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勘違いなさらないでっ! 【76話】

遅くなりました……。

ちょっと短めです。


 そんな『気まずい無言』をどうにかしようとしたのか、ベラートが無駄に気を利かせてお茶を入れなおそうとする。

 わたくしもいたたまれなくなり、サイラスを無視してわざと声を高くしてエージュへ問いかける。

「そうだわ! プッチィ達はどうなったの!?」

「ウィコットのお部屋へお連れしております。様子を見て参りましょうか?」

「いいえ、わたくしも行くわ! 

 サイラス、話は終わりよね。とりあえずここにいればいいんでしょう!?」

「あ、ああ」

「じゃあ、行くわ」

 サッと立ち上がったわたくしに続き、サイラスも立ち上がる。

「案内しよう」

「いえ、結構よ。あなたは作戦とやらを考えていなさいな」

「それは大丈夫だ。

 ベラート、エシャル嬢へ連絡を」

 かしこまりました、と頭を下げるベラート。

「なぜエシャル様を?」

「聞きたいか?」

「いいえ!」

 聞いてはいけない、とハッと気がついて首を振る。

 結局サイラスも連れて、ウィコットの部屋へと行くことになった。



☆☆☆



 黄色い縁取りのされた茶色い絨毯の廊下をとにかく歩き、たどり着いた白いドアの部屋の前で立ち止まる。

「……」

 エージュがドアをノックしない。

 いえ、わたくしにもその理由はわかっている。

 ドタドタと部屋の中から、まるで暴れるような音が少しだけ漏れ出ているのだ。わずかに人の声も……。


 ぷ……プッチィ~!?


 決めつけてはならない、とは思うのだけど、クロヨンが暴れるのはあまり想像がつかない。

 ここまで大騒ぎをするのは、だいたい元気いっぱいのプッチィが多い。

「元気そうだな」

「……そうね」

 惨状を想像し、わたくしとサイラスは黙ってドアを見つめる。

「行くか」

「ええ」

 

 ああっ! 元気になってくれたのはいいのだけど、一体何をしているのかしら!?


 どうかそうひどい状態ではありませんように、と不安そうな顔をしているわたくしを見て、エージュが確認するようにうなずく。

「では」


 そしてドアは開かれた――。



「「「……」」」



 ぶわっと空中をただよう細い毛。

 毎日の掃除も行き届き、茶色い毛の短い絨毯が敷き詰められているはずの床には、見事に抜け落ちた毛の残骸が散乱している。

「また熱がでるわ!」

「ああ、そちらに行きました!」

「すばしっこい! アンさん!!」

「はいっ! うぐっ!」

 弾丸のように走る茶色い小さなウィコットを低い体勢で捕まえようしたアンの背中に、ドスンと下りてきたのは――プッチィ。

 膝を付いたアンの背中からぴょんと飛び出して、どこからか合流したクロヨンとじゃれ合うように体をぶつけ合ってまた走る。

「きゃっ」

 このお屋敷の世話係と思われるメイドのスカートの下を潜り抜ける、小さな弾丸ウィコット。

 そして、窓際のクッション付きの大きな籠の中、この惨状に文字通り背を向けて座っている黒いウィコットと茶色いウィコットがいた。


 あの一番速く走り抜けているウィコットが、プッチィ達の妹なのかしら?


 熱が出ていたと聞いていたけど、とても元気そうねと呆気にとられて三人で見ていると、起き上がりさまにアンが気がつく。

「あ、お嬢様」

 顔も服も毛だらけで力ない笑顔が、申し訳なさそうに見える。

「サイラス様!」

 二十代半ばほどで、茶色い髪をお団子にした少しふっくらしたメイドも、全身が毛だらけで疲れ切っていた。

「す、すごいわね」

 そう思わず声を漏らした時だった。

 

 ぴくっ。


 大きな耳を動かし、お騒ぎしていたプッチィとクロヨンの動きが止まる。

 その二匹の様子にどうしたのか、とでもいうように弾丸ウィコットも立ち止まる。

 くるり、とプッチィとクロヨンが振り返り、わたくしを見て元気に鳴く。

「「みぅうう!!」」

 そしてこちらに向かって走り出す。

「みー!」

 一拍遅れて小さなウィコットも駆け出してくると、それまで籠の中にいた黒いウィコットも後方から走ってきた。

「「!?」」

 ドアの前に立っていたわたくしとサイラスは、一瞬逃げようか迷ってしまったが――受け止めることにした。

「サイラス様!」

 ドアの横にいたエージュが気がついた時にはすでに遅く――。


 ぼふっ!

「……」

 どぼふっ!! 

「ゴフッ!」


 なぜかむせるサイラス。

息を止めなかったのかしら?

 そぉっと目を開けると、反射的に受け止めたプッチィとクロヨンが、わたくしの肩に足をかけて両頬にすりすりとしていた。

 もちろん顔中に毛が付いているし、口の中にも違和感があるわ。吸い込んだのかしら。

 そっと目だけでサイラスを見ると、――こっちは悲惨だった。

 

「~~!」

 顔に飛びついて来た黒いウィコットを肩に乗せて抱きとめつつ、右手で喉を抑えている。

 その喉を抑えている右手の曲げた肘の上に、あの茶色ウィコットが乗っていて「どうしたの?」とばかりに、サイラスの顔を覗き込んでいる。

「大丈夫でございますか?」

「あ、ああ」

「どうやら跳躍力が足りず、ダイズの頭突きが喉に入ったようです」

「わかっている」

 気遣うエージュが、そっと黒ウィコットを抱き上げると、こちらはなぜか力なく手足をぶら下げたまま。

 お腹を打ってしまったのかしら? 心配だわ。

 脱力している黒ウィコットの様子を観察し、エージュが「ふむ」とうなずく。

「ヨーカンはダイズを止めようとしたのでしょうね。偉かったですよ」

 エージュになでられつつも、下ろされた床の上でじっとしている黒いウィコット。


 え、待って。まさか……。


「……ダイズとヨーカンって名前なの?」

「そうだ。ちなみにあっちはキナコだ」

 サイラスが指差したのは、籠の中から身を乗り出すようにして固まった茶色いウィコット。

「「……」」


 わたくしとアンの表情が冴えないのは仕方がないことだと思う。


「ダイズって豆じゃないの」

「そうだ。こいつは小さいからな。前は『マメ』と呼んでいたが、それじゃあおかしいと(ぺっ)意見があったので改名した」

「まったく改名の意味がないわ(ぺっ)ね」

「そうか? 前より(ぺっ)反応は良いぞ。なあ、ダイズ」

「みぅうう」

 プッチィ達より少し高い声で鳴く、ダイズ。

 と、いうか口の中にすでに何本か毛が入ったみたいで、会話の途中で絡まってくる……。

「サイラス、あなたまさかと思うけど、黒いメスの(ぺっ)ウィコットが生まれたら?」

「アンコだな」

「やめなさ(ぺっ)い」

「ツブアンが良かったか? コシアンも異国風で(ぺぺっ)響きがいいな」

「どっちもダメよ。オハギというお菓子じゃないんだから」

「オハギはうまいぞ。食べたことないのか?」

「ないわよ」

 どうでもいいわよ、とばかりに適当に答えておく。

 プッチィ達二匹を下に下ろし、アンがさし出したハンカチでそっと口の中から毛を出す。

 お互いの姿を見て、サイラスがため息をつく。

「せっかく着替えたが、換毛期はまだだったのか」

 そう言って顔を上げた先で、あまりのことに硬直したままのお世話係のメイドがあわてて頭を下げる。

「も、申し訳ありません!!」

「いや、いい。こんなに暴れているのは初め……いや、そういえばまだ小さかった頃も走っていたな。懐かしい」

 わたくしの知らないプッチィ達のことを思い出し、フッと笑みがこぼれるサイラス。

 その横顔を見ながら、ちょっとだけ嫉妬してしまう。

「エリザ、換毛期はすでに終盤では?」

「は、はい。それが……」

 エージュの問いに言いにくそうなエリザを見て、わたくしは気がつく。

「そうだわ! プッチィ達はまだ毛が抜けてなかったわ」

「こいつらまだだったのか」

「昨日くらいからブラシに毛が多めにつくようになってきたのだけど、まさかこんなことになるなんて」

 少しサイラスが考え、そうかと顔を上げる。

「栄養状態と精神的な疲れの緩和のせいで、体が本来のサイクルを取り戻したのだろうな」

 それに対しては何も言えない。心当たりがありすぎる。

「みうみうみうう」

「んみぃいい」

 プッチィとクロヨンがわたくしのスカートの裾に必死にすがりつつ、ご機嫌にしっぽを振りつつ何かを言っている。

 意味は分からないけど、きっと家族に会えてうれしいのね。

 だって、さっきのはしゃぎっぷりを見たら、それは間違いないと思うから。

 そうこうしているうちに、エリザがハンドローラーコロコロを手に駆け寄ってきた。

「ああ、俺は慣れているから先にシャーリーを」

「は、はい。失礼いたします」

 アンも手伝いながら、二人でわたくしについた毛をとっていく。

 だが、足元で二匹がちょろちょろと動き回り、別のところに毛がついてしまう。

 仕方なくサイラスが二匹を抱き上げると、ダイズが自分も、とばかりにとびつく。

 そこへドアがノックされサイラスが答えると、ベラートが入ってきた。


「・ ・ ・」


 ベラートの顔には変化がなかったが、明らかに目の前の光景に言葉を失っているようだった。

 だが、さすがはこのお屋敷を取り仕切る執事。すぐに小さく一礼して動く。

「すぐに戻ります」

 一歩入っただけの部屋を後にする彼は、数分ですぐ戻ってきた。


 ――ずらりとハンドローラ―コロコロを手にしたメイドを引き連れて。


「……仰々しいな」

「何を言われますか。短時間で処理せねば、お嬢様もお疲れでございますよ?」


 その後、総勢七名のメイドによりわたくしとサイラスの毛が取り除かれ、エリザは五匹のウィコットを籠に戻して近づかせないように見張っていた。

 特にプッチィが何度もエリザを出し抜こうとしていたので、アンが途中から加勢に加わっていたけど。


 先にわたくしの処置が終わった。

「お部屋のご用意ができております。ご案内させていただきます」

 アンとともにベラートについていく。

「お、おい!」

 なぜかゆっくりメイドに処置され、いまだ終わっていないサイラスが右手でつかむように呼び止める。

「まあ、サイラス動いてはだめよ。おやすみなさい。また明日」

 あのメイドの動きはわざとよね、とこれもきっとベラートの指示なのだろうと思いつつ笑顔で手を振って部屋を出た。


 それにしても、プッチィたちの親のヨーカン、だったかしら? サイラスに飛びついてからめっきり動いていなかったけど、大丈夫かしらねぇ。



――――――――――



【 パパウィコット視点 】


 子ども達の感動の再会は大運動会へと化した。

『あなた』

『……』

 (つがい)に咎められるが、久々なのだからいいじゃないかと首を振る。

 結局のところ番もわたしと同じように、見て見ぬふりをして背を向けてくれた。

 そうして大運動会もそろそろ終わりかと思っていたら、なんと主様が入ってきた!!

 

 マズイ! まだ子ども達は気がついていない!!

 と、ところで隣に立つ女性は、上の子達の新しい主様なのだろうか?


 ぴくく。 


 上の子二匹の耳と鼻が動き、目の色が変わった。


 「「みぅうう『シャナー! お顔にキスー』!!」」


 一目散に駆けだす兄弟。

 それを見て娘も『あたしもー♪』と、主様へ狙いを定めて駆け出した。

『マズイ!!』

 

 主様の顔めがけてジャンプするなど、聞いたことも見たこともない! そんな迷惑なことをしてはいかん!!


 わたしは走った。

 主様の顔めがけて駆け出す娘を止めるために……。


「みぃいいいい『イカーン』!!」



 だが――結果として主様の顔に突っ込んでしまったのはわたしだった。

 娘は走り過ぎて疲れたのか、ジャンプ力が足りずに主様の首へと頭突き。くぐもった主様の声が痛々しい。

 番のオロオロする気配がするが、わたしは主様の顔にしがみつきながら頭が真っ白になってしまった。


 結局その夜、主様達が立ち去ってから、わたしと子ども達は番からしっかりとお説教をくらったのだった。





読んでいただきありがとうございます!!


あー、山が噴火。いや、灰がね……ここまでひどいと、気管支弱い人間にとっては悲惨。


今回はパパウィコット視点をつけてみました。

ちょっと短いですが、区切りがいいので4500文字で。

体調も落ち着いたので、また週末頑張ります!!



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