『天地創造RTA(1)』
「何故だニラヤマよ!今までのように、我がアクセサリーに扮したまま様々なコミュニティへと足を運び、そこでお告げを行っていれば良かったではないか!」
と、豆腐はアパートの一室でニラヤマを問い詰めていました。
ミズナラ達のインスタンスで豆腐によって行われたEDENが滅びるという預言は、そこそこの衝撃と混乱をその場に居たユーザーに与えました。
けれど“カナン”を目指して他のコミュニティを渡り歩きながら、同じように“お告げ”を繰り返していくことにニラヤマが反対したのです。ニラヤマ達が知らないEDENに向かうことに、ミズナラが“祭司”として協力すると言ってくれた直後のことです。
そして豆腐に対してニラヤマは気後れする素振りもなく、こう答えました。
「んーあのさ、豆腐みたいなやつって他にも居るんじゃないの?」
「なんだと?」
豆腐が言葉の意味を理解する前に、ニラヤマは続きを言います。
「だからさ私たち……少なくとも私やミズナラは、一つのコミュニティか|全体公開《パブリック》に居ることがほとんどだった。それ以外の場所でどんな出来事が起こってるのか、他のSNSに貼られた写真とかでしか知る方法はなかった。他の豆腐みたいなやつが居たとして、うかつに全体公開インスタンスに現れて、自分の存在を誇示するようなやつとも限らないでしょ」
「前に貴様が言っていた“インスタンスの壁”とやらの話か」
豆腐は不満げながらも話を聞きます。
VR-EDENというサービスは最低限の機能とUI、データをアップロードする共通規格であるSDKを提供するだけで、利用者はそれぞれが独自に作ったり改変したアバターで誰かの創ったワールドに訪れるのです。
アバターやワールドに追加機能として組み込まれた技術の類いも、そういうものが存在するといった知識でさえも、互いに行き来する手段がないコミュニティの間では隔てられているのでした。
「少なくとも、例えば“カナン”って場所はインスタンスが満員になって、新しい募集に推薦やら試験やらが必要になるくらいの人数が居る。その中にもし豆腐みたいなやつが居ることを知っている人が居て、不正に連れ込んでいるとバレたりしたら厄介だと思ってさ。そうでなくても私たちの行く先々でだけ、変な “お告げ”があるなんて不自然すぎるでしょ」
そこまで論理立てて言われてしまっては、豆腐も納得するしかありませんでした。なにせVR-EDENという場所について、豆腐はまだ知らないことの方が遥かに多いのですから。
「ならば代案があるのか、ニラヤマよ」という豆腐の質問に、ニラヤマは「静かにしておいてね、そのために今のインスタンスに人を招待してる途中だから」と答えました。
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「なるほど、そういう理由でなるべく燃えないように、バズって広く拡散されたいんだね」
「う、うん……」
と、薄汚れたアパートで豆腐が自らの目的をミズナラに明かした後の、同じインスタンスに招待されたムロトは言いました。ニラヤマが招待していたEDENについて、より広い界隈を知っている人というのはムロトのことでした。
「それならさ、ニラヤマくんが協力してあげれば良いんじゃない?」
かつてムロトとミズナラは、互いのフレンド同士で争いが起こるのを避けるために、あまり同じインスタンスには居ないよう取り決めていたのでした。
そうして二人が会えない状況を豆腐とニラヤマが強引に解決したとはいえ、二人のわだかまりまでが解決したわけではありません。
そんな緊張感もアパートの一室に招かれたムロトが、ミズナラを見るなり「ほら、仲直りのキス~」と迫ってきたところで四散してしまいました。
ミズナラが「う、ぇっと好きな人が居るのでキスはちょっと……」と言い淀みながら、恐る恐るでムロトの反応を見ます。
それに対して一拍の後ムロトは「えっ、めっちゃ反応初々しいじゃん、可愛いねー!」とか「えっ誰誰片想い?」などと、予想外のハイテンションで色々と質問してきます。
「あの、すいませんなんか」と恐縮しているミズナラに代わって、ニラヤマが「あのームロトさん、それで用件の方ですけど」と割って入ったのでした。
「私が協力するってどういう意味ですか?」
「一人のユーザーとして全ての界隈の人と会うことは難しいけど、ワールドとして公開すれば色んな界隈がインスタンスを建てて来てくれるでしょ。何かEDENの人々にメッセージを送りたいなら、誰もが訪れるワールドの中にそれを仕込むのはどうかなってこと。ほら“UDON毛刈り”で羊が虹色の羊毛に生え変わった時とか、色んな人が見に来てたじゃん?」
というムロトの言葉に、ニラヤマは「でも、自分のワールドに沢山の人を集めることも、そこが創った人の想定通りの用途で使われることも簡単じゃないですよ?」と微妙そうな反応を見せます。
ですが直接ユーザーに伝えるのではなくワールドの一部として“お告げ”を見せることができれば、自身の存在を露呈することもなく会ったことがないユーザーに伝えることができるので、豆腐は理想的な方法かもしれないと考えました。
二人の会話を聞きながら考え込んでいたミズナラが、そこで全く予想していなかったことを提案したのでした。
「じゃあ、僕が動画配信とかでワールドを紹介したり、その想定通りの“使い方”を実演してみせれば良いんじゃないですか?」
「……えっ、なんて?」
ムロトの前では物言わぬアクセサリーに扮したままで居る豆腐も、思わず口を開きそうになりますが「どうせニラヤマさんがワールドを創ったり、その伝えたいメッセージを準備している間、僕は暇じゃないですか。ワールドだけじゃなくてEDENの外にある動画サイト経由なら、どのコミュニティでも見ることができますから」とミズナラは続けます。
「おっ、いいね~!俺も他のコミュニティで、皆がだらだらしてる時とかミズナラくんの動画をプレイヤーで流しちゃおっかな。ニラヤマくんのワールドも楽しみにしてるからね」
会話をとんとん拍子で進めていくと、ムロトは「知り合いから|招待《インバイト》来たから移動するね」と別のインスタンスにさっさと移動しようとします。
「あの、ちょっとだけ良いですか」とムロトを引き留めて、ニラヤマは「正直、ここまで相談に乗ってくれるとは思いませんでした」と言います。
ムロトが「あっは、誰かのお悩み相談や色恋話は、この世で一番の酒の肴なんだよ!ミズナラくんの話も、また飲み会する時に聴かせてよね?」と言い残して、インスタンスを移動していきます。
ムロトのような人間は、誰が誰を好きか嫌いかといった人間関係に嘴を突っ込んで事態をややこしくしがちである反面、誰かの悩み相談や愚痴についても同じく興味の対象や話題の種として楽しんで、それを聴くことや助言することにギブアンドテイクが成り立っている人種なのかもしれないと、豆腐は思いました。
「……さて、そうなるとミズナラが配信で紹介しやすいように、“お告げ”よりも先にワールドを公開した方が良さそうだね。正式サービスが開始する今週の金曜、つまり六日後までに“お告げ”が行き渡ってないと駄目なんだけど」
と、ムロトが去った後の部屋でニラヤマが口を開きます。
「ミズナラの配信でワールドが話題になるまでに最低三日はかかるとして、今から三日でワールドを仕上げないといけないのか」と豆腐は初めて問題に気付きます。
「え!?ニラヤマさんのワールドとか、色んな人のワールド使わせてもらうから大丈夫っすよ!」
「創るのは私じゃないよ、技術やアセットは貸したげるけどさ」
「僕っすか!?」とミズナラが驚いた言葉を上げます。ニラヤマは更に驚くようなことを言いました。
「違うよ、豆腐が居るでしょ」
ニラヤマの『現実指向』なワールドでは、バーチャルの世界を求めて訪れた大多数のEDENユーザーとは相性が良くない、というような考えがあったことを後から聞きました。そしてニラヤマの考えは、予想を超えて豆腐という存在の潜在能力を引き出すことになるのです。
ですが今の時点では「……良いだろう、神は天地を七日で創造したと言われている。既に製作ソフトを与えられ“資材”も豊富にあるとなれば、三日で創り切ることなど造作もないであろう」と虚勢を張る豆腐も、続くニラヤマの一言に軽く絶望することになりました。
「あんたはなんで一々そう自信満々なんだよ、あとテストワールドに人を呼んで負荷や同期のテストをしたり、バグを修正したりで色々やる事はあるし、とりあえず七時間で暫定版を完成させるんですからね」




