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勘違いなさらないでっ! 【75話】

抹茶の○ット○ットがおいしぃいいいい!!

 サイラス様はできる人なんですが、ここ最近本当に見ていてイライラするほど手際が悪いとしか言いようのない、もう凡人にしか見えないくらいのことしかできていないんですよ。本当に、もう、いい加減にして欲しい! と思っていたところに、起爆剤(シャナリーゼ様)が現れたのですよ。ええ、絶対に逃がしませんから。


 と、要約するとこんなところを、お茶を用意して戻ってきたエージュがきれいな言葉で言った。

 が、それで納得すると思うの?

 抗議の意味を込めて無言で睨みつけていると、いつもの胡散臭い笑みが五割増しくらいに不気味な輝きをみせる。

「ご安心ください、シャナリーゼ様。あのようになったサイラス様は、けっしてシャナリーゼ様の嫌がることは致しません。それどころか、真綿に包むように大事になさって、絶対に裏切るようなことはございません」

 真綿に包まれたってトゲトゲしてやるから、覚悟するがいいわ。

「まだお疑いですか? では、前にこうなった時のお話をいたします。

 サイラス様の特大の勘違いは、今回を含めても片手の数ほどです。その中の一つがウィコットです」

「えっ」

 直感的に嫌な予感しかしなかった。

 露骨に嫌な顔をするわたくしを見て、エージュは満足そうにうなずく。

「陰で『ウィコット大使』なんて呼ばれつつ保護活動に力を入れておられるのですが、これはもともと『世の中で一番かわいいのはウィコットだ。しかも絶滅寸前』というのが、そもそもの勘違いです。絶滅寸前も大げさでしたし、世の中で一番かわいいのは何か、というのも人それぞれですが」

「……周囲は勘違いを解こうとは思わなかったのね」

「原因が王妃様がらみでしたので」

「それは無理ね」

 あっさりわたくしは認めた。

 まあ、とりあえずウィコットはかわいいし、数が激減していたものの先が見えるようになったというから、結果的には良かったことだと思うわ。


 ――でも、わたくしの件は別よ。


「今すぐ勘違いを解きたいわ」

「それは無理です。いえ、しません」

「なぜよ」

「先ほども申しましたように、今サイラス様の抱えている問題の早期解決のためでございます。解決となった後ならば、全力でお手伝いいたしますので」

「……しばらく茶番に付き合えというの?」

 うんざりした顔で言えば、エージュは肯定とばかりに目を細める。

 面倒くさい状態になってしまったサイラスから逃げようにも、あっという間に道がふさがれてしまうだろう。

 しかも、わたくしが面倒をかければかけるほど問題が先延ばしされ、帰国に時間がかかるとなれば……答えは決まっているじゃないの。

 わたくしはため息をついて、エージュから目をそらす。

「……勘違い、さっさと終わってくれたらいいのだけど」

「いえ、サイラス様は短期爆発型ではなく、長期持続型です。そのひとつがウィコットです」

「面倒さと厄介さでは王妃様を抜いているわね」

「ですが今回はチャンスです。この『やっと欲しいものが手に入った絶頂感』的な感情が続くのであれば、今のサイラス様にシャナリーゼ様がお願いすることは『叶えたい』と思わせる作用があります」

「要するに『バカなカモ』ね」

「良い言い方で言えば『懐の広い紳士』ということです」

「ほほほ」

 思わず棒読みの笑いが出たわ。

「で、あなたはわたくしに何をさせたいのかしら?」

 冷たく見据えた先で、エージュは静かに片膝をつく。

「お力をお貸しください、シャナリーゼ様。――間違えれば犠牲者は莫大な数となるでしょう」

 犠牲者、という重い言葉にわたくしの体に寒気がはしった。

「……戦争、でもするの?」

「いえ、戦争ではございません。ただ――とらえ方によってはそれと同語だといえますが」

 ここまで、とばかりにエージュは口をつぐみ、わたくしもこの先を知れば無関係とは言えなくなるだろうとわかる。

「……わたくしが関われば、別の方法での回避ができるとでもいうのかしら」

「ええ、シャナリーゼ様ならば、きっと」

「おだてても無駄よ。個人間の争い事は経験があるけど、それ以上はないわ。

 で? サイラスはそれをわたくしに求めているのかしら?」

 ゆるくエージュは首を横に振る。

「いいえ、わたしめの独断で申し上げております」

「珍しいわね、あなたが先走るなんて」

 それっきり無言になってしまったエージュから目をそらし、先ほど用意されたお茶を手にとる。

 エージュを見ないまま、わたくしはお茶を一口飲む。

「……わたくしがサイラスをけしかけて、問題が解決したら帰国させてくれるのよね」

「はい」

「それが最短ね」

「はい。もちろん」

「……わたくしが来ていることをマディウス皇太子殿下がご存じなら、すでに下町もわたくしにとって安全じゃないわ。あの方に利用されるのは嫌だし、王妃様も苦手だから仕方がないからここにいて(・・)あげる」

「ありがとうございます」

 少し緊張が解け軽くなった声でエージュが言ったところで、ノックなしでドアが開かれた。

 着替えて戻ってきたサイラスは、少しムッとしたように眉を潜める。

「エージュ、近寄り過ぎだ。何をコソコソ話している」

「ほら、独占欲がでしゃばり過ぎて心が狭くなっています」

 サイラスのイラついた声もなんのその、エージュは笑うようにそう言って立ち上がった。

 わたくしから離れたエージュを見て、何か言いたそうにしていたサイラスに目を向ける。

「下町にいた時にすっかり手が荒れてしまったの。それをエージュに言っていただけよ」

御贔屓(ごひいき)のものがあれば、と思いましてお伺いしておりました」

 あっさりとわたくしの言葉に乗る、エージュ。

「それくらいいいでしょう? わたくし、ほとんど何も持たずにライルラドを出てきたのだもの」

「それなら、明日出入りの商人を呼ぼう」

 ベラートへと視線をなげるサイラスに、わたくしは慌てて声をかける。

「ちょっと、わたくしがここにいるのは内緒のはずでしょう!?」

「あ、そうだったな」

 ついうっかりしていた、とばかりにサイラスは気がついたみたい。

 ベラートが後ろから「明日使いの者を出します」と提案してくれた。

 わたくしの向かいに座ったサイラスの前にお茶が置かれ、とりあえず一口のでサイラスが安堵したように息を吐く。

「で、さっきの続きだが……いて、くれるんだよな?」

 まるで叱られた子犬のように覇気のないサイラスに、思わず笑い出しそうになるのをこらえる。

「ええ、いて(・・)あげるわ。でも、わたくしがいるからと言って、問題を長引かせるようなら考えるわよ。問題は長引くと思わぬ展開をみせるんだから」

「もちろん、善処する。お前がいるからと言って、手を抜くようなことはしない」

「お願いね」

 うなずくサイラスを見て、エージュが頼んできたのはこれでいいだろう。

「それにしても……」

 急にふてくされたような顔をして、じっとわたくしを見る。

「あんな下町に隠れてないで、もっと早く住所を頼りに訪ねてくれば良かったじゃないか。

 確かに手紙の件は俺の判断ミスだし、反省はしている。

 でも、慣れない暮らしで疲労して道で倒れたと聞いた。そこまで俺を気遣わなくてもいい……と、思う。お前なら、困ったらすぐにやってくると思ったんだが」

「……」

 不機嫌そうに話し出したかと思えば、最後には少し照れくさそうに下を向いている。


 ――なるほど。これが『勘違い』なのね。

 要するにわたくしがサイラスのお屋敷に突撃し、堂々とプッチィ達の現状を訴えて騒げばよかったのね? 

 それが、わたくしがコソコソと周囲で様子を伺っていたのが、サイラスの今やっている何かの立場を考えてのことだったという、都合のいい『勘違い』がツボにはまったのね。

 まあ! なんてステキな勘違い!!

 でも、少しなら様子を見ていいかなって思って、あのお祭りに行ったのは認めてあげるけど……。面と向かってなんて考えてなかった。

 サイラスの言うようにお屋敷に突撃したって、尾ひれがついて広まる噂はわたくしがサイラスに未練を持っている、という話でしょ。そんなの許さないわ!

 で、メデルデアのお姫様が出てきて泥沼? ああ、出てくるのはあのうさんくさい大臣だったかしら。


 いやだわぁ。面倒くさい。


「……シャーリー?」

「!」

 ハッとして我に返って、下がっていた目線をサイラスへ向ける。

「どうかしたか?」

「い、いえ。そ、そうね。ちょっと無理をした……わね。でも、市井の暮らしも体験できてよかったわ。孤児院の手伝いをしていただけで、市井の生活が分かった気がしていたんですもの」

「そうか。お前がわかってくれて良かった。市井の生活はお前には無理だ」

 嬉しそうに、でもきっぱりと言われてわたくしはおもわず「え?」と息を呑む。

 まっすぐにわたくしを見たサイラスが、真顔でゆっくりと言う。

「お前が経験した暮らしは、市井でも楽な方だ。不本意だが兄上の部下がお前をそれとなく見守っていたり、宿の一般客にも息のかかった者がいたらしい。

 なあ、シャーリー。貴族だったら手に入れられたのに、と思ったことも一度や二度じゃなかっただろう?」

 じわじわとその言葉はわたくしの中に広がっていき、ぎゅっと両手を握りしめて、やっとのことで出た声はわずかにかすれていた。

「そ、それは……! い、今からでも慣れると思うわ」 

「慣れる、と言ってもわずかな期間で倒れるくらいだ。言い方は悪いが、市井で育った子がいきなり貴族社会で生活できないように、その逆もできないんだ。住んで身に着けた経験が違うんだ。

 俺達は特権の上で生活をしているが、同時にいろんな恩恵を国に返す義務がある。俺は特にその義務が強い」

「……」

 わたくしは何も言えず、ただ握りしめた両手を見ていた。

 荒れた、と言っても傷があるだけ。ナリアネスのお屋敷で手当てされて大分元に戻ってきている。

 女将さん達の小さいながらも、固くて丈夫な手じゃない。

 割れた爪が不格好に見えるほど、頼りない細い手。


 ――そんなの、嫌でも身に染みたわ。


「まあ、それでもお前が市井で生きるのを止めない、というなら仕方ない」

「わたくしを囲おうというの?」

 蔑んだ目で睨みつけると、サイラスは軽く笑い飛ばしながら首を横に振る。

「ははは、違うな! そうだな――俺が捕らわれるってだけだ。

 俺はお前と公式な結婚は諦める。もちろん子どももだ。でも、俺はこの先結婚はしないし、お前もしないで欲しい。ずっとこういう関係でいるのも悪くない」

「!?」

「お前の援助している孤児院。あれに入るつもりだろう? だったらそれを俺が援助すればいい。

 そうそう。兄上達の子が大きくなって、俺の義務の後を告げるようになったらどこかで病死扱いでもしてもらおう。個人資産を上手く隠す……いや、この際兄上達に恩を売っておこう。そうしたら、お前のいる孤児院の下男として働けるな。薪割りに炊事は軍人の基本だ」

 それがいい、とばかりに、なぜか最後は笑みさえ浮かべて楽しそうに話している。

 焦ったのはわたくしばかりではない。

 部屋の中で控えていたエージュは顔がこわばっているし、変化がなさそうに見えるベラートも目が点になっている。

「ちょっ、ちょっと! 話が飛躍し過ぎているわよ!!」

 やめて、とばかりに机を両手で叩いて腰を浮かせる。

「そうだな。まだまずは後継ぎだった。アドニス兄上もさっさと頑張ってもらわねば」

「ちぃいいいがぁあああうぅううう!!」

 淑女にあるまじきだが、机をバンバン叩いて抗議する。

「わたくしのことは後よ、あ・と!! とにかくあなたは、あちらに思わせぶりな態度をとる必要がある作戦とやらを、さっさと遂行して終わらせるのよ!」

「! そうだった」

 ハッと本当に今思い出したかのように笑みを消し、チッと舌打ちする。

「……シャーリーが近くにいるのに、あのタヌキの喜ぶような真似をしなきゃならんのか」

「はいはい、頑張ってちょうだい」

「! 言っておくが、本当にこれは作戦の一つなんだぞ!? 相手を油断させるための、上辺だけのことなんだからな!」

「ひぃっ! それ以上言わないで。わたくしを巻き込まないでっ!!」

 焦るあまり、うっかり何かを言いだしそうになるサイラスに、わたくしは思わず自分の耳を塞ぐ。

 

 お……恐ろしいわ。暴走した王妃様の小規模形態を見ているかのよう……。


 おそるおそるサイラスを見れば、自分が何を言いだそうとしていたのかわかり、ばつが悪そうに苦笑して誤魔化している。


 マニエ様から見れば、こういう状態の男性を『かわいい』と言うのでしょうけど、わたくしから見ればサイラスをまだそうは思えないわ。

 確かにエージュの言う通り、ちょっとしたおねだりは今までより聞いてくれそうだけど。

 でも、今まで言われていたことだけど、ここまで急に好意を表だって出されても戸惑うだけなのよ。

 今までの比較対象が悪いだけかもしれないが、サイラスは裏がなくわたくしに好意を持って接触してきていただけに、妙な落ち着きがさっきから取れない。

 

 そわそわとした妙な心から逃げるように、わたくしは下を向いて大きく息を吐いて耳から手をどかす。

「すまない。大丈夫か?」

「……ええ。でも、お願いだから今は目の前の問題に取り組んでちょうだい。わたくしも――少し考えるから」

 そう何気に口にして、ハッと手で口を覆うが――遅かった。

 慌てて「違う!」と声を上げようとしたが、部屋の空気が微妙だった。

エージュは目を見開き、ベラートもわたくしを良く知らないはずなのに、今度は思いっきり驚いて目をみはっている。

 サイラスは、というと――ポカンとした表情を浮かべていた物の、わたくしと目が合うと少し目線をそらして。

「……あ、そうだな。頼む」

「!」



 テレた!!



 思わぬ展開に、わたくしも開いた口がふさがらない。


 あら? これってまたも『ステキな勘違い』してない??



読んでいただきありがとうございます。


はい。激しくサイラスが『ステキな勘違い』してますね。

ちょっとシャナリーゼも、ポロッと口に出してますが、言ってからハッとなることはありますよね~。

ちなみに原稿ワードで【テレた!!】は、拡大文字で打ちました(笑)


次回、モフモフワールでゴザイマス。 


上田リサ





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