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ユニティ□キューブ!  作者: (仮名)
『転:天地創造RTA』
23/42

『森とタタラ場(3)』

「……で、一般公開してから一日経つけど『お告げ』の演出はまだ決まってないんですか?一応ミズナラの予告した『お告げ』の予定日って今日なんですけど」

「とりあえず一通りは考えているが、託宣を与えるEDENの民がどのような演出を好みのかが未だに分かっていないのだ。ニラヤマよ、貴様が以前作ったワールドも見ておきたい」


 当初の予定通り、ミズナラがワールドを配信で紹介している最中に偶然撮影されたものとして、インスタンスに居ないユーザーや配信記録(アーカイブ)を後から見る人たちにも“お告げ”を伝え広める計画です。

 つまり、ここでの豆腐の一挙一動はEDEN全体のユーザーのみならず、その外に居るミズナラの配信視聴者たちにも観察されるということです。

 

 運営から告げられた内容をEDENのユーザーであるニラヤマに翻訳させて、過剰にならない程度の演出と共に読み上げる台本は完成していましたが、その内容を信じさせるに足る演出であるかと自分が挙動不審にならずお告げを完遂できるかが豆腐の不安要素でした。


 そしてミズナラは自分の友人交流で配信インスタンスを開くことを申し出たので、人が集まり始めるまでの間に豆腐たちはニラヤマが作ったワールドを巡り歩いていました。

 

 ここで“お告げ”が無事に終われば、その時ミズナラに“カナン”への案内を頼むとしようと考えながら、街中にある喫茶店や雑居ビルの飲み屋、ビルの隙間の路地といったニラヤマの製作ワールドを案内された豆腐は、最後に学校の屋上前――摩擦の強いリノリウム調のマテリアルを敷き詰めた床に、屋上への扉の窓から差し込む日差しと、蛍光灯の光が反射している廊下の行き止まりに降り立ちます。


「この先の、屋上の景色は創らないのか?」


 鍵の閉ざされていた扉の向こうには夕暮れ時の空が広がるばかりで、その代わり廊下の行き止まりには古びた薬品棚や革張りのソファが並んでいました。豆腐の質問に、ニラヤマは答えます。


「作りませんよ。だって実際に行ったことも、覗き込んで見たこともないんだから。あの先には光だけが広がっていて、わたしは決してそこに行くことができない。そんな行き止まりでもなければ、人が来なくて落ち着ける場所になんてならなかったと思いますし」


 差し込む日差し(ライトシャフト)に照らされて浮かび上がる埃の粒子(パーティクル)を背に、ニラヤマは「そう、学校の休み時間はここに一人で居たんですよね」と言います。

 

 ニラヤマが自分の素性――現実のことを話すのは初めてで、それは高校時代に不登校であった豆腐にはあまり嬉しいことではありませんでした。

 豆腐は人と話すことが苦手なせいで不登校になったりもしたけれど、引きこもりというわけではなく、教会や図書館、美術館、街の中といった学校以外の全ての場所が行くことのできる世界でした。

 その結果として豆腐は今の仕事に就くことができているのだから、決して後悔を感じているわけではありません。それでも例えばミズナラが懐かしむ『放課後』のような、誰かと共感し合うことのできる記憶は持ち合わせていないのです。


「……む。一人で、だと?」

「あー、スマホで音楽を聞いたりSNSを見たりしてただけなんですけど。興味のない授業とか会いたくない人ばかりの教室を、少しの時間だけでも忘れることができた。さながら現実の社会からの『避難所』ってとこですね」


 ニラヤマの言葉を聞いて、豆腐はようやくアパートの自室から感じていたニラヤマのワールドの共通点に気付きます。それは全てのワールドが現実に存在するような景色でありながら、どれも奇妙なまでに人間の気配を感じないということでした。

 インスタンスに人が訪れていないという意味では当然のことですが、そもそも大勢の人が集まるように作られていない場所だけを景色として制作しているようです。

 

 そして現実社会からの避難所、という言葉は豆腐がかつて足を運んでいた場所にも当てはまるように思えました。豆腐は初めて誰かの過去に共感できましたが、今に限って言えば手放しに嬉しいとは思えませんでした。


「ニラヤマ、お前は……」

「うん?」


 ミズナラの寂しげな笑顔を思い出しながら、豆腐は何気ない風に質問します。


「そこで、誰かと会ったりはしなかったのか?」


 ハッ、と一笑するのが、ニラヤマの答えでした。


「あの時の私は、誰も居ない場所でしか呼吸ができなかった。ここ(VR)に来るような人間の多かれ少なかれに、そういう記憶はあるんじゃないですか?ただ場所だけが私に呼吸することを許してくれたから、今でも人間より景色の方を見ているのが好きなのかもしれません」


 人間の居ない景色。そこに居る他の人間にとって、自分の存在が背景以上の意味を持たない景色。

 ニラヤマが見ている世界がそういうものなら、ミズナラと心から分かり合うことは難しいのかもしれません。


 そう考え込んでいる豆腐の沈黙をどう受け取ったのか、ニラヤマは「でもさ、豆腐。最近のあんたやミズナラと居る時だけは、そうは思わなくなってきたんです」と告げました。


 豆腐が「一体、それはどういう……」と問い返すよりも早く、ニラヤマに「そろそろミズナラの配信が始まる時間ですよ。友人交流(フレプラ)のインスタンスで開かれるらしいので、私たちもエキストラとして混ざりに行きましょう」と“お告げ”用ワールドのポータルに放り込まれます。


 そして豆腐が居なくなった一人きりのインスタンスで、ニラヤマは独り言を呟きました。


「出会い方がアレだったから一度限りのつもりで『素のままの私』を出したけど、結局あんたとは今の今まで関係が続いてきた。相手の趣味とか好きなものに話を合わせたり、その場所で受け入れられやすい自分を演じなくても、離れていかない初めての相手でしたから」


 そして、その僅かな時間の差がニラヤマと豆腐をバラバラにしてしまうことなど、二人とも考えもしませんでした。

 

 結論から言えばミズナラの配信インスタンスに、訪れたユーザーの数は『ちょっと』では済まなかったのです。定員ギリギリの友人交流(フレプラ)インスタンスに滑り込めたのは先に移動した豆腐だけでした。

 

 ニラヤマも豆腐も忘れていたのです、誰が『ワールドを創る』ことを方法として提案したのかと、その人物が以前からニラヤマに『複数のコミュニティから人が集まる友人交流』のためのワールドを創って欲しいと言っていたことを。

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