アトフォード
・仲夏の月20日 ハーランド王国 アトフォード
城門を潜ると旅の感慨が湧いてきて、門前広場でジラレス達は足を止めた。ジラレスにとってもここは初めて訪れる街で、感じ入ることはローレンと変わらない。ここで冒険者稼業をしながら、征討士としての仕事を行わなければならないが、まずは到着を祝う気持ちでいっぱいだ。
「色とりどりですね! 王都よりも派手です!」
「王都は有事には城塞になるよう石造りの家がほとんどだからな。ここ以外の中核都市も似たような感じだった……」
子供がスリを行おうと近くを駆けて抜けたが、ジラレス達はひょいと荷物をずらしてかわしてしまった。王都で暮らしていたので、そんなずさんな手口は食らわない。ミテスにいたっては足を引っ掛けて転ばしてしまう有様だ。
おかしな話で、もといた場所より活気のない場所で感じ入っていたのだ。気を取り直してこれからの計画を練らねばならない。
ジラレスは小声になってミテスとローレンに呟いた。
「まずは表の冒険者稼業を安定させないといけない。仕事の斡旋所を見つけてから、拠点になる宿を探そう」
「うん。冒険者通りみたいなところなのかな」
「あそこまで多いとは限らんが……どちらにせよ地理は頭に叩き込まなければならない。ゆっくりと探そう」
「はい! 頑張りましょう!」
「……ローレンはまず目立たないことを覚えようね」
冒険者通りに類似した地区は、案外すぐに見つかった。アトフォードの街は縫製や鍛冶の職人通りがあり、そこに繋がるように冒険者たちのたまり場があったのだ。
戦線から離れていて、王都のように店が多すぎるわけでもない街としては、剣や鎧の購入者は冒険者が多い。準備をする通りがすぐ横にあるというのは、まことに合理的だった。都市計画を役人が決めてしまう王都ではこうはいかない。
また、アトフォードでは古式ゆかしいというか、冒険者が集まる酒場に依頼がいくのだという。そうした酒場がいくつか並んでいるが、それぞれ趣が違っている。
試しに質のいい木材に油脂が塗られた酒場に入ってみようとしたところ、ジラレスの前に役人のような男が立ちはだかった。
「失礼。お客様、ここは名の知れた方々が依頼を出す斡旋所でして……」
「銀だ」
腕輪を一瞬で見て身ぎれいな男は浅く頭を下げた。
「失礼しました。ですが、お連れ様はそうではないようで……どうしても、というのならお客様お一人でお入りいただくことになりますが……」
「そうか。邪魔して悪かったね」
「いえ、功成り名遂げた際には是非お立ち寄りください」
ジラレスがあっさり引き下がったので、男もまたドアの横の定位置に戻った。あしらわれた形になるが、この男がかなりの戦闘者であることを見抜いたジラレスはむしろ感心してしまっていた。
「どうやらこの街でも腕輪の効力はあるらしいね。それにしても驚いた、いまどきはあんな店もあるのか。礼儀を弁えた冒険者だけを相手に商売が成り立つのか……ふうん」
「ジラレスさんって何でも知ってるかと思ってました」
「いや、俺もこの街は初めてなんだから知らないことなんていくらでもあるよ。こういう時、とりあえず落ち着いて見せると良いって考えてるだけで」
それで好感が持たれるかはともかく、酔っぱらいよろしく絡むのはジラレス的にはありえない。場所によっては侮られてしまうだろうが……
ともかくこの斡旋所ではミテスとローレンが入れない。他の店を探すことにする。残っているのは露骨にボロボロの店と、いたって普通の酒場だ。
ボロボロの酒場はわざと外観を汚くしているように、ジラレスには思えた。恐らく後ろ暗い連中がたむろする場所だと主張しているのだろう。ちょうど最初のキレイな店と反対だ。となると残る選択肢はそれなりに年季の入った木造の酒場しかない。
妙に大きく音を立てる扉を開けると、当たりだと分かる。清潔さを保つために床にはおがくずがまかれ、カウンター席の横には大きな掲示板がある。ああ、こんな感じだったなとジラレスの脳裏に一瞬過去の思い出が吹き込んだ。テーブルにかつての仲間たちが座っているのを幻視する。やはり幻は幻で一瞬で消え去ってしまい、あとには寂寥感が残っただけだった。
「ジラレスさん! ここからどうするんですか!」
「ん? ああ……仕事に出る時は掲示板の依頼書から決めて出発する。前金はなしで基本、報酬は全て後払いだ。まぁ、とりあえずなんか飲んでいこうか。今日のところは依頼を受ける気は無いし」
ジラレスはカウンター席に座った。ミテスとローレンも後に続く。今日のところは顔見せだ。小銀貨がカウンターに転がされる。
「エールを2つ、その子にはミルクか果実水を」
「初めて見る顔だな」
「そりゃ今着いたばかりだからね」
「そうか。まぁ金回りの良い客は大歓迎だ」
値段の倍を渡したのだが、店主は釣りを返す気はないようだった。ジラレスも平然としている。しばらくすると、ジラレスとローレンの前に木のマグが置かれ、ミテスの前には陶器のカップが置かれた。
「詮索する気は無いが、妙な取り合わせだ。銀と木とはな」
「弟子と拾い物だよ。こう見えて筋が良いから、生活が成り立つようにしてやりたくてね。どうせならちゃんとしたパーティーを組ませてやりたいが……」
「この時間だと、新人はもうどこかに出てる。いるのは擦れっ枯らしばかりだ。というわけであんたみたいな腕利きは個人的には期待しているんだ。この街には銀はあと一人しかいない」
「……少ないな。一応聞くが、金はいないのかい?」
「正気か? この街に?」
「言ってみただけだ。王都を通ってきたからね」
「ああ、なるほど。勇者様たちか。ここは魔族との前線からも遠いからな。通りがかったことすらねぇよ」
「ふむ。なら俺一人でも、やれることはあるかもな。ごちそうさん……ここらで宿はあるかい?」
「隣の通りに長期向けの宿がある。うさぎの看板が出てるからすぐわかるはずだ」
「行ってみよう。明日からよろしく頼む」
「期待してる」
席を立ったジラレスに続くミテスと、マグの中身を慌てて飲み干したローレンが続いた。値段分の話は聞けたかなとジラレスは微妙に思った。
「迂闊だったなぁ。まさか、銀の腕輪持ちも少ないとは、どうしても目立ってしまう」
「仕事中にお酒を飲んでしまいましたが、良かったんでしょうか?」
「うん? ああ、冒険者に溶け込むためには有効だよ。俺もあんまり強くないが、多少は飲み慣れてた方が良い……ミテスが大人しいな」
「あたしもエールが良かった……」
「年齢を考えてくれ……まぁミルクは悪かったが、大っぴらに飲むと正義感を出すやつもいるんだ」
宿はすぐに見つかった。ぶら下がった看板にうさぎと三本のニンジンが描かれている。そのまま“うさぎとニンジン亭”というらしい。木造だが、手入れの行き届いた外観と植木鉢に色とりどりの花が植えられている。
中に入ると、恰幅のいいおばさんが出迎えてくれて、交渉の末に一部屋を長期契約できた。
「その……ジラレスさんも同じ部屋なんですね」
「駆け出しの冒険者がいくつも部屋を借りれたら変じゃないか。心配しなくとも夜這いしたりはしないから安心して……かけてもいいならかけるが?」
「いえっ! そういう意味じゃないです!」
「まぁ俺は座っても寝れるし、気にするな。それに夜動くことが増えていくだろうし……」
2つあるベッドのうち一つはすでにミテスが占領して、埋まっていた。ジラレスとしてもローレンを床に寝かせる気は無いからこれでいい。
さて、とジラレスは物思いにふけりはじめた。表も裏も難題ばかりで頭が痛くなりそうだった。




