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青炎

・麗春の月9日夜 平民街区、冒険者通り


 冒険者通りは文字通り冒険者組合がある通りだ。それだけでなく、懐がある程度温かい冒険者達もここに拠点を置く。そういう連中を相手に商売する者などもいて、日中は中々賑やかなところだが、夜になると途端に静まり返る。夜中に活動する理由はあまり無いし、危険が伴うからだ。


 だが、今夜はこの場所こそ修羅場になるだろう。“真紅のサソリ”拿捕のために、征討士たちが路地裏に潜んでいた。中級征討士タースの班である。

 人間離れした強さを持つ冒険者だが、それに対抗するための存在が征討士だ。彼らは対人にこそ力を発揮できるよう訓練している。下級征討士であっても生半の冒険者ではかなりの強敵である。



「流石にタースだな。これだけの人員を集めて使えるとは」



 様子を見ていたジラレスが褒めると、タースは刈り上げた髪をガシガシと掻いた。



「よせよ、背中がむずむずする。そもそもうちの班は大捕物のために人員が多いんだ。班長を続けてれば嫌でも慣れる……そっちは本当に二人で良いのか?」

「本来、任務外の行動だからな。それにミテスと俺の戦い方だと、少人数でないと巻き込みかねない。ではすまないが、なるべく殺さないように頼む」

「捕虜との約束を守るためだしな。善処はする」



 捕らえた者との約束を守るというと、どうにも酔狂に感じられる。一般大衆が思い描く征討士のイメージともあってない。だが、意外にも彼らはこれをなるべく叶える。そうでなければ今後、捕虜をとったときに取引が成立しない可能性があるからだ。



「さて、俺も約束のために“辰砂(しんしゃ)の貝”のところに行ってくる」

「採取や錬金術のチームといっても侮るなよ。そういうやつらほど自衛の手段を……っとこれは言うまでもないな」

「言うまでもないことを言ってくれるのがありがたい。問題はそれをどう噛み砕いてミテスに教えるかだな……いや、常に遊び感覚なのは常に本気なのか?」



 ぶつぶつ言いながらジラレスはパートナーの元へと歩いていった。ミテスはタースとの話し合いに興味はなく、離れた場所で蟻の群れで遊んでいたのだ。



「行くよ、ミテス。俺たちの相手はもうちょっと向こう側だ」

「ねぇ、ジラ。今日はどうするの? また殺しちゃ駄目?」

「んん? そうだな……抵抗するやつは殺して、抵抗しないやつは手足をもげ。蟻とおんなじだな」

「えへっへへへ。強い人がいるといいね」

「そうだな。是非いて欲しいな。折角の掃除だから、でかいゴミを片付けたい」



・麗春の月9日夜 平民街区、“辰砂(しんしゃ)の貝”拠点


 遠くで騒ぎの音が聞こえる。征討士達による“真紅のサソリ”の拿捕が始まったのだ。騒動好きのものたちはすぐに群がるだろう。同時に“辰砂(しんしゃ)の貝”は連絡役から一報を受け取り、証拠を隠滅するべく動いていた。

 ポーション〈活発の紫〉に関する資料や実物を念入りに処分する。ハーランド王国は中々治安がよく、お行儀(・・・)が良い。証言があっても証拠が無ければ、裁判でも冒険者に遠慮してほどほどの処分で済ませてくれるだろう。


 そう。裁判でもなんでも……言い分を聞いてくれるものがいたのなら、また甘い蜜が吸える。


 だからそんな彼らを許さない存在が現れる。


 “辰砂(しんしゃ)の貝”の構成員達は荷物を運び出そうとしたとき、全ての(・・・)出入り口が青い炎で塞がっていることを知った。その火はまるで生き物のように扉から内部まで侵食しようと蠢いている。



「お前らに与えられるのは3つだ。投降する権利と、抵抗する権利と、大人しく死ぬ権利。ただし、許さないし、逃さない、無傷でもいさせない」



 自分だけは対象外だとでもいうように、平然と炎を踏み越えて上級征討士が襲来した。



「ひっ……いああああつっ」

「きゃはははっ。まずは足からだよね。ジラの火で焼いたら血とか止まるんじゃないかな」



 何かを言おうとした男は後ろから(・・・・)切り裂かれた。彼らが知ることはなかったが、ジラレスがここに来るまでにすでにミテスは建物の中に入り込んでいたのだ。



「ミテス、首尾はどうだい?」

「一番えらそーなのは二階、慌ててるのは地下にいるよ」

「よし。俺が一階と二階をやるから、君は地下をお願いするよ。俺の炎は地下に行かないようにしておくから、ゆっくりと楽しむと良いよ」

「はぁーい!」



 さてと、とジラレスは気楽そうに剣を下げながら、ミテスが走り去っていくのを見守る。“辰砂(しんしゃ)の貝”たちが駆けつけ、ジラレスを取り囲んできた。



「犬め! これでもくらえ!」



 侮蔑と共に投げつけられたのは武器ではなく、水薬瓶だった。ジラレスはそれを斬らずに、そのまま優しく手で受け止めた。



「なるほど、自衛の手段……割れたら瘴気でも出るのか。それとも被ったらどうにかなるのか……試してみよう」



 ジラレスは次を投げようとしていた男に先んじて、手に持っていた瓶を投げつけた。床にぶちまけられた液体から黄色の気体が噴出して、吸い込んだ男は咳込みはじめて、いつまでも止まらなかった。



「……随分と危ないな。良いだろう、相応の抵抗手段は持っていると確認した。もとよりそのつもりだが、手加減抜きでやらせてもらおう!」



 ジラレスの剣が閃く。その度に敵の首が飛ぶ。相手も剣を持つ者、毒物を投げつけようとする者など中々の覚悟を見せたが、そのことごとくが無意味。

 そもそも地力が離れすぎてる上に、相対しているジラレスが欠片も油断しないのだから当然の結果と言えよう。

 瞬く間に1階を制圧し終えたジラレスは2階へと向かう。2階には偉そうなやつがいたとミテスが言っていた通り、部屋の調度がやや派手な部屋にリーダーらしき人物を発見した。



「逃げの一手かい? 部下は随分と立派だったぞ」

「なっ! 誰だ貴様……その格好、犬か。よくも、ここまで発展させたものを台無しにしてくれたな……」



 肥満した冒険者は顎を震わせながら、剣を抜いた。逃げられないという点については分かっているらしい。他人を薬漬けにした唾棄すべき手合だが、ジラレスは平静そのものだった。



「一応、聞いておきたい。お前達、誰から指示を受けていた?」

「何? 何を言っている……」

「自覚なしか。それならそれで構わない。あいつらの道に悪は一つも残さない、かかってこい」



 奇声とともに“辰砂(しんしゃ)の貝”の首領は斬りかかってきた。その見た目からは予想もできない鋭さだった。ジラレスは青炎の剣でそれを受け止める。初めてジラレス相手にこの日、剣戟が成立した。



「魔剣!? いや、特殊能力(アビリティ)か!」

「その察しの良さ、剣の腕。肥え太った外見は擬態か。つくづく冒険者というのは厄介だ」



 信じられないことに自身の体重を上手く使っているのだろう。敵首魁の剣は重く、そこだけを見ればジラレスを上回っている。

 一撃、二撃、と奇跡のように続いた打ち合いで、ジラレスを押してきた。太った顔に勝利への予感が浮かんだ、その時。ジラレスは左手で相手の顔を掴んだ。そして一言。



「燃えろ」



 一転して敵首魁の顔が歪んで、人形の薪木と化す。燃やすものを選ぶ青い炎は、ジラレスの意志通りに燃え広がる。剣での勝負で劣勢に追い込まれたように見えたのは(・・・・・)、異能で勝負を決める布石だった。


 特殊能力(アビリティ)……生まれついての才で授かる異能の力。国によっては神の恩恵とするところもあれば、呪いの力と見る国もある。

 当人の人格や能力にあっているかを除けば、所有している者は存外多い。ジラレスの場合は仕事上、とても有効的であった。


 火に巻かれて、動かなくなった敵手を見ながらジラレスは指を鳴らして、屋内の炎だけを消し去った。封鎖はそのままだ。

 さて、タースとミテスはどうしているかと、ジラレスは暴虐の場を後にした。


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