受け、利史郎はDloopのような思考を整理し、彼らにも理解出来るよう順序立て、肝心な点を最初に触れた。


「レヘイサムは分離主義者です。そして分離主義者の目的とは、帝国の抑圧からの解放です。であれば強大な爆弾を手にした彼が狙うのは、帝都。そう考えるのが当然です」


「くだらん。抑圧だと? 我々は後進国を庇護しているだけだ。それを連中の一部は――」


 恐らくそれは、五帝国の貴族共通の癖だろう。条件反射で建前を口にした内務卿を、利史郎は片手で遮った。


「見方の問題です。大人は子供に失敗させまいと世話を焼きますが、子供はそれを抑圧と捉える。大半の分離主義者はそう考え、五帝国に対し様々な手段で反抗している。しかしレヘイサムの場合は――彼らの知らないことを知っている」


「知らないこと?」


「五帝国体制とは実は、Dloopが望み、そう仕組んだ物であるということです。内務卿、異論はありますか」


 近衛内務卿は答えなかった。ただ難しい顔のまま利史郎を見つめ、次いで顎の先で武雄を促す。


「お前も理解したと思うが、それは五帝国指導部にとっても禁忌だ。漠然と理解してはいるが、だれも具体的に考えようとせず、言葉に出そうともしない。その先にあるものが想像出来ないため、触れるのを怖れているんだ」


「ええ。それも含め、今現在の五帝国体制はDloopの思惑通りの物なんです。内務卿も父から聞き及んだかと思いますが、実のところ彼らは単に、彼らの生存に不可欠な物質を採掘するためにこの星にやってきた盗人に過ぎません。〈石油〉です。それを安定的に、安全に採掘する事こそが、Dloopの活動の唯一の目的なのです。彼らはそれを最小の手間で行うために、五帝国体制というものを作り上げ、社会変動の理由となる科学の発展を暗殺という手段で遮り、二百年の安定と停滞を生み出した。


 しかし完璧ではなかった。彼らは伊集院の存在を見逃し、強大な爆弾へと繋がる新たな〈燃料〉、ピッチブレンドを発見させてしまった。Dloopは僕に言った。〈あの技術は、君らには早すぎる〉。まるで僕ら人類を心配しているかのような台詞ですが、結局のところ彼らは安定した〈石油〉の採掘に不確定要素が加わるのを望んでいないだけとしか思えません。しかし何れにせよ、これは知里さんが指摘したことですが――Dloopの人類に対する態度は、帝国の属国に対する態度とよく似ています。どのように国家を運営し、人民を統治するかは帝国が指導し、少しでも危うい政策があれば修正させる。Dloopはそれほど露骨ではありませんが、同じように五帝国体制を作らせ、世界の安定と停滞を目指している。


 そしてレヘイサムです。彼はこの事実を知っている。だとするならば、彼の〈標的印〉が狙う一番の目標は――」


 内務卿は大きな右手を開き、利史郎の言葉を止めさせた。そして数秒目を閉じて考え込むと、硬質な唇を開き言った。


「全ての束縛の元凶は、Dloopか。確かに分離主義者ならばそう考えてもおかしくはないが、推論に過ぎん」


「しかしD領に爆弾が落とされたら、Dloopがどう応じるか――」


「帝都に落とされたならば、どうなるかは明白だ。数万の臣民と――なにより陛下が亡くなられる。今の状況でそんな事になれば、ロシアは間違いなく地域の蚕食に走る。モリアティだって黙っておらんだろう。蝦夷、満州、ビルマ。外地の殆どが奪われ、帝国は崩壊する」内務卿は頭を振った。「駄目だ。そんな危険な賭をするくらいならば、何もせずにDloopの怒りを買うことになった方が、まだ諦めがつく」


「確かに、難しい選択なのは理解出来ます。ではもう一つ、僕がそう考える根拠を示します。レヘイサムは怪人を支配下に置き、帝国で様々な事件を起こし、最近では北米を荒らすための戦力とした。何故彼はそんな事が出来たのか。その答えもまた、彼がD領を〈攻撃しなければならない〉理由となるのです」


「攻撃しなければならない? レヘイサムは怪人のために、D領を攻めるってのか? 何でまたそんな――」


 口を挟んだ牧野警部に、利史郎は頷いてみせた。


「これほど科学が進んだ今となっても、怪人が何者なのかというのは明白になっていません。闇から生まれる。激しい感情から変異する。そんな小バエが無から生まれるのと同じような存在として扱われている。しかし僕は事件を追う過程で、幾つかの新発見をしました。怪人は〈爆弾〉の原料であるピッチブレンド鉱石の発する〈放射線〉を浴びると、人になる。いや、人に戻る、と言った方が正しいか――そしてDloopは〈放射線〉を過度に嫌い、またDloopの体液――〈黒い血〉は、怪人に反応する。この三つの証拠から明らかになることは、ただ一つ。怪人とは――」


「Dloopが、ヒトに手を加えて作り出した?」ようやく解に辿り着いた知里が言う。だが彼女はすぐに眉間に皺を寄せ、利史郎に迫った。「何故? 何のために。だいたいDloopは怪人を回収してる。どうして自分たちで生み出した物を、ヒトから引き取ったりするの。その推理は間違ってる!」


「いえ。間違っていません。もう一つの証拠があります。Dloopは回収した怪人を解剖し、何かを探っていた。つまり彼らは怪人を生み出したものの、何故そのような事が起きたのか明確に理解していなかったということになる。では一体何が起きたのか。内務卿、貴方ならばご存じのはずだ。Dloopとの接触の少し前に起きた、〈黒い灰〉にまつわる記述を」


「――忠煕公の日記か」


「ええ。世界中に〈黒い灰〉が降り、記録に残された。それは不思議な灰で、触れると消えてしまった――実はこれは、Dloopが蒔いた物だという説があります。だとするならば、その目的は恐らく〈石油〉の在処を探すためではないでしょうか。そうやって彼らは地球上の五カ所を選び、D領を作った。そして――奇妙な一致がある。怪人にまつわる記録は遙か以前から伝承という形で伝わっていましたが、確実な存在の証拠が現れるのは1850年頃――Dloopの存在が確認されてから以降だということです」


「――Dloopは意図せず、怪人を作り出してしまったというの?」


 一足先に結論に辿り着いた知里に、指先を向ける。


「その通りです。彼らは〈石油〉の在処を探るために蒔いた〈黒い灰〉が、何故かヒトに影響を及ぼし――異形の者に変えてしまった事を知った。その原因を探るために、彼らはヒトから怪人を回収し、調査分析を行っている。あるいはその事実をヒトに感づかれ反発されるのを怖れ、隠蔽のために回収しているのかもしれない。そのどちらでも説明はつきますが、何れにせよ――ここからが本題です。その事実を知ったレヘイサムは、事実を怪人を仲間に取り込む道具とした。怪人は強い恨みや辛みに支配されている。その負の感情を、彼は利用した。〈お前たちに苦しみを与えた元凶は、かの異星人だ。俺は連中を追い出すための活動をしている。力を貸せ〉。この程度の話なら、知能の低い怪人でも十分に理解出来ます。だからそれを実現する力を持った今、彼はD領に爆弾を〈落とさなければならない〉んです」


 説明を終え、利史郎は待ち構えた。そして数秒後、内務卿は機敏に動いた。扉を開けてブリッジに戻ると、艦長に向けて声を発する。


「進路変更。石狩を目指せ」


 すぐさま艦長は復唱し、彼の指示をまた士官たちが復唱する。艦全体が非常事態に入った。予備の石炭が投棄され、予め蒔かれていたゼンマイが装着され、一斉に力を解放する。千代田は北北東に進路を変え、霧を切り裂き、青空の下を疾走しはじめた。

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